第67話 手紙
私は部屋に入ると、手にしたモノをテーブルの上に投げた。
数通の郵便。
宛名をざっと確認したが、重要そうなものは無い。
取りあえず、今日も疲れた。
中身の確認は明日の朝にでも行えばいいだろう。
ん?北国の筆頭貴族の娘の話はどうなったのだ?だと。
あいにくと北国に知人は居ないのだが?
いくら私が栄えある金聖騎士団の副団長の一人だとしても、他国の貴族と面識を持つ事などそうそうは無い。
いや、金聖騎士団は解散し、今は聖騎士団所属の聖騎士でしかないのだが…
翌日、いつも通りに起きて、いつも通りに朝食を取り、いつも通り食後のお茶を飲みながら、昨日届いていた手紙に目を通す。
殆どが読む必要すら感じず、数行読んだだけで読むのを止めた。
残り2通のうちの一通は、家族からの手紙だったが、個人的な内容ばかりで今回の件には関係ないので省かせてもらう。
問題は最後の一通だった。
装飾も殆ど無い。
あて先に私の名前や所在などが書かれているだけだ。
蝋で封はされているが、印璽などは押されていない。
そんな物が押されていたら、後回しになどせずに昨日のうちに読んでいるのだが。
それなりの身分を持った者しか、封蝋に印璽を押す事など無い。
それにしても差出人名すら無いとは。
ただ単に書き忘れただけ、の可能性もあるだろうが。
私は封を開けると手紙を開いた。
お茶を飲みながら、書かれている内容を目で追う。
そして勢いよく、お茶を噴出した。
さて、急な話で申し訳ないが、"奇跡"を信じるだろうか。
聖騎士として、奇跡を信じない者は居ないだろう。
逆に言えば、信じる事が出来ない者は聖騎士にはなれない。
いや、信じる信じないではない。
「奇跡はある」と言う事を知っているのだ。
そして今、その奇跡が起こった。
しかし手紙が私の噴出したお茶で汚れなかったのは、奇跡と言えるだろう。
別に噴出したお茶が手紙を避けたとか、手紙にはかかったが一切汚れなかったという訳ではない。
それは奇跡と言うよりは奇術の域だ。
ただ単に、噴出す前に顔を背ける事が出来ただけなのだ。
言ってる事が仰々しくてすまない。
しかし、噴出したお茶で汚した手紙を、誰かに見せる事など出来ないのだ。
そう、この手紙を別の人物に見せなければいけない。
出来るだけ早く。
極秘裏に。
――――――――――
―世の中は下らない者が多い。
無能な味方は敵よりも怖い、とよく言う。
実際その通りだろう。
しかしそれでもまだ味方なだけマシなのではないだろうか、と最近思う。
味方陣営に居る無能な敵は、無能な味方の比ではない。
別に怖くは無い。
いや、怖い…と言えるのか。
そういう輩に限って、無駄に権力を有して居たりする。
そして、自分を有能だと思い込んでるのが救われない。
私は資料を見ながら、そんな事を考えていた。
―少し、疲れているのかもしれないな。
資料を机に置くと、目頭を軽く揉んだ。
無能な輩がまた何かを画策しているらしい。
「らしい」ではなく、している。
しかも「何か」ではなく「何を」かもハッキリしている。
私を陥れる―正確には「私たちを陥れる計画」と言えるか、それを画策しているらしい。
まだ、どのような方法を取るかは詳しくは判明していない。
しかし、計画段階で私達に話が漏れ聞こえると言う事が、すでに奴らの無能を証明していると言えるだろう。
―それがブラフじゃ無ければな
そう考えて、私はそれをすぐに否定した。
それが出来る相手なら、奴らを泳がす事なんかしていない。
脅威はさっさと"取り除く"か"引き入れる"に限るからだ。
まあ、裏に誰が居る可能性は高い―というか、居るからこそ奴らが動くのだろうが、まだその相手は見えない。
それが判明するまでは奴らを適度に泳がすしか無いのだろう。
と、そこで部屋がノックされた。
返事をすると、我が家に昔から使える老執事が「お手紙です」と一通の封筒を持ってきた。
それを受け取ると、老執事はお辞儀をして退出する。
手紙。
何も書かれていない封筒。
開くと入っているのは、たった一枚の用紙。
そこにかかれた文章を読むと、私は紙に火をつけて封筒ごと燃やした。
読み返す必要など無い。
たった二行しか書かれていなかったのだから。
たいした事がかかれていない、意味の無い文章。
書かれている文章そのまま読むと本当に意味など無いので割愛する。
