第54話 第一王女
選考会開始から20日程が経った。
当初は384名居た候補者は現在347名になった。
37名が自主的に候補を降りたのだ。
辞退の理由はそれぞれだが、その中の一人であるとある貴族の娘は姫の騎士団の方針に合わずに辞退する事となった。
理由は食事の用意の際に「何故自分が食事の用意ををしなくてはいけないのか」と言ったからだ。
今まで蝶よ花よと育てられてきて水仕事など一切した事は無く、そういう仕事は身分の低い者が行うべき事だと教えられてきたのだろう。
しかし姫の騎士団団員になるならば元の身分は一切関係無く、姫の騎士団としての階級のみがモノをいう。
食事の用意だけではなく掃除や洗濯なども自分達で行わなくてはいけないのだ。
その事を受け入れる事が出来なかったとある貴族の娘は不満を述べていたが、美女さんに論破されると翌日には辞退を申し出て去っていった。
選考会開始から20日が過ぎた。
しかしよく347名もの候補者が20日も持ったものである。
訓練はハードなものだった。
姫の騎士団の通常訓練をベースにしているが、それより少しハードに出来ている。
もちろん初日からではない。
日を追う毎に訓練内容を徐々にハードな内容にしていったのだ。
因みに僕は最初の10日以降、候補者を美女さんに任せて別の事をしていた。
姫の騎士団寄宿舎に一日一時(約2時間)程しか顔を出せていなかったのだ。
――――――――――
別にサボっているわけではない。
各所から続々と僕と姫の婚約祝い等が届きだした為に対応に追われていたのだ。
早馬で知らせを伝えたとはいえ、どこも動きが早い。
祝いの品程度なら後で目録を確認するだけで良いだろう。
だが祝いの使者が来た場合は別である。
相手によっては一々相手にしないといけない場合もある。
一番最初に困ったのが隣国の王妃だ。
というかこの国から嫁いだ第一王女、姫の姉に当たる人の事だ。
式もまだまだ先なのに直接出向いてきた。
隣国の王妃である上に姫の姉だ。粗末に扱えるわけが無い。
殿下に呼ばれて行った謁見の間で第一王女と初めて挨拶をした。
やはり姉妹と言うべきだろうか、第一王女は姫と似た雰囲気を持っている。
2人が並ぶと特にそう思う。
姫が「今」だとしたら第一王妃は「少し未来」という感じだ。
魔王『姫が大人びてもっと落ち着いた雰囲気を出すと第一王妃のようになるのか…』
魔王が『姫にはいま少しの努力が必要だな』とか何とか言っている。
ふと視線を感じて目線をそちらに向けると姫がこっちを見ていた。
姫は笑顔なんだけど少し怖く感じるのは魔王があんな事を言っていたからなんだろうか?
『ナンデモナイデスヨー』と言う魔王。
別に姫は魔王の事を認識できないから聞かれてもいないし、取り繕っても意味ないし!
第一王女にお祝いの言葉を頂いたので「ありがとうございます」と笑顔で答える。
「後でお茶をお付き合いください」と言われたので「ご用意をしてお待ちしております」とだけ答えた。
その後、第一王女は隠居中の第三王子に会うために部屋を退出して行った。
隠居させられているとは言え、第一王女からすれば弟の一人である。
第一王女が退出すると王子が僕に「上姉様はああ見えて手ごわい方なので注意してくださいね」とそっと言ってきた。
僕「どういうことですか?」
殿下「いえ、特に危険だとかそういう事では無いんです。ただのんびりしている様で以外としっかり物事を見ている方なのです」
僕「はあ…」
殿下「後は…実際に話してみたらわかると思います」
殿下は「本当に危険な方という訳では無いので安心してください」と締めた。
良くわからないが嫌な予感はする。
――――――――――
空の館にあるバルコニーに置かれたテーブルに侍女がお茶の用意をしていた。
さっそく姫が第一王女をお茶にお誘いしたのだ。
後宮であったこの場所に第一王女を呼んで良いのかと思ったけど、今は後宮ではなく姫の住まいなので問題ないだろうとの事だ。
逆に男子禁制で殿下と僕しか入れないので都合が良いらしい。
そこに僕と姫と有力貴族の娘と美女さんと妖精少女と妖精姉が居る。
妖精姉はお茶会を辞退しようとしたが姫に押し切られて参加する事となった。
押しに弱いらしい。
魔王『お主と一緒だな』
―うん。もうそれで良いと思う
否定できない。
第一王女が空の館に現れたので全員が立ち上がって挨拶した。
妖精少女を見た第一王女は「可愛い!」と抱きつき、それからは膝に乗せたままでいる。
妖精少女も姫のお姉さんと聞いていたのが良かったのか、容姿も似ている為なのか特に人見知りをする事も無く第一王女の膝の上でニコニコしていた。(可愛い!)
