第64話 社交界
殿下と隣国の王孫女の初顔合わせが謁見の間で行われる。
なぜそのような場所でなのかと言うと、殿下への挨拶とともに他の者への顔見せも一緒に行ってしまう為なのだ。
本来ならそういうのは、別でしっかりとした式を行うのだが、しかしまだ他にも后候補が2人いるので、3人揃った時にちゃんとした式典を執り行う事になった。
そういう考えから顔見せだけしてしまおう、というのだ。
―この顔見せ自体、必要無い気がするけどね
僕は殿下と姫の座る場所より一段低い場所に立ち、謁見の間に並ぶ大勢の人を見た。
真ん中の通路を挟んで左が大貴族達を筆頭とした"由緒正しい"方達。
右は爺や有力貴族を筆頭とした内乱終結後に養殖についている者や文官、武官達。
姫の騎士団が勲章を貰った論考の時もそうだが、左右で綺麗に分かれている。
大貴族の表情を視線だけで見ると、どの顔にも「どんな娘が来るのか」「見定めてやろう」とでも言うような顔をしている。
魔王『そういう訳にはいかんだろうな』
他国から王族が来るのだ。
大々的にもてなすのが相手国への礼節にもなる。
それとは別にこの顔見せには、自国の者達への配慮もあるのだ。
他国の王族の顔見せの場に呼ばれる。
それが国の中でのその者の重要度へと繋がる。
もし顔見せを行わない、もしくは大貴族達を呼ばなかったりする。
もしそのような事を行えば、大貴族達は殿下に対して良くない感情を抱くだろう。
それだけならまだいい。
どうせ元々、良い感情を持っている様には見えない。
だが不満をただ持っているのと、声に出して言うのとは周りに与える影響はかなり違う。。
最悪「王の素質無し」とか言い出し、結果的に不穏分子が結託して決起する、等という結果に繋がるかもしれない。
今はまだ彼らを相手にする時ではない。
―だから仕方ない、のか…
先ほど会った隣国の王孫女の姿を思い出した。
有力貴族に手を引かれた姿はまだ幼いと言える。
本当はまだ他国へ嫁ぐような年齢ではないだろう。
王族という立場上、幼い頃から相手が決まっている事は良くある。
しかし本当に他国に、という状況はそうそう無い。
それなのに親元を離れ他国へと来たのだ。
幼い、しかししっかりと僕の目を見て挨拶をした少女。
その少女が、心無いもの達の奇異の目に晒されて傷つかないかが心配だった。
少しして隣国の王孫女殿下が来た事が告げられ、謁見の間の扉が開かれた。
静まり返る謁見の間に隣国の王孫女が入ってくる。
先ほど馬車で見た服装と違う豪華なドレスに身を包んでいた。
隣国の王孫女を先頭に後ろに、隣国から来た騎士と侍女、各5名が2列で続く。
隣国の王孫女のすぐ後ろにいるのは先ほど馬車の扉を開けていた騎士のようだ。
隣国の王孫女を見た大貴族達から小さなざわめきが広がる。
それは決して大きくは無いが、静かな謁見の間に耳障りな音として聞こえてくる。
そんな中をまっすぐ前を見て進む隣国の王孫女殿下。
その姿に魔王が『ほう』と呟く。
魔王『この娘の評価を変えざるを得ないな』
僕も同じ意見だ。
幼さに色々と心配していた。
しかし謁見の間を進む隣国の王孫女は、幼いながらも王族としてしっかりとした姿勢を保っていた。
魔王『だからと言って平気ではないだろうがな』
隣国の王孫女は殿下の前まで来ると膝を折った。
