第84話 必要な知識
さて、香料店制圧のその後について、順を追って説明しよう。
まずは香料店で捕縛した店主以下賊達であるが、目下取調べ中である。
当初は黙秘を続けていた店主達も、連日に及ぶ過酷な取調べにより、今は少しずつではあるが自供を始めているらしい。
「らしい」というのは、店主達を捕縛した時点で、僕たちの手を離れてしまった為である。
魔王『地下水路の話が出た時点で、既にお主の手を離れていたではないか』
―うん、そうだね
悲しくなるから、その話はもう辞めよう。
「取調べ」というとソフトに聞こえるだろうが、実際は尋問に近いらしい。
さすがに赤の騎士団団長に聞いたような、水攻めだったり「殺す」と脅したりはしないらしいが、怒鳴りつけてたり、時には痛めつけたり。
加虐を行う場合は、それ専門の担当が行うようだ。
加虐専門の担当と言われると「覆面を被った怪しい奴」を想像してしまう。
そして尋問と聞くと、地下の怪しい部屋で怪しい器具を使って行われるように思われがちだが、実際はそんな事ない。
魔王『そもそも、そんな事を思うのはお主だけだ』
―そんな事、無いと思うけど…
貧困な想像力で申し訳ない…
とりあえずこの世界、少なくともこの国では、加虐担当は覆面を付けてもいなければ、怪しい地下室などでも行わないらしい。
いたって普通に行われる取り調べの際に、普通に加虐も行っていくのだ。
「普通に加虐も行っていく」というのは文章的におかしいと思うだろう。
だが、その通りなのだから仕方ない。
加虐するにしても、やりすぎてしまっては大変である。
大怪我をさせてしまったりすればその後の尋問にも影響を及ぼすし、勢い余って殺してしまったりしては情報を引き出せなくなってしまう。
効率よく痛みによる恐怖を与える為、それに特化した担当が居たとしてもおかしくはない。
この世界には「加害者の人権」を気にする者などいない。
だから、何か話すまで毎日延々と尋問を行ったり、怒鳴りつけて脅したり、直接痛めつけたりする。
その結果、顔中が晴れ上がったり、指だの腕だのが折れるのは、仕方ないらしい。
さっさと話せばそんな目にも合うまい、ということだ。
まあ吐いた情報に信憑性があるかどうかを調べるのに、それなりの尋問が行われるのだろうけど。
犯罪に加担した故の自業自得、というものだろう。
もちろん、痛めつけるだけが尋問ではない。
痛めつける一方で、優しく諭したりもする。
アメと鞭――は意味が違うが、「北風と太陽」が良く分かりやすい例だろう。
そういう担当も別でちゃんと居るらしい。
長時間に及ぶ取調べを、同じ取調官が行うのは無理がある。
容疑者を長時間の取調べで精神的に追い詰めて行く過程で、一緒に取調官も追い詰められては笑い話にもならない。
だから取調官も何交代かするのだが、その交代で「尋問」「諭す」などを交互に行うのだ。
散々痛い目に合わされた後に、少しでも優しくされたら、コロッと落ちてしまう事もあるだろう。
まさか「国のオフクロさんが―」とか「カツ丼食うか?」とかは言っているのだろうか?
