第47話 独占欲
僕と姫の式の準備が始まった。
式は次の新芽が芽吹く頃なので季節を2つもまたぐのにも関わらずだ。
殿下が「国を挙げての挙式になりますので、これでも準備期間が短すぎるくらいです」と言っていた。
翁の「若が逃げる前にしなくては」と言う言葉に「逃げませんよ!」と反論しながらも、国を挙げての挙式と言われると逃げ出したくて仕方ないのも事実である。
各国には既に挙式の招待状が送られている。
城下では既にお祭り騒ぎで、これが挙式の日から数日後まで続くそうだ。
祝福されているのは嬉しいが、そんなに騒いで大丈夫なのだろうか?
挙式に関する色々は翁と有力貴族が全力で取り掛かってくれているそうだ。
警備はもちろん、列席する予定の各国の要人の席順はとても重要で、それ専用の組織を臨時で立ち上げたくらいだ。
各部署から優秀な人材を20名ほど集めて、今から席順などを決めていくらしい。
「何もそこまで」と思ったが、国の大小で席順を決めるわけには行かず、わが国の友好国や歴史の長い国の他に国同士の友好関係や宗教観など、色々考慮しなければならないらしい。
僕「でも殿下の結婚式ならいざ知らず、僕と姫の結婚式でそこまで人が集まりますか?」
翁「殆どの国が来ると思われるぞ」
翁が言うのはこの国は位置的に中々重要なのだそうだ。
国自体は特にめぼしい鉱山がある訳でもなく産業も農業も特筆すべきものは無い。
ただ大陸を横断する険しい山脈に国の3方向が囲まれている。
山脈を抜ける大きな街道はわが国に面しており、物流の拠点として成り立っているのである。
山脈を迂回する事も出来るが、その場合はわが国を抜ける3倍以上の時間が掛かる上に幾つもの国境を越えねばならない為にお金も時間も掛かってしまうらしい。
だからどの国もある程度の人物が来ると予想されるのだ。
こういう各国の要人が集まる場は他国との情報交換を行える得がたい場でもある為に、数日前から国を挙げての盛大な宴が催されるのが通例らしい。
僕「その全ての宴に顔出ししないとダメとか?」
翁「国が主催する大きな宴は全てですな」
絶句する僕に「私もなので一緒に頑張りましょう」と殿下が言ってくれる。
いや、何の慰みにもなってないから!
姫と有力貴族の娘と美女さんが式で着るドレスについてあれこれ話し合っている。
妖精少女は妖精姉と一緒に殿下の所にお茶を飲みに行っている。
この世界はスカートの広がったドレスが一般のようで、結婚式のドレスも同じように広がったものの上に物凄く色々とデコレーションされているようだった。
それを見て僕が「うわ、良くこんなの着れるね」と声を出してしまう。
どうやってスカートは広がっているのかと思ったら金属制のコルセットで広がった型を作っており、それを装着しているそうだ。
聞いたら騎士の鎧の上部分くらいの重さが金属の型だけであるそうで、そんなのを着て笑顔で踊っているのかと思うと、女性ってすごいと感心してしまう。
姫「こんなのと申されましても…どかにどの様なものがあるんですか?」
僕「あ~僕の居た世界ではこのような広がったドレスは使用されていないもので…」
有力貴族の娘「ではどの様なドレスなのですか?」
僕は紙とペンを取ると適当な絵を描く。
と言っても絵心もデザインのセンスもある訳ではないので、人っぽい曲線に何とかウエディングドレスに見えなくも無いような絵を描く。
―なんとか、出来たかな
魔王『何だこれは、魔獣か?』
―ドレスを着た人だよ!!
姫「これは…」
有力貴族の娘「私達の知るドレスとは全然違いますね…」
僕「そうだね。でも姫の騎士の制服をズボンから膨らんでいないスカートにした感じ、と言うのが一番近いかもね」
有力貴族の娘「姫の騎士団の制服を…」
姫「それは…以外と…」
姫と有力貴族の娘が「あーでもない、こうでもない」と言うのを美女さんが紙に絵で書いていく。中々の腕前だ。
僕が書いたものとは全然違う、ちゃんとしたドレスのように見える。
姫と有力貴族の娘が「中々言い感じ」と盛り上がるのを身ながら「今までに無い形のドレスで大丈夫なんですか?」と聞く。
各国の要人が来るような席で大丈夫なのか?
