第78話 横槍
巡回開始から10日程がたったある日、僕達は殿下に呼び出されて執務室を訪れた。
因みに誘拐事件は、巡回の甲斐無く、成果を見せていなかったりする。
忙しそうに書類に目を通し、サインを入れていく殿下。
執務室の扉がノックされ、赤白両騎士団団長が揃って現れた。
遅れたことを詫びながら入出した2人が腰を下ろすのを待って、殿下は書類を脇に避けると、「巡回に対して、横槍が入ってます」と言った。
僕「横槍?」
翁「商業組合と幾つかの店から、訴状が来たのじゃ」
その内容は簡単に言うと、「騎士たちの巡回により、街の者が不安に感じている」「そのせいで客足が遠のき、店が困っている」の2つである。
それを見た白の騎士団団長が「おかしな話ですね」と首を傾げた。
巡回の回数は増やしているが、住民に不安を与えないようには配慮している。
少なくとも巡回時の街を見る限りでは、不安に感じているとか、人が減ったと言う雰囲気は無い。
―むちゃくちゃ話しかけられるし
魔王『お主は話しかけられすぎだ』
巡回に行くと、道行く人やそこらの店の従業員などから、ものすごく話しかけられる。
だから、訴状が来るほど不安感を与えていたり、客足が遠のいているイメージは無い。
白の騎士団団長「店、と言うのは?」
翁「貴族どもの系列店、だな」
赤の騎士団団長「貴族からの文句、ですか」
一体、何の為に訴状を出してきたのか。
殿下「考えられる理由は2つくらいでしょうか」
白の騎士団団長「一つ目は本当にその通りで困っている」
翁「無いな。前も今も、人の数は然程変わらん」
赤の騎士団団長「もう一つは…」
貴族たちが誘拐事件の黒幕。
爺「しかしそうなると、出すタイミングとしては、最低のタイミングですな」
赤の騎士団団長「自分が犯人、と言っているようなモノだしな」
白の騎士団団長「逆に『違うのでは?』と考えたくなりますね」
自分が犯人の立場なら、こんな手段には出ないだろうな、と思う。
翁「奴らにそんな頭があるかどうかが問題じゃが」
翁の言葉に全員が「うむむ」と考え込んでしまう。
さすがに冗談で笑い飛ばせない部分がある。
殿下「商業組合の関与に関して、ですが」
翁「微妙ですな」
商業組合というのは、その名の通りの組合である。
だが、ただの商店の組合などではなあ。
王都ばかりではなく、この国全体の商業を取り仕切っている組織だ。
どの国にも似たような組織はあり、国によっ色々な形をしている。
場所によっては、国を跨いだ組合などもあったりするのだ。
大抵は幾つかの組合が存在し、「○○系組合」と言うような呼び名をし、ただ単に「商業組合」という呼び方をする場合は、その国最大の商業組合を指す。
幾つも組合が存在するので、どの組合に入るかは店次第だが、大きい組合の方が何かと便利だったりする。
その分、柵も増えて面倒な部分もあるが。
爺「商業組合は貴族系列でしたか?」
殿下「我が国では貴族が商業組合に影響を及ぼすことは禁止されてますが…」
商業組合を牛耳る事は、その国の商業を牛耳る事に近い。
だから貴族や権力者の関与をさせないような法律のある国などは、意外と結構い多い。
逆に権力者ががっちりと傘下に収めている国もあったりするし、逆のパターンもある。
殿下「守られていなかったのか、利害が一致したのか」
白の騎士団団長「そもそも、その貴族達は商業組合に影響を及ぼす程の大物なんですか?」
翁は「微妙な所じゃな」と言うと、幾つかの既読の名前を挙げた。
赤の騎士団団長「…大貴族は居ないようですね」
翁「少なくとも、商業組合に影響を及ぼす程の力は無いはずじゃ」
白の騎士団団長「影響を及ぼすような貴族が、別で居る…?」
自らは行動に移すことなく、他の者を使って事を起こすような大物が。
爺「そうなると対応が若干、異なりますな」
殿下「少なくとも、商業組合が貴族の影響下にあるのは、間違いないでしょうね」
