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(仮)  作者: イオン水
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第80話 被害者

その小柄な少年は僕の顔を見ると、息を切らせながら「助けて、兄ちゃん」と、泣きそうな声で言った。


僕は、うつむき肩を震わせる小柄な少年に近づくと、「どうした?」と聞いた。

僕の言葉に、小柄な少年が顔を上げる。

その顔は涙と泥で汚れていた。

そして、息を詰まらせながら「お姉ちゃんが…お姉ちゃんが、連れて行かれたんだ」と言った。



僕「連れて行かれた?誰に?」


小柄な初年「わかん、ない…」



小柄な少年は首を振ると「全員、顔、隠してたから」と言った。

その言葉に、その場に居る全員に緊張が走る。

僕はすぐに、一人の姫の騎士団員に目配せをした。

それを受けた姫の騎士団員は、笛を取り出し、吹いた。


甲高い音が鳴り響く。

その音を聞きながら、僕が続きを聞こうとする前に、小柄な少年が口を開いた。



小柄な少年「姉ちゃんは、下に、連れて行かれた」


僕「下?」



小柄な少年は頷くと、その時の話を始めた。




小柄な少年がその現場を目撃したのは偶然だった。

そこに居た理由を細かく語ると長くなるので割愛するが、現場となった路地に隠れて休んでいた。

そこに、こちらも偶然だろうが、小柄な少年の言うお姉ちゃん―優しい姉が通りかかったのだ。


そこで事件が起こった。


急に現れた数名の覆面を被った者達が、優しい姉を取り囲んだのだ。

逃げることも叶わず捕まってしまう優しい姉。


口を塞がれ声を上げることも叶わず、それでも助けを求めるように、優しい姉が視線を彷徨さまよわせる。

その視線が、路地の隅で恐怖で身をすくめる小柄な少年を捕らえた。


目を見開く優しい姉。

しかし、優しい姉は小柄な少年に助けを求める事はしなかった。

小柄な少年の目を見つめたまま、ふっと悲しそうに微笑むと、そっと目を閉じた。


一人の覆面が優しい姉に何かをしたのか、優しい姉は力が抜けたように倒れ込む。

気を失ったらしい優しい姉を袋に詰め込んだ覆面たちは、優しい姉を担ぎ上げると、下へと入って行ったのだ。


その間、小柄な少年は運良く、見つかる事は無かったらしい。

見つかっていたら、同じく攫われていたか、口封じをされていただろう事は想像にかたくない。



小柄な少年「こ、怖くて…優しい姉ちゃんを、助け…動けなかった…うぅ…」



自分が子供だから、優しい姉は助けを求める事無くあきらめたのだ、と言う小柄な少年。


その考えは間違いだ。

優しい姉は、小柄な少年まで酷い目にあう事を避ける為、助けを求めなかったのだ。

そして、小柄な少年が気に病まないよう、最後に微笑んだ。

「悲しそうに」という印象を与えてしまったのは仕方ないだろう。

自分が良く分からない連中にさらわれそうになっている状況で、気丈に微笑む事が出来るわけが無い。


そんな優しい姉の気持ちが痛いほど分かる。

分かるが、今、小柄な少年に伝えても「優しい姉を助ける事が出来なかった」という心の傷は、癒す事は出来ないだろう。


僕は心を鬼にすると、「下、と言うのは?」と聞いた。

その質問に小柄な少年が路地を指差す。



-路地?



ただの路地だ。

路地に逃げ込んだのを指して「下」とは言わないだろう。

と、魔王が『…違う』と呟いた。



魔王『路地の先を指しているのだ』


-路地の先?



僕は体の位置をずらし、路地の奥を見る。

何処にでもあるような路地の先に、小さな広場が見える。

それだけだ。



魔王『それだけではない』


-魔王?


魔王『路地裏の広場には何がある?』


-路地裏の広場にあるもの?



路地裏の広場は、近所に住む人の共同スペースである。

そこでは井戸から水を汲んだり、近所の女性達が集まって話をしていたりする。

井戸の周りで主婦が世間話をしたりする事から『井戸端会議』等という言葉が生まれたくらいだ。



魔王『それだ』


-どれ…って、井戸?



魔王は『そうだ』と肯定する。

覆面の者達は井戸に逃げ込んだと言うのだ。



-でも、井戸の中って、水の中を泳いで行ったって事?