美女さん「肌の露出的が多いわけでもなく、ただスカート周りの形が違う程度ですから問題は無いと思いますが―」
「一応、国王殿下や翁様に確認をしましょう」と言うと書いた絵を持って部屋を出て行った。
姫と有力貴族の娘は何色にするかで盛り上がっている。
姫「やはりここは黒でしょうか?」
有力貴族の娘「しかし姫は華やかな色が」
そこに美女さんが妖精少女と妖精姉を連れて戻ってきた。
美女さん「問題ないそうです」
それを聞いて喜ぶ姫と有力貴族の娘。
妖精姉は美女さんが置いたデザイン画を見て「このような形の服もあるんですね」と感心していた。
僕「妖精族は結婚式でどの様な服を着るの?」
妖精姉「妖精族に結婚式という概念はありません」
姫「そうなんですか?」
「ええ」と頷くと「しいて言えば、精霊への誓いの儀式がそれに近いかもしれません」と言った。
妖精族は一緒になる時に精霊に誓いを立てるらしい。
その時に着るのはドレスなどではなく、白い布を体に巻く程度なのだと言う。
姫が「妖精に誓いを立てるなんて素敵ですね」と妖精姉の言葉に言う。
有力貴族の娘「白も中々いいですね」
妖精姉「何がですか?」
有力貴族の娘「姫の着るドレスの色です」
妖精姉「なるほど」
そう言うと何色が良い、とまた話し出す。
それをニコニコ聞いてた妖精少女が「桃色!」と声を上げた。
妖精姉「姫お姉ちゃんは桃色が良い!」
有力貴族の娘「…確かに」
姫「そうね、桃色が良いわね」
妖精少女「でねでね、有力貴族のお姉ちゃんは―紫!」
有力貴族の娘「え?私?私は良いわよ」
そういう有力貴族の娘に「なんで?」と妖精少女が聞く。
妖精少女「お兄ちゃんとの結婚式でしょ?」
結婚というのは奥さんとするもので、有力少女のおねえちゃんも奥さんだからするんだよね?という。
何と説明したものかと困った顔の有力貴族の娘に姫が「そうね」と手を叩く。
有力貴族の娘「姫ちゃん!?」
姫「妖精少女の言う通りね。一緒にしましょう」
有力貴族の娘が「姫ちゃんの一生に一度の大事な日に何故私まで一緒に!」と反論するのを「私達は家族だもの」と姫が笑顔で答える。
―うん。有力貴族の娘を見る限り、やはり姫がおかしいんだな
魔王『お主は反論せんで良いのか?』
―僕が何を言っても姫の意思は変わらないからね。なるようになるよ
悟りの境地で答えたら魔王がおかしそうに笑った。
有力貴族の娘「若はいいんですか!?」
僕「当日の主役は姫ですよ。主役がそういうなら僕は何も言えません。ただ―」
「殿下と翁が許可するかまでは分かりませんが」と言うと「早速聞いて来ましょう」と姫が部屋をでていってしまった。
美女さんと有力貴族の娘が急いで後に続いて出て行くのを見やる。
妖精姉「なんというか…姫はすごい人ですね」
僕「そうだね」
感心したような呆れているような、そんな半々ま感じでいう妖精姉に少し吹いてしまう。
何となく和やかな空気が充満した部屋に爆弾が投下された。
妖精少女「わたしも一緒に結婚式する!」
僕・妖精姉「「!!!」」
「わたしも奥さんだから!」と笑う妖精少女に僕は驚きで何もいえない。
妖精姉が何とか妖精少女は出来ないという事を必死で伝えているが「わたしも!」と聞かない。
魔王の面白がる笑いが伝わってくる。
―魔王、何か打開策を!!
魔王『あげればよいでは無いか』
―いやいやいやいや、妖精族とどうなるかも分からないのに勝手に挙式とか、戦争する気なの!?
