第27話 「原因は領主息子」
翁「住まいの話と処遇については無事まとまった」
―無事じゃないけどね!
翁「後は今後の影響じゃな」
王子「と、いうと?」
爺「有力貴族の娘の事を知った他の貴族が同じように娘を送ってくるかも知れないと言う事です」
翁「娘ならいいが、赤子まで送ってくるやも知れんな」
まさかそこまで、と笑おうとしたが翁と爺と両騎士団団長が頷いているのを見て辞めた。
嘘だと言ってよ、バーn(ry
翁「それをどう対処するかじゃな」
爺「難しい所ですね」
みんなが思案する中、王子が「いっそ、若が有力貴族の娘を求めた事にしましょうか」と言った。
―はい?
王子「若は我が身可愛さに女性を差し出すような者を許さないという噂を流します」
僕「―僕は本当にそういう人は嫌いですが?」
王子「嘘か真かはどうでもいいんです」
僕「いえ、嘘じゃ―」
王子「その上で若が有力貴族の娘の美貌に惚れこんで妾にと申し出た」
翁「ふむ」
王子「有力貴族は王子である僕にならという事で差し出したが、若の熱烈な申し出に仕方なく差し出した」
城の騎士団団長「少し無理がありますが、こじつけにはなっているので問題は無いかと」
翁「おおありじゃ。王子から横取りするという話じゃぞ」
王子「元々僕は有力貴族の娘を娶る事はできません。困っている所を丁度良いので押し付けよう、という感じでどうでしょう」
有力貴族の娘「私は不良品か何かですか?」
王子「え、いえ、そうじゃなく、その、周りを納得させる為に―」
有力貴族の娘「冗談です。それくらいの扱いは何とも思いません。ただ―」
そう言うと有力貴族の娘は言いにくそうに「姫は宜しいのですか?」と聞いた。
姫「私は本当の事を知ってます。問題ありません」
その言葉に有力貴族の娘がほっと胸を撫で下ろす。
話が纏まりそうになった時に僕はとある事に気が付いて、急いでストップを掛ける。
僕「ちょ、ちょっと待ってください!」
王子「どうしました?」
僕「有力貴族の娘は僕の妾なので寝所に呼ばないと立場が悪くなると聞きましたが!」
王子「そうですね」
僕「それも最低でも月の満ち欠け毎に2~3回のペースで!」
翁「まあ最低でもそれくらいで呼ばねば立場は無いな」
僕「それは有力貴族の娘を普通に妾にした場合でしょう!」
翁「それが何か?」
僕「熱烈に希望してなってもらったら月の満ち欠け毎に2~3回じゃ済まないじゃないですか!!」
僕の言葉に「あっ」という顔をする面々。
翁「確かにそうなるともっと回数を増やさねばならんな」
僕「でしょう!」
いきり立つ僕に「構いません」という静かな声が聞こえる。
有力貴族の娘「元より覚悟は出来ております」
僕「は?」
有力貴族の娘「と言うよりは、想像より待遇が良くなりそうで安心してます」
僕「な―」
一体どれほどのものを想像してたんだ?
魔王『愛玩ぐらいは覚悟してただろうな』
有力貴族の娘「愛玩道具ぐらいは覚悟してました」
まだ若い娘をそこまで覚悟させるものは何だろう。
家でも土地でも財産でもなく、一族の女子供の為に身を差し出す精神に怒りを通り越して恐怖を覚える。
見つめる僕の目に何を見たのだろう。
有力貴族の娘「もっとも、その場合は諦めて自ら命を絶ちますが―」
僕の目を見つめて「一族の女性と子供は守りたいですが、家畜になるつもりは無い」と言った。
僕にはまだ理解できない。
でも有力貴族の娘の気高さには好感が持てる気がした。
やはりどこか姫に似ている。
有力貴族の娘「閨を共にする覚悟はございます」
有力貴族の娘の刺さるような眼差しに僕は「え、あ―」としか言えない。
翁「ではそこは問題ないとして、寝所に呼ぶ回数ですが―」
姫「有力貴族の娘と半分で構いません」
翁「姫」
姫「有力貴族の娘ならかまいません」
翁「で、では半々ということで」
姫のきっぱりした言葉に翁が押し切られた。めずらしい。
翁「後は他の貴族の娘ですが―」
僕「…もう、そういう事をする者は『自分の娘も大事にできんのか』とか難癖つけて土地でも財産でも地位でも剥奪すればいいんですよ」
やさぐれた僕の言葉に翁が「ありじゃな」と答える。
―ありなの!
