第29話 弟子入り
やはりと言うか何というか。
国王軍を退けた事により反国王軍へ身を寄せる領主が少なくない数現れた。
その総数約1200。
こんなに早く来るのは国王軍に身を寄せる予定だったのか、それとも元々反国王軍に参加するつもりだったのかは分からない。
中には先の大砦へ来た国王軍に参加していたものも居たが、何かと言い訳を付けては仕方なく国王軍に参加せざるを得なかったという事を熱弁していた。
その領主達と面会をし終えた翁が「やましい気持ちがある者ほど良くしゃべる」と冷笑していた。
僕「まだこんなに参加していない兵が居たんですね」
白の騎士団団長「国内からかき集めたらまだまだ居ますよ」
僕「そうなんですか?」
赤の騎士団団長「我が軍と国王軍を別としても1~2万近くは居るだろうな」
僕「それが国王軍に参加したら勝ち目がなくなりますね」
赤の騎士団団長「集めるのは不可能だな」
僕「何故?」
赤の騎士団団長「国境警備等と国境近くの小規模領主ばかりだからな。国境の兵を動かす事は出来ないし、いまの状況で国王派に付く領主は居まい」
翁「今更来た領主には申し訳ないが苦渋を飲んでもらう」
王都攻略では厳しい戦線に送られると言う事だ。
今更来ては文句も言えない上に、もしかしたら戦果を稼げるかもしれないのだ。
どの領主も文句は言えないだろう。
翁「意趣返しした領主に関しては、まあそれなりに頑張ってもらった後に理由をつけて責任を取らせれば良いだろう」
「どうせ叩けばホコリしか出まい」と翁は笑う。
酷い様だが国を良い方向に運ぶ為には仕方ない。
今までの付けを帰すときが来たのだ。
兎にも角にも新たに来た領主を含め総数15000を越える兵となった。
―――――――――――
昼前に一度軍議が開かれた。
方針は既に決まっているので形だけの物に近い。
新しく参加した領主も増えた事により、再度、略奪暴行に対する厳しい対処を取る事をしっかりと徹底させる事になった。
軍義が終わり一人で廊下を歩いていると声を掛けられる。
振り返るが見覚えの無い顔なので新しく来た領主の誰かなのだろう。
笑顔で挨拶してくる領主達に同じく挨拶を交わす。
特に何と言う内容でもなく世間話のような内容を振られる事に困惑する。
―一体、この人達は何の為に僕に話しかけるのだろう
魔王『大方、姫と懇意にしている事や反国王軍でも重きを置かれている事を聞きつけて媚を売りにきたのだろう』
―一体そんな事をしてどうなるんだ。
魔王『お主が考える以上にお主は価値が出てきているのだ』
―今までこんな事は無かったのに
魔王『それは周りに護られていたのだ。こ奴らは来たばかりでそれを知らぬからな』
そういう事らしい。
その後も意味の無い会話が続く。
早くこの空間から逃げ出したいが無下に扱ってもいいものか分からず、とりあえず無難に受け答えだけする。
話が僕の事に偏っていき「何処の出身なのか」「今まで何をしていたのか」という話になって来た。
魔王に『適当にはぐらかせ』と言われたので曖昧に答えていたら一人の領主が「よければ私が後ろ盾となりましょうか」と言い出した。
魔王『本題が来たぞ。絶対に乗るな』
―わかった
後ろ盾に関しては翁と言う事にして相手に伝える。
後で翁に謝らなければならない。
さすがに翁相手では強くは言えない様でほっと胸を撫で下ろそうとしたら「よければ我が家の者と婚姻を結びませんか?」と急に言い出した。
もうオブラートに包むつもりも無いらしい。
―何だって僕なんかにここまで言うんだ
魔王『反国王軍でも重きを置かれていて付け込めそうなのがお主だけだったのだろう』
―
魔王『しかも思ったより価値がありそうだと判断したらしい』
―価値?
