第74話 割愛
何となく目を逸らしてしまった僕に対して、魔王が『別に見るくらい構わんだろうに』と言う。
魔王『その程度、恥ずかしがるような事でもあるまい』
―そう…なんだけどね
僕と殿下が、何に対してそういう態度を取っているのか。
何の事も無い。
南国の第三王女に対して、である。
喜びを全身で表現する南国の第三王女。
それは見ていて微笑ましい。
微笑ましいのだが、微笑ましいでは済まない事もある。
その…何と言うか、一部が物凄い事になってるんですよ。
別に気にしなければいいだけの話なのだが、それでも気になる。
先に言っておくが、決して僕がエロい訳ではない。
世の女性に知っておいて欲しいのは、こういう場合に男性が視線をそっと逸らすのは、紳士的な気持ちの表れなのだ。
いや、この話をすると長くなるので割愛する。
と言うよりは、ただ単に、何を言っても言い訳にしか聞こえないからだ。
とりあえず南国の第三王女は姫の騎士団寄宿舎で2日間を過ごす事となった。
僕は再度、難読の第三王女の顔を見ると、喜ぶ彼女に言った。
僕「では南国の第三王女は、この階にある寝室で寝泊りしてください」
僕の言葉に、南国の第三王女は僕を見ると「姫の騎士団員と同じ生活でいいけど?」と言う。
その言葉に僕は首を振った。
僕「それは出来ません」
南国の第三王女「何故?」
僕「姫の騎士団寄宿舎の部屋割りは、部隊毎にされています」
姫の騎士団寄宿舎はそれほど大きくない。
どの部屋も7~8人で一部屋を使っている状態だ。
一部屋、一部屋がそれほど狭くないので窮屈、と言う訳では無い。
それでも余分に一人を受け入れる事が出来る程の余裕も、ベッドも無い。
そこに南国の第三王女が入るとなると、誰かを追い出すか、南国の第三王女が入る部屋の者達に、窮屈な思いをしてもらうしかないのだ。
僕「だから、食事と訓練を一緒にする程度で、我慢してください」
僕の言葉に南国の第三王女は「そういう事なら…残念だけど仕方ないね」と、本当に残念そうに言う。
それを見ると、「何故そこまで姫の騎士団員と同じ生活をしたいのか?」と逆に不思議に感じるくらいだ。
などと思っていると、殿下が「ああそうだ」と言った。
殿下「今日の夕食はどうしましょうか?」
南国の第三王女「夕食?」
殿下「せっかく南国の第三王女が来たんです。皆には秘密でも、姫姉さまや、他の后候補の姫達とは挨拶したほうがいいでしょう?」
「それを、兼ねて一緒に夕食をとってはどうでしょう?」というのだ。
南国の第三王女「ああ、確かに!」
殿下「わかりました」
翁「そうなると、夕食時だけ上(王城)に上がってもらいますかな?」
殿下「う~ん…」
考え込んだ殿下に、日頃、聞かれるまで何も言わない美女さんが珍しく口を開いた。
美女さん「それならば、ここで夕食を召し上がったらどうでしょうか?」
殿下「姫の騎士団寄宿舎で?」
美女さん「はい」
王城で食事、となると一人分、追加しないといけなくなる。
そうなると「誰」と名前を出さなくても、少なくとも何時もとは違う「何かある」と言う事が知られる。
その程度では南国の第三王女の事を知られるとは思わないし、王宮調理人を疑う訳ではないが、情報は出来るだけ隠すべきなのだ。
―気にし過ぎなきらいもあるけどね
「姫の騎士団に関しても同じなのでは無いか?」と思う人も居るだろう。
しかし王城で働く者達と、姫の騎士団員では全然違う。
単に、自分の騎士団を過信しているという訳でもない。
姫の騎士団には「秘密厳守」というのがある。
もちろん王城で働く者達にも「秘密厳守」という規則は当然ある。
それでも「人の口には戸が立てられない」と言われる様に、どこからか話が漏れてしまう事がある。
