第57話 問題
城の一室に集まった面々を見る。
美女さんと姫の騎士団第一~第四の大隊長4名、それに赤白両騎士団団長が座っている。
一体何の集まりなのか?
それは姫の騎士団が抱える問題を話し合う為である。
差し迫っているというわけではないが、早めに解決しておくべき問題。
赤白両騎士団団長にも意見をもらう為に来てもらっている。
赤の騎士団団長「それで姫の騎士団の直面する問題とは?」
僕は赤の騎士団団長の言葉に頷くと「美女さん、説明を」と呼びかけた。
僕の言葉に「はい」と返事をして立ち上がる美女さん。
美女さん「姫の騎士団は本来の職務を十分にこなせるだけの人数になりました」
従来の職務とは姫の護衛である。
そして姫の住まいである空の館の警備だ。
人数も増えたので常時、姫の騎士団員を配備することが出来るようになったのだ。
美女さん「しかし無視できない問題が一つあります」
美女さんの言葉に赤白両騎士団団長は「なんだろう」と首をかしげた。
美女さん「"人が斬れるか"…です」
白の騎士団団長「人…?」
赤白両騎士団団長は美女さんの言葉に「それが何の問題なんだ?」という顔をした。
少ししてから白の騎士団団長は「ああ!」と声を出し、赤の騎士団団長は手のひらに自分の拳をポンと打ちつけていた。
得心がいったようだ。
2人は騎士団の団長を務めている。
数多くの騎士団見習いを見てきたし、騎士に叙勲してきただろう。
騎士団見習いの期間に多くの事を学び、技術や心構えが十分に出来た者が叙勲されて正式な騎士となる。
実際に人を斬った事があるかどうかは別として、心構えの中には「いざと言う時には人を斬る事が出来る」と言うのも含まれているのは当然だろう。
だから赤白両騎士団というより騎士としては「当然」の事について、赤白両騎士団団長は問題になると微塵も思わなかったに違いない。
しかし姫の騎士団は他の騎士団とは一線を画している。
創設されてからの期間も短く、騎士団員となる過程も全く異る。
騎士見習いという期間は存在せず、選考会で騎士団員を決めたのだ。
もちろん選考会は姫の騎士団員にも覚悟はあるだろう。
しかしその覚悟に「人を斬る」という事がしっかり考慮されている者はどれくらい居るのだろうか。
いや、騎士となると決めているのだから漠然とそういう覚悟も持っているかもしれない。
しかし実際にその時に斬る事が出来る者はどれくらいいるのか。
今後はそういう覚悟もしっかり持って貰うために、見習い期間を設ける必要があるのだろう。
―っと、今はそういう事を考えるんじゃなかった。
これ以上人数を増やすかどうかもわからないのだ。
今考えるべきは「今居る姫の騎士団員が人を斬れるか」という事だ。
白の騎士団団長「…姫の騎士団員のどれくらいの人数が人を斬った事が無いんですか?」
美女さん「姫の騎士団員、若と私を抜いて378名のうち、237名が人を斬った事がありません」
姫の騎士団員は378名。
貴族の出が1名、兵士の出が137名、冒険者の出が223名、その他、市井の出が17名。
そのうち本当に人を斬った事があるのは兵士の出は137名のうち97名、冒険者の出の212名のうち43名の合計で141名だ。
全体の3分の1程度なのだ。
今ここに参加している姫の騎士団大隊長4名のうち、実際に斬った経験があるのは半分の2名だ。
姫の騎士団第2大隊隊長の有力貴族の娘はまだ人を斬った経験は無い。
美女さんの説明に赤の騎士団団長が「そんなに少ないのか…」とつぶやいた。
白の騎士団長も同じ気持ちだろう。
だから「斬った事があるのか?」ではなく「斬った事が無いのか?」と聞いたのだ。
しかし女性の集団としては「まだ」多い方だろう。
兵士の出の者が多く、冒険者の出の者が少なかったのは意外だ。
人を斬って周る冒険者となると、それはもう辻斬りというか犯罪者でしかない気もするけど…
大抵が野盗相手などで、襲われて返り討ちにしたり討伐依頼で戦ったりと言った所だ。
兵士の出の者が多い理由は「先の内乱があった為」で十分説明が付くだろう。
女性の集団としては多い方であっても全体の3分の1程度というのは、赤の騎士団団長の言うとおり騎士団としては少ないと言わざるを得ない。
姫の騎士団は戦争するのが仕事ではない。
だからといって今後、人を斬らなくて済むかと必ずそうだとは言い切れない。
いざという時に斬れなければ、斬る覚悟が出来ていなければ、姫はおろか自分自身すら守る事は出来ない。
白の騎士団団長「事情はわかりました」