魔王『今後の国の重鎮となる翁が後ろ盾だからな』
―面倒だな
『翁じゃ無ければもっと強く後ろ盾として立候補したかも知れぬな。そうなれば婚姻させようが何しようが意のままにできるしな』
本当に面倒な事になった。
娘や孫や、中には未亡人まで僕に宛がおうと者もいる。
頭がおかしいのではないだろうか。
「今はそんなつもりはありませんから」とキッパリ断ったにも関わらず「一度会ってみてもいいのでは」と食い下がる。
魔王『無駄に言質を与えたりいいように解釈されるような事を言うのは得策ではない。きっぱり断れ』
―わかった。
魔王に頷きながら、翁には申し訳ないけど名前を使わせて貰って逃げる事に決める。
後継人である翁からそういう話を既に頂いており、もう大体の事は決まっている、と伝える。
姫との婚約は決まっているので、一部は嘘ではない。
そう言うと「相手は誰でしょう?」と詰め寄る領主達。
中には「気が変わるかも知れないので、良ければ一度会ってみるもの」とあきらめ切れない領主も居た。
本当に面倒になって、そろそろ切れてもいいかな?と思った頃に赤白両騎士団団長が現れた。
2人はざっと見ただけで状況を理解したようで、白の騎士団団長が「騎士団の訓練に付き合ってくれると仰られていたのに来られないと思ったら、このような所にお出ででしたか」といつもより丁寧に言った。
―騎士団の訓練?
魔王『この場を逃れる為の嘘だろう』
僕が「申し訳ありません」と謝罪する。
赤の騎士団団長が「して、皆さんは若に一体、どの様なご用件で?」と言うとしどろもどろに「世間話などを」と領主が答える。
それを聞いて「では訓練の時間も押してますので」と言うと赤の騎士団団長は背を向けて歩いて行ってしまう。
僕がその姿をていると白の騎士団団長が「若も」と僕も連れ出してくれた。
領主達に短く別れの挨拶を言いながら両騎士団団長と共に廊下を歩いていった。
白の騎士団団長「災難でしたね」
角を曲がり領主達から見えなくなると白の騎士団団長が笑った。
それを聞いて赤の騎士団団長が鼻を鳴らす。
赤の騎士団団長「あのような奴らを一々相手にしなくてもいいだろうに」
僕「無下に扱うのも問題かなと思いまして。まさかあそこまでとは思わず」
白の騎士団団長「まあ彼らも家や土地、財産を護る事に必死なんでしょう」
赤の騎士団団長「あの程度の輩に気を使う必要など無い」
ずばっと切り捨てる赤の騎士団団長。
翁の名前を出して話をはぐらかした事を伝えると「いい判断です」と言われた。
ただ話は通しておいた方がいいという事になり、翁に会いに行く。
翁は王子と爺と領主息子と共に話をしていたようだ。
どうやら今後の国を治める為の人事を考えていたらしい。
話を聞いた翁は「別に構わんよ」と言った後に笑った。
翁「もし恩に感じるなら今後、主要な地位に付いて国政を助けてくれたらいいぞ?」
僕「それは―」
翁には迷惑を掛ける事になる。
しかし国政には何があっても関わりたくないのは本心だ。
それをどう伝えようかと考えていたら「冗談じゃよ」と翁が笑う。
翁「逆に今までの恩を少しでも返せると思うと、後見人くらい安いもんじゃ」
王子「そうですね。僕がなってもいいくらいです」
さすがに王子はやりすぎだろう。
それにもう領主達には翁がと言ってるわけだし。
王子もそこまで本気で無いだろうから別にいいけど。
部屋を退出すると白の騎士団団長が「行きましょうか」と僕に笑いかけた。
僕「どこへ?」
赤の騎士団団長「騎士団の訓練に決まっているだろう」
そうやら先程の領主から逃げる為の言い訳を実行しようと言ってるらしい。
僕「あれはあの場を去るための一時的な言い訳では?」
白の騎士団団長「それでも本当に訓練に参加したかは大砦内に居たらわかるでしょう」
僕「確かにそうですが、別に嘘がばれてもいいのでは?」
白の騎士団団長「何を言ってるんですが、領主達の心象を無闇に悪くするのは得策じゃないでしょう。だから貴方も先程困っていたんですし」
僕「そうですが、さっき気を使う必要は無いと…」
赤の騎士団団長「まあいいから付き合え」
赤の騎士団団長はそういうと僕を騎士団の訓練場に引きずって行く。
どうやら逃げられそうにはない。
『あきらめろ』という魔王の言葉に僕は溜息を付いた。
騎士団の訓練は実戦形式だった。
剣と同じくらいの重さにされた木剣で行われる。
1対1で騎士団団員を相手に適当にあしらっていたら、5人目辺りで2人目が投入される。
何だ?と思い両騎士団を見たら美女さんが居た。
―美女さんの差し金か!
