第28話 新たなフラグ?
魔王『何故お主は婚姻や女を囲う事を嫌がる?』
魔王が不思議そうに聞いてくる。
僕は剣を磨いていた手を一瞬止めたが、再度磨きながら答えた。
―婚姻に関してはまだ僕には早いと思っているんだ
魔王『別に早く無いぞ?それくらいの歳で結婚する者もいる』
―この世界の結婚は早いんだね
魔王『まあ全てが全てでは無いがな。身分や性別により変わる』
結婚が早いのは貴族の子どもと農家の娘である。
貴族の子どもが男女問わず結婚が早い理由の一つに、この世界の乳幼児の死亡率の高さが上げられる。
貴族が恐れるのは子が出来ず家が潰える事である為に早く結婚をし子を為すのである。
農家の娘は働き手としても期待される為に、どこの家でも若く健康的で力のある娘が求められている。
逆に結婚が遅いのは商いをしている男である。
若いうちから働き、ある程度の財産が出来てからそろそろ結婚という頃にはいい年になっているのである。
魔王『姫も国が荒れて居なければ今頃はどこぞの国に嫁いでいるだろうよ』
―そう、か
魔王『だから決して早いと言うわけではない』
魔王の言葉にどう言おうか迷う。
魔王『姫が嫌いか?』
―そういうわけではない
魔王『では何が嫌なのだ』
―嫌な事は無い
魔王の言葉に僕は言う。
嫌じゃない。これは本当だ。
魔王『ならなんだ?』
―僕は魔王じゃない
魔王『何?』
―この体は魔王のもので僕ではないから
魔王『…だから婚姻を忌避していると?』
―僕はいつ居なくなるかわかんないからね
魔王『一つだけ言わせて貰う』
魔王が真剣な口調で言う。
魔王『我とお主は一つだ』
―魔王?
魔王『我はお主で、お主は我だ。そこまで考える必要はあるまい』
―そう、なのかな
魔王『うむ』
―もし僕が居なくなったら…
魔王『そうだな。その時はその時考えればよい。ただ―』
魔王は軽くそう言うと『お主は消えぬよ』と呟いた。
―魔王…
魔王『消えるなら最初から消えてる。お主みたいなしぶとい者は消えぬよ』
そう言うと魔王は笑った。
魔王『で、だ。問題は解消されたのだから女を囲う事に対する抵抗も無くなったであろう』
―それはまた別問題だよ!
魔王『何だ?他にあるのか。面倒くさいな』
本当に面倒誘うに言うと『理由を申していろ』と言った。
―僕は一夫一妻制の世界…国で生まれ育ったんだ。
魔王『だから?』
―だから一夫多妻制は考えられないんだ
魔王『それだけが理由か?』
―それだけって
魔王『おぬしの住んでいた世界は分からぬが、この世界では問題ない。慣れろ』
―慣れろって…
魔王『本当は他に理由があるのだろう?』
『言うてみろ』と魔王が言う。
―姫と結婚するのに他の女性をというのは姫に対して失礼な気がする
魔王『その姫が受け入れているでは無いか』
―それでも…
魔王『では有力貴族の娘を見捨ててしまうと?』
―そうじゃない!
魔王『では他に方法があるのか?』
―それは…
魔王『無いであろう』
黙り込む僕に魔王が続ける。
魔王『それに有力貴族の娘には手を出さんとか考えておるだろう?』
―うん
魔王『愚かな判断だ』
―どこが?