白の騎士団団長は頷くと「で、どのようにするおつもりですか?」と聞いた。
その質問に僕は腕を組んで「う~ん」と考え込んだ。
僕「こればかりは実際に"斬る必要がある"という状況にならないと、本当に斬れるか判らないんですよね」
白の騎士団団長「とは言えいきなり実践で、となると危険が伴いますからね」
「実践で本当に人を斬れるのか?」という問題の解決に実践で試すとか危険過ぎる。
とは言え人を斬る行為は実践にしか無いのだけれども。
赤の騎士団団長「まさか犯罪者を試し斬りに使うわけにも行かないしな」
実はその事は考えた。真剣に。
しかし却下した。
一番の要因は「それで覚悟が出来るのか?」という事だ。
斬っていないよりは出来るかもしれない。
やはり実際に「経験している」のと「経験していない」のとでは違う。
未経験者が100の言葉を紡ごうと、経験者の一言には適わないのだ。
―あれ?その方法で良いような気がしてきた。
冗談である。
斬ってないよりはマシとは言え、無抵抗な人間を斬って得た経験などいかほどのものなのだろう。
それで斬っても「騎士としての斬る覚悟」を得る事が出来る者はどれくらいるのか。
全く居ないとは言わないが、無闇にトラウマを植えつけるだけの結果になりかねない。
そんなもので得た「騎士としての斬る覚悟」は薄っぺらいような気がする。
―それに全員が試す程の犯罪者も居ないだろうしね
居たら試すのか?と問われれば…考慮したかもしれない。
魔王『騎士としての斬る覚悟とやらはどうした』
―やっぱり経験が全てだよね
もちろん冗談である。
数が居てもその方法は試さないだろう。
―ほんとだよ?
美女さんと事前に話し合った時に、すでに「無い」という結論を出している。
「無い」と言うのは「ありえない」ではなく「その方法では良くない」と言うものだ。
白の騎士団団長「しかしそうなると確かに難しい問題ですね」
赤の騎士団団長「確かにいざという時に斬れないかもしれない、と言うのは…」
僕「赤白両騎士団では見習いから正式に叙勲されるには、やはりそういう覚悟も込みですよね?」
白の騎士団団長「そうですね」
僕「それは実際に斬って無くても?」
白の騎士団団長「まあ、戦や賊討伐が無い限りはそうそう人を斬る事も無いですからね」
昔なら隣国との諍いが日常茶飯事だったし、少し前には内乱が起こり戦が度々(たびたび)あった。
しかし今は隣国の関係も良好であり、内乱も終結した。
戦が行われるような事は当面無いだろう。
―内乱が頻繁に起こっても困るけどね。
僕「そうなると実際には斬った経験が無くとも叙勲される事もあると?」
赤の騎士団団長「ある」
僕「それでも大丈夫なんですか?」
白の騎士団団長「実際に斬れるかどうか、という事ですか?」
僕「はい」
白の騎士団団長「覚悟が出来て、実際に斬れるだろうという者だけを叙勲しているので」
大丈夫だというのだ。
もちろん中には大丈夫だろうと思っていても、実際にその時になったら斬る事が出来ない者も居る。
しかしそういう者は後に自ら除隊を申し出る。
厳しいだろうが騎士団というのはそういう場所だ。
覚悟の無いまま居れば命を落とすだろうし、場合によっては味方も危険に晒すのだ。
赤の騎士団団長「その覚悟は日々の厳しい訓練で培うものだな」
白の騎士団団長「もちろん見習い騎士も正騎士と共に任務に同行する事もあるので、その過程で実践を経験する場合もありますけどね」
赤の騎士団団長「ただ共に行動できる見習い騎士は、そもそも覚悟を持っているであろう者を選んで同行させているがな」
やはりそういう覚悟を持った者ではないと危なくて実践には連れて行けないというのだ。
僕「覚悟…かぁ。聞いたら殆どの人があると答えるだろうけどね」
白の騎士団団長「まあそう言え無い者は騎士には向いていませんけどね」
美女さん「実際に出来ているか、が問題ですよね」
赤の騎士団団長「となると覚悟の程を試すしか無いだろうが…」
どう試すのか?という話である。
赤の騎士団団長「そういう状況を作り出してどう動くか見る、とか?」
僕「状況…どのような?」
僕が質問すると赤の騎士団団長は少し考え込んだ。
赤の騎士団団長「少数で行動させてそこに襲い掛かり、自分の命が危ないと思わせ…ダメだな」
白の騎士団団長「試す試さない以前に、心に深い傷を負わせてしまいそうですしね」
赤の騎士団団長は言っていて「無い」と思ったらしく、途中で自ら否定した。
それに白の騎士団団長が苦笑しながら言う。
