第51話 勇者
僕「何で…黙ってたの?」
美女さん・魔王「『面白そうだったので』」
―この2人は似た者同士だ!!
絶句する僕に「魔王もそう答えましたか?」と美女さんが笑うのでコクコクと切れた糸人形のように頷く。
「私は冗談ですよ」と笑うと「貴方を見極めておりました」と言った。
美女さん「初めて若とお会いした時…と言うのも変ですが、別人格で中には魔王が居ると言ったときは、魔王が私を誑かすために付いている嘘だと思いました」
僕「ですよね…」
だが貴方は剣も扱えない。
あれ程の力を持った魔法も使えない状態でいる僕を見て本当に別人格だと理解したようだ。
「まあ元の魔王とは似ても似つかない性格だったので、本当はもっと早く確信してましたが」と笑う美女さんに「『余計な世話だ』」と僕が代弁する。
美女さん「本当に力を使えない貴方を見て、最低限の力の使い方を教える事にしました」
僕(魔王)「『何故あの時殺さなかった?』は?殺す?」
魔王が言うには服従の魔法は術者が死んだら解ける。
そして術者に服従させる魔法であるが、それは術者が力を込めたら心臓に負担を与えるという物であって、心の動きに反応して勝手に負担を与える者ではない。
僕の行動から明らかに使い方を理解していないのを知り、美女さん程の使い手なら神聖魔法を封じられていても一瞬で僕の首を落とせただろう。
それなのに何故、今まで何もしなかったのか?
僕は魔王の言葉を代弁しながら血の気が引く思いがする。
剣術の練習の中で美女さんに剣を突きつけられた事は数知れない。
その一回でも一歩踏み込んでいたら僕はここに居ない。
美女さん「若の人格がどうなるか、というのが躊躇った一つの要因です」
―美女さんありがとう!
美女さん「ただ魔王の命と天秤に掛けた時に、多少の犠牲は…とも思いましたが」
―ちょ!!!
「冗談です」と美女さんが笑う。
服従の魔法が解けてからお茶目にも程がある!!
美女さん「元々こんな性格でしたよ?」
僕(魔王)「心が読めるの!?『おぬしが分かり易すぎなだけだ』悪かったね!」
そういえばたまにお茶目な事を言っていたかもしれない。
恐ろしさが先行してお茶目に受け取れなかっただけだ。
美女さん「若と旅をして妖精少女を助けたり、ゴブリン退治、姫との出会いなどを共に行動して、若なら無理に倒す必要はないと思いました」
僕(魔王)「『お前も丸くなったな』」
美女さん「私は前から変わってません」
僕(魔王)「『そうだな…甘いところは変わってないな。で、だ』」
美女さん「はい?」
僕(魔王)「『封印もある程度解けて神聖魔法も体の負担を無視すれば使えるようになった』全部解けてないの?」
美女さん「はい。やはり解除の魔法が不十分だった様です」
僕(魔王)「『今なら無理やり解除できるのではないのか?』」
美女さん「できますね」
僕(魔王)「『しないのか?』」
美女さん「まだ本調子では無いですからね」
僕(魔王)「『……』何か言ってよ!無言を代弁ってどうなの!?『だまれ』!!」
美女さん「貴方こそ、今の内に私に止めを刺すなり、再度服従の魔法を掛けるなりしないのですか?」
僕(魔王)「『こやつが許すま(い)』当たり前だよ!『と言う事だ』」
美女さんは「そうですか…」と言うと黙り込んだ。
そんな美女さんに「ちゃんと解けるなら解いた方がいいのでは?」と伝える。
美女さん「え?」
僕「不十分だったのならちゃんと解いたほうが良くない?」
美女さん「それは私を抱きたいと言う事ですか?」
コノヒトハナニヲイッテルノ?