魔王『そうだろうな』
『余所見をしてるとやられるぞ』という言葉に2人の騎士に集中する。
一人の騎士を打ち倒し一対一になった所に2人の騎士が投入され、一対三になる。
一人倒す、一人追加される、一人倒す、追加される、倒す、追加される。
どうやら3人以上は増えないようだ。
これなら何とかなりそうだ。
白の騎士団団長「やりますね」
赤の騎士団団長「一人相手にいつまで遣られっ放しのつもりだ!」
赤の騎士団団長が激を飛ばし騎士団中隊長クラスを呼び寄せる。
集まった騎士団大隊長クラスが呼ばれる。
騎士団は約4000名の集団である。
団長と副団長以下、連隊長で2名、大隊長で10名、中隊長で20名、小隊長になると200名、分隊長になると400もの人数になる。
その騎士団大隊長クラスが呼ばれたのである。
両騎士団で20名になる。
赤の騎士団団長「次からお前達に出てもらう。順番を決めておけ」
そう言われると両騎士団大隊長達は手早く順番を決める。
そうして一人倒すと大隊長の一人が入ってきた。
大隊長クラスが一人入るだけでかなりの負担が増える。
攻撃を避けて反撃しようとすると大隊長がそれを阻む。
それでも何とか騎士団員を倒すと後退で大隊長が入ってきた。
3人とも大隊長になる頃には7割近くが防御となり、中々攻撃できない。
それでも半分以上の大隊長を撃退した頃には息が上がっていた。
赤の騎士団団長「相手はもう息が上がっているんだぞ!」
赤の騎士団団長の発破に大隊長達が気合を入れる。
捌ききれなくなってきて防戦一方になり押され始める。
息も上がり疲れている僕は、一人の攻撃を捌いたところで体が空いてしまった。
そこに打ち込もうとする一人の大隊長。
急に全てがスローモーションのようにゆっくり見えた。
ゆっくり迫る木剣の腹を開いた手で押しのけて流れた体に木剣を打ち込む。
その痛みに倒れそうになる大隊長の体を掴み一人の大隊長に向けて突き出す。
怯んでいる間に距離を取って身構える。
赤の騎士団団長「ほう」
白の騎士団団長「やりますね」
そう言うと白の騎士団団長は2人の追加を呼びかけた。
一人倒して2人追加で一対四になる。
囲まれないように位置取りしながら向かってくる相手を捌きつつ隙を探す。
剣を受けて避いて打ち返しながら捌いていると横から一人突っ込んできた。
剣を何とか避けつつ拳を握って相手の顔面に打ち込む。
いきなりの剣以外の攻撃に顔面を殴られた相手は倒れ込む。
赤の騎士団団長「油断するからだ!」
白の騎士団団長「そうですねぇ。実践ではどんな攻撃がくるか分かりませんから」
2人の騎士団団長の声が遠くに聞こえる。
―後何人倒せば終わるんだ?
