第41話 方針
僕の腕で泣いていた妖精少女が静かになっていた。
疲れて眠ったのかな?と思ったら顔を上げて「えへへ」と笑った。
そして僕の全身にある切り傷を見て「痛い?」と聞いたので「それ程じゃないよ」と答えた。
実際の所は良く分からない。
ひりひりしている気もするが、全身満遍なく擦り傷があるので全体的に熱を持って熱いような気もする。
妖精少女「治すね!」
そう言うと妖精少女は掌を僕に翳すと目を閉じた。
傷口に水の膜が張り擦り傷が消えていく。
それを見た妖精族の若者が何か驚いた声を出した。
そんなに珍しい術なのだろうかと思って聞いてみた。
妖精姉「回復の精霊魔法は中級以上の精霊にしか使えません」
妖精少女が精霊と契約している事すら驚いたのに、中級と契約を結んでいた事にさらに驚愕したと言うのだ。
僕「確かに出会った時の妖精少女は精霊と意思疎通は出来たようだけど契約して無かったですしね」
妖精姉「それだけでもすごいんですけどね」
どうやら精霊族の全てが妖精少女のように精霊と意思疎通が図れるわけではないらしい。
しかも妖精少女の歳で精霊と契約を結ぶ事もそうそうある訳でもなく、しかも中級精霊との契約である。
精霊族の皆が驚くのも無理は無い。
僕「そうか、みんな妖精少女みたいに精霊と話せるわけじゃないんだ。すごいね」
僕を治療している妖精少女は誉められた事に嬉しそうに笑う。
僕「だから精霊王から話しかけられるのか」
妖精姉「は?」
驚く妖精族の若者達。
妖精姉「ナニニ、ナンデスッテ?」
僕「精霊王だったんだよね?」
妖精少女「うん」
妖精姉「話し…かけてきた?」
妖精少女「またおいでって言われたよ!」
さらに衝撃を受ける妖精族の若者達に僕は当時の状況を伝える。
それを黙って聞いていた妖精族の若者達は話が終わっても動かなかった。
妖精族の若者達が息を吹き返したように動きだしたのは、僕の治療をしていた妖精少女が急に倒れこんで眠ってしまった後だった。
僕「よ、妖精少女!?」
魔王『力の使いすぎだ。心配は無い』
すぐに駆け寄ってきた美女さんが妖精少女の様子を見て「力の使いすぎで気を失っただけのようです」と言った。
それに一同が安心していると「部屋で寝かせてきます」と美女さんが妖精少女を抱きかかえて部屋を出て行く。
姫と有力貴族の娘と妖精姉が付いていく。
残った妖精族の若者に精霊王に話しかけられる事がどれ程の事なのかを教わる。
どうやら妖精族の集落は各地に散らばってあるようだが一つの集落に上級精霊と契約を結んでいる者が一人居るかどうかであり、妖精族全体でも精霊王となると過去を振り返ってもそれ程多くない。
現在の妖精族の女王が精霊王と言葉を交わせて力を借りれるそうだが、契約までには至ってないらしい。
力を借りるのと、契約を結ぶ事の違いは使える力の量かなり違うらしい。
力を借りる場合は、精霊がその場の状況で使える力の中から気が向いただけ使う。
例えば水の精霊王の力が100だとしてその場の水の力が50%しか使えない場所では、使える最大は50である。
その50から精霊王の気持ち一つで1~50の力を使うのである。
契約を結ぶと50%の場でも契約者が残り50%の力をたしてあげれば100%の力が出せる。
しかも契約しているので術者の希望通りに精霊王は力を貸してくれる。
ただあくまでも術者の力次第な面もあるので、50%の場で30%しか足せないなら80%の力しか出せない。
しかも単純に30%の力を足すだけで80%の力が使えるわけではなく、ちゃんと80%の力は必要なのである。
だから100%の力が出せる場でも術者に80%分の力しかなければ、80%しか出せないと言う事になる。
100%の場で80%しか出せなくても100%使えるのでは?と思ったが、力を借りる場合と契約の場合で精霊がこの世に影響を及ぼす方法が違うので仕方ないらしい。
ここら辺は良く分からないがそういう事だと思っておく。
未契約で力を貸してもらえる状況なら1~場の力の最大まで、術者の力は必要なく力を貸してもらえるが、契約すると術者の力次第となるのである。
しかも妖精女王も精霊王との会話には自ら赴いて後に会話できるようになったのであって、精霊王から語りかけてくる事は物凄い事なのだそうだ。
「妖精少女も精霊王の居た湖まで出向いた事になるんだけど?」と言うと首を振り「出向いただけで出てくるのがすごいのです」と言う。
妖精女王の出向いたというのは、精霊王の居る場所まで出向いた上で儀式を行い精霊王を召還して協力を得たらしいのだ。