美女さん「口付けによる魔力の注入ではうまく行きませんでした。それならそれ以上の接触が必要になります」
僕「それが…?」
美女さん「そういう事になりますね」
あんぐりとしている僕に美女さんが笑い出し「冗談です」と笑う。
美女さん「そんな事、あるわけ無いじゃないですか」
くすくすと笑う美女さんに魔王の笑いも頭の中で重なる。
僕「分かってて2人とも黙っていたな!?」
美女さん・魔王「『おもしろそうだったので』」
僕「やっぱり2人は似た者同士だよ」
ガックリする僕に「また同じ事を言いましたか」と美女さんが笑う。
美女さん「まあ魔王とは敵味方とはいえ、付き合いが長いですから」
僕(魔王)「そうなの?『まあな』」
美女さん「私は勇者として前魔王とも戦ってましたからね。小さな頃の魔王にも何度も会ってますし、話した事もあります」
僕(魔王)「『ま、まあ昔の話は良いではないか、今は今後の話(だな…)』どんな感じたんですか?」
美女さん「小さいのに剣を構えて『倒してやる!』と可愛かったですよ」
僕「『(だまれ、言うな!聞くな!!)』よく殺されなかったな…魔王」
美女さん「私は小さな子どもを殺すほど歪んでは居ませんので」
小さな魔王をあしらったりしながらたまに会話をしていたらしい。
美女さん「あの頃の魔王は可愛かったですよ」
僕(魔王)「『(○$×△#□φβ!)』へぇ~…って!美女さん幾つなの?」
そう言うと「女性に年齢を聞いてはいけませんよ」と言った。
僕(魔王)「『美女はハーフエルフだ。年齢も80年くらいだったかな?』はーふえるふ!?」
美女さん「まだ70年ちょっとです!ハーフエルフなので耳は普通の人と同じで見分けは付かないんですよ」
お父さんがエルフでお母さんが人族の娘だったようだ。
両親はすでに亡くなっているそうだ。
自分の身を守る為に色々な事を学んで居る時に神の声を聞いて神聖魔法を使うようになり、色々あって勇者になったそうだ。
―小さな頃に会ってるって、魔王は今はいくつなの
魔王『我か?50年ちょっとだ』
―50年!!
驚きの新事実!!
僕(魔王)「そうだったんですか『で、今後はどうする?』」
美女さん「そうですね…」
そう言うとちょっと考えた美女さんは「正式に若の奥さんになりましょうか」と言った。
僕「は?」
美女さん「もう一度言います?」
僕「イイエケッコウデス」
美女さん「では帰ったら姫様と有力貴族の娘様に言いましょうか」
僕「いやいやいやいや」
僕は手を横に振って美女さんを制する。
僕「何?どういう事?何でそうなるの?『毎回煩いな。勇者の嫁などそうもらえんぞ』」
美女さん「魔王の割には言い事をいいますね!」
僕「だから待って!」
美女さん「何なんですか?若」
僕「おかしくない?ねえ、おかしいよね。この流れ」
美女さん「そうですか?」
僕「いきなりそんなのおかしいよ!?」
美女さん「いきなりではありませんけど?」
そう言うと「詳しい話は姫様と有力貴族の娘様の時に話しますが…」と言い
美女さん「私の初めてを奪っておきながら、奥さんに迎えるのを嫌だというのですか?」
僕(魔王)「は?『酷い奴だ』もう通訳しないから!!」
美女さん「本当に酷い…」
そう言うと美女さんは泣き真似をする。
それを見て脱力しながら
僕「美女さん、キャラ変わりすぎ…」
美女さん「今までは従者でしたので。これからは奥さんとして頑張ります」
僕「いや、だから…」
美女さん「初めてだったのに…」
僕「!だから何がなの??」
そう言うと美女さんは恥ずかしそうに「口付けです」と言った。
今まで笑顔しか見たことが無かった美女さんの恥じらいを見て可愛いとときめき―
僕「70歳いいいいいいぃぃぃぃぃ」
危ない危ない。
騙される所だった。
美女さん「年齢は言わないで下さい。それに人族に置き換えたらまだ15歳程度です」
僕「年下になるんだ」
美女さん「私もお兄ちゃんと呼びますか?」
僕「ごめんなさい。調子が狂うので前と同じ感じでお願いします」