後ろに続く者達も同じように膝を折る。
隣国の王孫女「お初にお目にかかります。隣国の王孫女と申します。お見知りおきを」
そう言うと頭を垂れた。
先ほど僕に挨拶した時より声が堅い。
しかししっかり淀みなく、ハッキリとした声でそう挨拶した。
『何度も練習したのだろうな』と言う魔王に僕も心の中でうなずく。
その言葉を聴いた殿下は数段の階段を下りると「顔を上げてください」と言い、その言葉に顔を上げる隣国の王孫女。
殿下は手を差し出すと隣国の王孫女の手をとり立たせた。
殿下「ようこそわが国へ。自分の国だと思ってくつろいで下さい」
隣国の王孫女「あ、ありがとうございます」
隣国の王孫女が殿下を見上げながら何とかそう言った。
僕と同じ高さに立っていた翁が、2人を見て小さく頷く。
殿下「隣国の王孫女殿下は私の大切なお客様です。礼節を持って遇し節度ある行動を皆に期待します」
隣国の王孫女の手を取ったまま、殿下が皆にそう告げた。
その言葉に謁見の間の右は敬意を表し、左はおざなりに頭を軽く下げた。
―まあ穿った見方をしている為にそう感じるだけかもしれないけどね
しかし強ち間違ってはいないだろう。
顔見せはこれで終了だ。
殿下が「宜しければ食事の用意をしておりますので」と言う。
それに隣国の王孫女殿下が「喜んで」と頷く。
予定調和。元からその予定である。
隣国の王孫女殿下の退出が告げられて、来た道を逆にたどり謁見の間を出て行く。
門が閉まると、殿下と姫が玉座の脇から部屋を出て行った。
その後に翁により解散が告げられて、大貴族を先頭に貴族達が謁見の間を出て行くのが見えた。
それを確認して、僕も翁とともに玉座の脇の出口に向かった。
――――――――――
隣国の王孫女が来てから数日が経った。
殿下と隣国の王孫女が顔を合わせる機会は、それ程多くない。
昼食と夕食、それに殿下の執務の合い間の休憩中にたまに、という程度である。
しかも昼食と夕食は姫や有力貴族の娘、妖精少女と妖精姉が一緒なのだ。
それに稀に僕と美女さんも加わる事がある。
「2人きりで」となると執務の合い間の休憩ぐらいだが、毎日ではない上に時間も短い。
殿下が執務で忙しい、というのもある。
しかしそれ以上に隣国の王孫女が忙しいのである。
なぜこの国に来たばかりの隣国の王孫女が、という疑問に思うかもしれない。
しかし「来たばかりだからこそ忙しい」という事もあるのだ。
到着した日の翌日。
朝から隣国の王孫女宛ての贈り物が山ほど届きだした。
贈り物の主はこの国の貴族達である。
彼らは隣国の王孫女がこの国に来たことを歓迎して、このような贈り物を贈って来た訳ではない。
皆無とまでは言わないが、どちらかと言えば打算と下心からだろう。
隣国の王孫女は殿下の后候補の一人だ。
隣国の王孫女の幼い見た目から、多くの者は可能性は低いと考えたかもしれない。
それでも選ばれる可能性は0(ゼロ)ではない。
魔王『少しでも心象を良くしておこう、という腹積もりなのだろう』
―なるほど…って、あれ?
僕の時のは贈り物なんか全くと言って良いほど無かった気がする。
姫の配偶者という立場上、王族扱いになった筈なのに。
魔王『お主の場合は、取り入ろうとも思わなかったのでは無いか?』
―何で?