因みに子狼は妖精少女の部屋でお留守番である。
挨拶の後はお茶が配られ和やかな雰囲気でお茶会が始まった。
『こういう場では男は話を振られたた時意外は黙っているほうが良い』と魔王に言われたので、出来るだけ笑顔で座っている事にする。
有力貴族の娘は第一王女と面識があるようだ。
姫と幼い頃から面識があるのなら当たり前である。
だが歳が少し離れている為に一緒に遊んだ事はあまり無いそうだ。
第一王女「あの有力貴族の娘がこんなに綺麗になって」
有力貴族の娘「ありがとうございます」
姫「若のお陰ね」
第一王女「そうなの?」
姫「有力貴族の娘も若の奥さんなの」
第一王女「まあ」
姫の言葉に僕はもう慌てる事は無い。
こういう場で姫がそう言うのは想定の範囲内である。
事実、有力貴族の娘は実際に僕の奥さんなのだ。
姫が「有力貴族の娘と家族になれて嬉しい」と言うのを聞いて有力貴族の娘は嬉しそうにしている。
相変わらず有力貴族の娘は姫が大好きなようだ。
姫「美女さんも若の奥さんになるの」
第一王女「あらあら」
あ…慌てる事は無い。
美女さんも対外的には僕の奥さんという事になる。
第一王女「じゃあ妖精少女もそうなの?」
妖精少女「うん!」
―いやいやいやいやいやいやいやいや!
僕が何か言う前に姫が「それが妖精少女はまだなの」と残念そうに言った。
「まだ」という言葉は引っかかるが、一応の否定の言葉に胸を撫で下ろす。
姫「だから今、妖精族の女王に妖精少女を若の奥さんにして良いか確認中なの」
―違いますから!!
有力貴族の娘「姫、それはちょっと違いますよ」
有力貴族の娘が妖精少女の事を説明する。
僕が妖精少女を助けた事や、今は妖精少女を妖精の里に戻すかどうかを妖精族が話し合ってる最中であるという事を有力貴族の娘が説明してくれたので再度胸をなで―
有力貴族の娘「最終的に若の奥さんになる事は決まってますが」
―何言い出してるの!?この娘は!!
有力貴族の娘が「妖精少女も家族だもんね」と言うと妖精少女が「ねー」と言う。
おかしい…ここには敵しか居ないのだろうか?
それを「姫は幸せそうね」と笑っていた第一王女、本当にその認識で良いのだろうか?
魔王の『お主が言う事か』と言うのは丁重に無視する。
第一王女「じゃあここには姫と若の家族が集まってるのね」
そう言うと「じゃあ貴方も若の奥様なの?」と妖精姉を見て言う。
妖精姉は首を振ると笑顔を浮かべ「私は妖精少女が居るのでお世話になっているだけで、奥様ではありません」と言った。
―普通の応答なのに感動するのは何故だろう
魔王『疲れているのではないか?』
第一王女は「それはごめんなさいね」と言うと「気になさらないで下さい」と妖精姉は笑顔で答える。本当に気にして無い様だ。
その後、第一王女は妖精少女言う事を笑顔で聞いたり、姫の騎士団の話を聞くと「見てみたいわ」と言ったりしながら時間は過ぎて言った。
姫の騎士団に関しては美女さんと有力貴族の娘が団員で副隊長と隊長と聞くと制服姿を見たいと言いだした。
姫の騎士団自体は選考会中で見学する事は出来ないので、2人の制服姿で我慢してもらう。
2人の騎士服姿を見た第一王女は「かわいい」と言うと2人の間をくるくる回りながらいろいろな角度で眺める。
少しして満足したのか座ると「女性騎士もいいわね」と言った。
美女さんは制服に着替えた事もあり、選考会もあるので「失礼します」と言って騎士団宿舎に向かって行った。
それに「行ってらっしゃい」と笑顔で送り出した第一王女は美女さんが出て行くまで笑顔で手を振っていたが、部屋の扉が閉まるとため息を付いた。
第一王女「それにしても若はすごいわね」
僕「何がでしょう?」
第一王女「姫と有力貴族の娘を奥様にするだけでもすごいのに勇者様も奥様にして、将来的に妖精少女まで奥様にするなんて」
僕「妖精少女は彼女達が言ってるだけです」
魔王『それより勇者を知っている事に突っ込め!』
―そうだった!