余談だが、元居た世界で取調べ中というか拘留中に、カツ丼だけじゃなく何かを食べたとしたら、後々ちゃんと代金を請求される。
決して担当刑事の奢りではない、と言う事を知っておくべきだろう。
普通に暮らす人には必要の無い知識だけど。
因みにこの世界にはカツ丼等ない。
そもそも「油で食材を揚げる」という発想自体ない。
調理の基本は「焼く」「煮る」「炒める」の3方法である。
長期保存用に「燻製にする」という方法をとるが、これは調理とは余り言わないだろう。
揚げ物が無いとわかると、余計に揚げ物が食べたくなるのが人情というもの。
揚げ物自体は無いが、揚げ物を作る食材はある。
小麦と卵があれば、後は何とか出来るだろう。
だから自分で作るか、調理人に作り方を教えて作って貰えばいいのだが、それでも一つだけ重要な問題があるのだ。
つけるソースが無い。
この世界にも香辛料はそれなりにある。
だがら料理が塩味だけ、というような事は無い。
無いのだが、それでも醤油やソース、マヨネーズ等といった物は一切無いのだ。
もしこれから「俺、異世界に行くんだ」という人が居たら、心に留めておいて欲しい。
「醤油やソースの作り方を事前に調べておくべきである」
何故、自分は元の世界に居た時に作り方を調べておかなかったのかと、悔やんでも悔やみきれないぐらいだ。
冗談ではなく、切実に思う。
香辛料だけの味付けでは、やはり物足りなさを感じてしまうのだ。
飛んだ先の異世界に醤油やソースがあれば良いのだが、そうでは無い事もある。
この世界のように。
そうなった場合、醤油の作り方を知っているか知らないかで、その後の人生が変わると言っても過言ではないだろう。
「大げさな」と思う人は考えて欲しい。
異世界に来たとして、それが物語のように「勇者として呼ばれる」といった「何かの目的で呼ばれる」確率がどれぐらいあるのだろうか?
僕自身がそうでは無かったのもあるが、それでもたまたま魔王の中に入ったからこそ、今こうしていられる。
もしこれが一般の、何も力の無い人物に入っていたら…全く違う人生を歩んでいたと思う。
場合によっては、生きていくのも難しかっただろう。
そんな時に醤油の作り方を知っていたら。
その世界に醤油が無ければ、食文化に革命を起す事も出来るかもしれないのだ。
醤油のある日常ではなかなか気が付く事ができないだろうが、醤油はそれだけのポテンシャルを秘めていると、僕は思う。
長期海外旅行――それが数日だとしても――に行った人が、日本食を懐かしむという気持ちが、今なら良く分かる。
その日本食の味付けの最たるものが、醤油だろう。
味噌も捨てがたいが。
「食文化に革命」というもの冗談で言っているわけでは無い。
料理が苦手で、炒めて醤油をかける程度の料理でもきっとお店は繁盛する。
何故なら、その世界に無い新しい味だから。
飲食店をチェーン展開するも良し、醤油を流通させるも良し。
少なくとも生きていく為のお金を稼ぐ事は出来るようになるだろう。
だから、これから異世界に行く予定のある人は、是非とも作り方を調べておいて欲しい。
飛んだ異世界に、材料があるかまでは責任が持てないが、作り方を知っておけば、少なくともその世界にある食材で代用する事も出来ると思うからだ。
話が逸れてしまった。
醤油やソース、マヨネーズが作れるかどうかで異世界での生存率が変わる、という話だったっけ?
好みでケチャップも候補に入れていいと思うが、個人的には味噌もお勧めしておきたい。
マヨネーズは卵と酢で出来ると聞いたような聞かないような気がするので、一度作ってみようと思った事はある。
あるのだが、断念せざるを得なかった。
何故なら、この世界に「酢」が無かったのだ。
何故、酢の作り方を―――
いや、こんな話もしていなかった。
誘拐犯の尋問についてである。
尋問の話を赤白両騎士団団長としている時に「尋問といえば―」と、僕がイメージする尋問を話したら、その数日後に尋問担当官数名が「効率的な尋問方法をご存知と伺ったのですが」と来りしたのだが、たいした話ではないのでここでは割愛する。
誘拐事件に関しては、近々、何かしらの進展があれば、その時にまた話が出来ると思う。
――――――――――
次は保護された被害者達の話について。
誘拐されてすぐに助けられた優しい姉以外は、衰弱などの症状が見られたので、国の施設で養成する事となった。
一番古い被害者で17日前後――長い事地下に監禁されていたために日付が曖昧――であり、優しい姉の前に攫われた者でも10日以上前だったのだ。