魔王『嫌われているからだろう』
いきなり現れて、姫の婚約者に成った事を不満に思っている者は多い。
それは僕自身も充分に知っている。
知ってはいるけど、直接言われると少し凹む。
姫と有力貴族の娘が僕の事を受け入れてくれているだけで充分なので、別に王族扱いされなくても良いけどね。
魔王『本当の所は婚姻祝いと一緒になっていたのだろうな』
魔王の言葉に「おおっ」と手の平を拳でぽんと打つ。
そういえば婚姻の祝いが山ほど届いてた。
―あれはそういう意味合いもあったのか。
魔王『―という事にしておくと良いと思うぞ』
―その一言で全部が台無しだ
朝からひっきりなしに届く贈り物に置き場が無くなってきた為に、急遽、空き部屋の一室を倉庫代わりにする。
倉庫代わりの部屋まで贈り物を運び、贈り主と中身の目録作りを姫の騎士団が行った。
もちろん本来なら姫の騎士団が行うべき仕事ではないし、姫の騎士団だけで行ったわけでもない。
隣国の王孫女と共に来た侍女達も一緒だ。
しかし隣国の王孫女付きの侍女達では捌けないくらいの数が届いたのだ。
贈り物の数がものすごい、というのもある。
それに加えて隣国の王孫女付きの侍女達の人数が少ないのだ。
5名。
それが隣国の王孫女と共にこの国に残った侍女の数である。
少なすぎる。
しかし元々、隣国から随伴したのがたったの5名だったのだ。
その他にも隣国の騎士達も残ったが、こちらも同じく5名だけ。
この国まで一緒に来た護衛の兵は500名程居たが、その大半が朝一で帰国の途に就いたのだ。
まあ男性は立ち入れないフロアだから、護衛の兵がいくら居ても男性である限りは役に立たないけどね。
もちろんそれは僕も含まれる。
だから僕はこの件に手を貸せないのだ。
魔王『というか后候補の件に関ることが出来ないのだろう』
―うん…
皆(主に姫と有力貴族の娘だが)の意向により、僕は極力、后候補に関らないように言われていた。
この事については長くなるかもしれないので、またの機会に話そう。
今は「何故、隣国の王孫女が忙しいのか」という―
魔王『これ以上、お主に入れ込む女を増やさぬ為だろう』
―ソウラシイデスネ…
当初は僕も関る予定だった。
しかし姫の「后候補が若の事を好きになったら困ります」という言葉により事態は一変した。
僕の「いや、そんな事あり得無いですよ」という言葉は姫に遮られた。
姫「若がそのつもりが無くても、相手を誤解させるかもしれません!!」
僕は「まさか」と笑おうとしたが、有力貴族の娘と美女さんがそれより先に「確かに」と頷いたのだ。
そして姫と有力貴族の娘は僕を見ると、順番にとある言葉を口に出した
姫と有力貴族の娘の説得(という名の拷問)は一刻程続いた。
魔王『ただ単にお主の勘違い"させ"語録を言われ続けただけだろうに』
―これ以上に無い程の拷問でした…
僕は「后候補に極力近づかない」という事に同意させられたのだ。
しかし后候補の警護は重要な仕事だ。
僕は「もし殿下や翁が僕にも、と言ったら関るしかないですよ」と言った。
その言葉に有力貴族の娘は「では了承を取りましょう」と頷くと、すぐに殿下の執務室に向かった。
后候補は他国の姫君だ。
何かあれば国家間の問題になる。
だから断られる事などあり得ないだろう。
翁「確かにその通りですな。若は関らないほうが良いじゃろう」
姫に説明を受けた翁があっさり同意した。
「気にしなくても」と言う殿下に、翁が「后候補は"殿下の"后候補です」と言った。
僕に靡いては困ると言うのだ。
「そんな事は無い」という言葉を、僕はもう言わなかった。
何故なら、さっきその言葉を言った所為でひどい目に合ったばかりだったからだ。
同じ轍は踏まない。
翁「若がそのつもりが無くても、無意識の言動で誑し込んでしまうやもしれんしな。例えば―」
その後、一刻ほど拷問が再び繰り広げられた。
魔王『踏まなくても同じだったな…』
話が逸れた…
贈り物攻撃(攻撃ではないが)は翌日には落ち着いた。
まだまだ届く事には違いは無いが、その数は隣国の王孫女付きの侍女達で充分、対応できる程度の数だった。
翌日からは空いた時間は人と合うために使われた。
相手はそれなりの身分のある女性達である。
隣国の王孫女は、その女性達の主催するお茶会に顔を出していたのだ。
隣国の王孫女だけではない。
その席には必ず、姫と有力貴族の娘も同席していた。