赤の騎士団団長「それが、どこまであるのか、ですね」
商業組合は、数名の代表者によって運営されている事が多い。
その代表者は組合によって、持ち回りでやっている所もあれば、規模の大きい店舗から選ばれる所もあり、立候補の形を取っている所もある。
この国の商業組合は、組合員から選ばれた数名が運営している。
代表者は永劫ではなく、一定期間で代わるのが常で、この国の商業組合は2年毎に選出される。
翁「商業組合の名前入りの訴状は一人では出せぬからな」
少なくとも複数人が関与し、少なくとも貴族と何かしらで繋がっている可能性が高い。
赤の騎士団団長「貴族との関与を理由に、商業組合をどうにか出来ないですかね」
白の騎士団団長「さすがに、これだけでは手が出し辛いでしょうね」
翁「そうじゃな、今の段階では否定されるだろうしな」
限りなく黒に近い白。
せめて決定的な証拠が無いと無理だろう。
この訴状は決定的な証拠としては弱い。
「偶然」の一言で終わらされる可能性が高い。
逆に名誉毀損で痛い目に合わされる可能性がある。
そんな簡単な問題でもないのだが、それでもこれを数ある証拠の一つには出来ても、これだけで事は起こせない。
翁「とりあえず色々と調査はさせるが、すぐにどうこう、という事は出来ん」
「残念ながらな」と翁は続けた。
殿下がそれに苦笑しながら「なら、訴状を出す意味、ですが…」と口を開いた。
赤の騎士団団長「巡回の邪魔、以外に何があるでしょうか?」
白の騎士団団長「誘拐事件の捜査自体の邪魔、ですかね」
どちらも方向性が同じ「邪魔」なのだが、ニュアンスは若干異なる。
というか、対応も異なるだろう。
―今気が付いたんだけど
魔王『どうした?』
―僕、全く発言してないよね?
魔王『問題なく進んでいるから良いのではないか?』
べ、別に無視されている訳ではない。
ただ商業組合とか貴族との関係性とか、僕がよく知らない話題だった為に、入るタイミングが無かっただけなのだ。
と、気が付くと皆が黙り込んで僕を見ていた。
僕「な、何か?」
魔王『発言出来てよかった』
―こんな発言微妙だ…
僕の質問に白の騎士団団長が「一つの可能性が見えたので」と言った。
僕「可能性?」
白の騎士団団長「若への嫌がらせ」
僕「はい?」
―僕への?
首を傾げる僕に、翁が頷きながら言った。
翁「その可能性もあるかもしれん」
―何の話?
魔王『訴状のだろう』
『何を言っているのだ』と言う魔王に「いや、そうだとは思ったけどさ」答える。
話の流れから、訴状の出した意味について、と言う事くらい分かる。
でも何で、僕への嫌がらせと思うのかは分からない。
まさか僕個人への攻撃にためだけに、そんな事をするとは思わないじゃないか。
僕「まさか僕なんかを―」
殿下「若は自分を過小評価しすぎです」
殿下が珍しく僕の言葉に被せる様に言った。
その事に驚きつつ僕も答える。
僕「いえ、殿下が僕を過大評価しすぎだと思いますけ―」
殿下「そんな事はありません!」
さらに被された。
しかも物腰柔らか、という表現がしっくりくる殿下が、静かに、しかしハッキリとした態度で言うとは驚きだ。
僕はそんな殿下に「ああ、そうですか…」としか言えない。
そんな僕に「まあ殿下の評価がどうか、というのは置いておいてじゃな」と言った。
翁「少なくとも貴族共は、それなりに評価しているようじゃな」
白の騎士団団長「評価と言うのでしょうか」
赤の騎士団団長「評価と言うか、ただ敵視しているように思われますが?」
翁「相手を評価しているからこそ、敵視するのじゃろう。どうでもいい相手は無視するじゃろうしな」
「本人達が気が付いているかはしらんが」と翁が言う。
確かに僕は、一部の貴族達に嫌われているのは知っている。
知っているが、だからと言って、今回の件が僕への嫌がらせ、と考えるのは早計ではないだろうか?