僕「…それより勇者とは?」
第一王女「美女さんは『神の御使い』でしょ?昔、一度だけお見かけした事があるの」
「美女さんはご存知じゃないだろうけど」と第一王女は言った。
何故、美女さんがいる場で言わなかったのかと言うと「美女さんが『若の従者です』としか言わなかったから」だそうだ。
妖精少女は良く分かってないようだが、妖精姉は「勇…者?」と驚いている。
姫「お姉様、出来ればその事は内緒に」
第一王女「分かっているわ。本人が言わないことを公言したりしないわ」
「姫の大切な家族の一人でしょ」と微笑む。
第一王女「それに知られると色々と大変そうですしね」
魔王『中々聡い女だな』
―失礼だよ
第一王女「魔王と相打ちになったと噂で聞いていたけど、お元気そうで良かったわ」
そう言うと「前にお見かけした時はどこか辛そうだったから」と言った。
美女さんは語らないが、勇者が生きてる事をすぐに公言したくないと言う事は色々な目にあったのだろう。
それより何より今は妖精姉である。
「妖精姉」と何回か呼びかけると妖精姉が「ひゃい!」と我に返った。
僕「美女さんが勇者だと言う事は黙っておいて貰えるかな」
妖精姉「言うとまずいのですか?」
それに僕と姫と有力貴族の娘が頷く。
それを見て「殿下は…?」と聞いてきたので殿下には伝えている事を言う。
僕「いずれ結婚式の場で美女さんを見た人から伝わると思うけど、それまで黙っておいて欲しいんだ」
そう言うと妖精姉は少し考えて「わかりました」と頷いた。
後は妖精姉を信じるだけだが、信じれると僕は思う。
ほっとした空気は第二王女の一言でぶち破られる。
第一王女「で、お子様はまだなの?」
その言葉にお茶を吹きそうになる。
僕が「な…」と言葉をなくしていると
第一王女「夫婦なのだから当然の話でしょ?」
僕「そ、そうですが」
第一王女「姫と有力貴族の娘はまだなのね。でも何故美女さんだけ仲間はずれなの?」
僕「は?」
第一王女「美女さんだけ本当の奥様ではないでしょ?」
妖精少女をおもんかばってそういう言い方をするが、何を言っているのかは丸分かりだ。
妖精姉が顔を真っ赤にして俯いている。
―なんで分かるんだ!?
魔王『何故だろうな?』
魔王にも分からないらしい。
小声で「妖精少女と妖精姉は本当に違うようね」と囁いた。
―怖!なんでわかるの??
殿下の「色々手ごわい方」と言う言葉が頭をよぎる。
よく考えたら妖精少女はまだ小さいし、そういう話題に顔を真っ赤にしている妖精姉はそういう関係で無いと予想は付く。
だが美女さんと何も無いと言うのは何故分かるのだろう。
姫が「お姉様」とだけ言うと「立ち入った事を聞いてごめんなさいね」と第一王女が言い、別の話題に移っていった。
それ以降のお茶会は概ね良好だ。
妖精少女も妖精姉も楽しそうに話を聞いている。
「概ね」と言うのは現在の話の内容が僕にとっては居心地が良くないからだ。
姫「―その時若が言ってくれたんです『姫の笑顔を守る』と」
姫と出会ってからの話が続く。
今すぐ部屋を飛び出して布団にもぐり枕を頭にかぶって叫びたい。
今ならバルコニーから空も飛べるかもしれない。
たまに「お兄ちゃん、かっこよかったね~」と言う妖精少女の台詞がこそばゆい。
妖精姉も当時に話を聞いて第一王女と共に興味心身に聞いている。
―盛ってるから!その話は殆ど盛ってるから!!姫の補正込みだから!!!
