第48話 内政
殿下「何かお疲れのようですね」
いきなり執務室に押しかけてため息を付いた僕に殿下が声を掛ける。
僕は殿下に「執務中に申し訳ないです」と言いながらも出て行こうとはしない。
殿下も翁もそんな僕に出て行けとは言わずに黙々と資料に目を通しサインをしている。
翁と有力貴族は会議などの時意外は自分の執務室におり、殿下の執務室は基本的には殿下と翁のみである。
殿下「毎日、式の準備で追い回されて大変そうですね」
僕「まだ先の話なのに、何であんなに話す事があるんですかね」
本当に細かい事を一々確認される。
有力貴族の娘が非番の日などは2倍ではなく2乗である。
この前などドレスのデザインが変わったので見て欲しいと言われた。
デザイン画を手渡されて見たが、この前見たのと違いが分からない。
―なんなの?脳トレなの??
魔王『ん?スカートの段が一段増えてないか?』
―…ホントだ
ただ単にスカートのフリルが一段増えただけだった。
正直どうでも良い気がするが、それを言うと大変な目にあうのでそれは言えず「フリルが一段増えてさらに華やかになったね」とだけ伝えた。
あまり増やしすぎると重くなって大変じゃないかと聞いたら、軽い生地を使うのでそれほど重くなく、コルセットをつけることを考えると全然平気らしい。
女性はやはりすごい。
最近の悩みは姫の騎士団の団員も巻き込まれて…と言うより取り込んでいることだ。
もちろん勤務中の団員は勤務をしているが、非番の団員の一緒に衣装の原画を見ているのだ。
姫が「姫の騎士団も式用に新しい衣装を作りましょう!」と言ったのが始まりだ。
さすがにそれは無駄使いじゃないかと思っていたが翁が「構わんよ」とまさかの許可を出した。
どうやら赤白両騎士団も勤務用で平時用(戦時は上から鎧を着用するだけ)、公式の式典用、そして婚礼などの礼服用で3種類はあるそうだ。
だから姫の騎士団としても礼服用を作るのは問題ないらしい。
ただそれだけならここまで大事にならなかったのに姫が「どうせなら実際に着る騎士団の皆に意見を聞きましょう」と言ったから大変である。
騎士とは言えやはり女性なので大半の騎士団員が姫の意見に賛同して、非番の日に姫達とわいわい話し合っているのである。
大抵の騎士団員、それから外れたのはたった3名。
一人は美女さんだが、元々手伝っているが非番の日にわいわいと言う感じではないだけだ。
残り2名も別に嫌だとか反対と言うわけではなくその反対で「自分にはセンスが無いので、意見など言えません」というスタンスで、新しい礼服には期待をしているようだ。
というか結局は全員が楽しみらしい。
―それに巻き込まれる僕はきついけどね
殿下と翁が仕事をしている場にただ何となく居るだけと言うのが居た堪れなくなって殿下に話しかける。
僕「この前、この国が流通の拠点だって言ってましたよね」
殿下「ええ」
僕「この城の場所は丁度真ん中くらい?」
殿下「そうですね。国を横断する中間地点のような場所にあります」
王都を中心に十字に大きな街道が通っている、
そして十字の道のそれぞれの点(国境に当たる部分)を戦で結ぶようにも街道が走っているようだ。
僕「もしかして小砦や大砦はその街道に立てられてる?」
殿下「そうですね、やはり他国の侵攻は街道を通り真っ直ぐ王都を目指す事が多いですからね」
僕「なるほど」
そう言って言葉を止めた僕に追うがどうかしたのか?」と聞く。
僕は「いえ、ちょっと不思議だったんですが、他国の侵攻を気にして街道を整備してないのかと納得しただけです」
翁「街道の整備じゃと?」
僕「あれ?違うんですか?」
翁「街道は人や馬車が良く通るで、特に整備せんでも道は無くなるまい。何かで街道が崩れたりした時は補強するがな」
僕「あ~その程度なんですね…」
道を整備するという感覚が無いために何処の国でも行われていないのか。
どう言ったものかと考えていると魔王が『どうした?』と聞いてくる。
―街道を整備する事を薦めるべきか考えてる
魔王『整備とは?』
―道を平らにし城下の道のように石を敷き詰める
魔王『ふむ』
―そうするだけで馬車などは速度を増すし、道の凹凸による痛みも減る
魔王『しかし、街道全部となると時間も金も掛かるぞ。石畳は特に』
―だよねぇ。だから困ってる。アスファルトがあればなぁ
魔王『あすふぁると?』
僕はアスファルトの話をする。
と言っても僕もアスファルトの原料など知らないので大雑把になるが。
そもそもあれって石油で出来てるんだっけ?その程度の知識である。
この世界では石油があるのだろうか?
