第31話 ちち
二の郭から合図の火矢が上がる事は無かった。
代わりに停戦の使者が現れたのである。
使者は国王軍派の重鎮の一人らしい。
王子の「降伏ですか?」という言葉に「停戦です」と言う使者。
王子「ではこちらの要求を全て呑むという事ですか?」
使者「いえ、その為の話し合いの場を設けたいのです」
王子「話し合いとは何についてでしょう」
使者「戦後の国王軍に居た者の処遇に付いてです」
王子「すでに通達済みだと思うが?」
使者「頂いております」
王子「なら話し合う事はありません。受けるか受けないか、の2択です」
使者「そこを何とかお願いできないでしょうか」
そう言って使者は頭を垂れた。
翁が何かを言う前に王子が口を開く。
王子「話し合いとは誰が参加し、どこで行うのですか?」
使者「話し合いには国王陛下と有力貴族、他5名の大領主が参加します」
翁「陛下も有力貴族も参加するのか」
使者「はい。ですので場所は王城の謁見の間で行いたいと思います」
翁「我ら我に謁見の間に出頭しろと?」
頷く使者に「戯言を申すな!!」と翁が恫喝する。
国王に面会するのに謁見の間というのは常識である。
ただ今は通常とは違う。
例え相手が国王であってもこの状態で謁見の間に足を運ぶというのは、事実がどうであれ反国王軍の旗頭の王子が国王に膝を折ったと判断されかねない。
それ以上に敵軍の真っ只中に何故行かねばならないのだ。
使者「戯言など申しておりません」
翁「何?」
使者「恐れ多くも国王陛下と面談なさるのです。臣下として国王陛下に礼を尽くすのは当然でしょう」
そう言うと使者は醜く笑った。
魔王『小物だな』
―え?
魔王『国王の権威を我が権威と勘違いしている。その上、状況判断が著しく出来ないようだ』
翁「お主はどこまで理解しているのだ?」
翁の静かな声に使者が「何の事です?」と首を傾げる。
翁「今の状況を正しく理解しているか?」
使者「もちろんです」
翁「どうみてもワシと違う判断をされているように見受けるが、ご説明願えるか?」
使者「は?国王陛下から停戦の申し出があり、その為の謁見のご案内に上がったまでです」
何を言われているのか分からないという風に答える使者。
それを見て城の騎士団団長が笑う。
使者「何がおかしいのですか!」
白の騎士団団長「いえ、申し訳ありません」
使者「何を笑ったのかの説明をしたまえ!」
白の騎士団団長「では失礼いたしまして。使者殿と私の理解している状況の理解の差が驚くべきものだったので。真顔でそう言える使者殿は余程の大物と思いまして」
当初は白の騎士団団長の言葉の意味が理解できずに居た使者も、馬鹿にされていると理解すると顔を真っ赤にした。
使者「なんと言う物言いか!」
その使者に対して翁が「言われても仕方あるまい」と言う。
使者「な!?」
翁「本当の事じゃろう」
使者「何を!!」
翁「本当に気が付いていないのか?」
そう言うと翁はため息をついた。
翁「お主は今すぐ首を落とされてもおかしくない事を言っているのじゃよ?」
使者「は?」
翁「本当に分からないのか?」
使者「わ、私は停戦の使者で…」
翁「その認識の時点で状況判断が出来ていないな」
翁の使者を見る目が冷めて行く。
翁「何故に完全勝利の目の前で勝っている側が負けてる側の停戦を受け入れねばならん?」
使者「それは…」
翁「しかも降伏を受け付けたという内容ならまだしも、停戦してやるからこちらに来いと言う。自殺志望者でもない限り使者として来ようとは思うまい」
「他に来たがる者は居なかったであろう」と言う翁に心当たりがあったのか、使者は真っ青な顔で黙り込んだ。
翁「で、最後に何か言う事はあるか?」
真っ青になって震える使者に笑いかける。
翁は本当に人が悪い。
翁「何か言う事はあるか?と聞いている」
使者「あ、う、あ…」
翁「何も無いか、では残念だが…」
そう翁が言った瞬間に使者はその先を言わせないと支離滅裂に話し出した。
命乞いなのか責任転嫁なのか良く分からない事を言っている。
喚きだした使者を見ていた翁が「黙らんと今すぐ首を落とすぞ?」と言ったら静かになった。
翁「今回は見逃してやる。だから帰って、今からいう事を一字一句伝える事じゃ」
翁の言葉にコクコクと頷く使者に失笑しながら。