魔王『それでもお主の台詞部分はそのままと言うのが、逆にイタイな』
―ぐはっ!
今は有力貴族の娘の登場して僕たちと話している辺りだ。
先程から頻繁に第二王妃と妖精姉が「キャー」とか言いながら聞き、僕を見ては「キャー」と言うのが本当に辛い。
―ああ、夢を見てるんだ
僕は「ははは」と乾いた笑いを浮かべながらこれは「夢だ」という現実逃避をしていた。
しかし魔王が『吟遊詩人の歌うサーガでももう少しまともだな』等と内側からも僕をえぐり、無理やり現実に繋ぎとめる。
「そして私達は若の奥さんになったの」と姫が締めくくると第一王女と妖精姉が「ほぉー」とため息を付いた。
僕も心の中で違う意味のため息を付く。
魔王『あのまま話し続ければ初夜まで語る可能性もあったな』
―ホントに…ホントにあそこで終わって良かったよ。
他人の惚気話もきついモノがあるけど、自分の惚気を他の人の口から聞くのも厳しい。
女性と言うのはよくこういう話で盛り上がれるものである。
第一王女「若って熱い人なんですね」
僕「はあ、何かすみません」
第一王女「あら、いいと思うわよ」
そう笑う第一王女は「やっぱり姫のお姉さんなんだな」と思うくらいに雰囲気が似ている。
お茶会はその後も続き気が付くと夕刻になっていた。
―まあ僕はずっと気が付いていたけどね
美女さんが姿を現し僕に「そろそろ騎士団へ」と言ってくれたので第一王女に「申し訳ありませんが失礼します」と言って部屋を出る。
寄宿舎の3Fへ付いた所で他に人が居ないのを確認して第一王女が美女さんの正体を知っていた事を伝える。
美女さん「そうなんですか?」
僕「昔、見かけた事があるらしいよ」
美女さん「なるほど」
僕「取り合えず黙っていてくれるらしい」
美女さん「そうですか」
僕「しかし第一王女は殿下の言うとおり、色々手ごわい人のようだよ」
そう言うと第一王女が美女さんを名目だけの妻という事を当てた。という話をすると、美女さんは「すごいですね」と言った。
美女さん「仕草や表情から読み取ったのだとしか思えませんが、すごい方ですね」
そう言うと美女さんは「確かに手ごわい方です」と頷いた。
でも本人も黙っていてくれるという事なので、そこまで考える必要は無いだろう。
とりあえず「そういう事があった」という事が美女さんに伝われば十分である。
美女さん「やはり実際に奥さんになるしかないですかね?」
僕「うん、そういじられると思った。必要ないね!」
美女さん「以外と冷静に返されましたね」
少し残念そうに言う。
僕「散々似たような状況を経験したからね」
美女さん「では時間も少しありますし、そこで済ましますか」
そう言うと3Fにある寝室を指差した。
僕「は?」
美女さん「丁度部屋もありますし、ここは誰も来ませんし」
僕「いやいやいやいや。名目上だから必要ないですよね!?」
焦る僕に「ふふ」と笑う美女さん。
―からかわれた!
こういうパターンは何回かあり、今回はうまく返してたと思ったが今日のこの一件で分かった。
―このネタは乗るも反るの地獄だ。
どちらにしても僕に勝ち目は無い。
「冗談ですよ」とちゃんと言う美女さんが若干顔を赤くしているのは、自爆テロの様相を呈していたからだろう。
最近分かってきたが、美女さんは自分に関するこの手の話は苦手のようだ。
他人事なら無表情でいじってくるくせに。
そう思いながら僕は「勘弁してください」と頭を下げた。
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家族だんね → 家族だもんね