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(仮)  作者: イオン水
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第6話 美女

森から街道を伺うと歩哨がいた。

やはりここら一帯は警戒されているらしい。

数はそれほど多くは無いが月明かりの為に遠くまで見渡せる。

誰かが街道を横切るとしてもすぐに見られてしまうだろう。


横を見ると同行者が上を指した後に小さく「雲」と言った。

どうやら月に小さな雲がかかろうとしているらしく、少しでも暗くなった時に行こうというのだ。

ゆっくり流れる雲が月にかかろうとする直前に兵士が立ち止まってしまう。

目配せをすると相手は頷いて「兵が動いたら行って下さい」と森を引き返していった。


雲のお陰で辺りが暗くなった事により街道を抜けるのに好都合な状況にもかかわらず動けないことに焦燥感が募る自分の心を叱咤する。

屈みながら兵士を見ていると離れた場所で草が擦れる大きな音が聞こえた。

兵士がそちらに向かう。

全員の注意がそちらに向いて歩いていくのを確認すると音がならない様に飛び出し街道に向かって走り出した。



一心不乱に街道を横切るとそのまま背を低くし走り抜ける。

街道から少し離れた場所に背の高い草むらを発見しそこに隠れるように回り込みながら地面に伏せた。

弾む呼吸を押し殺すようにしながら街道を伺うと一人の兵士がこちらに明かりを向けていた。


明かりといっても紙などで作った丸い筒を倒したものに蝋燭を立てて居るだけのものなので、それほど遠くは照らせる訳ではない。

だが隠れている立場からすると「もしかしたら衣服の一部が見える位置にあるかもしれない。何かが光に反射するかもしれない」という恐怖と、身じろぎするのは自殺行為だという理性に挟まれて時間の流れがいつもより遅く感じる。


少しの間あちこちを照らしていたが何も見つける事が出来ずに仲間の元に戻っていく。

小さく息を吐いた後に同行者はどうしたのか心配になった。

あの音はその同行者が起こした音である事は間違いない。

もしかしたらあの音のせいで見つかってしまうかもしれない。


身を伏せたまま兵士の声に必死に耳を傾ける。

何を言っているのか分からないが警戒しながら音が鳴った辺りに近づいているようだ。

見つからないでくれという思いに兵の声が微かに聞こえる。

必死で声を拾うと「ウサギ」「驚かせて」等の単語が聞こえてきて見つかっていないだろう事にほっとする。


月が出てきて少し明るくなる。

兵は移動を開始したがこれではまた街道が渡りにくくなってしまう。

同行者が街道を渡るのをどう手助けしようか考えていると近づいてくる影が見えた。

ぎょっとして見ると「お静かに」という風に指を口に立てた同行者がいつもの笑顔で近づいてきた。



爺(いつのまに?)



