第49話 負傷
久々に王都を出る。
別に式の準備に辟易してでは無い。
―ではない!
魔王『何を言っている』
そんな事実は無い!
あくまでも今回は姫の騎士団の実戦演習だ。
演習と言っても国境線付近に住み着いている魔物の討伐任務である。
国中を回っている領主息子に手ごろな相手を発見し次第、連絡をくれるようにお願いしていたのだ。
姫と妖精少女は近衛騎士団に任せて全員での出陣となる。
僕「で、何で白の騎士団団長と団員まで一緒に来るのですか?」
横を10名ほどの騎士を連れて走る白の騎士団団長に言う。
白の騎士団団長「初の実戦ですから、補佐として付いてきました」
「よっぽどの事が無い限り手は出しませんよ」と笑う。
白の騎士団団が居ると緊張感が無いんだけど…まあいいか。
2日程走り国境付近の村に着く。
駐屯していた領主息子に簡単な挨拶をした後に話を聞く。
魔物は最近になって現れたらしい。
山に入った者たち5人の内4人と同行していた犬が殺され、残りの一人も逃げ帰ってきたが傷が元で亡くなったそうだ。
その帰還した者がゴブリンの群れに襲われたと言っていたようだ。
10匹以上居たと言っていたが錯乱状態であった為に正確な数は分からないが、逃げ帰る事が出来たという事からもそれ程多くは無かった可能性が高い。
領主息子「現場に向かってみたところ遺体が無造作に打ち捨てられている状態で身包みは剥がされていてませんでしたが犬の死体はありませんでした」
身包みを剥いでいないので野党の可能性は低く、人肉には見向きもせずに犬の死骸だけ持って帰ったという事はゴブリンあたりでほぼ間違いないだろう。
姫の騎士団を集める情報を伝えて方針を話す。
僕「この中にゴブリンとの戦闘経験のある者は?」
騎士団の過半数が手を上げる。
僕「ボブは?」
各隊で数名と所だ。
僕「それ以外のゴブは?」
誰も手を上げない。
まあホブゴブリンと戦闘経験がある者が隊に居れば、それ以外のゴブリンはシャーマンかロードだと分かるだろう。
ゴブリンロードは一回りくらい大きさ違うし。
僕「では第一~第三は美女さんの指揮の下で付近の索敵。第四は僕といつでも援護しにいけるように後方待機」
注意事項を伝える。
ゴブリンを見かけても安易に戦闘を行わない。
相手が自分達と同数か多い場合は戦闘を避ける。
少ない場合は気が付かれないように後をつけて行動を監視、出来れば巣の場所を特定する。
伝令を出す場合は2人以上で出し、決して一人で行動しない。
敵に気付かれた時は慌てずに対応し他の敵に知らせないようにする。
数が多い場合や巣へ仲間を呼びに行って危険と判断した場合は笛を吹いて他の隊に知らせる。
巣を見つけても単独で攻撃は仕掛けない。
捜索時間は半時(訳1時間)で、何も無くてもその時間には必ず戻る。
全員が頷くのを確認し出発する。
白の騎士団団長は付いてこようとしたが、それでは姫の騎士団団員のために為らないと丁重にお断りした。
実際には「殿下や翁から僕を守れと言われているようのは理解しますが、こうも監視される様なら考えがありますよ?」と伝えたら「分かりました。無茶だけしないで下さい」と苦笑した。
どうせ付いて来るんだろうけど。
――――――――――
捜索が始まって数刻。
未だに遭遇などの報告は来ない。
森の外れとは言え警戒を怠るわけには行かず、第四班の隊員からは緊張感がありありと感じられる。
―どうにかこの緊張を解せないかな
少し考えて世間話を装って、その中で落ち着いている第四隊隊長に話しかける。
僕「第四隊隊長はゴブリン討伐はいつ行ったの?」
第四隊隊長「兵士になったばかりの時に巡回中に出会いました」
僕「それは…運が無かったね」
第四隊隊長「ゴブリンが4匹だけしかおらず、私達は10名程居たのであっという間に勝負は付きました。でも私は怖くて剣を構えて震えてるだけでした」
そう言うと第四隊隊長は苦笑した。
第四隊隊長「その後、巣は別の者達が討伐をしたために結局私は何もせずに終わりましたけどね」
僕「でも今は違うでしょ?」
第4隊隊長は僕の言葉に「そうですね」とだけいった後に、僕の目を見て意図を悟ったのか「隊長と副隊長に鍛えられましたので、ゴブリンロードでも負ける気はしません」と笑う。
―さすが隊長、わかってくれたか
それを聞いた他の隊員たちが頷いた。
第四隊隊長の言葉に他の団員も緊張が少し解けたようだ。
―まあ今までの訓練を見る限り、余程の事が無い限りは大丈夫だろうけど
そう思った時に笛の音が森に響く。
その後に長い音が2回鳴らされる。
長い笛は敵との遭遇し戦闘開始、2回は第二隊。
第二大隊が敵と戦闘中という事だ。
―有力貴族の娘の隊か!