魔王『そんなのは建前というのがわからんのか?』
―違う
魔王『そうなのだ。それは有力貴族の娘も分かっている』
―そんなはずは無い
魔王『そうでなければ妾に、などと言い出さん。それも初めて会ったばかりの男相手にな』
―それは
魔王『初対面で妾の契約をしたんだ。そうなる事を織り込んで契約している。当初は偽装としても後々求められた場合は拒むまい』
―そんな事は―
魔王『無いと?何故そう思う?』
―っ
魔王『姫も有力貴族の娘も「ある事」として既に納得ずくだ』
―まさか
魔王『だからお主は愚かだという』
魔王が嘆息する。
魔王『ちゃんと相手をするのは有力貴族の娘を妾として受け入れたお主の義務だ』
―そんな義務は
魔王『まだ言うか?もし本当に有力貴族の娘に手を出さないつもりなら、さっさと解約しろ』
―それは出来ない
魔王『何故だ?』
―そうすると有力貴族の娘の身内を守れない
魔王『なら本当の妾にしろ』
―何で!何で手を出すか助けないかの2択しかないんだよ!!
魔王『お主は有力貴族の娘を抱かずに置いておく事がどれほど残酷かわかるか?』
―残酷?
魔王『お主に囲われたならもう他に嫁ぐ事は出来ない』
―!
魔王『嫁ぐ場合はお主と妾の契約を解除した時だ』
―その時はそうすればいい!
魔王『そうなると有力貴族の娘は後ろ盾を無くす』
―解約しても後ろ盾として力を貸す事は出来る!
魔王『できぬよ』
―出来る!
魔王『してはならんのだ』
―何で!!
魔王『相手の家に泥を塗る事になる』
―どうしてそれが泥を塗る事に…
魔王『他人の嫁に何時までも口出ししてたらどう思う?それ伴う結末がどうなるかも想像出来ないのか?』
―それは…想像できる。
魔王『それにな。お主は王族になる。王族の妾を欲しがるような不敬なものは居ない』
その言葉に絶句する。
そうだ。
僕が王族だというのは納得できないが、立場的にはそういう事になる。
その王族の妾をという事になると相手は王子しか居ない。
王子が有力貴族の娘と、というのは限りなく0に近い。
無いと言ってもいいぐらいだ。
魔王『その娘に対して子を授かる権利を一生与えないと?』
―そんな…
魔王『おぬしとの妾契約とはそういう事だ』
―なら!なら妾ではなく保護ということに―
魔王『それでは弱いな。有力貴族の娘一人なら保護できるが、身内を全員守れるかは分からない』
―全員保護するのは!?
魔王『それが出来るなら有力貴族の娘も妾契約など最初から結ばん』
―なんで!
魔王『お主が「有力貴族の娘に惚れこんで妾に所望し、その条件が身内の保護だったのでお主が押し通した」という建前があってこそだ。そうで無ければ敵の、それも首魁の一族の者など助けられるか』
―そんな…
魔王『姫も領主娘もそこまで分かって受け入れたのだ。何も理解していないのはお主だけだ』
魔王の言葉を呆然と聞く。
―そこまでの事だったなんて
魔王『そこまでではなく、そこ以上のものだった、という事だ』
有力貴族の娘の毅然とした態度と涙を流していた姫の顔を思い出す。
―だから姫も当初は涙を流したのか…
魔王『やっと分かったか』
―う、ん
魔王『…有力貴族の娘も本当の妾にしてやれ』
簡単に返事が出来ない。
本当に言いのだろうか?
魔王『まだ迷うか?』
―それは…もちろん
魔王『理解はしたんだろう?』
―うん
魔王『なら良いではないか』
―そう、なのか
魔王『それでもまだ踏ん切りが付かないなら、有力貴族の娘を見て決めればよかろう』
―え?
魔王『一緒に過ごす中で有力貴族の娘を知り、その時が来たなら躊躇わず抱いてやれ』
魔王の言葉をかみ締めて頷く。
無理強いだけはしないようにしよう。
―今後はそういう契約をする時は気をつけよう
魔王『気をつけても無理なときは無理だがな』
―そんな事言うなよ!
魔王『まあ、少しは気が晴れたか?』
そう聞かれて気持ちが少し楽になっている気がした。
姫との婚約にしても有力貴族の娘の事にしても―なるようにしか成らない。
そう思えたお陰かもしれない。
―魔王ならこんな事で迷わないんだろうね
魔王『当たり前だ。我なら気に入った女はどんな事をしても手に入れる!』
―そうですか
魔王が自信満々に言う。
―魔王って女性経験あるの?
