第59話 都市伝説
第一王女が帰国しても各方面からの使者が来なくなるわけではない。
あいも変わらずそういう人達への対応に追われる日々が続いた。
そのうちの何名かとは個別で会う機会を持った。
持たされた、と言うべきだろうか。
翁が「懇意にしていて損は無い」という人物のみだったが、一室で余人を交えず顔合わせを行うのである。
僕は初めて会った相手と軽やかに会話が出来るほど、社交性に富んだ性格ではない。
正直に言うとこういうのは苦痛というか面倒でしかないのだ。
だから基本的には挨拶をした後は笑顔を浮かべて、後は相槌と質問を9対1の割合でする程度だった。
自分自身ももう少し何とか出来ないかと思った事もあった。
しかし無理やり話題を見つけて話しかけたりしてみた事もある。
その結果、相手がその話題に付いてこれず微妙な空気が流れた事が何度かあった。
無理やりの話題は相手は戸惑うと分かったので、出来ることはニコニコと頷くだけである。
一対一で会談する相手と言うのは、日に1人居るか居ないか程度である。
その為に会談の時間はゆったり取っている。
だから「時間が押しておりますので」と会談を切り上げて逃げることが出来ないのが辛い。
唯一の救いが今まで会った人達がそこまで嫌な人や、話しているのが苦痛だったというわけでは無かった事くらいだろうか。
それくらいの事は翁が考慮して相手を選んでくれている。
会談の相手は貴族も居ればギルドの長や教会の司祭、大富豪なども居た。
バラエティに飛んだ人選だ。
まあ色々なジャンルの人に会って顔を広めておくのはいいことなのだと思う。
魔王『そう思わないとやってられないだけだろう』
―ソウダケドネ
――――――――――
今日の相手は商人らしい。
しかし特に大商人と言うわけでもないようだ。
「なぜ選ばれたのだろう?」と思いながら扉を開ける。
相手の商人はすでに部屋に案内されており、ソファーに腰を下ろしていた。
「お待たせしました」と言いながら挨拶すると、相手の男性は立ち上がり満面の笑みで「商人父と申します」と言った。
商人父「娘がお世話になっております」
僕「こちらこ…そ…娘?」
商人父「姫の騎士団でお世話になっている商人の娘です」
僕「ああ!」
だから翁が気を利かせて面会させたのだろうか。
今までの相手はそれなりの地位や権力を持っていた。
ただの一介の商人と会えと何故言うのか不思議だったのだ。
得心がいった所で立ったままだったのを思い出して席を勧める。
座りながら商人父を見て思う。
魔王『顔は似てないな』
―そうだね
商人父「似てないでしょう」
僕「え、はあ」
商人父「よく言われるのです。娘は母親に似たので」
「お陰で美人になりました」と笑う商人父。
中々、気さくな人である。
商人父は「娘が騎士になると言い出した時は気でも狂ったかと思いましたが」と言う。
商人父「剣も握った事も無い娘なんぞどうせ落とされると思っていたんですが、まさか受かるとは」
僕「確かに剣の腕は候補者の中でも未熟な方でしたが、根性だけはピカイチでした」
「父君に言うべき事では無いですが」と言うと「そこも母親に似たのでしょうな」と笑った。
釣られて僕も笑ってしまう。
僕「今では立派な姫の騎士の一員です」
商人父「あの娘が、ですか」
僕「ええ」
僕は頷きながら「そうだ」と思いついたことを言う。
僕「ここに商人娘を呼びましょうか?」
感慨深そうに頷いていた商人の父は僕の申し出に「それには及びません」と首を振って言った。
騎士団員は申請をしない限り休日でも外出は認められない。
そして商人の娘は一度も外出届を出してないのでは無いかと記憶している。
本当は久しぶりに顔も見たいだろうに。
商人父「手紙は何度か貰っておりますし、それに先日帰還する際に姿を見ました」
「先日の」と言うとゴブリン退治の後の事だろう。
あの帰還を見ていたのか。
ゴブリンにやられ放題でボロボロの格好だったんだけど。
商人父「傷だらけの姿を見たときは辞めさせるべきだろうと思いましたが、真っ直ぐ前を見た表情はイッパシでした」
「あの甘えん坊だった娘が…」と嬉しそうに言う。
あの時は確かに酷い目に合い身なりはボロボロの満身創痍ではあった、
しかしゴブリンは全て退治をし、子どもの命を救った。
決して負けた訳ではなかったのだ。
だから姫の騎士団のメンバーには顔を下げる事無く真っ直ぐ前を向いて進むように伝えたのだ。
僕「ご息女は…頑張ってますよ」
本人が望んで入隊をし、騎士として戦って受けた傷だ。
いわば名誉の負傷である。
と、男ならそう言えるだろう。
女性でも騎士なのだから、名誉の負傷なのは間違いが無いだろう。
しかし騎士とはいえ嫁入り前の女性である事には違いが無い。
できれば傷など体に残して欲しく無い、と思うのが親として当然だろう。
通常なら謝罪すべきなのかもしれない。
だが、騎士としては当然の事なので謝る必要など無い。
どう言えば良いのか困っている僕に商人父は「ああ」と言うと
商人父「娘の怪我に関してはお気になさらず」
「あの娘本人が選んだ道です」と言った。
商人父「本音を申しますと娘には普通に結婚して、夫となった者と共に私の後を継いで欲しかったですけどね」