ニコニコ笑う美女殿に疑問をぶつけたいがここで声を上げるわけにも行かず指で街道から離れる方向を指す。

ニコリと笑った美女さんは街道のほうを向いて屈んだままソロソロと後ろに向かって進みだした。

街道に立つ人物が認識できない距離まで来ると「行きましょうか。方向は?」と笑顔で告げてきた。

指を刺すと「日が昇るまでにある程度進んでしまいましょう」と背を低くして走り出したので慌てて追いかけた。




街道から一切見えない場所に来るまで屈んで走っていたが、その後は普通に走り出した、

街道を渡ってからずっと走り続けている。

もともと急がないととは考えていたので不眠不休で向かうつもりだった。

ただ美女殿は女性なので体力なども考えて最終的には背負ってで進むつもりで出発した。


しかし実際はどうだろう。

先ほどからすでに3刻ほど走り続けている。

しかもペースが速い。

年老いたとはいえ体力ではそこらの若者に負けないと思っていたが、その自分が息を乱しているというのに、笑顔を絶やさず息もさほど上がっているようには見えない。

目の前に森に覆われた丘が見えてきた。

それを見た美女殿は「あそこで一旦休みましょう」と笑顔で告げて丘に向かって速度を落とさずに走っていった。



荒い息を抑えながら水を口に含む。

美女殿は「ふぅ」と汗を拭ってはいるが息を乱しているようには見えない。

空を見ると月が上に見えるので夜明けまでまだまだ時間はある。



美女殿「館まで後どれくらいありますか?」


爺「ここで3、4割というくらいでしょうか」


美女殿「このまま行けば今日中につけそうですね」


爺「そうですな」


美女殿「まだ行けますか?」



美女殿が笑顔で聴いてくる。

今は刹那の時も惜しいのは確かである。

一度小さく深呼吸をした後に頷く。

それを見た美女殿は笑顔で「参りましょう」と言うと走り出した。





――――――――――





まだ日も変わっていないうちに館の前に立つ。

出来るだけ早くとは考えていたが翌朝までにはと思った距離を今日中に付くとは思わなかった。

途中、短い休憩や歩いたりしたものの予定の時間の半分以下くらいでついた。

息を整え館に近づく。

まだ敵か味方か分からない状態なので美女殿には隠れておいてもらう。

領地の門の前に来ると門の中に立っていた若い兵士が「用が無いなら立ち去れ」と言ってきた。

2人いるが残念ながら見知った顔ではない。

前に訪れたときには門番など居なかった。

時期が時期なので念のために警戒しているのか、敵の手に落ちて居るのかはわからない。


「領主の翁に面会したい」と伝えると「こんな時間に?」と不振がられてしまった。

用があるなら明日、日が昇ってから出直せと言ってくる。



―どうやら翁はまだ健在で敵の手は回ってないようだな。よかった。



知り合いだからこんな時間でも問題なく合ってくれると伝えても素気無く返される。

仕方ないので伝言だけでもお願いできないかと伝えても同じ返答だ。

せめて伝言さへ伝えてもらえれば何とかなるのに困ったなと思っていたら、館のほうからもう一人の兵士が歩いてきた。



兵士「どうした」


若い兵士「この老人が翁に合わせろとしつこくて」


兵士「こんな夜更けにか?」



近づいてくる兵士の顔をみて笑いがこみ上げるのが自分でもわかる。

彼は翁に付いて私に何度か合ったことがある。兵士隊長をしている男だ。

彼も私の顔に気が付いたようで若い兵士の一人に翁へ伝える用に指示を出すと「姫はご無事で?」と聴いてくる。

手短に状況ともう一人同行者が居る事を伝えると兵士隊長は「信頼が置ける者ですか?」と聴いてきた。

私が頷くと兵士隊長は門を一人分だけ開けるようにいう。

門が開いている間に美女殿を呼んだらいつの間にか門の影に隠れていたようで笑顔で出てきた。

兵士隊長はいきなり現れた気配に驚いているようだ。


顔には出さないが私もかなり驚いた。

美女殿は本当に得体の知れない人物である。




館に入ると翁が寝間着姿で剣だけもって現れた。



翁「姫は!」


爺「領地の境に見張りの兵が多かった為に領地には入らずに隠れて頂いておる」


翁「そうか!ではすぐに少数精鋭を送り姫の無事を確保しよう」



さすがと言うかなんというか、全て説明しなくても話が通じる。

急いで兵士達に集まるように指示を出し始めたがすぐに翁の息子の現領主が姿を現すのを見て兵への指示を引き継がせた。

姫の迎えをする兵士達の選抜や姫を乗せる為の馬車の用意を始める。


「それで姫と別れてからどれくらいの時間が―」と翁が言った所で10代後半の若い男が現れる。



若い男「爺殿が来られたと聴いたが」


翁「来るのが遅い!もしこれが敵襲だったらどうする!!」



現れた若い男は現領主の長男で翁の孫になる。

立派な体格で武芸においては同年代では敵うものはそうそう居ないぐらいに秀でているとは翁に聴いていたが、さすが全身から自信が満ち溢れていい男である。