翁「まあ戦後間もなく送ってくるような輩は国王軍派の者ばかりじゃろうから、それでいいじゃろう」
爺「そうですな」
翁「そこまでしたらその後、王子に自分の娘を―と画策する者も減るじゃろう。出て来たら罰せればよい」
翁「それで王子に対する無駄な政略結婚は減るじゃろう」
爺「その後に素晴らしい后を探されると良いでしょう」
釈然としないと言うか、全然しっくり来ないが話はまとまった。
有力貴族の娘と王子の婚姻については当然拒否。
もちろん王宮からの親書も全て拒否となり、そうなると国王派との決戦だ。
特使はすぐに王宮へと帰る事になるだろう。
有力貴族の娘がどうにか大砦に残る方法は無いかと考え。
赤の騎士団団長「ぎりぎりまで王子を篭絡できないかがんばって見ます、とでも言えば大丈夫なのでは?」
爺「そうなると、今度は人質にされるかもと勘ぐるだろう」
有力貴族の娘「その場合は自害する、と伝えます」
翁「それで納得するか?」
有力貴族の娘「元々、大砦への特使自体が生きて帰れるかどうかと思われておりました。それに私は有力貴族の娘です」
翁「なるほど。決死の覚悟で大砦に来たのだ。自害ぐらいする気概はあると思われておるだろうな」
頷く有力貴族の娘。
翁「いっその事、人質として身柄を確保してしまおう」
爺「そうすれば人質になるかも、等と思われんな」
翁「もし特使が有力貴族の娘も一緒に戻ると言うならば『王子の后になるかも知れない者が大砦に残って問題でも?』と言えばよかろう」
そう言って翁は笑った。
有力貴族の娘「父に文をしたためた物を特使に渡しても宜しいでしょうか?」
翁「文とな」
有力貴族の娘「はい」
翁「内容は?」
有力貴族の娘「取り留めない『王子をどうにか説得します』や『私の事は気にしないで下さい』という内容ですが、私の意見が取り入れられた時に記載する文面を父と決めてましたので、それで父に旨くいったという事を伝えたいと思います」
翁「…文は事前に確かめさせてもらうが?」
有力貴族の娘「構いません。決めた文は『必ず王子を我が夫にします』です」
翁「そうか」
有力貴族の娘「それが届けば王都二の郭に私の父の軍勢の旗が立ちます」
爺「それで?」
有力貴族の娘「本来は父の軍勢は一の郭に詰めておりますが、二の郭まで降りて皆さんが来られるのを待ちます」
翁「ふむ」
有力貴族の娘「そして皆さんが王都の外壁を攻略した晩に決起して城の門を一斉に開き放ちます。その際に空に向かっていくつもの火矢を飛ばす手はずになっております」
王都の作りは一から三の郭で構成されており、その外に町が広がりそれを城壁で囲う堅固な城だ。
いわば4枚の壁があるのである。
その一から三までの扉を開けてくれるのは嬉しいが外壁はどうにかしろと言うのだ。
有力貴族の娘「外壁も開けたとしても、外壁から一の郭まで行く間に門が制圧されて閉じられてしまう可能性があります。ですので時間短縮の為に外壁は攻略して頂かないと」
白の騎士団団長「まあ一から三の門さえ開けば後は国王軍の兵士のみ」
「後は押し切れるでしょう」という試論騎士団団長に頷く有力貴族の娘。
翁「特使に結果を伝えるのは明日の朝にする。特使が手紙を携えて戻る時間を苦慮して、出発は明後日の昼前、といった所か」
その言葉に皆が頷くと「明日は戦の準備をしっかりやってくれ」という言葉に解散となる。
翌日の朝食は有力貴族の娘以外の特使は別の部屋である。
有力貴族の娘ぐらいの有力者ならまだしも、本来なら一介の特使程度では王族と一緒する事は無い。
特使は王子に食事の席に誘われたという件で条件を飲んでもらえると勘違いしてしまっているだろう、と言うのが翁の話である。
そして食事後に特使が呼ばれた。
王子が「昨晩はゆっくり休めましたか?」という質問に答える特使。