僕「これだけで僕への嫌がらせ、と断定するのはちょっと…」
翁「これだけ、とは訴状の事か?」
僕「はい」
僕が頷くと、翁は一つ咳払いをし「今まで黙っていたが」と口を開いた。
翁「以前に勲章を授与してから、一部の貴族から陳情が上がっていてな」
僕「陳情?」
殿下「陳情、と言うのも馬鹿らしい内容です」
殿下の珍しい毒舌に翁は苦笑しながら言った。
翁「『若を優遇しすぎでは無いのか』『権力を与えすぎなのでは無いか』、とな」
白の騎士団団長「優遇と権力、ですか」
赤の騎士団団長「優遇はされているでしょうけど、目の敵にするほどでしょうか?」
―されてるんだ
「いや、されてますけど!」と、魔王が突っ込む前に、自分で突っ込んでおく。
翁「貴族共はそう思わないようだ」
姫との婚姻。
騎士団の設立。
執政と同じ地位。
勲章授与。
翁が「少なくともこんなもんか」と指折り数えた。
殿下「それに有力貴族の娘と美女さんとの婚姻も入りますね」
赤の騎士団団長「それだけあれば、貴族共が羨み妬むのも当然ですね」
白の騎士団団長「しかし、若の功績に見合った内容だと思いますけど?」
翁「それに、権力といっても、執政と同等の地位というだけですしな」
ああ、忘れがちだけど、僕はそんな地位に居るらしい。
でも、それで何が出来るのか良く分からない。
殿下「にも関わらず、若は国政に関わろうとしてませんしね」
殿下が少し恨めしそうに僕を見ながら言う。
先程までの殿下の働き振りを見ると、「何かスミマセン」という気持ちになる。
が、人には出来る事と出来ない事があるので、そればっかりは仕方ない。
白の騎士団団長「若が権力を振りかざしているのを、見た記憶がありませんけど」
翁「まあそれでもも、貴族達はそう思わないらしい」
僕「実際にはどんな事を言ってきているのですか?」
殿下「『特定の人物のみではなく、他の者にも活躍の場を与えてください。』とかですね」
「"特定の人物"が誰かは言わずものがな」と翁が言う。
翁「見合った者に見合った名誉と地位を、と言うのも言っていたな」
白の騎士団団長「そうなっていると思いますけど?」
分かっていながらそう言う白の騎士団団長。
翁も頷きながら「能力ではなく、血筋に、という事なのだろうな」と言った。
因みに僕が発言しないのは意図的にである。
自分の事を言われているのに、発言のしようがあろうはずもない。
翁「そういう事で、若への嫌がらせの可能性も高いのじゃ」
白の騎士団団長「そうなると、誘拐事件の犯人説も揺らぎますね」
嫌がらせの可能性で消える犯人説。
まあ、何度も言うけど、訴状一つでは証拠として弱すぎるのだ。
いや、嫌がらせだけでこんな事をするというのもどうかと思うけど。
取り合えず、色々と面倒と言うかなんと言うか。
爺「まあしかし、若の言う通り、これだけで若への嫌がらせ、と断定するのは早計ですな」
翁「何にせよ、どんな些細な事でも、可能性の一つとして考慮しておくべき、という事じゃよ」
爺の言葉に、頷きながらも翁がそう言った。
翁「まあこの件関しては、こちらで対応をしつつ調べも進めるので、皆は今まで通り巡回を続けてくれ」
殿下「そうですね。」
「訴状があったことだけ心に留めておいて下さい」と言う殿下。
その後、各自の巡回状況などの情報を交換して、解散となった。
――――――――――
巡回に対する横槍の話を聞いてか5日が過ぎた。