井戸のイメージって、地面を掘って水が沸いているイメージなんだけど、どこかに繋がっているって事なのだろうか?

それとも、犯人たちはわざわざ穴を掘って、どこかに通じさせたのだろうか。



魔王『いや、もしかしたら、元々、通れるようになっているのかも知れん』


-通れるように?



井戸には色々な種類がある。

…らしい。


いや、実際には良く分からないのだが、土地によって運用方法が異なる。

ただ基本的な前提条件で、井戸は生活用水の確保、というのがある。


僕のイメージしたような、穴を掘って湧いた水を使うような井戸の他に、水は湧かないけど、雨水を貯めるだけの井戸もあるらしい。

その他にも、地下水脈の上に井戸を作って地下を流れる水を汲み上げたり、自分達で整備して地下に水を引いて汲み上げている場所もあるらしい。



魔王『自然の水脈なのか整備した地下水道なのかは知らんが、それを利用しているのではないか?』


-なるほど



僕は「どうやら井戸に逃げ込んだらしい」と姫の騎士団員に告げる。

その言葉に、姫の騎士団員は少し驚いた顔をした。



僕「優しい姉の攫われた場所は何処?どこの井戸に連れて行かれた?」



僕の言葉に小柄な少年が、場所を言う。

すぐ近くだ。


そうこうしている内に、笛の音を聞いた者達が、続々と集まって来た。


笛の意味は「緊急集合」。

そもそも、今回の笛の合図は「犯人発見」か「緊急集合」しか無い。

「犯人発見」以外で呼び寄せる必要がある場合は、「緊急事態発生」と考えていいだろう。


笛は力いっぱい吹いて、ただ鳴るだけだ。

その為、合図として使うとしても「長く吹く」と「短く吹く」を組み合わせるくらいしか無い。

その2種類を組み合わせれば、色々な合図を作ることは可能だ。

可能だが、色々と作るのはお勧めできない。

何故なら、何種類も作ると、聞き間違いや覚え間違いを起こす可能性が増えるからだ。


「犯人発見」と「緊急集合」は同じに思われるが、「犯人は発見できていないけど、何かで集まってほしい」と言う状況はいくらでもある。


今回のように。


集まって来たのは、僕達と同じように巡回をしていた者達だ。

集まった姫の騎士団員、赤白両騎士団員、近衛騎士団員や警吏に簡単に事情を説明する。

そしてこの場に赤白両騎士団団長と爺が居ないので、来るまでは僕の指示に従ってくれるように伝えた。

その場に居る全員が、頷く。


一人の姫の騎士団員を呼ぶと、小柄な少年を保護するようにと、遅れて来た者に、これから行く場所へ急行するように指示を出す。

そして警吏には、近隣の井戸を全て見張るように指示を出した。

指示を聞いてすぐに掛けていく警吏。


そして、他の者を連れて移動を開始しようとした僕の後ろに、小柄な少年の声が聞こえた。



小柄な少年「兄ちゃんしか…頼れる人が、居ないんだ」



だから優しい姉を助けてほしい、と。

僕は「助けを求めたら、誰でも助けてくれるさ」とだけ言って、駆け出そうとする僕に「そんな事無い!」と小柄な少年が叫んだ。



小柄な少年「他の人が攫われた時は、誰も助けてくれなかった!」


僕「他の人?」



僕は振り返って、小柄な少年を見た。



僕「他の人って、他にも攫われた人が居るのか?」


小柄な少年「知ってるのは3人…でも、他にも攫われたって聞いた」


僕「何で、今まで言わなかったんだ!?」


小柄な少年「言ったけど、相手にしてくれなかった!!」


僕「相手に…何で?」



戸惑う僕。

一人の髭の赤の騎士団員が「もしかして、”やなし”だからか?」と言うと、小柄な少年は悔しそうに口を閉じた。



僕「やなし?」


魔王『「屋根が無い」と書いて「屋無やなし」。他にも「家無し」「根無し」など、色々と言い方はあるが』



『簡単に言えば、孤児や路上生活者、難民などの者をを指す言葉だ』と魔王が言った。



-孤児…?