僕は「いくぞ!遅れるな!!」と言うと笛の音のした方へと走り出す。
森の中を走り抜けて少し行くと争う音が聞こえてきた。
「まずは状況の確認、そして味方の安全の確保!1人で突っ込まず2,3人で一匹を狙え!」と言うと森が開けて戦いの場に出る。
開けた視界に目に飛び込んできた惨状に舌打ちをする。
美女さんと第一隊、第三隊は現場に既に到着し戦闘を繰り広げている。
しかしそれは戦闘と言える様なものではなかった。
美女さんが最前線でホブゴブリンに囲まれている。
そこから離れた位置、美女さんの後方にいる騎士団達もゴブリンと戦っているが、その数は第一~第三の半数にも満たない。
半数上がゴブリンに押されて戦闘不能になっている。
一部のメンバーでゴブリンを押さえている間に倒れている団員を負傷している団員が後方へ移送している。
そこへ側面から僕が率いる第四隊が到着したのだ。
―数が多いとは言え、ゴブリンごときに何故こんなに…
魔王『ゴブリンシャーマンが二匹居る!』
見るとゴブリンシャーマンが放った魔法を美女さんが叩き落している。
しかしすべてを防ぎきることは出来ず、魔法やその爆風で隊員はやられたようだ。
僕は助太刀しようとしていた美女さんの方ではなくゴブリンシャーマンに向かって走る。
後ろで白の騎士団団長が「援護しろ!」と叫んでいるのが聞こえた。
「やはり来ていた」と思うことはなく、ただ単純に「これで数でも負けないだろう」とだけ思った。
道を塞いで立ちふさがるゴブリンを斬り裂きシャーマンの魔法を剣に魔力を込めて弾く。
そして逃げようとしたシャーマンの首を跳ね飛ばした。
すぐにもう一匹のシャーマンを目指して走る。
此方に気が付いたシャーマンが魔法を連発してきたが止まらない僕に恐れをなしたのか、背を向けて逃げようとするシャーマンにナイフを投げて足止めをする。
そして追いすがるスピードのまま振り返ろうとしたシャーマンの肩から袈裟斬りに斬り落とす。
これで魔法は無くなった。
後はゴブリンロード2体とホブゴブリンが5体、ゴブリンが7体だ。
ゴブリンは騎士達に向かっていってたが第四隊と白の騎士団団長達の援軍で撃退できそうだ。
ゴブリンロードとホブゴブリンを一人で相手にしていた美女さんも魔法の攻撃がなくなった事により見る見る間に数を減らしていく。
僕はゴブリンロードの一匹の後ろからか近づく。
ホブゴブリンの声で僕に気が付いたのか、振り返ろうとしたゴブリンロードの腕を美女さんが斬り落とす。
痛みに怒り美女さんの方を向こうとした所を魔力を込めた剣で胴を真っ二つにする。
僕と美女さんvsゴブリンロードとホブゴブリン2匹。
勝敗は一瞬で決した。
戦闘が終わった後に第四隊隊長に負傷者の状態を確認するように指示を出す。
白の騎士団団長は部下の騎士団員に領主息子に伝令を送る指示をするとすぐに4名の騎士がが走り去っていく。
そして自分は周囲の警戒をする為に騎士達と共に行ってしまった。
すぐに4名の騎士が走り去っていく。
それを横目に僕と美女さんはゴブリンの巣に入る。
何かの巣を彫り広げたような巣は以外と広い。
だが巣に居たゴブリンは全て出ていたようで新たに出くわす事はなかった。
一つの広い空間でゴブリンの子どもを6匹見つけるが、僕は何も言わずに6匹を始末した。
奥に貴金属などがあったが今はそんなの相手にしていられないので放置する。
巣の捜索にはそう時間が掛からなかった。
巣を出て状況確認する。
今回の戦闘による被害は、重症は19名、内危険な状態の者が1名。
僕「どういう状態だ!?」
駆けつけながら聞くと「シャーマンの魔法の直撃を受け、全員に火傷を負ってます」と第四隊隊長が言う。
