第79話 回想
話は3日程前に遡る。
その日も僕は、姫の騎士団員数名と共に商店エリアを巡回をしていた。
とある十字路に差し掛かった時の話である。
十字路の右手の道から急に子どもが飛び出したと思うと、こちらに向かって走って来た。
正確には「こちらに向かって来ようとしていた」であるが。
歳は妖精少女と同じくらい、といった所だろうか。
その妖精少女と同じ年頃の子どもは僕を、というよりは僕達を見て、驚いたような顔して急に立ち止まった。
そして、何かを短く叫ぶと、踵を返して僕達と反対の方へと真っ直ぐに駆けて行く。
-一体、何なんだ?
訳が分からず呆然と、という程でもないが、すごい勢いで駆けて行く妖精少女と同じ年頃の子どもの背中を見送る。
その妖精少女と同じ年頃の子どもが、十字路を越えて少し行った所で、脇から出てきた人物と衝突して転ぶのが見えた。
同じように、妖精少女と同じ年頃の子どもを見ていたのだろう。
隣に居た姫の騎士団員の一人が、妖精少女と同じ年頃の子どもが脇から出てきた人物と衝突して転んだ瞬間に、「あっ」という声を発した。
と、衝突して倒れた2人の内、片方が立ち上がった。
そして、倒れたままの相手に何かを叫んだとおもったら、すぐ脇の道だか店だかに入ってしまい、姿が見えなくなった。
ここで、妖精少女と同じ年頃の子どもが飛び出してきた道から、4名の警吏が走って来た。
その警吏たちは、そのまま妖精少女と同じ年頃の子どもが駆けて行った方へと走っていく。
そして、倒れたままだった人物の元へ駆けつけると、1人の警吏の指示の元、その人物を取り押さえた。
取り押さえられた人物は何かを叫びながら暴れているようだが、さすがに大の大人数名に抑えられてはどうしようもないようだ。
状況は良く分からないが、取り合えず、僕はその騒ぎの方へと歩みを進めた。
近づくと「離せ!」と叫ぶ子どもと、「大人しくしろ!」と怒鳴る警吏の声が聞こえてきた。
あっという間に人垣が出来て、叫ぶ子どもも警吏の姿も見えない。
僕は人垣に近づくと「道を開けて貰えますか?」と声を掛けた。
すると、僕達に気が付いた人達が、僕達の前を開けてくれた。
それにお礼を言いながら、子どもと警吏に近づいていく。
僕「一体、どうしたと言うんですか?」
僕の言葉に子どもに「大人しくしろ!」と叫んでいた警吏が、「泥棒だよ!」と言いながら振り返る。
そして、僕の顔を見て「申し訳ありません!」と敬礼し、「盗みを働いた者を確保した所です!」と、言い直した。
とりあえず、声がでかい。
-そこまで畏まらなくても良いのに
魔王『王族、という扱いなので仕方あるまい』
それは、そうなんだけどね…
姫の配偶者、というだけで、僕自身は偉くも何ともないんだけれどもね。
魔王『我は元々、王族だがな』
-そうだったっけ?