僕の言葉に髭の赤の騎士団員が「この者は、他から流れてきた孤児のようです」と言った。



僕「孤児だから、何なんだと言うんだ?」


髭の赤の騎士団員「…もしかしたら、そのせいで届出を受けてもらえなかったのかもしれません」



孤児や路上生活者、難民は勝手に街に入り込んで住み着く。

それでも働いて家を借りて住む分には良いが、それが出来ない者達は、路上や廃屋等に勝手に住み着いてしまう。

そして、そういう所は犯罪の温床となり、治安が下がるのだ。


だから嫌われる。


孤児や路上生活者などは、この国の民とは思わない。

そんな考えを持っている者は、意外と多い。

そういう考えの者が、「孤児や路上生活者が攫われようが何されようが知ったことでは無い」と考えるてもおかしくない。

もしかしたら、被害の届出を出した時の相手が、そんな考えを持った相手だったのかもしれない。


生きていく為に軽犯罪に手を染める者が多い為、警吏などに関わるのを忌避する傾向が強い。

そして、被害を申し出ても相手にして貰えない。

そういう事の積み重ねが「被害者のいない犯罪」となっていったのだろう。



僕「なんだ、それ…」



僕は呆然と、小柄な少年を見る。

そして息を吸い込み-



魔王『…落ち着け』



叫ぼうとした僕に、魔王が静かに言う。

それを聞いて、吸い込んだ息を、ゆっくり吐き出す。


今はこんな事をしている場合ではなかった。


僕は気を静めると、周りの者に指示を出す。

すぐに移動を開始する面々。

走り出した僕の背に「兄ちゃん!」と、声がかかった。

走りながら振り返ると、小柄な少年が僕に叫んだ。



小柄な少年「優しい姉ちゃんを、助けて!」



その言葉に、僕は返答に詰まる。

その願いは保証は出来ない。


もしかしたら、見つける事が出来ないかもしれない。

もしかしたら、既に手遅れかもしれない。


考えたくも無いけど、「もしかしたら」が多い状況に「絶対」は無い。

だから「助けるよ」とも「大丈夫」とも、簡単に言えない。


いや、言う事は出来る。

相手を安心させるには、そう言うのが一番良いのは分かる。


でもそれは、”今”だけの話だ。


約束して、例えそれが口約束だとしても、誰かと約束をした上でそれが守る事が出来なかった場合。

相手の怒り、悲しみ、その他諸々(たもろもろ)の感情を受け入れる事が、僕には出来ない。


「たかが口約束」と、言う人も居るかも知れない。

でも僕は、「言葉は重い」と思う。


「思い」は「重い」と言う。

本当に言葉は面白い。


僕は「軽い言葉」を使わないように、心がけている。

いや、「使わないようにしたい」と思っている。

それが出来ていないのは、僕自身が一番わかっているのだけれども。

こういう真面目な場面では、「軽い言葉」を使わないようにと律しているつもりだ。


因みに、「軽い言葉」と「軽口」は、「似て非なるもの」と、言う事だけ言っておく。



だから、今言うべき事はすぐに思いついた。

「出来る限りの事はする」「微力を尽くす」、もしくはただ単純に「頑張る」。


僕は走りながら振り頷くと-



僕「任せろ!…絶対に助ける!!」


魔王『全くといって良いほど、律する事が出来てないかった』



言い訳など出来ない。

絶対は無いのに、「絶対」と言い切った。

「任せろ」と、小柄な少年の願いを請け負ったのだ。



振り返った時に僕が見たもの。


姫の騎士団員に肩を抱かれて立つ小柄な少年。

お願いをするように腕を組んで、顔を少しうつむかせる小柄な少年の瞳から、大きな涙が零れ落ちた。



それを見た時に脳裏をぎったのは、妖精少女だった。


始めて出合った時の、あの夜の、妖精少女の涙。


それを認識した瞬間、反射的に「任せろ!」と叫んでいた。



その事に後悔を覚える前に、小柄な少年の願いを、その後の結果も含めて受け入れる覚悟を決めた。

何故なら、僕の声を聞いた小柄な少年の顔に、少しの安堵を浮かべたからだ。



「…絶対助ける」と呟く僕。

と、隣から「ふふっ」と笑い声が聞こえてきた。

見ると、横を走る市井の娘が「何でもありません」と言った後に、「助けましょう」と言った。

僕は逸れに頷くと、先行した者に追いつく為に、速度を上げた。





----------





現場に着くと、先行していた者達が井戸の周辺を簡単に調べており、到着した僕に、現状で判っている事を説明してくれた。