美女さん「それは良かった。あの感じのノリは疲れるので」
僕「じゃあしなきゃいいじゃん!!」
どうしよう。
僕の中での美女さん株が大暴落中だ。
美女さん「まあ若の奥さんになる事は置いておいて」
僕「いや、置かずに『ならない』という結論を出そうよ!」
美女さん「そこまで嫌がられると本気で傷つきますよ?」
美女さんがいつもの雰囲気で良く分からない事を言う。
どうにか「しない」方向に持っていかなくては
僕「そもそも神聖魔法って穢れたらダメなのでは?」
美女さん「ああ、それなら大丈夫です」
僕(魔王)「『確かに処女のほうが神の声を聞きやすいと言うが、それは幼い女児の方が穢れが少ないから、と言うだけだしな。子を為した女でも神の声を聞く事はある』そうなんだ」
美女さんは頷くと「本気で愛し合い子を為すための行為は穢れてません。だから大丈夫」という。
美女さん「神の声を聞いた後は、変わらぬ信仰心さえ持ち続ければ問題ありません」
僕「そんな簡単なものなの?」
美女さん「穢れ無き信仰を持ち続けると言うのは難しい事です。狂信ではいけませんからね」
信仰心にも色々あるらしい。
美女さん「私にかかっている服従の魔法のことですが」
僕「美女さんを抱くと解除されるってのは嘘なんでしょう?」
美女さん「強ち嘘では無いんですけどね」
服従の魔法は術者が死ぬ以外でも術者とかけられた者の心の結びつきが強くなった時に解かれると言われているらしい。
僕(魔王)「らしい?『服従の魔法を掛けられてまで服従させられて、心の結びつきもあるまい』なるほど」
美女さん「そうですね。ただ、そう言われ伝えられているのは確かです」
僕(魔王)「『そうだな』」
美女さん「ですので、実際にそうか確かめるいい機会でもあります」
僕「それとこれとは!」
美女さん「まあ王都に戻ってちゃんと話し合いましょう」
魔王『王都に戻ったら負けだな』
―だよね!
ここは強く出て話を終わらせて置かないと大変な事になる。
そう思い言おうと口を開いたところで美女さんが「申し訳ありません」とベッドに横になった。
美女さん「やはり本調子じゃないので横にならせていただきますね」
僕「ああ、ごめんね。気が付かなくて」
美女さん「お気になさらずに。少し楽しくてはしゃいでしまいました」
―美女さんとはしゃぐという言葉が似合わないと思っていた時が僕にもありました
「何か?」そう言うと少しダルそうに「何か言われようとしてませんでしたか?」と美女さんが言う。
僕は「また今度でいいです。無理をしないでゆっくり休んでください」と言うと「ありがとうございます」と美女さんが微笑んだ。
美女さんに「また明日」と言うと部屋を出る。
魔王『はぐらかされたな』
魔王の言葉に振り返る。
美女さんの部屋からかすかな笑い声が聞こえたので扉を開けようとノブに手を掛けて思いとどまる。
最後に横になった時の美女さんは本当に辛そうだった。
もし演技だとしても本調子でないのは本当だろう。
そう思い扉から離れる。
きっと美女さん程の達人なら、僕の扉の前の葛藤くらい気配でお見通しなのだろう。
僕は廊下を少し歩いて一つの扉の前に立つと小さくノックする。
中から「どうぞ」と聞こえたので開けて部屋に入る。
僕が「どうかな?」と聞くと有力貴族の娘のベッドの脇に腰掛けた姫の騎士団員の一人が「眠っているだけで問題は無いそうです」と言った。
姫の騎士団員達が二人交代で有力貴族の娘の看病を続けてくれている。
美女さんの見立てでは有力貴族の娘は疲労から眠り続けているだけで明日の昼前には目覚めるらしい。
ただ当面は激しい運動は出来ないそうだ。
だから本当は看病など必要ないのだが「目覚めた時に一人なのは心細いですよ」とみんなが言い交代で付いてくれているのだ。
僕は騎士団員に礼を言うと部屋を後にした。
誤字修正
余計青世話だ → 余計な世話だ
選考して → 先行して
幼い女児の法が → 幼い女児の方が