優しい姉まで10日以上の日にちが開いた理由は、僕達の巡回を警戒して行動を控えていたとみて間違いないだろう。
奴らが行動を起した途端、尻尾を掴む事が出来たのは本当に幸運としか言いようが無い。
小柄な少年の情報が無ければ、今回保護した被害者達も助ける事が出来なかった可能性もあったのだ。
優しい姉については、一時的に姫の騎士団寄宿舎で預かる事となった。
小柄な少年も一緒だ。
「一時」というのは、いずれ別の場所に移り住む事が決まってるからだ。
その話については、香料店を制圧した日の夜の姫たちとの会話が関係している。
その日、僕達は久々に全員集まっての夕食を摂っていた。
全員というのは僕と姫、有力貴族の娘、美女さん、妖精少女に妖精姉である。
姫の騎士団に所属している僕や美女さん、有力貴族の娘が中々タイミングが合わないとはいえ、数日に一度は必ず揃う。
だがそれでも「全員集まって」というのが久しぶりなのは、ここ最近、妖精少女と妖精姉が自室で食事を摂っていたからだ。
2人が――というか妖精姉――が自室で食事を摂るようになった原因といえば、20日程前に開かれた宴だと思う。
あの日、騙されてダンスを踊らされた事に納得がいかなかったのだろう。
宴は遅くまで行われたため、その日の晩には分からなかったが、翌日から「体調が余り良くないので」と、毎食を自室で摂るようになったのだ。
当初は医者でも呼ぼうか、という話にもなったのだが、妖精少女が「大丈夫!」と言い張ったので呼ぶ事はなかった。
その妖精少女は妖精姉を心配し、付き合って妖精姉の自室で一緒に食事を摂っていたのである。
宴から5日程経つと、姫とは昼食を摂るようにはなった。
これは姫が寂しさに耐え切れずに妖精姉を説得し、妖精姉もそんな姫の泣き落としに根負けした、という感じだったらしい。
姫に妖精少女の様子はどんな感じか聞いたら、少し考え込んでから「たぶん大丈夫だと思います」という返答が返ってきた。
「たぶん」や「思う」と、はっきりと断定しない事は気になったが、姫や妖精少女ががそう言うのなら大丈夫だろうと思い、そっとしておく事にしたのだ。
魔王『まあ何かするにしても、お主に何が出来るのだ、という話だがな』
―いや、何か出来るかもしれないじゃないか
とりあえず、そういう事情があっての「久しぶり」なのである。
食事の話題は、もっぱら誘拐事件の話だった。
とはいえ、事件の詳細はまだ殆ど分かっていないし、話す事も出来ない。
だから自然と被害者の話になっていった。
姫「そんな境遇の方たちが…」
姫は食事の手を止めそう呟いた。
「王都にはそういう境遇の人が、まだ多くいるのでしょうか?」と尋ねる姫に「2000~3000人くらい居るようです」と告げる。
これは僕も翁から聞いた話である。
僕の言葉に姫は「そんなに…」と言ったまま固まった。
内乱時に逃亡者として野宿生活をもしていたとはいえ、そこはやはり一国のお姫様。
そういう境遇の人たちが、そんなに多く居るとは想像だにしなかったのだろう。
それともあの時の経験があるからこそ、そういう境遇の人たちの気持ちを慮る事が出来るのだろうか。
俯いたままだった姫は、顔を上げると「何とか出来ないでしょうか?」と言った。
僕「何とか、とは?」
姫「わからないですけど――食事を提供すとか?」
有力貴族の娘「数千人分を?」
僕「数日分くらいならどうにかなるかも知れないですけど、根本的な解決にはならないですね」
僕と有力貴族の娘の言葉に、姫が「言ってみただけですよう」と拗ねたように言った。
それを見ていた妖精少女が「ご飯が食べられない人がいっぱいいるの?」と聞いてきた。
姫「そうらしいの。しかもお家も無いそうなのよ」
妖精少女「お家が無くて、どこで寝るの?」
姫「前の私達みたいに、野宿をしているんだって」
野宿とは少し違うのだけれども、まあ大まかな部分は似ているしいいか。
妖精少女が閉められた窓の外を見てから、こちらに向き直った。
妖精少女「あの時と違って外は寒いよ?」
姫「そうね…」
あの時は緑が生い茂る季節で、夜中でも充分に暖かかったが、今はもう木々も寒々としてきており、夜になれば肌寒いでは済まなくなってきている。
このまま行けば、いずれ雪が降るのではないだろうか、という感じである。
「そっか…」と呟いた妖精少女は少し俯いて何かを考えているようだったが、顔を上げると僕を真っ直ぐ僕を見つめて言った。
妖精少女「何とかしてあげて…」
―OK、任せろ!