いや、忘れては無いけどさ。
設定ではそうなっているけど、生きた事が無いのでどうでも良くなっていた。
魔王が何か文句を言っているけど、今はそういう話をしている訳じゃないので、ここは無視をしておく。
声の大きい警吏の言葉を聞きながら子どもを見ると、その子どもは「俺は関係ない!」と叫んだ。
すぐに取り押さえている警吏が「静かにしろ!」と一喝する。
僕「…何を盗んだんですか?」
僕の質問に「パンです」と声の大きな警吏が答える。
それを聞いて、「そんなの知らない」と子どもが言った。
僕「そのパンはどこに?」
声の大きい警吏「もう持ってないようです」
「途中で捨てたのか、逃げながら食べたのかも知れません」と声の大きい警吏が言った。
「走りながらパンを食べた?」と思いながら子どもを見て、あることに気が付く。
僕「どこで盗みを?」
声の大きな警吏「そこの十字路を曲がった先の店です」
声の大きな警吏は、十字路の左手-妖精少女と同じ年頃の子どもと警吏達が出て来た方-の道を指差す。
僕「実際に盗む所は見たのですか?」
声の大きい警吏「いえ、それは目撃してませんが-」
そう答えながら、辺りで声の大きい警吏の顔に、若干の陰りが見えた。
僕の質問を訝しく思っているようだ。
声の大きい警吏「巡回中に、店主の『泥棒!』と言う声が聞こえ、その方を見ると、この子どもが走って逃げる所でした」
そして、店から飛び出した店主が「あの子どもがパンを!」と、その子どもを指差したらしい。
それで慌てて追いかけてきた、というのだ。
僕は、声の大きな警吏の言葉に「なるほど」と頷く。
僕「それで逃げてきて、十字路を曲がろうとした時に僕と鉢合わせしてしまい、こちらの方に逃げてきた、と」
声の大きい警吏「そのようです。で、ここで何かの拍子に転んだようですね」
話は分かった。
さて、皆さんももう、何がどうなったかを理解していると思う。
そんな話をダラダラ続けてもどうかと思うのだけど、声の大きい警吏は理解していないようなので、少し付き合ってあげて欲しい。
僕は頷くと「では、その子どもを放してあげてください」と言った。
声の大きい警吏「は?」
僕「その子どもは盗んでないですよ」
声の大きい警吏「何をおっしゃるんですか」
「この子どもが盗んだので、ここまで追いかけてきたんですよ!」と言う、声の大きい警吏。
僕「本当に盗んだ子どもとこの子を、取り違えてしまったんです」
声の大きい警吏「そんなはずは…」
僕「確かに子どもがパンを盗んだ後、すぐに追いかけたんですよね?」
僕の言葉に頷く声の大きい警吏。
僕「でも、取り押さえるまで、その姿をずっと見続けていた訳では無いはずです」
十字路を曲がった時に、視界から外れている。
声の大きい警吏「姿を見失ったとしても、それはほんの少しの事ですよ?」
僕「その”ほんの少し”の間に、入れ替わってしまったんです」
どういう事だ?と首を傾げる声の大きい警吏。
僕「ここで、盗んだ子どもと、今、取り押さえられている子どもがぶつかったんです」
声の大きい警吏「本当、なんですか?」
声の大きい警吏の言葉に、姫の騎士団員達がピクリと反応する。
それを見てだろうか、声の大きい警吏が「ああ、疑う訳では無いんです」とすぐに言った。
-何て言うか、そういう反応されると、色々困る。
姫の騎士団員も、声の大きい警吏も。
魔王『「あぁん?若の言葉が信じられねぇってのか?」という感じだったな』
魔王の言う通り過ぎて、言葉も無い。
一度、姫の騎士団員の方向性について、美女さんと話し合うべきなのだろうか?