しかしその内容は…暗号なので要約すれば「渡したいものがあるので、いつもの場所で」と言ったところで、その他には差出人が誰かわかるような暗号が記載されていただけだ。
「いつもの場所」というのは幾つかある。
実はこれだけでは「いつもの場所」と言うのが何処かはわからない。
だから午前中にその「幾つかの場所」を巡るのだ。
何故そんな事、暗号文だったり、場所を幾つも用意していたりするのか。
それは仲間以外に悟られないようにするためだ。
煩わしいが、まだ水面下で動いている状態の為、仕方にと言えば仕方ない。
3つ目の"いつもの場所"で目的の人物は見つかった。
元金聖騎士団副団長の一人だった男だ。
我々の仲間の一人である。
元金聖騎士団副団長は私に気が付くと、廊下の端に寄り敬礼をした。
それに敬礼を返しながら私はその横を通り過ぎる。
元金聖騎士団副団長が端に寄ってまで私に敬礼をするのは自然な事だ。
なぜなら相手は一聖騎士でしかなく、私は神聖騎士団第五師団師団長であり、伯爵という身分も持っているからだ。
彼との接触はコレだけである。
敬礼時に視線を向けた程度で、後は何事も無く通り過ぎる。
これで、事の半分は終了した。
手紙はまだ受け取っていない。
そもそも、直接、手渡しで受け取る愚策など犯す訳には行かない。
あの場所ですれ違う事が、手紙の保管場所を示しているのだ。
本当に面倒くさい。
面倒くさいが仕方ない。
今すぐ手紙を回収には行かない。
何故ならここでは常に、私には誰かが付き添っているからだ。
三名居る、神聖騎士団第五師団副師団長の誰かが必ず。
神聖騎士団第五師団団長の私につき従うのが、彼らの仕事でもあるので仕方ない。
ただ、彼らはまだ私達の味方では無いのだ。
手紙を回収したのは、その日の昼過ぎだ。
いくら仕事とはいえ、休憩の時間くらいは私の近くから離れる事もある。
私が「休憩中くらい一人で息抜きさせてくれ」と彼らに砕けた態度で言ったからだ。
別に今日だけ、という訳では決して無い。
日頃から言ってる。
そういう態度を日頃から取る事により、彼らに「私がそういう人物だ」というイメージを与えるようにしている。
日頃からそういう事をしていれば、こういう仲間とのやり取りが必要な時にも便利だからだ。
―一人だからと言って、監視が無いわけでは無いが
何人か、私を監視するものが付いているのだろう。
用心深い事だ。
実際に仲間とのやり取りをしていながら、相手の疑り深さに苦笑を浮かべそうになった。
息抜きに庭を散策している振りをしながら、手紙を回収した。
手紙の中身を確認できたのは、日も傾き始めた頃に自宅に戻った後だった。
私はすこし厚めの封筒を開けると、折りたたまれた封筒と手紙が入っていた。
手紙は元金聖騎士団副団長が私に宛てた手紙だ。
もちろんそこには、私の名前も相手の名前も一切書かれて居ない。
経緯だけが簡略的に書かれている。
私はそれを読んで目を見張った。
そしてすぐに、折りたたまれた手紙―元金聖騎士団副団長に届いたと言う手紙を手に取った。
手紙を読み終わった私は、すぐに机の横にある箱を手に取ると、机の上に中身をぶちまけた。
それほど大きくないその箱は、不要だと判断した紙くずを入れる箱だ。
箱の大きさの割に中身が多いのは、数日分が入っている。
何故かと言うと、一緒に入っていたあの人の手紙に「元金聖騎士団副団長や私、その他にも数名宛てに、同じ手紙を出した」と書かれていたからだ。
探し物はすぐに見つかった。
元金聖騎士団副団長の元に届いた手紙と同じ形状の手紙。
私はそれを開くと中身を確認した。
――――――――――
俺が酒を飲んでると奴が「奇遇だな」と隣の席に腰を下ろした。
それを見て「おう」とだけ返す。
俺が飲んでいる物と同じものを頼んだ奴は、たわいも無いことを話し出した。
半時ほどたった時に奴が「久々にあそこに行かないか」と言い出した。
「あそこ」と言うのは"俺らのなじみ"の店の一つの事だ。
「そうだな、久々に行くか」と俺は頷くと、奴を連れ立って席を立った。
その店は先ほど居たような高級な酒を出すような店ではない。
どちらかと言えば、庶民が行くような小料理屋、と言った風情だ。
間違っても俺のような公爵家に連なるものや、奴のような伯爵が出入りする店ではないだろう。
ここで一つだけ言わせて貰う。
奴と俺の関係だ。
俺はただの公爵家に連なる者。
それに対して、奴は伯爵閣下。