じゃない。
妖精少女の期待の篭った眼差しに、つい即答してしまう所だった。
僕「何とかしてあげたいんだけどね…」
姫「出来ないですか?」
僕「そ、そうですね――」
姫まで妖精少女と同じ眼差しを向けてきた。
僕は姫と妖精少女のプレッシャーに抗いながら、何とかならないかと思案する。
ついつい視線が泳いでしまって、有力貴族の娘と目が合う。
その眼差しは姫や妖精少女程では無いが、期待半分という感じである。
もう半分は状況を理解した上での、「諦め」に近い何か、だろうか。
姫や妖精少女の期待にも応えたいという気持ちと、有力貴族の娘にそんな瞳をさせたくないという気持ちが相まって、何とかしたいと強く思う。
そこで視線を感じてみると、美女さんと目が合った。
美女さんはいつもの微笑を浮かべていたが、その口が音を発する事無く小さく、しかしこちらに何を言っているのか伝えるように動く。
―がん、ば…て。「頑張って」か
やる気が出てきた!
正式に僕の奥さんとなって、一番変わったのは美女さんだと思う。
表面上は今まで通りなのだが、他の人が見ていない所などで、ああいう事をするようになったのだ。
例えば姫の可愛さを100とし、姫はいつも自然体で可愛らしいので100で変動しないとする。
それに対し有力貴族の娘は80から120の間を変動する。
恥ずかしがりやだからいつもは抑えて80でいるけど、しっかりして見えて実は甘えたがりで、そういう時は120まで行く。
妖精少女のそれは、2人とは違うが、「可愛さ」という事では150で、これまた変動しない。
では美女さんは、というと0から200で変動するのだ。
「普段は可愛げが無い」と言う訳ではなく、普段は隠しているのだ。
そして2人きりの時に、たまに可愛さリミッターを解除してくる時があるのだ。
その時の「瞬間最大可愛さ」は、普段のクールさとのギャップから200をマークするのだ。
皆にそれぞれ、可愛いだけではなく他にも良い所があるのは勿論の事であり、今回の「可愛さの数値」はあくまで分かりやすく説明するためだけのもので「姫が100しか無い」とか「実は美女さんが一番可愛い」とか、そういう事ではない。
MAXの時の美女さんの可愛さが凶悪なのは事実だが。
残念だけれども、それは語られることは無いだろう。
僕だけのだから。
とりあえず「何とかしたい」とは思う。
思うのだが、どうすればいいのかは思いつかない。
こういう時は、今出来る事から足りないものを探していってみよう。
僕「食事についてですが、これは頑張れば何とか数ヶ月分は用意できると思います」
姫「数ヶ月?」
僕「2000人、いえ多めに計算して3000人として……3ヶ月くらいなら―」
国から僕に対して、お金が幾らか出ている。
王族としての個人予算『お小遣いともいう』と、姫の騎士団団長としての給料である。
自分の騎士団なのに何故給料が出ているのか、と疑問に思う人もいるかと思う。
その答えは、姫の騎士団は「国に認められた騎士団」だからだ。
だから、国からある程度の維持費用が出るのだ。
そこから僕や他の姫の騎士団員のお給料の一部や、諸経費を賄っている。
姫の騎士団員のお給料で足りない分は、国庫から出ている僕の予算『お小遣い』から出しているのだ。
魔王『突き詰めたら、国に養って貰っているという事だな』
―そうだね
本来なら、領地の収入から出すべきなのだろうが、あいにくと僕には領地が無い。
別に貰わなかった事に後悔はしてないけどね。