翁「降伏しか受け入れん。条件は前に伝えた通りだ。妥協は無い。今後の使者はお主の様な小物ではなく有力貴族が自ら来るぐらいで無いと首を跳ねられると思え」
「分かったか?」と聞く翁に使者は人形のように頷くのを確認すると「さっさと出て行け」という言葉にあたふたと部屋を出て行った。
王子「あれで少しは現実を見てくれたらいいんですが」
翁「それぐらいで矯正されるならいいのだがな」
国王軍から停戦の使者が来た事により一時的に止まっていた戦争の気配が反国王軍から上がりだす。
使者が帰って一刻もしない内に一の郭の防壁を挟んだ弓矢の応酬が始まる。
再開して半時。
王子「動きませんね」
僕「そうですね」
一の郭の門は開かない。
僕「もう開かないと見て本格的な攻撃を行いましょうか」
王子「そうですね」
すぐに指示が飛ぶ。
組み立てていた投石器が一の郭の門に近づく。
そうして岩を装填した所で一の郭の門の上に使者の旗が立つ。
振り返った赤の騎士団団長は王子が頭を振るったのを見て「撃て!」と叫ぶ。
2台の投石器から飛んだ岩の一つが門に当たり門を軋ませる。
するとすぐに城門に新たな旗が立った。
王子「降伏…」
僕「え?」
王子「降伏の旗が立ちました。ただ―」
僕「ただ?」
魔王『交渉の旗も立っておるな』
どうやら各国間で旗が統一されているらしい。
王子が指示を出し停戦のラッパが吹かれる。
――――――――――
反国王軍が戦闘を止め一の郭の門から離れると城門が開き一人の人物が出てきた。
その人物は城壁上に何か言うとすぐに門が閉まり始め、それを確認するとこちらへ歩いてきた。
使者を迎えた反国王軍の面々は、現れた使者を前に驚きを隠せなかった。
使者が臣下の礼を取ると呆然としていた王子が何とか言葉を発した。
王子「…まさか本当に来られるとは」
有力貴族「お呼びだと伺ったのですが?」
翁「冗談だったのじゃが」
有力貴族「ええ、存じております」
翁が使者に対する皮肉で「いぶし程度の小物ではなく有力貴族ぐらいの大物で無いと話にならん」と言ったのを理解しておきながら、有力貴族はそれに乗って来たらしい。
しかも一人で。
王子「前に来られた使者にはお伝えしましたが、降伏しか受け付けませんよ」
有力貴族「はい。降伏を受け入れる事をお伝えしました」
翁「ほう」
有力貴族「ただ条件について一度、話し合いの場を設けて頂きたいと考えております。出席は互いに10名までで」
翁「王城まで少人数で来いと申すのか?馬鹿馬鹿しい」
有力貴族「いえ、三の郭にある迎賓館で結構です」
王城になると他国からの客が結構な頻度で来城する。
客の地位によって一~三の郭の館に滞在してもらう事もある。
その迎賓館の内の一つで行うというのだ。
翁「それでも敵の中に飛び込めというのは承認できん」
有力貴族「私は独り出来ましたが」
翁「お主のそれは負ければどうせ処刑との判断で、今死のうが後で死のうが一緒だと言う割り切りだろう」
そう言うと有力貴族が「そうですね」と笑った。
有力貴族「三の郭までの門を開きます。全員で来られても困りますが、200名程なら一緒に来ていただいて構いません」
翁「ほう」
考え思案する翁。
魔王『止めろ』
―え?
魔王『いくら門を開くといっても相手の勢力圏だ。暗殺の可能性が高い』
―辞めさせろという事?
魔王『違う。条件をこちらの有利な条件にするのだ。後々説明する。翁が返事をする前に発言しろ』
僕「―よろしいでしょうか?」
翁が発言をする前に僕が言う。
ただまだ魔王に何も聞いていないので何を言うのかは自分も分からない。
同時通訳をまたしなくてはいけないようだ。
王子「どうしました?」
僕(魔王)「『会合の条件をもう少しこちら側に(せんと)して頂かないと(まずい)危険です』」
王子「危険?」
僕(魔王)「『ええ、暗殺の危険(だ)です』」
その言葉に一同が有力貴族を見る。
有力貴族「…そのような事は行いません」
僕(魔王)「『(貴様)貴方はそうだとしても他の(考え無し)者が勝手に動くかも(知れん)しれません』」
黙り込む有力貴族。
僕(魔王)「『通常ならこの状態で王子を暗殺した場合の弊害を予想して暗殺など行え(まい)ない。だが先程来た(愚か者)…使者の(知能の程―)』」
―まって!
魔王「何だ?」
―もう少し分かり易く言って、同時通訳が辛い!