魔王『確かにな』
『仕方ない』と言うと自分の言うように言えという。
僕(魔王)「『妖精少女はまた今度(だな)ね』」
妖精少女「何で?」
僕(魔王)「『妖精少女がまだ(幼い)小さいからだよ』」
妖精少女「もう大人だよ?」
僕(魔王)「『(毛も生えて―「いえるか!」)式はドレスを着て長時間立って居ない(いかん)ダメなんだよ。この前の賀会の時より長い時間を』」
その言葉に「ううぅ…」と言う妖精少女。
妖精族はスカートの膨らんだ人族のドレスを来た事が無かった様で祝賀会の時のドレスの重さと窮屈さを思い出してうめいた。
あの時もすぐに耐え切れなくなって会場をすぐに出たのだ。
―魔王ありがとう。とりあえずやばくなったらまたお願い
妖精少女「我慢…できるもん」
僕「本当に?」
妖精少女「するもん」
僕「嘘はダメだよ?」
そう言うと僕は妖精少女の頭を撫でて「無理に式を上げてもいい思い出にならないよ」と言う。
どういう事かと僕を見上げる妖精少女に「ドレスが辛くて我慢して、妖精少女は楽しいかい?」と聞くと首を横に振り「たのしくない」と言った。
僕「だから妖精少女が大人になって式を楽しく迎えられるまで少しだけまとう」
妖精少女「でも…」
僕「大丈夫。式を挙げて無くても妖精少女は僕の大切な家族に代わりは無いよ」
「だから今回は姫と有力貴族の娘をお祝いしてくれるかな?」と言うとと妖精少女は目を細めて「うん!」と笑った。
妖精姉が後ろでホッとしている。
何とか妖精少女を丸め込む(と言うと言い方が悪いが)事が出来たようだ。
殿下の所に向かった姫達が戻ってこない。
さすがに殿下や翁に止められて姫が諦めきれずに長引いているのかと思ったところに有力貴族の娘が戻ってきた。
僕「ど、どうしたの?」
肩を落とす有力貴族の娘に声を掛けると何かを小声で呟いた。
「え?」と近づいて聞こうとした所、姫が美女さんを伴って入ってきた。
有力貴族の娘が「そんな…」と小さく呟き、姫は満面の笑みである。
僕「え?もしかして…」
美女さん「認められました」
僕「え?」
美女さん「姫様のご要望は認められました」
僕「それって」
姫「有力貴族の娘も一緒にいいそうよ」
そう言うと姫は小躍りしかねないぐらい舞い上がっていた。
―まさか通るとは!
魔王『驚きだな』
姫は喜びで妖精少女と手を取り合って喜んでいるし(妖精少女は半分もわかって居ないだろうけど)有力貴族の娘は脱力状態である。
美女さんに「どういう事なの?」と聞くと説明してくれた。
当初はもちろん殿下も翁も爺も有力貴族さへも「ありえない」と否定したそうだ。
それはそうあろう。
一国の姫君の挙式に妾(他国からはそう判断されるのは当然である)が一緒に式を挙げるなど聞いた事も無い。
だが姫は「聴いたこと無いからといって、ダメなわけではない!」と反論する。
それは反論ちゃう。
意見は平行線を辿り、後は姫が折れるのを待つだけと言う所で裏切りが生じた。
何と爺が「姫が言うとおりにするのが良いかも知れません」と言い出したのだ。
爺の援軍を受けた姫は息を吹き返し「何事にも新しきはあります!」と言った。
何か憑き物に憑かれたような姫に「落ち着いてくだされ」と爺はたしなめる。
翁「どういう事じゃな?」
爺「式には各国から要人が来ます」
翁「当たり前じゃな」
爺「各国は他国との情報交換の他に殿下の后の座を手に入れようとしてくるでしょう」
翁「それが悩みの種ではなるな」
何処の国も殿下の后の座を得るためにそれなりの娘が選ばれて同行してくるだろう。
殿下はそれを相手にしながら不快に思わせないようにあしらわなくてはならない。
翁「それまでに后を決めるか…来る者たちの中から誰かを選ぶのか…頭が痛い問題じゃ」
爺「そうですね。だがそれは殿下だけじゃありません」
殿下程では無いにしても後二人、各国から狙われる相手がいる。
その一人が領主息子だ。
ただ領主息子は対外的には内乱時の判断ミスにより戦果を剥奪され、現在に至るまで要職に就く事は無く国中を走らされている。
多くの者達は例え執政の孫だろうが政への影響力は少ないと思うだろう。
だからこそ領主息子に近づく国は危険だとも言える。
翁「あやつには婚約者がいる。さっさと夫婦にさせれば問題あるまい」
そう言って領主息子の婚姻はさっさと決まってしまったそうだ。
―というか婚約者がいたのか。
魔王『貴族の嫡男だ。生まれた時から居てもおかしくあるまい』
そういうものらしい。
そしてもう一人と言うのが有力貴族の娘である。
元々国王派とは言え現在は内務大臣である有料貴族の一人娘であり、結婚をすれば有力貴族の跡取りとなるのだ。
男にとってこれほど魅力的な結婚相手は居ない。
殿下と同じく各国の独身男性が放って置くわけが無いどころか、来る独身男性全員から確実にアプローチがあるだろう。
翁「だからさっさと若の奥さんである事を公表してしまおうと言うのだな」
爺「まさか他国の王族の妾をよこせと言う者は、そうそうおりますまい」
自国の者がいえば不敬罪、他国の者がいえば宣戦布告と言えるだろう。
どうせ僕の奥さんというのが事実として既にあるなら、一々誰から会ってどう断るか等と考えるより「僕の奥さんだから」と会うこと自体拒否してしまった方が楽というものだ、と爺は言う。
翁「確かにな」
有力貴族「そうしてもらえると私も娘も気は楽ですが…」
有力貴族の娘へ縁談を持って来るという事は、有力貴族も相手をしなくてはいけない。
それが一気に無くなれば物凄く楽である。
しかし、それと式を挙げるのは別問題ではないだろうか?