魔王『当たり前であろう』
―そ、そうなんだ
魔王『我は魔族の王子だぞ?王妃は居ないが妾は何人か居たしな』
―今はその人たちは?
魔王『さあな。他の王子に連れて行かれたか、それとも逃げ延びているのか、わからんな』
―心配ではないの?
魔王『心配しても始まらん。それに我の妾に簡単にやられるような女は居ない」
―そうなの?
魔王『われは大人しい女は好みではないからな。武芸に長けたような気の強い者が好みだ』
『そういう意味では有力貴族の娘は中々だな』という。
―え?
魔王『あの娘も何かやるだろう。片手剣辺りだろうが、護身術程度というわけでは無い様だ。そこらの兵士程度なら相手に出来るだろうな』
―まじですか?
魔王『それでも我の好みからしたらまだまだだな』
―そんなに強いの?
魔王『強いな。ここの騎士団程度なら簡単にあしらうだろう』
―その人達が前に言ってた婚約者?
魔王『そんな訳なかろう』
―え?違うの?
魔王『我の婚約者になる程の地位を持ったものをそうそう妾には出来ん』
―魔王…
魔王『なんだ?』
―その婚約者と妾の人達が現れて酷い目に合わされたりは…しないよね?
魔王『どうだろうな』
―魔王!?
魔王『妾は我のやる事に文句は言わないだろうが、婚約者は我が婚姻を結んだ事にどういう反応をするか…』
―ちょ!
魔王『まあ前にも言ったが、今頃破棄されているだろう。気にするな』
そう言って魔王は笑う。
どう考えてもそういう話をするという事は出てくるフラグなんじゃ…
いやまて!
オープニングでは出てくるのに本編で一切出てこない敵が居たりするんだ。大丈夫!!
魔王『何を言っている』
―ごめん。あまりの事に現実逃避してた
魔王『現れたらその時考えたらよかろう』
―他人事のように言うね
魔王『まあ苦労するのはお主だしな』
―魔王も僕なんでしょう?
魔王『あれはお主を納得させる嘘だ』
―そこで言うの!?
魔王が笑う。
本当に最初の頃のきるような冷たさからしたら考えられないぐらい笑うし冗談も言し、人を気遣う。
これがお互いの精神が影響しあった結果なんだろうか。
僕も変わっているのか?
自分では分からないけど、戦場で相手の剣に怯える事が無くなったのは成長なのか魔王の影響なのか。
そういえば人を斬っても何も思わなくなった。
その事に思い至って驚いたけど、それだけだ。
殺らなければ殺られる状況だった。
別に進んで殺したいとも楽しいとも思わないけど、しなければならないなら躊躇わない。
そういう風に考える事が出来ること自体が昔の僕ではない証拠だろう。
―いつまでこのままなんだろう?
魔王『さあな』
僕はいつの間にか止めていた剣の磨きを再開する。
この剣は折れたので王子がくれた剣だ。
中々の一品らしく未だに使っている。
毎日、美女さんに言われたようにちゃんと手入れしているお陰というのもあるだろうけど。
―そういえば魔王になるのに魔剣とか無いの?
魔王『魔剣は持ってなかったが、それなりの剣は持っていた。今は無いが』
―無くしたんだ
魔王『まあな』
―すごいの?
魔王『まあ我が魔力を込めても壊れないという頑丈な剣だった』
―へえ。炎の剣とか水の剣とかそういうのじゃないんだ
魔王『それは精霊の加護がついた精霊剣だな。炎の精霊の加護で炎を出したり風の精霊の加護で剣圧を飛ばしたりする程度だな』
―斬った相手を呪ったりするような魔剣とかは無いんだ
魔王『そういうのは見たこと無いな。それに魔剣や聖剣と呼ばれるものは多くの逸話を残して後に呼ばれるようになる』
―どういうこと?