しかし美女さんが赤の騎士団団長の言葉に「なかなかいい考えかもしれません」と言った。
白の騎士団団長「いい考えですか?」
美女さん「襲い掛かるという話ではないですよ?」
美女さんは赤の騎士団団長の上げた例について言ったのではなく、「状況を作り出す」という事に対して言ったのだ。
美女さん「状況を作り出す、というだけなら今ここででも出来るかと」
赤の騎士団団長「それはどのようにしてですか?」
美女さん「一対一で向かい合えばいいんですよ」
白の騎士団団長「一対一で…?」
美女さんは頷くと僕と赤の騎士団団長を対面で立たせた。
彼我の距離は僕で大股五歩という距離だ。
「これくらいの距離感でいいでしょうか」と美女さんは言うと
美女さん「若はそこから赤の騎士団団長に殺気をぶつけてください」
僕「殺気…ですか」
僕は「う~ん」と考える。
とりあえず赤の騎士団団長をまっすぐ見つめて斬り付けるという気迫を送った。
それに赤の騎士団団長の体が反応する。
とはいえ利き手がぴくっと動いた程度なので、とっさに剣の柄に手を伸ばしそうになったのを気力で押さえつけた、という程度だろう。
こんな事で試せるのかな?と思っていると美女さんが「それではダメです」と首を振った。
美女さん「剣気程度ではダメですよ」
もっと明確な殺気をぶつけろと言うのだ。
―正直、剣気と何が何が違うのか良く解らない
剣気も「斬る」という気を相手に向けて放つのだ。
本当に斬られれば無事では済まない。
殺気も剣気も「身の危険を感じる」と言う部分では似たような物では無いだろうか。
魔王『質が違うな』
剣気はあくまで「斬る」という気迫だ。
それはフェイントとして実際の攻撃の合間に入れると有効だろう。
しかし「殺気」はフェイントなどという生易しいものとは違う。
相手の精神に直接、死ぬかもしれないという恐怖を叩きつけるのだ。
魔王『殺気を込めた剣気を受けた者は本当に斬られたと錯覚すると言われている』
―なるほど…相手の精神に恐怖を…
しかしどうすればいいんだろう?
魔王『やはり殺したいほど憎い相手と思えばよいのではないか?』
―憎い相手…
魔王『その「殺したい」という気迫を刹那に込めて叩きつけてみろ』
僕は魔王の言うとおりにやってみようと思う。
とは言え未だに良く解らないので試行錯誤状態だ。
赤の騎士団団長を真っ直ぐ見つめる。
そしてえいっとばかりに気を送る。
しかし赤の騎士団団長は無反応だ。
「やっ!」「とぅっ!」「はっ!」っと心の中で思いながら色々と頑張ってみるも、赤の騎士団団長を数回に一回反応させる程度に留まっている。
美女さん「難しいですか?」
僕「はぁ、どうも殺気の理解は出来ても感覚的には良く解らなくて…」
よくよく考えたら僕も赤の騎士団団長も殆ど動いてないので、知らない人が見たら2人が向かい合って立っているだけの光景でしかない。
美女さん「そうですか…困りましたね」
白の騎士団団長「美女殿が行うというのはダメなのでしょうか?」
頬に手を当てて首を傾げる美女さんに白の騎士団団長が言った。
相変わらずの笑顔で本当に困っているのかも良く解らない美女さん。
しかしいつも笑顔の美女さんが鬼の形相で見つめたら、それだけで本能的な恐怖を覚えそうだ。
―鬼の形相の美女さんが想像できない…
魔王『まあ命のやり取りをしていてもあの笑顔は変わらんからな。他の表情を見た記憶は余り無い』
付き合いが長い(と言っても殆どが敵対としてだけど)魔王ですらそうなのだ。
そんな美女さんが鬼の形相をしていたら、それはもう壮絶を極めるのではないだろうか。
―深いトラウマを抱えるくらいには。
そんな事を考えてたら美女さんと目が合った。
―っ!!
僕はその目を「なんでも無いですよ」と言うように受け流しつつ、まるで美女さんの言葉を待っているとでも言うように見つめ返す。
―というか、やっぱり美女さんって人の心が読めるんじゃ??
魔王『そんな事は無い…と思うがな』
背中に冷や汗が流れる。
目が合っていたのはほんのわずかな時間だろう。
僕の目を笑顔で見つめ返していた美女さんは「ふっ」とかすかに笑いを漏らすと白の騎士団団長の方を向き、「私では無理なんです」と言った。
白の騎士団団長「無理…ですか?」
美女さん「はい」
白の騎士団団長「難しいではなく?」
白の騎士団団長の言葉に「そうです」と美女さんは頷いた。
美女さんのいう理由とは!?
と引っ張るほど大した内容でも無いので余り期待しないでください。
ただただ長くなるのでここで区切っただけに過ぎません…
誤字修正
聴き手 → 利き手