井戸は中に降りれるように、窪みが作られている。

これは痛み具合から最近作られた感じでは無いので、昔からあるのだろう。

他の部分とは違い、窪みの辺りの苔がそぎ落ちているので、最近、誰かが使用したのは間違い無い。


水を汲むおけを結んだロープが、頑丈なロープに替わっている。

少なくとも僕に説明をしてくれている者の家の近くの井戸のロープとは全然違う。

そして、ロープを支える滑車も、補強されているらしい。

力を入れて引っ張ってみた所、ある程度の重さなら耐える事が出来そうだ。


井戸の中はどうなっているか分からない。

少なくとも、この場に居る者で、井戸の中がどうなっているのかを聞いた事がある者は居なかった。




僕は説明に頷くと、指示を出す。


この段階で、集まった者は約50名以上。


30名程を、数名ずつに分け、近くの井戸がどういう状況かを確認させに行かせる。

その際に、この井戸と同じような井戸があった場合のみ、犯人が出てくる可能性が高いので見張りにつき、それ以外は警吏に見張りを任せるように言う。

その中の一人、赤の騎士団の小隊長に、「自分の判断で人数を増やしても良い」と伝えた。




白の騎士団員の一人が、近くの店から頑丈そうなロープや、手持ちの灯りを借り受けてきた。

桶のロープの長さから、借り受けたロープが十分な長さである事を確認。

それを一人の白の騎士団員に結び、もう片方を近くの木に結んだ。

これは降りる途中に足を滑らしたり、何かあった場合に、引っ張りあげたりする為の命綱だ。

そして5人の赤白両騎士団員が命綱の途中を掴む。



降りる白の騎士団員に、幾つか指示を出す。


下まで折りきる必要は無く、下がどうなっているか分かったら引き返す事。

これは一つに、賊がまだ潜んでいる可能性があり、危険だからである。


だから出来るだけ物音を立てないようにし、声も緊急時以外は出さないように。

それを聞いた白の騎士団員は頷くと、腕や足ではずせる部分の鎧を外した。


最後に、何も確認できなくても、無理だと判断したら戻る事。



僕の指示を頷きながら聞いていた白の騎士団員は、鎧を外し終えると、「行って来ます」と言うと、桶を吊るロープを掴み、静かに井戸の中へと下りていった。






程なくして井戸から出た白の騎士団員は、手短に井戸の内部の説明をした。


井戸の下は、人工の水路のようだ。

少なくとも、井戸の下辺りは整備され、少し広めの空間が広がっているらしい。


「ようだ」とか「らしい」と言っているのは、賊を警戒して灯りを持たずに降りたから。

井戸から下は見えないが、井戸の中は、井戸の入り口からの入る明かりにより、目が慣れれば薄っすらと底が見えたようだ。

それでも暗いのは間違い何ので、見えるのはほんの近くだけだった。

流れる水の中までは明かりが届くわけも無く、真っ黒で深さまでは分からなかったようだ。


そして、近くに誰か居そうな気配は無いようだ。

じっと耳をそばだてて聞いてみた結果、水音しかしせず、水路の奥を覗き込んでみたが、暗闇が広がるのみで、光源なども無かった事から判断された。




僕は白の騎士団員の報告に頷くと、次の指示を出す。

白の騎士団員が降りている間に、準備、という程の事は出来ないが、ある程度、進めていた。

簡単に言うと、下の捜索を行うメンバーの選出である。

因みに、姫の騎士団員は上で待機である。



手順は簡単。

2人目が井戸の下に下り、下の安全を確保。

次にロープで灯りを降ろす。

ロープを伝って数名が降りる。

その後に、捜索に必要な備品をロープで降ろす。



簡単に言えばこんな感じである。


大雑把とか言わない!


井戸の中がどうなっているか分からないからである。

まずは井戸の入り口の下の安全の確保が最優先である。



そうこうしている間に、荷物を下ろし終わった。

後は水路の捜索を始めるだけなのだが、その前に僕も降りる必要がある。

下で指示を出す者も必要だからだ。


僕は赤の騎士団大隊長に「この場の支持をお願いします」と言うと、井戸の中へと降りているロープを手に取る。

井戸に足を掛けロープを掴む。


さあ降りるぞ、という段階で、急に「そこまでです!」という大きな声が聞こえた。

一部ですが、どんな人が被害にあっていたのかが判明しました。

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