魔王『お主が今使っている剣を使い続け歴史に残るような事をすれば、いずれは魔剣や聖剣と呼ばれるようになる』
ーじゃあ普通の剣と変わらないということ?
魔王『まあそう呼ばれるだけの何かを持っているのは確かだな。そこらの剣では語り継がれる前に朽ち果てる』
―そうか
魔王『我が戦った勇者が聖剣を持っていたな』
―それに相打ちで撃退できたの!?
魔王『我の勝利で撃退、だ』
―え、あ、うん。で、どうやったの?
魔王『どうも何も、普通に戦ったまでだ』
―聖剣相手なのに?
魔王『聖剣でもやりようはある』
―どんな性能を持っていたの?
魔王『良く分からんな。切れ味のいいだけの剣に見えた』
―そうなの?
魔王『まあ剣の性能を知るには食らわねばならんからな。それはさすがに出来ない』
―それもそうか
魔王『勇者が持っていたのだ。唯の剣ではあるまい』
―どんな剣だったんだろう?
魔王『さあな。我が剣と相打ちになって両方折れた』
―折れたんだ!
魔王『聖剣は人族が回収したと噂で聞いた。我の剣はどうなったのだろうな』
―折れた剣は治せるの?
魔王『聖剣、魔剣もだがそのクラスになると普通には無理だろうな』
―でも治す方法はあるんだ
魔王『我は知らんがな。我の剣はそれなりの者が打ち直せば使えるやもしれん』
―じゃあ誰か別の魔王に拾われているかも知れないね
魔王『まあ他の奴に使いきれるとは思わんが』
―そうなの?
魔王『我の魔力を受け止める事が出来るだけの器を持った剣ではあるが、魔力が小さい物が使っても大した威力は引き出せんだろう』
―魔王のほかの候補者は?
魔王『どうだかな』
『最後に会ったのは幼い事だからよくわからん』と魔王は言った。
複雑な家庭のようだ。
魔王『魔族の王族だぞ?後継者争いで殺し合いをするのだぞ?普通であるわけが無い』
―それはそうだ
今、魔王の国はどうなて居るんだろうか?
もしかしたらもう誰かが王位についているかも知れない。
魔王『それは無かろう』
―なんでそう言えるの?
魔王『本格的に戦が始まれば、幾ら人族の土地と遠く離れてるとはいえ噂ぐらいは聞こえてくるはずだ』
―でも他国の、それも魔族の国の事なんて噂でも流れて来るかな
魔王『来るな。我の国は魔族の国でも大きい方だ。その国の動向は人族の国でも注意を払っているだろうよ』
―そうなの?
魔王『王によっては人族の国への侵攻が行われる事もある。王位継承争いとなると一大事だろうな』
だからまだ大きな戦にはなっていないというが、情報がまだ来てないだけで始まっている可能性もある。
出来るだけ早く魔王の国に戻らないとダメなのではないだろうか?
魔王『今の我には力が無い』
―力…
魔王『戦は我だけでは出来ない。信頼できる力を手に入れるまでは、どちらにしても国には戻れんさ』
―力…か
この国の戦力を使うつもりは無い。
それは魔王も考えていないようだ。
力と言ってもどうすればいいのだろう。
魔王『そう考えると、この国での出来事はいい練習になったのかもしれないな』
練習という言い方は御幣があるが、そういう考えも出来るだろう。
『まあ今は目の前の事を考えるがよい』と魔王が笑う。
剣の磨き残し無いか日に翳してみる。
綺麗に光を反射させているのを確認し鞘に収める。
―そうだね。まずは王都攻略に集中しよう
魔王『我は姫と有力貴族の娘の事を言ったのだがな』
―ぐっ
魔王はいつも一言多かった。
誤字修正
磨いていたてを → 磨いていた手を
切っても → 斬っても
譲歩がまだ着てないだけで → 情報がまだ来てないだけで
御幣 → 語弊
磨きの腰が → 磨き残し
領主娘 → 有力貴族の娘
そんな分け → そんな訳
帝位 → 王位
磨きの腰が → 磨き残し