それから見るとどれだけ妖精少女の状況が特殊なのかがわかる。
だからこそ一度妖精族の里に戻らなくてはいけない、と言うのだ。
僕は何か言う前に妖精姉と美女さんが戻ってきた。
姫と有力貴族の娘は妖精少女の傍に付いているらしい。
妖精姉も傍に居ようと思ったが、こちらで妖精少女の話をしっかり行わないといけないと思い戻ってきたそうだ。
当初は妖精少女を保護しなくては、と妖精族の里に連れ帰ろうとしていたが、妖精少女が精霊と契約をしている事で状況は変わった。
妖精族は精霊と契約を結べたら未成年でも一人前と扱われる。
だから妖精少女も一人前として扱われるる為に、本人が帰りたくないといえば無理に帰す事は出来ない。
妖精姉「でも一度、妖精の里に連れ帰りたいと考えております」
僕「何故?」
妖精姉「妖精少女はまだ幼い。あれ程の力を手に入れてしまったのに、それを制御できてないんです」
妖精の里に戻って力の制御ができるように練習しないとだめだと言うのだ。
僕「訓練はここではできない?」
妖精姉「出来ない事も無いでしょうが、できる人物が居ません」
妖精族の里に戻れば知識も経験も豊富な先達が居る。
だから妖精の里に戻る方が良い。
僕「でも、妖精少女が嫌がってますからね」
妖精姉「しかしあのような暴走が起こればどれ程の被害を周りに与えるか…」
魔王『だがその原因は妖精族の若者達なんだがな』
―だよね
どうにか妖精少女に里に戻ってもらいたいが、嫌がる妖精少女をどう説得すればいいのか分からないのだ。
妖精姉「若からも妖精少女を説得していただけないでしょうか?」
魔王『それこそまた妖精少女が爆発しかねないな』
僕「…妖精少女が嫌がる事を説得できません」
妖精姉「でも妖精族に戻るのは必要な事なんです」
それは分かる。分かるけど妖精少女を納得させる事は出きるとは思わない。
―ああそうか、僕自身が妖精少女が帰って離れ離れになってしまう事を納得して無いんだ
元々送り届けるつもりだったにも関わらず、である。
納得していないのに説得なんかできない。
僕「僕には…無理そうです」
妖精姉「そんな事無いと思うんですが」
僕「僕には無理です」
妖精姉「妖精少女が帰りたがらなかったのは、貴方と離れたくないからだと思ったんですが」
僕「僕だけじゃなく、美女さんにも姫にも有力貴族の娘にもですよ」
それを聞いて何かを考え込む妖精姉。
他の精霊族の若者達が小声で何か話し合ってはいるが、多分どうにか連れ帰す事が出来ないかという事だろう。
しかしコレという解決策は出てこないようだ。
妖精姉「若、一緒に妖精の里まで来ていただけないでしょうか?」
急な申し出に驚いて聞く。
僕「別種族が入っても大丈夫なんですか?」
妖精姉「本来はありませんが、絶対ダメと言うわけではありません」
僕「そうなんですか…」
別に言ってもいいかなと思っていると美女さんが口を開いた。
美女さん「今すぐ返答は致しかねます」
妖精姉「何故ですか?」
美女さん「若が王族の一員だからです」
妖精姉「え!?」
美女さん「若が先程、姫様を奥さんとお伝えしたと思いますが」
その言葉に妖精続の若者達は先程の僕の言葉を思い出したのだろうか、一様に無言になる。
―王族だとまずい?
魔王『まあ、王族が他国に無断で侵入したら国際問題だろうな』
―じゃあ僕はもう旅に出れないの!?
魔王『身分を隠して行けばよかろう。この場は「兵を率いて」と言う意味だ』
―兵なんか率いなきゃいいのでは?
魔王『本来、王族が出かけるのなら護衛が付くのは当然であろう』
―そうか
ただ、今回の妖精族の集落は国境付近にあるらしい。
だから身分を隠して同行するのは問題ないのではないだろうか?
魔王『確かにな。だが美女がここで王族という立場を出したのは別の意味があるだろしな』
―別の意味?
魔王『王族であるお主が「保護している」妖精少女を無理やり連れ去る事はできんだろう』
―それは妖精族の若者達が無理やり拉致する可能性があるって事?
魔王『どうしても連れ帰らないといけないといっている。だが妖精少女は嫌がっているのなら、無いことでは無いだろう』
―なるほど
美女さん「ですので、若が付いていくというお話に付いては今すぐの返答は致しかねます」
妖精姉「しかし…」
それでも食い下がろうとする妖精姉に美女さんは「貴方はわが国と隣国間で争いを起こさせたいのですか?」と一刀両断した。
それにしても美女さんはなぜこんなに攻撃的なんだろう?