本来なら正式な爵位を持つ相手に、「奴」等という口の聞き方は許されない。
例え伯爵より上の爵位に繋がる者の家系としても、"連なるもの"は所詮"連なるもの"でしかない。
爵位を持った相手とは、やはり違うのだ。
―それを理解しない馬鹿が多いのは困った事だが。
俺をその馬鹿だと思われるのは、心外だ。
しかし俺と奴は、いわゆる同年代の幼馴染というヤツだ。
公私はちゃんと分けているし、今は私だ。
外から見た見掛けに比べて、店内は意外と広い。
奥に広がっている店を広いと言うのが、正しいのかは解からないが。
「いらっしゃいませ」という女将に「奥は空いているか?」と聞く。
女将は頷くと、俺達を奥へと案内した。
別に此処は、俺らの仲間の拠点という訳ではない。
ただの小料理屋だ。
店員も別に我々の仲間などではない。
そして「奥」というのも、ただの奥にある個室と言うだけだ。
その個室は、仕切られていて中は覗けない様になって入るが、天井付近は空いており、周りの声はもちろん、個室内の声も回りに筒抜けなのだ。
個室に通された俺らは、幾つかの料理と酒を頼む。
酒がすぐに届けられ、それをお互いが飲む。
この店のお酒は店主の故郷のものが多く、珍しい酒だがとてもおいしい。
料理もここら辺ではめずらしいものだが、味付けが酒にとても合うので、俺も気に入っている。
酒と料理を楽しみながら、くだらない話で盛り上がる。
ふいに奴が目配せをした。
それに俺は片方の眉を上げる。
それから数刻後、奴と戦での部隊の運用について激論を繰り広げていた。
どれくらい話しただろうか。
酒も回りろれつも怪しくなった奴が「口では説明が面倒だ」と、女将を呼び「書くものと紙を適当に頼む!」と叫んだ。
それに女将は笑顔で「かしこまりました」と言うと、すぐに書くものと紙を持ってきた。
綺麗な洋紙ではない。
裏に何か書かれていたりするような、使用している紙、しかしまだ裏には何か書ける、というような裏紙だ。
初めて紙を希望した時は、伯爵が使用するのだと、店の者が綺麗な用紙を用意しようとした。
それを止めたのが奴だ。
「適当な紙で充分だ。もったいない」と言うのがその時の奴の言い分だ。
おずおずと何かが書かれたような紙を差し出した店員に、笑顔で「ありがとう」と奴は受け取った。
―こいつは稀代の誑しなのかもしれない
こいつの笑顔と「ありがとう」の一言で、この店の者は奴の虜になったと言ってもいいだろう。
それからこの店に来ると奴は、何回かに一回は書くものと紙を頼むようになったのだ。
そしてその為に、この店の者はそういう紙を残してくれるようになった。
奴が紙に適当に地図を書く。
そして「この場合は、この森を迂回して―」等と言いながら幾つか線を引く。
それに俺が「俺ならここに兵を隠す。そのやり方では全滅だ」等と言い返すのだ。
どちらも呂律は危うい。
しかし目はしっかりと相手を見ている。
お互いに"酔ったフリ"をしているのだ。
奴が別の紙に文字を書く。
適当に「それはお前だからであって、こんな所に兵を隠す変態などそうそう居ない」等と言いながら〔神の御使いが見つかった〕と一言だけ。
それに俺は眉が跳ね上がるのを認識しながら「効果的な戦法だ。それを取らない方がどうかしている」と返しながら〔どこだ〕と書く。
「しかしこちらから来られた場合は、逆に背後を突かれてしまうだろう!」〔ここから西の国らしい〕
「だからここに一部の兵を―」〔どうしてそれを?〕
「その場合はこの兵が無駄に―」〔本人から手紙が来た。公爵にも来ているはずだ〕
奴は尚も「―ここの補給部隊ががらあきになる」と言いながら、手紙を俺に手渡した。
俺は「そもそも補給部隊をその場に留めるわけが無いだろう―」と言いながら、手紙を読む。
そして危うく俺は、声を出しそうになるのを必死で飲み込んだ。
その様子を見た奴が声を殺して笑う。
俺が睨むと奴は〔俺も驚いたからな〕とだけ書いた。
相手が文字書いている間に、自分が言った内容を地図に線を引いていくのだ。
すでに線だからけで良く分からないものになってきている。
奴が「よくわからんな」といい、新しいものにさらに簡略した地図を描く。
「ここの兵が無駄になっているので、此処が手薄に―」〔帰ったらすぐに公爵に、数日前に手紙が着てないか確認してくれ〕
「その兵は大分前にこっちに移動して―」〔しかし公爵は何も言ってなかったぞ?〕