魔王『ほれ、またくるぞ』
疲労で深く考える事を放棄した僕は向かってくる相手の攻撃を裁きながら反撃をしながら、時には拳や蹴りで相手を打ちのめす。
どれくらいやっていただろうか。
敵の攻撃が止んだ。
剣を構えながら注意深く次を待っていると拍手が聞こえた。
白の騎士団団長「すばらしい!」
赤の騎士団団長「まさか大隊長クラスが全員やられるとはな」
そう言って近づいてくる。
白の騎士団団長「大丈夫ですか?」
僕「…もう、無理、です」
息を切らしながら答える僕に「よかった」という笑う白の騎士団団長。
白の騎士団団長「このまま連隊長、副団長まで倒されたらどうしようかと思いましたよ」
赤の騎士団団長「一人相手にやられるとは、精進せねばならんな」
赤の騎士団団長に頷く大隊長の面々。
その姿を見ながら僕は木の陰に入り腰を下ろす。
と、水の入った器が差し出された。
有力貴族の娘「なかなかやるじゃない」
器を受け取って水を喉に流す。
どうやら汲み立てのようで冷たくて気持ちいい。
姫も近づいてきてタオルを渡してくれる。
有力貴族の娘「私もやるけど、あそこまでは無理だわ」
僕「そう?美女さんにはまだまだ敵わないけどね」
そういう僕に「え?」と驚く有力貴族の娘
有力貴族の娘「あの人、そんなにすごいの?」
僕「すごいよ。多分、僕と同じ数を相手にしても笑顔のままだと思う」
魔王『そのまま騎士団団長まで倒してしまうかも知れんな』
有力貴族の娘「そんな…信じられない」
「それは試して見たいですね」白の騎士団団長が近づいてきた。
両騎士団団長が美女さんと近くまで来たようだ。
僕「下手に行うと両騎士団の団員も新しい宗教に目覚めてしまいますよ」
その言葉に白の騎士団団長が笑う。
赤の騎士団団長「なかなかやるとは聞いているが、そんなにすごいのか?」
僕「連隊長と副団長くらいならまとめて相手にしても平気だと思いますよ」
赤の騎士団団長「ほう」
美女さん「若の冗談ですよ」
笑顔で否定する美女さんに「是非やってみてください」と言う両騎士団団長。
断っていた美女さんも「私もお手並みを拝見したいです」と真剣に言う有力貴族の娘の言葉に笑顔を僕に向ける。
僕「美女さんがよければちょっとだけやってみてあげたら?」
僕の言葉に「よくは無いのですが…」と美女さんが「連隊長2名と副団長2名の4人のみで追加なしなら」としぶしぶ笑顔で了承した。
結果については両騎士団副団長と連隊長達の名誉のために多くは語らない。
決して無様な仕合をしたわけではなく、素晴らしいものだったと言えるだろう。
4名が弱いわけではなく相手が悪かったというだけだ。
赤の騎士団団長が「追加なしなんていわないほうが良かった」と後悔し、白の騎士団団長が「若の女性でなければ求婚している所です」と絶賛した。
別に僕の女性ではない…はずだけど。
そしてやはり両騎士団で新たに改宗するものが続出したようだ。
翁の兵士達から始まった宗教も数を増やし、今や数千に渡る信者を獲得したようだ。
国教になる日も近いかもしれない。
そして有力貴族の娘が美女さんに弟子入りした。
当初は断っていた美女さんだが「私も強くなって姫を守りたいんです!」と言う言葉に「若の女性ですから特別に」と折れたようだ。
美女さん曰く「中々です」という事なので、いずれ国を代表する使い手になる可能性もある。
僕も斬り殺されないように精進しないといけないかもしれない。
誤字修正
域が上がって → 息が上がって
切り殺されないように → 斬り殺されないように
一人倒す、使いされる、 → 一人倒す、追加される、
攻撃を裁いた → 攻撃を捌いた
相手を裁きつつ → 相手を捌きつつ