有力貴族の娘に関しては、隣国の王孫女の護衛も兼ねている。
姫は日頃からよくお茶会を開いたり、相手によっては自ら足を運んで参加したりしていた。
こういう社交界の場に参加、開催するのは高貴な女性の嗜みらしい。
有力貴族の娘は姫の騎士団に入ってからは遠ざかっていたらしいが、以前は同じく良く参加していたらしい。
女性はこういう場を通じて情報を交換しあったり、関係を築いていく。
一緒にお茶を楽しんでいる(様に見える)からといって、関係が良好とは限らないようだ。
姫と有力貴族の娘が一緒に居るのは、ただただ、隣国の王孫女を心配してである。
幼い隣国の王孫女に何かをしようとする者などは居ない、とは言い切れないのが社交界の場だ。
暴力を振るったりとか言う事はない。
しかし精神的な虐めはあるかもしれない。
どこにでも自尊心だけ肥大した腐った人間は居るのだ。
姫は言うに及ばず、有力貴族の娘も父親が有力貴族という事もあり、どこでも顔パスで参加できる。
それを利用して、普段なら姫が足を運んでまで参加する事の無い様な場にも、一緒に参加していた。
社交界は派閥がものを言う。
高貴な女性達とはいえ、その中にも格差がある。
どの派閥に参加するかで、社交界での立場も変わるのだ。
大きな派閥に属せば属すほど、社交界の場でも大きな顔が出来る。
しかしいくら本人が望んでも、大きな派閥に入れる訳ではない。
派閥によっては血筋だの身分だのを重要視する所もあるのだ。
姫と有力貴族の娘は「無派閥」もしくは「無所属」と言えばいいのだろうか。
特にどこにも属していないし、自分から派閥を作る事もしない。
そもそも姫が所属した派閥は、姫の派閥となる。
なぜなら派閥のトップは「一番身分の高い者」というのが常識だからだ。
姫より高い身分の者は現在は居らず、姫を下に置くなどという不敬な者も居るわけがない。
どの派閥もそうだが、トップに立つ者は「血筋」「身分」等に絶対の自信がある。
自分が上に立つ者だという自負も持っている。
しかし姫が入ったら自分がトップで居られない。
そんな事に耐えれるわけが無いのだ。
結果としてどこからも誘われず、かといって自分で作ることもしない為に「無派閥」となったのだ。
しかし姫と有力貴族も元々この国の人間で、昔からこういう場には良く参加していた。
姫に関しては”今でも"である。
その為に広い交友関係を築いている、と言える。
そして2人とも、どこに出ても負けない身分を持っているのだ。
周りが放っておく訳が無い。
本人達が関与しない場所で派閥のようなものが出来ていた。
姫派。
姫派筆頭は有力貴族の娘。
もちろん、有力貴族の娘自身が立ち上げた訳では無い。
有力貴族の娘は「血筋」も「身分」もトップクラスといえる。
その有力貴族の娘は、どの派閥にも属さず、決して自分でも立ち上げず、そして姫と懇意にしている。
その全てが姫派筆頭として認識される要因だった。
社交界は身分の高い者が幅を利かす世界だ。
だからといって単独では何が出来るというわけでもない。
だから徒党を組む。
身分が高い者に付いた方がいい目を見れる。
だからそういう者には多くの者が集まる。
こうして派閥は出来ていく。
そして派閥内でも身分格差がある。
―女性の社交界は心休まる暇は無いね
魔王『そういう意味では女の方が、外交などに優れているやもしれんな』
派閥にあぶれた者、小さな派閥に属している者、大派閥の中でも地位の低い者。
姫派が"派閥では無い"というのも相俟って、そういう者が姫派に属する。
「属する」というのはおかしいかも知れない。
何度も言うが「派閥で無い」のだ。
ただ姫や有力貴族の娘の「身分によって対応を変えない人当たりの良さ」なども相俟って、大派閥の上位に居る大貴族達と一部の取り巻き以外、多くの者達が「潜在的な姫派」と言っても過言では無い状況になっていた。
その為に派閥を超えた派閥(矛盾しているが)が出来たのだ。
何度も言うが、社交界は派閥の大きさが全てだ。
姫派は派閥ではない。
しかし潜在的な姫派の数は、どの派閥をも凌駕している。
その2人を前に、隣国の王孫女にどうこう出来るほど面の皮の厚い、もしくは空気の読めない者は幸か不幸か居なかった。
隣国の王孫女のターン。
…あれ?隣国の王孫女のターンのはずなのに、2回しか話してない??
次回はもう一人の殿下の后候補が登場します。
なんて事は無く、とある人にスポットが当たります。