美女さんが「名は?」と聞く前に「第二隊隊長です」と答えた。
僕は「そうか」とだけ言うと地面に寝かされている有力貴族の娘の横に跪く。
有力貴族の娘は息も絶えだえという状態で倒れていた。
近くに居た第二隊隊員の一人に「状況を」と言うと、声を詰まらせながら説明した。
巣を発見した第二隊は巣を発見の伝令2名を出した後に草陰から状況を確認していた。
その時はまだ巣の中の状況は良く分からず、巣の前にゴブリンが3匹居ただけだったようだ。
すぐにホブゴブリンとゴブリン4匹が戻ってきた。
そしてホブゴブリンが手に持っていたものを地面に投げ捨てると、それをゴブリンたちが寄ってたかって蹴りだしたのだ。
それが幼い人間の子どもだという事が分かった瞬間に誰かが小さく息を呑んだ。
それは本当に小さかったのも関わらずゴブリンには届いてしまったようで、ホブゴブリンと2匹のゴブリンが近づいてきた。
有力貴族の娘は小声で「3匹を撃退後に子どもを保護して逃げる。笛は巣の中にいるゴブリンに気付かれるのでギリギリまで吹かないように」と指示を出し、第二隊隊員4名も頷いた。
そしてホブゴブリン達が近づいた所を5人は飛び出しホブゴブリンとゴブリンを仕留める。
そしてぐったりしている子どもの周りのゴブリンに斬りかかる。
一人の隊員(今話している隊員)が子どもを抱きかかえ「息はあります」と言うと子どもを抱えて駆け出した。
周りにいたゴブリンも打ち倒して逃げようとした所で、巣の入り口から魔法が飛んでき。
子どもを抱えて森の中へと入ろうとしている騎士団員はそれに気が付いておらず、背後から魔法の直撃を受けそうになった所を有力貴族の娘が体を張って止めたそうだ。
倒れこむ有力貴族の娘を守るために他の3名はその場に残り、巣から出てくるゴブリンと対峙しながら笛を吹いたそうだ。
その後、すぐに美女さんと第三隊が駆けつけた。
「魔法攻撃です!」と言うと状況を確認した美女さん負傷者を後方へ連れて引くように指示すると、ゴブリンを出来るだけひきつける為に真っ只中に飛び込んでいった。
第一隊が駆けつけるまでに数名の騎士団員が魔法の爆風などで負傷していた。
そして迫り来るゴブリンを押しと留めながら負傷者を後方へ移送している所に僕と第四隊が到着したのだ。
僕「その子どもは?」
美女さん「全身の打撲と骨折。意識を失っていますが、命に別状は無いようです」
僕はそれを聞いて頷くと有力貴族の娘に向き直る。
全身の火傷はすぐに治療しないと命に関わる。
しかしこの世界には火傷に対する医療技術など確立していない。
神聖魔法に火傷の治療があるが使えるのは神官だけでここには居ない。
魔王『つまり有力貴族の娘は助からない』
―っ!
有力貴族の娘が薄く目を開け何か呟く。
耳を近づけると「こ…ども…は?」と聞いた。
僕は有力貴族の娘を見ると「命に別状は無い」と言った。
有力貴族の娘が僕を見つめる。
それを見つめ返し「よくやった」と言うと目がかすかに微笑んでそのまま閉じた。
僕はそれを無表情に見やる。
そして横に居た第四隊隊長に「他の者の容態は?」と聞いた。
それを聞いて何かを言おうとした第四隊隊長は僕の目を見ると静かに「命に別状はありません」と言った。
有力貴族の娘の意識が無くなり呼吸が弱くなってくる。
誰も何も言わずにそれを見つめる。
僕も有力貴族の娘の手に手を重ねながら見つめる。
魔王『この火傷では夜中まで持つまい』
―自分がもっと用心をして少数行動をさせなければ有力貴族の娘はこんな目にあわなかったかもしれない。
そう思うと目の前が真っ暗になる思いがした。