魔王『あすふぁると、なるモノは無いな』
―だから困ってるんだ
黙り込んだ僕に殿下が「どうしました?」と聞く。
「う~ん」とうなっていた僕は頭をかきながら
僕「本当なら街道の整備をしたほうが良いと言うんだけど、時間もお金も莫大に掛かりそうなので困ってる」
翁「街道の整備だと?」
僕は魔王に伝えたように街道を整備するメリットを伝える。
それを聞いた殿下と翁は「なるほど…」と言うと爺は鈴を鳴らし部下を呼ぶ。
そして「内務大臣達をを呼ぶように」と伝えた。
すぐに爺が「どうしましたかな」と他の内務官と共に姿を現す。
翁は街道の話をすると爺も「なるほど」と腕を組んだ。
僕「いや来て貰って申し訳ないけど、石畳だと時間もお金も掛かりすぎるので現実的じゃないんですよ」
爺「確かに時間は掛かりますが一考の余地はありますな」
翁「確かに街道を整える事は国を豊かにする一歩かも知れん」
僕「因みに王都から国境までの道一本に掛かる時間と費用はどれくらいか算出できますか?」
すぐに内務官たちが地図を見比べながら話し合いだす。
それを見ながら翁に「他にも何か思いついた事はないですか?」と言って来る。
取り合えず「実現可能かどうかは分かりませんが」と思いついた事を言う。
僕「街道にもう少し兵士の駐在所を作っても良いのでは?」
街道を旅する場合に野営をする場所は大抵決まってくる。
そこに塀の駐在所を作るのだ。
一つの国境から王都までの距離と、人と馬車の一日の走行距離を簡単に出し適当に丸をつける。
そこに簡単な小屋を建てて駐在させるのだ。
小屋の兵士は王都側と国境側からそれぞれ5名ずつ、一日置きに一箇所移動していく。
一日目を移動なら二日目は小屋で待機をし周りを巡回するのである。
毎日5名ずつ送り出す事により各小屋には王都と国境から来た10名の待機者と、その日新しく着た10名で夜には20名になる。
そして翌日には前日待機していた10名がそれぞれ5名ずつ隣の小屋に移動する。
そして新たにきた10名でまだ20名になる、という考えだ。
これにより街道を今より安全に通過できる上に、兵がいるなら野営も安心だろうと思ったのだ。
翁「一つの街道に兵が500程か…」
僕「まあ全部は規模が大きすぎるので国境と王都の間だけでも出来たらいいのでは?」
翁「4本の街道で約2000…出来ない事も無いな」
翁は現在国中を回っている領主息子の率いる兵の数がそれくらいだと言う。
ある程度の目処が付いたら、その者達の再就職先として良いかもしれないというのだ。
小屋は簡易の小屋で良いと思うと告げる。
さすがに屋根だけとかだと兵士に気の毒なので最低限休める家であって欲しいが、街道の整備をするなら移動距離も変わるだろうし、何かあった場合に取り壊せるような建物が良いという話をする。
他にも教育の話をした。
これは市井の者などは生まれた時点で将来が決まっている事が多い。
教育を受ける事が出来て職業を選択できるのはある程度裕福な層だけだ。
市井の者達にも簡単な教育として義務教育を受けさせる。
それは識字率を上げる為でもあるが、簡単な教育の中からさらに勉強を望む者はさらに高度な教育を受けさせることも出来る。
そして勉強する意思や能力があっても家の事情で教育を受ける事が出来ないような者に対しては国が援助する。
そうすれば人材も育ち優秀な文官を育てる事により国も良くなるだろう。
殿下「しかし国の援助を学問に使わない者も出てくるのでは?」
僕「現金で渡さなければ良いんですよ」
全寮制の学校を作り、能力があり勉強したい者はそこに通わせる。
進級をと卒業を実力制にすれば援助に値するか判断できる。
厳しいようだが能力の無い者は残念ながら進級も出来ないし援助も切られる。
卒業後は必ず城で文官として働いて貰う事が援助の条件である。
「折角育てたのに他の国とかに行かれても困りますからね」と言うと翁は「確かに」と笑った。
僕「問題は派閥を作られたりエリート思考ですが、それも幼い頃からの教育で何とかなるでしょう」
翁「はばつ?えりーとしこう?」
僕「派閥は何ていうか簡単に言うと、最初に自分の仲間を作ります。自分が卒業した後も残った仲間が新たな仲間を作ると言うのを繰り返し、仕事に付いた後も仲間達で結託して物事を動かそうとする集団ですよ」
翁「ああ、昔の貴族が我が物顔でいた次代の王宮がそうじゃったな」
エリート思考に付いても説明する。
これこそ貴族の思考なので説明は簡単で、それを優秀な成績で卒業した者達である自分はすごい、という事に置き換えたら終わりだ。