魔王『調子に乗って、騎士団員を増やしたのがまずかったのではないか?』
―調子に乗ってって…いや、今の3倍くらいまでなら大丈夫な計算なんだ
予算『お小遣い』を貰い過ぎなんです…
最初に聞いた時は「何桁か間違えているんじゃ?」と思ったんだけど、そうでは無いらしい。
逆に少ないくらいで「もう少し増やしましょうか?」と言う殿下を止めたくらいだ。
物凄い大金を貰えると分かると、庶民は喜びより恐怖や不安感が先行するのだ。
翁には「少しは使って貰わんと、ただ置いておくのも無駄なのに。殿下も姫も倹約は素晴らしい事なのじゃが―」と愚痴っていた。
やっぱり姫も殿下も、そんなに使ってないようだ。
というか、無駄使いするよりは本当に良いと思うんだけど。
そもそも、生活を保障されている王族が何にそんなにお金を使うんだ、と思ったら、高級品というのは何でもお高いそうだ。
特に女性の身につける装飾品のお値段は、天井知らずらしい。
そういう装飾品類を買う予算、つまり僕で言えば、奥さんに何かをプレゼントする為の予算でもあるそうだ。
その話を聞いて、奥さん達に何かをプレゼントしようかと思って「何か欲しいものがある?」と聞いたら、3人とも「ありません」と首を振った。
慎ましやかな奥さん達である。
今度、いいものがあったら何かプレゼントしよう。
勿論、妖精少女にもね!
話が逸れた。
『いつも通りだな』という魔王は華麗にスルーする。
姫の騎士団員について、これ以上、増える予定は今のところ無い。
だから、余剰の予算『お小遣いな』を食料費に当てたとしても、3ヶ月から切り詰めても4ヶ月がせいぜいだろう。
僕「3ヶ月程度ではどうしようも無いですね」
有力貴族の娘「私の分の予算を足したら、もう少しいけますよね?」
僕「それでも、2ヶ月から3ヶ月伸びる程度です」
姫「私も出します」
美女さん「及ばずながら、私も」
妖精少女「わたしも!」
―いや、妖精少女はお金を持っているのだろうか?
持っていない事も無いか。
殿下が妖精少女だけ国庫から予算『小遣い』――「うるさいよ!」と魔王につっこむ。
毎回毎回、「予算」と言うたびに『お小遣い』と言っていたのだ。
毎回毎回言われるもの面倒なので「お小遣い」と言っておく。
これで魔王の茶々も無くなるだろう。
殿下が妖精少女だけにお小遣いを出さないわけがないのだ。
全員の分を合わせたら、一年くらいは余裕で賄えるだろう。
僕「でも、先程も言いましたが、食料だけでは駄目なんですよ」
姫「住む場所、ですか?」
僕「それもありますが、日々の糧を得るための方法、です」
姫「糧?」
有料貴族の娘「収入を得る方法、ですね」
有力貴族の娘の言葉に頷く。
僕達のお金を合わせても、食料の供給は1年ちょっとがやっとであり、恒久的に養うのは無理である。
だから、その間に何かしらの仕事を見つけなければならない。
有力貴族の娘「3000人もの人達の仕事を探すのは難しいですね」
姫「お城で雇うとか?」
僕「1人や2人なら何とかなるでしょうが、さすがにその数は無理です」
「物理的にもそうですが、安全面でも翁が許可しないでしょう」と付け加えた。
お城に「どんな人物か分からない者」をおいそれと招き入れるわけには行かない。
別に差別をする訳ではない。
常識としての話である。
1人や2人程度なら、背景を洗ったり監視をしたりするのは可能だろうが、3000人となるとそれも難しい。
姫「一年もあれば、出来るのではないですか?」