ただ近年はその事で慢心をして思慮に欠けると嘆いてはいたが。



領主長男「戦ならすぐに来ますよ」


翁「気構えがたらんと言ってるんだ!」



煩い爺だとばかりに肩をすくめる領主長男



領主長男「姫を迎えに行くのでしょう?」


翁「今、行くものを選んで準備させている」


領主長男「俺も行きますよ」


翁「お前はいかんでいい」



自分以外に適任が居るのか?と自信満々に言う領主長男

行く、行かなくていいのやり取りを見ていた美女殿が発言する。



美女殿「私も参りますので私の馬もご用意頂けますでしょうか?」


領主長男「なんだこの女は」


美女殿「若の従者の美女と申します。姫様と爺様には途中で出会い共に行動をしておりました」



美女さんが礼節を持って自己紹介をするも領主長男は鼻で笑う。



領主長男「ふん、女子供は黙っていろ」


爺「美女殿になんて事を!」


領主長男「足手まといにしかならん」



客人に対する長男領主の無礼な物言いに翁が顔を真っ赤に怒鳴りつけようとした時



美女殿「翁様」


翁「孫の無礼、許してくれ」


美女殿「気にしてませんので。馬はご用意頂けますか?」ニコリ


翁「お主もいくのか?危険だぞ」


爺「美女殿は中々の手馴」


翁「ほう」


領主息子「ふざけるな!姫の救出を遠乗りか何かと勘違いしているのではないのか!?」


美女殿「領主息子様こそお城へのパレードと勘違いされておりませんか?」


領主息子「なんだと!」



笑顔の美女殿の台詞に領主息子が憤怒に染まる。



美女殿「姫様の救出が危険なことを貴方は理解していない」


領主息子「なんだと!」


美女殿「では貴方の考える救出方法を述べてください」


領主息子「何で貴様なんかに」


翁「面白い、言って見ろ。よければお前に指揮を取らす」



領主息子は「救出の指揮」という言葉を聴いて自信と期待を満ち溢れさせて言葉をつむぐ。



領主息子「兵を率いて姫の下へと駆けつけここまでご案内するだけだろう。途中、国王軍との戦闘も予想されるが街道に居る数はたかが知れている。向かってくれば蹴散らせばいい」



美女殿「貴方はその程度の理解で救出に出向くという」



笑顔の美女殿を中心に温度が若干変わった。

気配を察した兵士隊長がとっさに剣を抜こうとするのを翁が止める。



美女殿「貴方の蛮勇は周りを巻き込む」


領主長男「なんだと!」


美女殿「言い直しましょう。貴方の無知蒙昧が姫を殺す」


領主長男「知った風な口を!」


美女殿「正直にいいますと、この国の人間でも無い私は姫様がどうなろうが知ったことではありません。ただ若を危険にさらす状況となると見過ごせません」



笑顔の美女殿から発せられる凄みが少し増す。

真横にいる私は美女殿の気迫に一歩後退し柄に手をやるのを堪えるが、ここ数日の美女殿を見て感じた人柄からはかけ離れた物言いに眉を寄せる。

翁は「ほう」と再度声をもらし兵士隊長は驚きの顔を隠せない。

少し離れた場所で兵士の指揮を取っていた現領主と一部の兵がこちらを向く。

常人には気がつけずともひとかどの者なら気がつく程度の殺気。

それに気がつく者が何人か居ることに頼もしさを覚る。



―それを真正面に受けて動じない領主息子はよほどの大物か、それとも―



前者であれば良かったのだが様子を見る限りでは、何かを気がついてはいるが怒りが大きくて見逃してしまっているらしい。

翁もまだまだだという感じで肩を少し落とした。



領主息子「女と思って甘く見ておれば!国の大事を何と心得る!!」


美女殿「私の国ではありませんので巻き込まれてなければ知った事ではありません」


領主息子「これが翁の客ではなく男なら決闘を申し込んだ上で斬り伏せているところだ!」



無礼な態度は取っても客人に手を上げるのは不味いという理性は残っていたようだ。

だが沸騰寸前の所に美女殿は笑顔で火に油を注ぐ。



美女殿「あら?女に負けるのが怖くなりましたか?」


領主息子「なんだと!」


美女殿「井のかわずに大海を教えてあげましょうと言っているんです」


領主息子「爺殿、貴方の連れですが教育がなっていない様なので指導を付けたいのですが、よろしいですか?」



怒りを殺しきれない様子で私に告げる領主息子。

チラリと見た美女殿はいつもの笑顔を浮かべていた。

剣を抜こうとする領主息子を止めようとする兵士隊長に「やらせておけ」と翁が含み笑いで言う。

どうやら領主息子程度では相手にならない事を読んでいるようだ。



爺「どうやらこの娘はお転婆で仕方が無い。よろしく頼みます」


領主息子「許しが出た。女だからと言って容赦はせん!腕の一本くらい覚悟しろよ!」


美女殿「殺すくらいがいいですよ?後で『女だから手を抜いた』とか言われても面倒ですし。時間もさほど掛けられませんので、さっさとお越しください」



憤怒に染まった領主息子が振り下ろした剣を受け止める。



―片手で!