やはり、誘拐事件に関しては進展を見せていない。
それが起こったのは、いつも通り巡回をしている時の話だった。
訴状の話を聞いて巡回の際に城下の人々を注意深く確認してみたが、訴状のような雰囲気は見受けられない。
―まあ、僕達の前ではあからさまに出さないだけ、と言う可能性もあるけど。
そんな事を思いながら、巡回を行っていると、建物の隙間から人影が飛び出した。
その影に、僕と共に巡回をしていた姫の騎士団員達が機敏に反応する。
騎士団員たち全員が、剣の柄に手を当て、いつでも抜ける状態になった。
僕の左右に居た騎士団員は、その状態から不審者と僕の間に立とうとする。
「まるで僕を護衛しているようだな」と思いながら、僕の前に出ようとする姫の騎士団員を手で制す。
その姫の騎士団員たちの動きに、頼もしさと同時に恐怖を感じるのは僕だけだろうか。
突発的な事に瞬時に対応出来る、というのはとても心強い。
心強いのだが、姫の騎士団結成から左程の時間も経っていないにも拘らず、この動きである。
姫の騎士団員は元々、兵士や冒険者の出の者が多い。
だからある程度は荒事に慣れている者も居る。
居るには居るが、今、僕の左右に居た姫の騎士団員の一人は、市井の出である。
姫の騎士団員の選考会まで、剣すら握った事が無かったというのに、今や一端の動きを見せる。
魔王『美女による調教は半端無いな』
―訓練ね、訓練!
『似たようなモノだろう』という魔王に、「違う!」と否定する。
言いたいことは分かるけどさ!
ほんの少し前まで剣すら握った事の無かった普通の街娘が、姫の騎士団員として過ごす内にここまで成長するなんて。
匠も驚きのビフォアアフターである。
―本人の頑張りが大きいんだけどね
それが無ければ、そもそも姫の騎士団員として続いていない。
それどころか、姫の騎士団員にもなれなかっただろう。
しかし、美女さんの教えが無ければ、ここまでの急成長は見せなかったのも確かだ。
だからこそ、姫の騎士団員たちは美女さんに付いて行くのだろう。
魔王『もし、お主と美女が決裂した場合、姫の騎士団員達は、どちらに付くのだろうな?』
―それは勿論…
「…美女さん」という僕に、魔王が笑う。
そんなに笑わなくてもいいじゃないか。
少しはフォローしろ!!
魔王『まあ、お主もそれなりに慕われているようだしな』
―このタイミングで言われたら、逆に悲しいよ…
凹む僕に、魔王が『そもそも前提が間違っている』と言った。
―どういう事?
魔王『お主と美女が仲違いした場合どちらに付くか、と言うのが間違っている』
―ああ、僕と美女さんが仲違いするはずが無―
魔王『仲違いした場合、どちらに付く付かないと大げさになる前に、美女が一対一でケリをつけるだろよ』
―ですよねー
絶対、美女さんとは喧嘩しないでいようと、再度、心に誓っていると、市井の娘が「若?」と声を掛けて来た。
そういえば、今はそんな事を話している時ではなかった。
僕が姫の騎士団員達を制したのには訳がある。
飛び出した不審者に見覚えがあったのだ。
飛び出した不審者は、妖精少女と同じくらいの年齢の小柄な少年だった。
この小柄な少年とは、数日前の巡回時に、ふとした事で顔見知りとなったのだ。
その小柄な少年は僕の顔を見ると、息を切らせながら「助けて、兄ちゃん」と、泣きそうな声で言った。
誤字修正
評価がどうか、ろいうのは → 評価がどうか、ろいうのは