僕「出来るでしょうね。3000人だけなら」
姫「”だけ”なら?」
僕「噂を聞きつけて、自分も、と王都に流れてくる人達が増えるでしょうから」
すぐにではないが、必ず流れてくる。
それがどれくらいの数になるか分からないが、その全てを受け入れるのは無理だ。
姫「確かにそうなると、お城が人でイッパイになりますね」
有力貴族の娘「3000人分の住まいを確保するのも難しいのに、それ以上なんてとても…」
王都ほどの大きな都市だから、空き家くらい幾つもあるだろう。
だが3000人分も、となるとやはり難しい。
いや、部屋だけならどうとでもなるだろうが、近隣住民が受け入れるかが問題である。
それでなくても差別は存在するのだ。
という事は姫には黙っておき、ただ「無理でしょうね」と、有力貴族の娘の言葉の後を続ける。
僕「どこかに土地があればいいんですが」
姫「土地、ですか」
僕「ええ、僕が領地を持っていれば、そこに村なり作って住んでもらうんですが―」
有力貴族の娘「殿下に言って、領地を貰いますか?」
僕「それは出来ません」
「何故?」と首を傾げる姫と有力貴族の娘。
その横で妖精少女も2人と同じように首を傾げるけど、その顔はニコニコしているので、2人と同じ動作をする事が楽しいのであって、意味はよく理解していないのだろう。
―可愛いからいいけどね!
僕「今、領地を貰う理由が無いからです」
姫「みんなに住む場所を提供するため、では駄目なんですか」
僕「その理由は絶対に駄目です」
理由を話せば殿下は領地をくれるだろう。
しかしそれは「悪しき前例」を作るだけなのだ。
何故なら「難民に住む場所を提供する」という建前があれば「誰でも領地がもらえる」と言う事になる。
そんな事を許せば、以前のように領主達が好き勝手にやる土壌を作ってしまうだけなのだ。
極論だけどね。
姫「ですが、若の功績なら領地をもらえる、と以前に殿下が言ってましたよね?」
僕「それも、今になって貰うのは無理ですね」
またも「何故?」と首を傾げる姫と有力貴族の娘。
その横で妖精少女も2人と同じように首を傾げているけど(以下略)
―可愛いからいいんだけどね!
僕「当時なら貰えたでしょうが、今はもう時間が経ちすぎてますからね」
過去の功績で貰うと、誰でも領地がもらえる――(以下略)
魔王『いや、それは誰でも貰えんだろう』
―うん
しかも半年や一年というほど昔の事ではなく、たった数ヶ月前の話なので、別に今から貰ってもおかしいという訳でもない。
なら何故そういったかといえば、実は「こじつけ」だったりする。
何故、こじつけてまで領地を得る事を避けるのか。
それは「面倒だから」と言うのもある。
が、それだけでは無い。
僕は「魔族」であり、一応「魔族の王族」なのだ。
『一応とは何だ、一応とは!?』と言う魔王を無視して話を進める。
そんな者が領地を得ていたら、それも殿下から授かったらどうなるか。
魔族だったり魔族の王族だったりする事が知られた時に、殿下が不利になるかもしれないのだ。
魔王『それを言ったら、お主と姫の婚姻もそうだろう』
―うん、そうだね
だからこそ、と言うもの有る。
姫との婚姻は避ける事の出来ない――僕自身も避けたくないものだった。
でもこれ以上、殿下の不利になる事柄を増やしたくない。
魔王『と言うのが建前で、本当のところはやはり面倒なだけだろう?』
―うん…いや、違うよ!?
つい――じゃない、勢いで魔王に返事をしてしまった。
本当に違うからね?