そんな事を思いながら、「ええ、間違いありません」と、声の大きな警吏の言葉に返す。
僕の言葉に、声の大きい警吏が子どもを見る。
子どもは先程まで騒いでいたが、今は静かに僕を見ていた。
その子どもに僕は微笑むと、声の大きい警吏を見て言った。
僕「ぶつかった後に、すぐに一人の子どもがこちらに逃げ込むのが見えました」
すぐ傍の路地を指差し「多分、逃げたのがパンを盗んだ子どもでしょう」と言った。
それに頷いてて聞いていた声の大きい警吏は「しかし―」と口を開いた。
声の大きい警吏「それだけで、別人、と言うのは難しいです」
僕「何故ですか?」
声の大きい警吏「話を聞く限り、その時に若のいらっしゃった場所は、路地の向こうですよね」
声の大きな警吏が指差す先は、十字路の向こう。
距離がそこそこある。
確かにぶつかったりしたのを見ることは出来きる距離ではあるが、「その後に逃げた方がどちらだったのか」何て事まで分かる距離とは思えない、と言うのだ。
僕「確かに距離はあります。でも、この子どもはパンを盗んだ子どもと別人、と言い切れます」
声の大きい警吏「何を根拠としてでしょうか?」
僕「パンを盗んだ子どもとは、一度、鉢合わせしてますからね」
本当に短い間だったので、結構、あやふやになっている部分が多い。
でも服装はある程度、覚えている。
というか、シャツのボタンを全開に開けていたので、印象に残っている。
僕「盗んだ子どもは、襟付きの服の前のボタンを全部開けていたのですが」
取り押さえられている子どもは、襟の無い服を着ている。
すぐに声の大きい警吏の指示で、抑えていた子どもを立たせる。
ボタンの無い服を着ていた。
僕「と、言う訳で、この子どもは違うんです」
僕の言葉に声の大きい警吏は考え込む。
声の大きい警吏「…申し訳ありませんが、それだけでは証拠として弱いです」
その声に姫の騎士団員が再度、ピクリと反応する。
―いや、だから、その反応やめようよ!
しかし、今度は声の大きい警吏も折れることは無いようだ。
声の大きい警吏「それだけでは、この子どもがやっていない、とは認めることが出来ません」
そう言った声の大きな警吏は、「勿論、今の状況で言うで犯人と断定も出来ませんが」と付け足した。
その言葉を聞いて、僕は声の大きい警吏の評価を変える。
正直、最初はただ威張っているだけだと思ったのだが、公正に努めようとする者、という風に上方修正された。
僕は声の大きな警吏に「公正な判断です」と頷く。
そして、周りを囲む人人々に「誰か、目撃していた人は居ますか?」と聞いた。
すると、すぐに「倒れている所なら」「一人が逃げて行く所なら」という声が上がる。
しかし、ぶつかる前から見ていた人は居ないようだ。
まあ、余程の事が無い限り、他人の行動に注目する事も無いだろう。
子どもは僕をじっと見つめたままだ。
もう押さえつけられてはおらず立ってはいるが、両側からガッチリと警吏に掴まれてはいる。
「誰か見てたか?」と、伝言ゲームのように彼方此方から聞こてくる。
と、「この人が見ていたらしいぞ!」という声が、人垣の後ろから聞こえてきた。
すぐに人垣が割れて、老女が一人の男性に支えられて来た。
どうやら、足が悪いらしく、男性はその老女に手を貸しているようだ。
僕は、こちらに向ってゆっくりと近づいてくる足の悪い老女の下へ行くと、「この子どもがぶつかる所を見ていたのですか?」と聞いた。
足の悪い老女は「はいな」と頷くと、説明を開始した。
足の悪い老女はその時、丁度2人がぶつかる現場の脇で、置いてあった木箱に座って休憩していたらしい。
現在、警吏に取り押さえられている子どもは、老女の座る横の路地から出てきた。
そこに走ってきたもう一人の子ども-パンを盗んだ子どもが、物凄い勢いでぶつかったらしい。
2人は派手に転倒した。
と、老女の足元にパンが転がってきたのだ。
そのパンを手に取り、倒れた子どもを心配して立ち上がろうとした所で、一人の子どもが立ち上がった。
それは走ってきた、パンを盗んだ子どもの方だった。
パンを盗んだ子どもは路地から出て来た子どもに「ふざけんな!」と叫ぶと、老女の手のパンを見て「返せ!」と言いながら奪い取ると、路地の方へと駆けて行ったらしい。
パンを盗んだ子どもが、老女からパンを奪い取る時に、老女は倒れてしまったそうだ。
近くに居た男性が「大丈夫か?」と起こしてくれた。
すぐ傍で警吏が駆けつけて路地から出て来た子どもを取り押さえ、人も集まってきたので、助けてくれた男性が「危ないから少し離れよう」と言い、人垣から離れたらしい。
説明を終えた老女にお礼をいい、怪我は無いかを尋ねる。
老女は「おかげさまで」と言った後に「お役に立てて嬉しいです」と言った。
そして拝みだす。
―異世界でも、拝むときは手を合わせるんだ…
じゃない!