「ああ?そうだったか?じゃあこっちの部隊に―」〔届いている事に気が付いてないだけかもしれない〕
奴から受け取った手紙を懐にしまうと「その部隊はここに移動して、コレの背後を―」〔わかったすぐに確認する〕
奴は頷くと筆談で使用していた紙を折りたたみ、懐にしまった。
その後は紙に書かれた簡略地図(こちらも既に線だらけで、何が何だかわからなくなりつつある)を数枚量産した。
奴が目配せするのに小さく頷くと。
俺は「それだとこの部隊が見殺しになる!」と叫ぶ。
「だからそうならないようにこことここの部隊で援護するのだろう!!」と奴も叫んだ。
「そんなのがうまく行くか!」「行かないなら、その時点で負け戦だ!!」「そんなわけあるか!こっちの部隊で―」「それを動かすのは―」「――!!」「―!」…
そして最後に「お前とは話にならん!」と俺が口火を切る。
相手も呂律が回らない口調で「お前が馬鹿なだけだ!!」と返す。
そして沈黙した。
その沈黙から数秒後、奴が「お愛想をお願いする!」と叫んだ。
女将が笑顔で顔を出す。
書くものと紙を用意させる。
そして議論して喧嘩して、そして帰っていく。
いつもの事なのだ。
当初は店のものも、俺らの剣幕におろおろしていた。
しかし、数日後にまた2人で顔を出し「前は店で怒鳴りあって申し訳なかった」と謝罪したのが功をそうしたらしい。
それからは俺らが書くものと紙を希望したら、怒鳴りあうのはいつもの事(数度に一回しかし無いのだが)だと認識されているのだ。
店の入り口へと酔った振りをしながら、店内に居る客を何気なく見る。
しっかり確認するまでも無い。
俺達を監視していた奴らが誰だかすぐに判明した。
ここは庶民が行くような店なのだ。
しかも狭い店内は客で溢れ返っている、という訳でもない。
そんな店に似合わない二人組みが居たら、目立つに決まっている。
そんな二人組みの横を、俺と奴は何事も無く通り過ぎた。
お会計はコイントスで決めるのが俺達のルールだ。
投げ無い方が選ぶ。
お互いに「二度とお前と飲むか!」と悪態をつきながら、別々に岐路に着く。
歩いて帰るなどという愚行は犯さない。
どちらも身分のある、その上、恨み(逆恨みが殆どだが)買っているのだ。
最寄の停車場で馬車を借り上げ乗り込む。
日は傾き、空気がすこし肌寒くなってきている。
酔って火照った体には丁度言い季節なのかもしれない。
飲んだ振りをしつつも、飲んでいるのは間違いなく、やはり酔ってはいるのだ。
「しかし―」と、酔った頭で思う。
―あの"神の御使い"が結婚だと…!?
想像が出来ない。
そしてその相手の"若"と言うのは、一体どんな人物なんだろう。
―会ってみたい
そう純粋に思う。
俺達からしたら神にも等しい存在を娶る存在。
勇者、しかも神官が婚姻などしようとしたら、教会の奴らは目の色を変えて反対するだろう。
―だからこそ、既成事実を作ってしまおうと言う考えか
しかし勇者の婚姻、しかも行方不明だった勇者で神官のあの人が勝手に婚姻を結ぶ。というのがどういう自体を引き起こすか想像できない。
そこで俺は笑い声を抑えられず、小さく声に出して笑う。
その声は俺しか乗っていない馬車の奔る音に消されて、誰にも聞こえる事は無い。
"どんな事態を引き起こすのか"
あの人がこういう方法で知らせてきたのだ。
あの馬鹿共はまだ事態を把握している訳が無い。
そして奴らが気が付く前に、皇女の耳に入れることが出来れば俺達の勝ちだろう。
―いや、あの人の勝ち、か。
輝く金髪の美しい我らの主を思い浮かべた。
―皇女にさえ、奴らに嗅ぎ付かれる前に皇女にさえ伝われば。
皇女が一体どういう判断を下すかは分からない。
俺は、俺たちはあの人の判断なら、諸手を上げて賛成するだろう。
もしかしたら、皇女も―
久々に心躍る、と言うと変かもしれないが、胸が熱くなる。
今頃は奴も同じように、胸を熱くさせているのだろう。
さらっと書くつもりが、書いてたら楽しくなってしまい、気が付いたらこんな話に。
いつもと毛色が違う話になりました。
ここでの登場人物が次出てくるのは、当分先でそうか?
元金聖騎士団副団長は…出番が無い可能性も(ぇ
…北国の筆頭貴族の娘が私の中で、どんどん不憫な子扱いとなっていってます。
誤字修正
何か掛ける → 何か書ける
愚公 → 愚行
タイトルを入れました。
タイトル決めてたのに、入れ忘れてました。