姫「領地があれば、何とか出来ますか?」
僕「え、あ、ああ、はい―」
姫の言葉に、思考を内向きから外向きに切り替える。
僕「土地があるだけでは駄目ですけど」
姫「?」
僕「人が既に住んでいたり、または住むに適さない土地だと無理ですから」
姫「どんな場所なら適してますか?」
「そうですね」と条件を挙げる。
まずは人が住んでいない事。
これは絶対条件である。
住民との軋轢は避ける事が出来ないだろうからだ。
まさか民を追い出す訳にも行かないだろう。
次に水の確保。
コレも絶対。
説明するまでも無く、人は水がないと生きていけない。
その他にも、農業をするにしても水が必要なのだ。
僕「後はある程度は平地が好ましいですが、まあこれは絶対ではないですね」
姫「水は湖でもいいのですか?」
僕「飲めるのなら」
有力貴族の娘「交通の便は?」
僕「良いに越した事は無いけど、余程悪くない限りは大丈夫、かな」
僕がそういうと姫と有力貴族の娘が考え込んでしまった。
そして2人は同時に顔を上げた。
姫・有力貴族の娘「「それなら…」」
同時に同じ言葉を発した2人は「あっ」と同じように互いを見て、そして「先にどうぞ」と同時に言った。
まるで鏡を見ているようだ。
その後も何回か行動が被る。
このままどこまで同じ動作を続けれるか見てみたいが、話が進まない。
隣で妖精少女が真似しようと、少し遅れて同じ動作をやっているのも可愛い、と言う事を補足しておこう。
「…その土地に関してなんですが」と口を開く姫。
そうやら話し合いの結果、姫から話す事になったらしい。
姫「私の領地で出来ますでしょうか?」
僕「姫の領地?」
―そんなのあるの?
と思ったら、どうやらあるらしい。
そして有力貴族の娘も、同じ事を言おうとしていたらしいのだ。
―え、何?有力貴族の娘もあるって事??
こちらも、どうやらあるらしい。
2人が所持する領地は、それほど広いという訳では無いらしいが、それでも充分といえる程度の広さはあるらしい。
そしてどちらも人が住んでいないか、住んでいてもごく一部に僅かで、土地は余っている。
2人の土地を聞き比べ、姫の領地で行う事が決まった。
理由は姫の領地の方が王都から近く、人も住んでいないからだ。
姫と有力貴族の娘で話し合ってそう結論が出たのだ。
その会話の内容に僕は関わらないようにしている。
人の領地に関してあれこれ口を出すのは良くない。
例えそれが夫婦だとしても、だ。
中には「妻のものは、夫のものは自分のもの」という考えの人も居るだろう。
その事を否定するつもりは無いが、自分はそんな事はしたくない。
だから姫と有力貴族の娘には、2人の土地のどこかで行う場合は、僕は直接は関わらないようにする、という事を伝える。
勿論、手伝う気は満々だが。
僕の言葉に「…分かりました」と2人は頷いた。
姫「自分達でやってみます」
有力貴族の娘「自分の領地を管理する練習と思えば…私も手伝うわ、姫ちゃん」
僕が直接手伝いをしない事に、あさりと納得する2人に拍子抜けする。
2人で、というか妖精少女もなんだけど、3人でわいわいと盛り上がっているのを眺める。
―何か寂しい
魔王『ますます存在感が―』
―言わないでくれ!
悲しくなるから。
と、姫が「何かあったらお手伝いお願いしますね」といってきたので、笑顔で「勿論」と返事をした。
姫のさりげない気遣いに、涙が出そうである。
僕は美女さんに「フォローしてあげてください」とそっと言うと「そのつもりでした」と微笑んだ。
美女さんが、土地の治め方に精通しているかは分からない。
が、それでも人数が増えれば、それだけ多面的に物事を見れるようになる。
それに美女さんなら2人を旨く導いてくれるだろう。
難民受け入れの村作りはこうして始まった。
その2人の活動は試行錯誤を繰り返し、徐々に徐々に実を結んでいくのだが、それは別の話。
ただ言える事は「2人の行動力と影響力を甘く見ていた」という事だけだろうか。
また長くなりました。
長くて読み疲れた方がいたら申し訳ありません。