黙り込んだ僕に「すみません」と商人父は笑って「反対とか、そんなつもりでは無いんです」と言った。
商人父「先程言った通り、今は娘を応援しております」
「勲章を授与される名誉を得ましたしね」とうんうんと頷く。
商人父は悪戯っぽい笑顔を向けると「そのお陰で私の信頼も上がりましたし」と笑った。
魔王『商人は信頼が全てだからな。今まで以上の相手とも商談を行えるという事だ』
―なるほどね
商人父は「まあ気になる事と言えば、娘が嫁に行けるのかという事なんですがね」とため息をつく。
商人父「どうしても無理な場合は貰ってやってください」
僕「は?」
魔王『 ま た か ! 』
商人父は「半分冗談です」と笑った。
半分って…
その後は商人父が他の商人から聞いた噂話などを聞いていた。
たまに魔王が『ほう』と話に聞き入ってる。
やはり商人の持つ情報と言うのは馬鹿にならないらしい。
商人父「そういえば近頃、城下で人攫いが増えているようです」
僕「人攫いですか?」
商人父「はい」
商人父が言うにはここ最近、人攫いの目撃が頻発しているそうだ。
商人父「しかし事件になっていないようなのです」
僕「事件になっていない?」
商人父「そうです」
僕「目撃されているのに?」
商人父「はい」
僕「それは一体…何故でしょう?」
商人父「被害者が居ないからのようですね」
僕「被害者が居ない?」
商人父は頷くとお茶を口に含んだ。
誘拐は白昼堂々と…というわけではないが、白昼に人気の少ない路地で行われるらしい。
そこを歩いていた人物に後ろから数人で襲い掛かり袋に詰めて担いで逃げていくそうだ。
全員がフードを被り容姿を隠しており、その数は5人とも10人とも言われている。
僕「それだけ居ても誰一人つかまっていない?」
商人父「そうです」
僕「その上、被害者が居ないと?」
商人父「少なくとも私が聞く限りでは」
魔王『どういうことだ?』
目撃した人物はもちろん警吏に届け出た。
しかしどこの誰が攫われたのかが解らない為に冗談として扱われてしまったようだ。
ある現場では複数の人物が目撃した。
その者たちは犯人を取り押さえようと裏路地を追ったが、撒かれてしまったらしい。
僕「人を一人担いでいたのに撒かれた…?危害を加えられたとかではなく?」
商人父「この噂で誰かが怪我したという話は出てませんね」
あくまで噂だ。
謎の人攫い集団の話の前では、少々の怪我などは話にも上らないだけなのかもしれない。
僕「事件になっていないという事は、やはりいたずらか何かなんでしょうか」
商人父「噂話に聞いただけなので何とも…」
しかしその噂は日に日に数が増えているらしい。
増えてはいるがその中にどれほどの真実が含まれているかもわからない。
もしかしたら全て嘘かもしれないと言うのだ。
歴史がある大きな都市になればこういう都市伝説の一つや二つや三つや百くらいはあるもんである。
魔王『100もそのような物がある都市なんぞには、人も寄り付かなくなるだろうがな』
―だよね
少なくともいくつかの都市伝説はあってもおかしくはない。
それは過去にあった事件や噂が時を経て大げさに伝わっていたりした、とかそういうものだろう。
―まさか本当に悪い精霊によって町中の子どもが神隠しにあったり、悪魔が現れて一夜で街消えるとかあるわけ無いしね。
魔王『あるぞ?』
―あるの!?
魔王『お主の居た世界は知らぬが、こちらの世界ではありえるな』
―悪い精霊に攫われるとかも?
魔王『まあ精霊に善悪など無いが、精霊に魅入られた者が精霊界に入り込んで居なくなるという事はごく稀にありえるな』
―精霊界に行ったらどうなるの?
魔王『行った事が無いのでわからん。ただ普通の者なら自我が持たずに廃人になるのではないか?』
恐るべし精霊界。
―じゃあ悪魔に街の住人が殺されるというのは?
魔王『悪魔というか神だな』
―神!!
魔王『神降ろしの結果、街がまるごと消え去ったたという伝説は幾つか伝え聞いている』
―神を降ろすと街が消えてしまうの!?
魔王『まあ降ろした神次第だろうな』
神は一神じゃく、数多くの神が居る。
どの神を降ろして何を願うかによって、何が行われるかは変わってくるというのだ。
―願いを叶えて貰う為にほいほいと神を降ろすとか、神頼みにも程があるよね!!
魔王『ほいほい、とは無理だぞ。それなりの時間と代償は必要だな』
―そうなんだ
確かに呼べばすぐ来る神とか「どれだけフレンドリーなんだよ」って話だよね。
魔王『まあ神降ろしの話はまた今度でいいだろう』
今は商人父との話しに集中すべきだ、と魔王も言っているのだ。
その魔王の言葉で意識を商人父に向ける。
人攫いの話には興味があったが、商人父もそれ以上の話は知らないらしい。
話題はすぐに別のものへと変わっていった。
その後は商人娘の話もした。
と言っても僕の知る限りではある。
どれくらい話をしただろうか。
そろそろ会談も終わりという時間になった。
「今日は楽しかったです」と僕は伝える。
驚いた事に本当に楽しかったのだ。
さすが商人、という所か。
話術が巧みで飽きることは無かった。
商人父も「そう言って頂けて嬉しいです」と笑顔で握手を交わすと、侍女に連れられて部屋を退出した。
誤字修正
社交性に飛んだ → 社交性に富んだ
ソウダドネ → ソウダケドネ