いつも通りの笑顔なんだけど有無を言わせぬ雰囲気が物凄く怖い。
「妖精少女はこのままでは危険だ」と言い張る妖精族の若者の一人に「妖精族の事も考えて申しているのですが?」と美女さんが答える。
だがどういう事か相手はわからないようである。
美女さん「王族である若を招きいれるという事は、わが国との関係を強くしようという事に繋がりますが」
「それとコレとは…」と反論しようとするのを制して「我々がどういうつもりか、では無く他の国がどう感じるか、です」と美女さんが制する。
美女さん「妖精族の全体的な方針としては中立を貫いていたと思いますが」
それが一国との関係を強くしようとしてると取られてもいいのか?と言うのだ。
それを聞いてさすがに理解できたのか「それは…」と言葉が続かない。
僕「どうですか?一度、妖精族の集落に連絡を取って方針を仰ぐというのは?」
妖精姉「そう…ですね」
僕「その間に僕達の方でもどうするか話し合いますよ」
妖精姉「話し合いとは?」
僕「妖精少女にどうしたいかを聞いて、それに付いて検討します」
妖精姉「とりあえず妖精少女に集落に連れて行けば…」
僕「それが出来そうに無いから困ってるのでは?」
そう言うと妖精姉は黙り込んでしまった。
しっかりしてそうに見えるのに意外と抜けてる人なのか?
美女さん「そろそろお食事の時間となります。お話はその後にしませんか?」
そう美女さんが言った時に扉がノックがノックをされ「お食事の用意が出来ました」と侍女が言った。
食事は殿下と翁も居た。
妖精族の面々はその事に恐縮しているようだ。
僕達は今でこそ一緒にとる事も減ったが、戦時中は王子だった国王とよく食べていたので何とも思わなくなったが、コレが普通の反応かも知れない。
魔王『お主も王族なんだがな』
妖精少女も起きたようで姫と有力貴族の娘の間で食事…というよりご飯を食べている。
魔王『何が違うんだ?』
―食事よりご飯を食べる、の方が何かしっくりするんだ
ただの気分の問題である。
妖精少女は食事前に妖精族の若者達と出会った時に、妖精姉が何か言う前に姫の後ろに隠れて「や!」とだけ言った。
それを見て妖精姉が仕方ないと言った感じでため息をついた。
今ここで強く言っても意味が無いと思ったんだろう。
食事の後に妖精族の若者達を部屋に案内する。
妖精少女の近くがいいと言う妖精族の若者達に美女さんが「妖精姉様なら構いませんが、その他の方は無理です」と言う。
妖精姉「何故ですか?」
美女さん「男子禁制だからです」
妖精姉「男子禁制?」
美女さん「姫様の寝所がある場所だからです」
妖精姉「なるほど…私はいいでしょうか?」
美女さん「部屋は余ってますので問題ありませんが…よろしいでしょうか、若」
僕「そうだね。いいんじゃない?」
妖精姉「何故若にお尋ねに?」
美女さん「ああ、若も住んでるからです」
妖精姉「え?男子禁制じゃ??」
美女さん「そうです。若以外は入れません」
妖精姉「それはどういう…」
美女さんが説明をする。
それを聞いた妖精姉は「妖精少女もそこに…」と僕を見る。
慌てて姫と有力貴族の娘に懐いているので一緒に住んでいるので、家族のようなものであってやましい事は何一つ無いと力説する。
―なんで毎回毎回、いいわけじみた事を言わなきゃダメなんだ
魔王『身から出た錆だろう?』
妖精姉は空の館の一室、他の妖精族の若者は少しはなれた部屋を宛がわれた。
その後に空の館の入り口付近の応接間に再度集まる。
妖精姉「一度、集落に戻って方針を仰ぐ事になりました」
僕「そうですか」
妖精姉「それでですね…私だけ残ろうと思うんですが…」
僕「じゃあその間は今の部屋を使ってください」
妖精姉「…いいのですか?」
僕「構いませんけど」
何か問題があるのだろうか?
妖精族の若者は明日の朝に集落へ戻る為に出るらしいが、どれくらいで結論が出て戻ってくるか分からないと言う。
僕「そうなんですか。まあ別に部屋は余っているので、いつまでも居ていただいていいですよ」
僕をじっと見ていた妖精姉は「…ありがとうございます」と一言だけ呟いた。
翌日、妖精族の若者は何かを小声で妖精姉に言うと、護衛の兵士達と共に馬を走らせた。
誤字修正
償還して → 召還して
無いことで花だろう → 無いことでは無いだろう
その他の片 → その他の方
妖精少女見たいに → 妖精少女みたいに
妖精王 → 精霊王 (多数修正)
言う音 → 言う事