僕「何故、僕を拝むのですか??」
僕の言葉に、足の悪い老女は「若様は、この国を救ってくれたのですから」と言った。
前の政権下では、毎日、死に怯えていたらしい。
お年寄りが言う事なので、少し大げさだと思うけど、それでも安心して暮らせる状況では無かったようだ。
殿下と姫が反旗を翻した時は、成功を祈ったのだが、すぐに内乱も失敗し、希望を失っていた。
足の悪い老女「そんな時に若様は現れて、逃亡中の殿下と姫様を助け、この国を救ってくれたんです」
だから僕は神が使わされたに違いない、と。
―勘弁してください…
「神の御使い」なら、一人居るので、それで十分だと思います。
見ると、足の悪い老女を支えている男性も、うんうんと頷いている。
周りの人たちも。
早くここから消えてしまいたい…
話を終わらせて去ろう。
僕「…とりあえず、これで、その子どもの無実が証明されましたよね?」
声の大きい警吏「ええ」
僕「では、そういう事で、僕も巡回中なので行きますね」
僕はそう言うと、人垣が開いて僕達の通り道を作る。
その間を抜ける際も、両脇から暖かい声援が送られる。
―は、恥ずかしい!!
皆が僕を受け入れてくれているのは嬉しい。
嬉しいんだけど、その数倍、恥ずかしい。
早く通り抜けよう、でも応援してくれてる人達から逃げ出すような態度をとるのは、失礼過ぎる。
そんなジレンマに苛まれつつ、不自然じゃない程度を心がけて進む。
と、背後から「兄ちゃん!」と聞こえて振り返った。
すると、先程まで警吏に取り押さえられてた子ども―小柄な少年がこちらに向かって「あんがと!」と叫んだ。
僕はそれに、軽く手を振ると、出来るだけ、でも不自然じゃない速度で、その場を後にした。
――――――――――
以上が、小柄な少年との出会いである。
こういう感じの出会いだった為、「知り合い」ではなく「顔見知り」と言ったのだ。
小柄な少年は息を切らせながら―
魔王『因みに、あの子どもとの最後のやり取りが、さらに下々の高感度を上げたらしいぞ?』
―え?
小柄な少年との事を言っているのだろうか。
小柄な少年の「ありがとう」に、軽く手を振っただけで、その場をそそくさと後にしたんだけど?
魔王『まあ、下々の者は、そう取らなかったらしいぞ』
無実の子どもを助けた僕は、感謝を述べる子どもに恩を着せる事も無く、笑顔で手を振ると、颯爽と去っていった。
―誰の事を言ってるの??
僕以外の何者かの事なのは間違いない。
魔王『逃げるお主の背後から、賛辞の声が上がっていたぞ』
―その場を去ることしか考えてなかったし、恥ずかしかったので、ちゃんと聞いてなかった…
『姫の騎士団員の噂にもなっているな』と魔王が言う。
巡回時に、姫の騎士団員が噂を仕入れてくるらしく、姫の騎士団員達が情報交換をしているのを聞いたらしい。
―何で魔王が聞いていて、僕が聞いていないんだ?
魔王『日頃から周りに意識を向けず、ボーっとしているからだろう』
そういう事らしい。
そんなつもりは全く無いのだけれども。
実際に聞き逃しているので、そうなのだろう…
その事またの機会があれば、という事で。
多分、無いけど。
回想や、関係ない話が思ったより長くなってしまい、話が殆ど進まなかった…
この話が回想で終わるのは、当初の予定通りです。
…本当ですよ?
誤字修正
シャツのボタンを全快 → シャツのボタンを全開
今の譲許 → 今の状況