そしてそれは、知る者が増えれば増えるほど、危険度を増すのだ。
では何故、姫の騎士団は大丈夫なのか。
親兄弟、恋人、家族だろうがなんだろうが、姫の騎士団で知りえた事は、姫の騎士団員以外に漏らしてはならない。
場合にっては、同じ姫の騎士団員にすら、漏らしてはいけない事もある。
それを破って漏らした場合。
例えそれが「どんな些細な事」であると、厳罰に処す。
騎士の称号の剥奪や、場合によっては死刑。
厳しいようだが、仕方ない。
任務内容や重要な情報を漏らされてからでは遅いのだ。
「重要な事は言わない」「言っても大丈夫なことだけ言う」と言う奴がたまに居る。
「秘密厳守」というのは「0か100」でしかないのだ。
どんな些細な事でも話してしまう者や、自分の判断で規則を曲げる者は、信用出来ない。
例えその判断が的確だろうが、いくらその者が優秀だろうが、そういう者は騎士に向いていない。
自分勝手と臨機応変の違いを履き違えている。
少なくとも、僕はそう思う。
姫の騎士団にも、赤白両騎士団と同じ騎士団の規則を用いている。
一部、美女さんと話し合って変更している部分もあるが、それでも「秘密厳守」については赤白両騎士団と同じ規則であり、姫の騎士団員全員が理解している。
少なくとも、現状の姫の騎士団なら、南国の第三王女の情報が外に漏れる事はほぼ無いだろう。
では、姫の騎士団員以外の、姫の騎士団寄宿舎に居る者たちはどうなのか?
現在、姫の騎士団寄宿舎に居る、姫の騎士団員以外の者は5名。
この5名は全員女性であり、姫の騎士団寄宿舎で共に生活をしている。
騎士ではないが、彼女たちも姫の騎士団の一員といえる。
騎士では無いので訓練や任務などは行わないが、姫の騎士団寄宿舎で調理や清掃を行ってくれているのだ。
もちろん、たった5名だけでは無理があるので、姫の騎士団員も持ち回りで手伝いを行っている。
調理も訓練の一環なのだ。
その5名の女性達も姫の騎士団の一員として、姫の騎士団員と同じく、姫の騎士団規則を厳守を制約してもらっている。
秘密厳守はもちろん、外出なども他の姫の騎士団員と同じ扱いなのだ。
だからこそ、2日程度なら秘密も守れるだろう。
美女さん「ただ問題は、お城の食事の様な料理が出せない事です」
姫の騎士団寄宿舎の食事はおいしい。
何回か殿下の付き添いできた赤白両騎士団団長が、姫の騎士団寄宿舎で食事を食べて絶賛していたから間違いない。
「姫の騎士団寄宿舎は男子禁制なのでは?」と思う人も居るだろう。
その通りだが、何にでも例外はある。
今回は翁が一緒だったが、「殿下の付き添い」という形で「赤白両騎士団団長クラス」程の人物なら、姫の騎士団寄宿舎に入るのを拒むことは無い。
もちろん殿下に付き添えば誰でも入れる訳ではないし、姫の騎士団員の生活している部屋のには行かせる訳も無く、精々(せいぜい)が会議室と外の演習場程度だが。
話を戻そう。
姫の騎士団寄宿舎の食事はおいしい。
それでも、宮廷料理人が作る料理とは別次元なのだ。
美女さんの言葉に殿下が「そこは…南国の第三王女次第ですが」と、南国の第三王女を見る。
南国の第三王女「元々、ここで厄介になるつもりだし、特に問題ないけど?」
殿下「じゃあ良いですね。この会議室なら、全員入れますし」
翁「そういう事でしたら、今回はワシは外させて頂きますかな」
殿下「翁?」
殿下の言葉に「嫌だというわけではありません」と翁が笑う。
翁「姫の騎士団寄宿舎にワシが何度も足を運べば、訝しむ者もで無いとは限りませんからな」
そう言うと翁は「ご一緒するのは、正式に来られた時の楽しみにしておきますよ」と笑った。
――――――――――
夜、殿下や姫、妖精少女と妖精姉、それに后候補である隣国の王孫女と北国の筆頭貴族の娘が姫の騎士団寄宿舎に来た。