翁「しかし義務教育と言うのは実行するのは難しくないか?」
僕「そうですね。まずは王都で子どもを対象に行ってはどうでしょうか?」
殿下「子どもですか?」
僕「1年程で構わないと思います。文字の読み書きと簡単な計算を教えるのです」
殿下「王都だけでも何千人という子どもが居ますが?」
僕「成人前から数えで8つくらいの子どもで何人くらいでしょう?」
翁「さあのう。2、3000は居るのではないか?」
僕「全員は無理ですか?」
翁「教える者の数が圧倒的に足りん」
確かに子どもの数が多すぎる。
僕「では最初は公募しましょう」
王都に「希望する対象の年齢の子どもは無料で読み書きや計算を教える」と触れを出す。
志願者の数次第だが、多ければ裕福な家庭など自分達で学費を出せるような所は対象外にする。
その中からやる気がある者は学校に入れる。
学校の授業の一環として下の者に勉強を教えるようにする。
そうすれば義務教育も行える上に、教える側の人間性も見れる。
僕「ちょっと強引過ぎる論法ですかね?」
翁「まあ人間性云々は別として、勉強を学生が教えるのはアリかも知れんな」
殿下「そうですね。勉強を教える教師の数も確保できますし」
翁「それに金もかかりませんしな」
そう言うと翁が笑う。
学校の卒業生は王城へ上がる。
途中で学校をやめる者も能力によっては教師として子ども達に勉強を教える。
もしくは他の町に派遣したり出来るかもしれない。
そして他の村でも勉強を教えてやる気と能力のある者だけ王都に呼んで学校に入れれば良い。
翁「良い事ずくめのような気がするな」
僕「まあ毎年莫大なお金が掛かりますから、そうとも言えませんが」
翁「確かにの…」
僕「将来的に何かしらの技術も教えることが出来れば工業や商業なども発展するかもしれませんね」
翁「ほう」
僕「色々な所から職人を引き抜き教える。育った者達が次代を育てたり国のどこかで腕を振るう。そうすれば国は発展しますよ」
爺「それはすごい」
僕「それには街道整備より物凄い時間が掛かりますけどね。ただ将来的には色々な技術を学べる学校が国の最大の産業になり、国を守る事に繋がりますよ」
殿下「学校がですか?」
僕「どこよりも高い技術や教育を受ける事が出来る用になれば、他国からも入学希望者が出てくるでしょう」
「そうなるにはどれだけの月日が掛かるか分かりませんが」と言う。
翁「しかし無料なら人が着ても金が掛かるだけだろう」
僕「学費をとれば良いじゃないですか」
王子「学費を取るのですか?」
僕「国の援助を受ける権利はこの国の国民で、卒業後に国で働く人だけです。他国に戻る人は対象外で良いでしょう」
殿下「なるほど」
翁「して、国を守るとは?」
僕「各国からの入学希望者は毎年学費を取ります。と言う事はそれなりの裕福な家庭か、身分のある家の子弟でしょう」
その子ども達が人質となり容易に手が出せないと言うのだ。
翁「それは…面白いのう」
僕「何度も言いますが、そうなるまでかなりの時間が掛かります」
殿下「しかし一考の余地はありますね」
そう言うと一人の文官を見る。
文官は僕のいう事を必死で文字に起こしていたのだ。
先程の街道の警備に付いても別の文官が同じように書き起こしていた。
実際にやるかどうか分からないのに、本当にご苦労様です。
翁「まだあるか?」
翁が期待して言う。
そんなに思いつかないよ、と思いながら思い出した事があって「孤児…」と言う。
爺「孤児?」
僕「王都の裏路地に行くと多いと聞きます」
殿下「残念ながら数は減りません」
僕「孤児というかスラムに住む人を国が保護しましょう」
翁「何と?」
孤児が生きる為に犯罪を犯し、それがさらに孤児の迫害へとつながり犯罪を犯すという悪循環に繋がる。
だから国で全員保護するのだ。
翁「全員とな!?それこそ読み書きを教える子どもの比では無いぞ?」
僕「ただ保護するだけではありません」
保護した子供達に居食住を保障する代わりに労働をしてもらう。
もちろん年齢にあった労働をしてもらい、一部を積み立て一部を渡す。
農作業を手伝わせたり、王城の下働きをさせたり。
そして教育も受けさせる。
兵士になりたい者は兵士の訓練を受けさせても良い。
もしかしたら騎士になるくらいの腕の者も居るかも知れない。
ある程度の年齢に達したら就職先を探す。
今まで通り働いたりするかもしれないが、一定年齢を超えると自立してもらう。