あの細腕にどれだけの力があるのか分からないが笑顔で片手で受け止めたのだ。



美女殿「あら?本気で来られるのではなかったのですか?」



決して今の一撃は気を抜いたものではなかった。

その台詞に腹を立てた領主息子は剣を両手で掴むと力任せに振り下ろした。

今度はそれを受け流す。


やはり片手で。


上体が流れて蹈鞴たたらを踏むがすぐに美女殿に向き直り両手で剣を振り下ろす。

それをまた片手で受け流し、蹈鞴を踏んでまた振り下ろす。

今度は流されても体が泳ぐ事無く何度も剣を打ち付け始める。

それを片手で左右に流していた美女殿は領主息子が打ち疲れた所を狙って剣を絡め取った。


剣が床に落ちる音がする。

館におる人間は全て、今起こった事に息を呑んでいた。

領主息子は決して油断しても女の細腕にいなされて剣を奪われるような腕ではない。



美女殿「もうお終いですか?」



領主息子自分の手から剣が無くなった事に呆然としていたが美女殿の言葉を聴いて「手が滑っただけだ!」と言い剣を拾いなおす。



美女殿「では今度は私から向かってもいいですか?」


領主息子「おう!女などには後れを取らん!」



それを聴いた美女さんは無造作に距離を詰める。

そして片手で無造作に鞭でも振るうように左右に剣を振るいだした。

その全てを領主息子は受け流しながら笑みを浮かべる。

今度は美女殿が疲れたところを剣を絡め取り、雪辱を晴らそうとでも思ったのだろうか。



領主息子「そこそこやる様だが所詮は女と言った所だな」


美女殿「あらあら。ではスピードを上げましょうか」


領主息子「む」



美女殿の剣を振るう速度が上がる。

領主息子は驚きながらも捌く。



美女殿「まさかこれ程度で終わりだと思ってませんよね?」



そう言うとさらに速度を上げた。

笑みは完全に消え必死の形相で剣を裁く領主息子。



美女殿「頑張りますね。ではもう少し上げましょう」


領主息子「っ!」



さらに速度が上がる。

何回かに一回の確立で捌ききれなくなってきている。



美女殿「頑張らないと死にますよ?」



さらに速度を上げる剣を前に元々捌ききれなくなっていた上に焦りと疲労で半数以上が体に迫る。

だがどの剣戟も体を傷つける事無く衣服だけを斬り裂く。


どれだけの時間をそうしていただろうか。

実際はさほどの時間では無いが領主息子には永遠に感じただろう。

疲労で尻餅を付いた領主息子の目の前で剣を止める美女殿。

呆然と見上げる領主息子を見て一歩下がって剣を収める。


―まさかここまでの者とは


美女殿「貴方は私が言葉に込めた殺気を気付くことが出来なかった」


―最後まで息も切らさずとは


美女殿「私を女と思い侮り実力を見抜こうとしない浅慮が貴方を何度も殺しました」



全身の服に付く傷1つ1つが本気なら死に繋がっていただろう。



美女殿「貴方一人が死ぬなら問題はありませんが、領主息子と言う立場ではそうは行きません」



美女殿はこれを伝える為にあのような態度を取ったと言うのか。



美女殿「貴方行動には兵士や領民の命が掛かってます。貴方の浅慮が彼らを殺す事もあるのです」



領主息子は美女殿の笑顔から目が離せない。



美女殿「考える事を。聴くことを学んで下さい。目に見えるものだけに囚われず、他者の言葉にも耳を貸しその上で決して鵜呑みにせずに自分で判断できるよう」


領主息子「……」


美女殿「自分の損得だけじゃなく周りの状況を考慮して結果を予想しながら動けるようになれば、貴方はいずれ素晴らしい領主様となれるでしょう」



翁がよく言ってくれたとうれしそうに「よく言ってくれた」何度も頷く。



美女殿「よき領主様になって民や兵を導けるよう、ご精進致して下さい」



そう言うと「無礼を働き申し訳ありません」と笑顔で優雅に腰を折った。

誤字修正

何とか鳴る → 何とかなる

自身と期待 → 自信と期待

繭を寄せる → 眉を寄せる

状態が流れて → 上体が流れて

裁ききれなく → 捌ききれなく (数箇所修正)

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