隣国の王孫女と北国の筆頭貴族の娘が、物珍しそうに姫の騎士団寄宿舎を見ていた。
隣国の王孫女と北国の筆頭貴族の娘が姫の騎士団寄宿舎を訪れるのは、もちろん初めてだ。
お互いに挨拶をする。
南国の第三王女は、かなりテンションが高かったが、妖精少女と挨拶をした時にピークを迎えた。
妖精少女を見て「可愛い!!」と叫ぶ南国の第三王女に、妖精少女が怯えて、少しの間、姫の後ろから出て来なかったくらいだ。
数刻後には、少し慣れた妖精少女が近づいた所を捕縛した南国の第三王女が、妖精少女を抱きしめて「可愛い」を連呼していた。
妖精少女はビックリしていたけど、途中からは自分からも抱きついていたので、それなりに南国の第三王女を気に入ったようだ。
南国の第三王女は隣国の王孫女にも、妖精少女と同じ視線を送っていたが、流石に他国の王女相手には抱きしめる事はしない程度の分別を持っていたようだ。
南国の第三王女は妖精少女を膝に乗せたまま「可愛いなぁ」と言っていた。
妖精少女が可愛い事については同意見である。
南国の第三王女「可愛すぎる。このまま持って帰りたい…」
姫「駄目です」
僕が「駄目」の「d―」辺りを言う前に、というか、口を開く前に姫が「妖精少女は私たちの家族なので駄目です」とやんわりと言う。
その言葉に「残念だなぁ」と南国の第三王女が妖精少女の頭を撫でる。
姫「でも、もし殿下と婚姻を結べば、妖精少女とも縁戚になりますよ」
南国の第三王女「縁戚?」
姫は「ええ」と笑顔で頷く。
軽く首を傾げる南国の第三王女に姫が「妖精少女も若の奥さんですから」と姫が笑顔で伝える。
―まだ誰が殿下の奥さんになるか決まって無いのになぁ
などと思っていたら、南国の第三王女が僕を凝視していた。
僕「な、何か?」
余りの迫力に僕がそう聞くと、南国の第三王女は「アナタは―」と口を開いた。
南国の第三王女「―こんないたいけな少女まで毒牙にかけるのか!」
僕「ど、毒牙!?」
南国の第三王女「妖精少女を娶っているのだろう!?」
僕「娶って無いですよ!」
南国の第三王女の言葉を否定する。
見ると、隣国の王孫女も北国の筆頭貴族の娘も、僕の事を驚いた顔で見ていた。
南国の第三王女「しかし、姫が妖精少女を若の奥さん、と言った時に何も言わなかったじゃないか」
確かに僕は、姫がそういうのを普通に聞き流していた。
それは、ただ単に言われすぎた結果、言われても笑顔で流せるスキルが身に付いただけだ。
だがその結果、知らない人から見たら「受け入れている」と取られたのだ。
―一体どうしろと!?
南国の第三王女達には「姫がそう言っているだけで、僕は妹のように思っている」という説明をする。
それを聞いていた魔王が口を開いた。
魔王『そもそも、流せるスキルが付いただけでは無いのではないか?』
―どういう事?
魔王『当初は言われる度に、過剰に反応していた。』
―うん
魔王『それが「姫が言っているだけ」と流せるようになった。』
これだけを見ると。大人な反応を出来るようになったと言える。
魔王『しかし本当はこれはまだ過程であり、この先には別の事が隠されている。』
―別の事?
魔王『そうして徐々に慣らされていって、気が付いたら受け入れる事に成るのでは無いのか。』
その魔王の言葉を僕は「まさぁ」と笑い飛ばそうとした。
その前に『前例があるからな』と魔王が言う。
前例…言わずものがな、姫と有力貴族の娘、それに美女さんを奥さんにしたことだろう。
それを考えると、なぜか魔王の言葉を笑い飛ばす気にはなれなかった。
危うく、冒頭のネタだけで一話が終わる所でした。
本当の意味で「割愛」しました。
誤字修正
秘めの騎士団 → 姫の騎士団
有力寄贈の娘 → 有力貴族の娘