姫「でもちゃんと式を挙げないと相手は納得しないかもしれません」
翁「そうじゃな。縁談を断る口実だと思いごり押ししてくるやも知れん」
先程も言ったとおり一国の王族の妾を「よこせ」というのは宣戦布告と同じだ。
だがまだ妾として囲われても居ない状態なら小国などは無理でも大国なら「私にもチャンスを」と言うのは社交辞令として押し通す事も可能である。
社交辞令とは言えそれなりの身分の者に言われた事を此方から「社交辞令で無いと思ってました」とは言えないのである。
―面倒くさい!色々面倒くさすぎる!!
魔王『どこもこんなものだ』
―魔族も?
魔王『まあな。ただ魔族は人族よりすぐに力に頼るものが多いというだけだ』
―それもどうなの?
これで大勢は決したと言えるだろう。
すでに翁と殿下は「姫と並んで誓う訳にはいかんが、姫の後ろに控えてなら…」とどの様に式を挙げるかの話まで始めている。
姫は「じゃあ決定で良いですね!」と畳み掛けると殿下が「まだどのような形になるか分かりませんが、そのようにします」と頷いたのだ。
美女「―という事で、有力貴族の娘も一緒に式を上げる事に決まりました」
僕「あれ?そういえば説明時に有力貴族の娘は何も言わなかったようだけど?」
美女さん「それは―」
姫が乗り込んだ場は殿下の執務室である。
その場には殿下の他に執政である翁や内務と外務の大臣である爺と有力貴族が居て、国の方針(と言っても結婚式の話だけど)を話し合っているのである。
いくらそれが自分の事であれ、意見を求められても居ないのに不用意に発言などは出来ない。
僕「え?出来ないの?」
有力貴族の娘「…出来ないわ」
有力貴族の娘は小さな頃から政について父親である有力貴族に躾けられていた。
将来、有力貴族の娘が地位のある者に嫁いだとしてもその権力は夫や家に付属するものであり、有力貴族の娘自身にあるわけではない。
だから権力を使って好き勝手して良いわけでもなく政に口を出す権利も無い、夫となったものを支えるよう心がけなさい、と。
有力貴族は代々続く名門貴族の嫡男として色々と見てきたのだろう。
だからこそ有力貴族の娘には小さな頃からそういう事にならないように良い含めてきたのだ。
そしてその結果、何も言えないままに一緒に式を上げる事に決まったというのだ。
僕は項垂れる有力貴族の娘の頭を撫でて上げる。
有力貴族の娘「…何よ?」
僕「世の中にはね、本人の意思では避けられない事が山ほどあるんだよ」
優しい笑顔でそう言うと「若が言うと何も言えなくなるわ―」と有力貴族の娘が呟いた。
有力貴族の娘「―切実過ぎて」
笑顔の裏で僕は少し泣いた。
姫と妖精少女が美女さんにドレスの絵を見ながら「ここに羽をつけよう!」と言ってるのが聞こえてくる。
僕「…せめてドレスくらいは意見を伝えないと、どんなものになるかわかんないよ?」
有力貴族の娘「そうね、行って来る」
力なく歩いていく有力貴族の娘を見送る。
魔王『お主は驚きはしたが否定はしないんだな』
―有力貴族の娘の一緒って事に?
魔王『そうだ』
―実を言うと姫の意見に賛成なんだ
魔王『ほう』
先程の美女さんの話にあったように例え全て断るとは言え、他の男が有力貴族の娘に近づくのは我慢がならない。
魔王『意外と独占欲が強いのだな』
―自分でも驚いているよ
自分で納得して決めた事とは言え「自分の妻だ」と言張る事なんて出来るとも思わなかったけど、今は言う事に躊躇いは無い。
その上、この独占欲だ。
やはり魔王の影響は大きいと思っていたら『我の所為にするな』と怒られた。
誤字修正
以外 → 意外
「たのしくな」 → 「たのしくない」
要職に尽く → 要職に就く