自立の資金は今まで働いて積み立てたお金を渡し、それで住む家を探す。
僕「そうすれば…まあ孤児も犯罪も減るし、労働力も増える…かな?」
翁「なるほどのう」
僕「何度も言うけど、どれもお金が掛かりますからね」
殿下「それでもどれも行いたいですね」
爺「貴族から接収したので結構な資金があるとは言え…」
さすがに全部を行うのは無理である。
殿下「優先順位をつけるとしたら若ならどうします?」
僕「そうですね…孤児、街道警備、街道整備、学校?いや、孤児、学校、街道警備、街道整備?」
爺「何にせよ孤児が一番最初なのですか?」
孤児を含むスラムに住む者たちを保護する事で大人は街道整備などの仕事が出来る。
他の女性や子どもは王都の外で農業を行わせれば、食料事情もよくなるだろう。
勉強を教える事で子どもに勉強を教える人材を育てる事が出来る。
僕「だからスラム街を何とかするのが最優先ですね」
翁「ふむ」
僕「一遍には無理なので、順を追ってやっていけば、まあ無理は無いかと」
翁「順…」
まずスラムの人たちに説明をちゃんとして保護する。
もちろん、会いたいときにはすぐ逢えるようにする事で安心感を与える。
同時に病人や妊婦や老人も保護する。
そして残った大人達に話をし、職を斡旋する。
そして住民が全員納得した地域からスラムの家を取り壊して集合住宅を立てる。
そしてそこに元々住んでいたスラムの人たちが住めるように手配する。
密集したスラム街をなくし道の広い区画を作り、何箇所か兵の詰め所を作る。
僕「何区画か整備をし綺麗な家にそのまま住んでもらえる事が分かれば、どこも自分達も同じようにして欲しいと思うでしょう」
爺「しかしそれこそ莫大な金がかかるな」
僕「まあそこは家賃でどうにかできるようにすればいいと思いますよ」
殿下「家賃を取るのですか?」
僕「国営の集合住宅ですし、仕事も斡旋してますしね。それに国が住む所と仕事を斡旋してくれると噂が広まれば、色んな所から人が集まると思いますよ」
翁「それは…怖いな」
僕「まあ人材も集まると考えるしかないですね。街道の整理や開墾などやれる事は色々ありますしね」
翁「開墾はどこを行うのだ?」
僕「王都の隣にも沢山平原はあるじゃないですか」
さすがに全ては無理でも開墾できる場所は残っている。
人が増える事を見越して農作物を育てて置く事は間違いではないだろう。
余れば輸出すればいい。
働いてお金が溜まれば良い所に住む為に引っ越す者が出てくるだろう。
開いた所に新しい人を住まわせれば良い。
考え込んだ殿下たちに街道整備の時間や予算を計算していた文官たちが「試算できました」と言った。
4本の街道は長さがまちまちであるが、一番長い街道で試算した。
王都側と国境側両方から工事を行うとして、各200名程度が作業の効率的に限界と予想。
両方から工事をして早くて2月といった所だと言う。
僕「作業工程を3工程に分ければもう少し早くなりますよ」
街道を掘り砂利を敷き詰め平らにしてレンガを敷き詰める。
それを一緒に行おうとするから時間が掛かるのである。
街道を掘る物、砂利を強い詰めて平坦にする者、レンガを敷き詰めていく者、に分ければ問題ない。
しかもそれを道の片側だけ行っていく。
翁「片側?」
僕「一遍に全部すると馬車が通った際に作業が止まる。片方だけなら開いてるほうを通ればよいのだ」
そして片方がある程度進んだらもう半分も作業を始める。
そうしたら少しは早くなるだろう。
「それなら2ヶ月掛からないかも知れません」と文官たちが言う。
僕「ただレンガが足りるかどうか」
翁「国中の釜を使えば何とかなるだろう」
殿下「やりますか?」
翁「やりたいが、本当に実現可能かまずは検証が必要ですま」
爺「早速、本格的に検討させます。何から始めますか?」
殿下「若の言うとおり、スラム街と街道整備ですね」
翁「街道警備に関してはすぐにでも行えるだろう」
「明日の会議までにはある程度結果を持ってきます」と爺は言うと文官たちを引き連れて自分達の執務室へ帰っていった。
僕も「さすがにもう思いつきませんよ」と翁が何か言う前に言う。
「これ以上言われても一遍には出来んよ」と笑うと「お金も時間も掛からないことなら歓迎じゃがな」と言う。
僕は肩をすくめ「もう少しここに避難させてくださいね」と言うと「お好きなだけいいですよ」と殿下が笑った。
誤字修正
中間達 → 仲間達
街道を掘る物 → 街道を掘る者
避難させてうださいね → 避難させてくださいね
余り → あまり