魔王『……』
僕(魔王)「『―愚かさを見る限り、その事を理解できずに目先の事だけで動く(だろう)でしょう』」
国王軍から会合を申し出ておきながら現れた王子を暗殺したとしたら、その事は必ず他に知れ渡る。
それにより国王軍が勝利を収めたとしても、今後の外交などでの信頼を無くす結果となる。
そうすればどうなるか…という話だ。
僕(魔王)「『(ああいうのが)使者のような方がトップに居る政府(だ)ですから、暗殺の危険性は高い(だろう)でしょう』」
僕の物言いに翁が「たしかに」と頷く。
僕(魔王)「『(だから)ですので会合は此方緒条件を飲んで(貰う事が前提だ)頂きたい』」
有力貴族「…陛下にここまで来いと申されるのか?それは出来ない」
有力貴族は僕を見て誰か分からず探る目をしていたが、反国王軍の面々が僕の発言に対して何も言わない事を見取ってその事に付いては言及しなかった。
僕(魔王)「『それが出来たら(よいのだがな)いいのですが、そこまでは(言わん)言いません』」
有力貴族「ではどのような条件を?」
僕(魔王)「『場所は一の郭で問題は(ない)ありません。ただし門を開けるのは一の郭までではなく王城まで全部(だ)。そして王城の中まで(我が軍)こちらの兵を(入れる)入れてらいます』」
有力貴族「丸裸になれと?」
僕(魔王)「『降伏|(なのだろう?)なのでしょう?何処に問題が?」
有力貴族「……」
僕(魔王)「『国王軍は全員武装解除』」
有力貴族「それでは国王を守れない」
僕(魔王)「『誰から守る(のだ?)んですか?(我ら)僕達とは一時停戦となるのに』」
有力貴族「賊が居ないとは言い切れない」
僕(魔王)「『それは国王軍の兵が居ても同じ(だろう)でしょう。逆に居た方が(危険だと思うが)―』」
―何を言ってるの!
魔王『ほれ、途中で言うのをやめた所為で余計に含んだ物言いになったぞ』
僕が途中で言葉をやめた事により、有力貴族にはこちらの言いたい事が皮肉と通ったのだろう。見る目が厳しい。
僕(魔王)「『(我ら)僕達の兵が変わりに警備(する)しますので問題ない(だろう)でしょう』」
有力貴族「全ての兵を上に上げると?」
僕(魔王)「『全てとまでは(言わん)言いませんがが、結構な数は(上げる)上げます。ただし王城までは兵を上げ(るが)ますが、城の中には入らないようにに(する)します」』
有力貴族「それで安全と?」
僕(魔王)「『(お主ら)国王派が警備するよりは』」
有力貴族「……」
僕(魔王)「『ただし、それでも暗殺は恐ろしい。(だから)ですのでお互いが口に含む飲み物は自ら用意した物だけに(しよう)しましょう。そうすれば暗殺される可能性も(減ろう)減るでしょう』」
お互いに自前で用意した飲み物を飲む事により、相手「など」からの暗殺の可能性を減らせるだろうと言うのだ。
僕(魔王)「『会合の建物は(我らが)こちらから派兵して確認した建物を選ぶ。それは迎賓館とは限らない』」
有力貴族「……」
僕(魔王)「『いざ建物に入った所を閉じ込められて燃やされても(困るからな)困りますからね。事前確認を行うのは基本(だ)ですね』」
有力貴族「…それだけですか?」
僕(魔王)「『後は降伏の条件(だが)ですが、国王軍派の領主の家の断絶は確定(だ)です。之に関しては一切の妥協無しです』」
有力貴族「その事はこれから会合で話し合うのだ。貴殿が口を挟んでいい事ではない」
さすがに出すぎた発言の僕に対して有力貴族は声を荒げる事はしなかったが、不快感を示した。
有力貴族「何の権限でそこまで申すのだ」
そういう有力貴族に王子が答える。
王子「姫姉さまの婚約者としてでしょうか?」
その言葉に有力貴族がありえない事を聞いたという顔で王子を見る。
翁「まだ発表はしていないが、戦後に姫との婚約を発表する事になっている」
有力貴族「…一体何処の者なのですか?」
翁「ただの冒険者じゃな」
有力貴族「冒険者に姫を嫁がせると!」
さすがに驚きの声を上げる。
翁「ただの冒険者では無いがな」
有力貴族「…と言いますと?」
王子「まずは爺と姫が国王軍に取り囲まれてもうだめだという所に居合わせて、すぐにこちらに加勢して下さったそうです。その後は2人と一緒に逃亡を続け僕達と出会う事が出来ました」
翁「我の館に来れたのも若のお陰であるし、その後の両騎士団との内通も大砦の攻略作戦立案も、城の門を壊した兵器を作ったのも若だな。功績だけでも反国王軍で敵うものはおるまい」
いつまで立ってもこの様な賛辞には慣れない。
王子「何より姫姉さまが若との婚姻を熱望されてましたから」
有力貴族「それだけで婚姻を?何を狙ってるかわからないでしょう」
そういう有力貴族に王子と翁が代わる代わる僕が無欲であることを語る。
もう勘弁してください。
僕が全力で地位や権力などを拒否した事に驚き、反国王軍への参加している理由を姫の好意に気が付いておらずにただ「姫の笑顔を守りたいから」と友情の為だったと聞いて有力貴族の顔が変わった。
有力貴族「…恥ずかしくないか?」
僕「……」
―恥ずかしいに決まってるよ!!
頑張って無表情にしている僕の顔を見た有力貴族は少し笑った。
だがその笑いが次の一言で固まる。
王子「有力貴族の娘も若に囲われる事になりましたしね」
王子の顔を凝視していた有力貴族がゆっくりと僕を見る。
軋む音がここまで聞こえてきそうだ。
僕はどうしていいのかわからず、有力貴族との視線を外すことは出来なかった。
誤字修正
死は → 使者
大物棚 → 大物
買ってる側 → 勝っている側