一人の特使が「有力貴族の娘の姿が見えませんが?」という質問に「有力貴族の娘はまだお休みのようです」と答える王子。
それを聞いて特使が何を思ったのか笑顔で頷いた。
王子「お持ち頂いた親書の件ですが――条件は飲めません」
特使A「は?」
王子「我々の提示した条件以外は飲めません」
特使A「しかし―」
王子「何か?」
特使A「そうなると国王軍と開戦となりますが…」
王子「そうですね。残念です」
特使A「再考していただく訳にはいきませんか」
王子「再考の余地は元々ありません。我々の出した条件がギリギリの妥協点です」
特使A「そこを何とかお考え―」
翁「くどい!本来なら昨晩の内に追い返しておる所を、王子の好意で一晩留め置かれただけに過ぎない」
特使A「そんな―」
翁「今より半時(約1時間)の猶予を与える。それ以降も大砦に居る場合は特使ではなく敵の間者として扱わせて頂く事になる」
特使A「こ、後悔なさりませんか!?」
王子「しません」
爺「我々は昼前には立つ。王都に迫るまでに条件を飲まない場合は第一条件は破棄となる。その事をしっかりと伝えて頂こう」
特使A「…分かりました。ではすぐに暇せする事に致します」
そう言うと特使達は頭を下げようとした。
王子「そうだ。有力貴族の娘はここが気に入ったそうで少しの間、滞在を希望している」
特使A「何ですと?」
王子「そういう事なので特使殿達だけ先にお帰りください」
特使A「…有力貴族の娘に直接お会いしてお伺い致します」
王子「まだ休んでおると申しましたが?」
特使A「有力貴族の娘には申し訳ないが人をやって起きていただく事になります」
翁「構わんが、女性の支度は時間掛かるからの。半時…刻々と時間は過ぎておるが、それで間に合うかの?」
その言葉に特使達が息を呑む。
翁「おおそうじゃ、昨晩、有力貴族の娘に渡されたものがあった」
そう言うと翁は懐から手紙を取り出し、白の騎士団の手に渡す。
白の騎士団は受け取った手紙を特使Aに手渡した。
翁「有力貴族の娘から父君へ当てた手紙だそうじゃ」
特使A「…どうしても有力貴族の娘は帰さないと言う事ですか?」
翁「残りたがっておるからのう。本人の意思を尊重しておるだけじゃ」
特使A「なら本人に確認を!」
翁「好きにするがいいが、時間は最初に申したとおり半時だけじゃ」
特使A「…人質にするおつもりか!」
翁「―言葉に気をつけ為されよ」
特使A「な、何を」
翁「有力貴族の娘は、本人の意思で、残る、と申しておる」
特使A「それは―」
翁「それを人質になどと言う。それは王子の言葉を疑うと?」
特使A「!」
翁「王子への不敬は例え特使でもその場で斬り捨てても構わないが?」
そう言うと両騎士団団長と周りに居る兵が柄に手を掛ける。
それを見て顔を青くする特使。
王子「まあ爺、それくらいにしてあげてください。他のものもよい」
王子の一言で周りの兵は柄から手を離す。
王子「特使殿も有力貴族の娘の身を案じての事でしょう」
コクコクと頷く特使達。
王子「本当に本人がそう言ってるんです。信じて頂けますか?」
特使A「…は、はい」
王子「ではお話はここまでですね。無事王都に戻られるよう」
そう言うと王が特使の退室を告げる。
特使と他の兵が退出したのを確認すると奥の部屋から有力貴族の娘が出てきた。
有力貴族の娘「ご苦労様です」
王子「特に苦労もしてません。それにしてもまさかあそこまで拒否されるとは思っていないとは思いませんでした」
有力貴族の娘「基本的に先が見えてないんです。あれで受け入れられる訳ないのに」
翁「だから救いが無いと言える」
代々受け継がれただけの地位に胡坐をかき自分達の身の丈を知らず、不利になってもそれを認められない俗物はこれだから、と翁が言う。
翁「だから御し易いのだがな」
王子「有力貴族の娘、半時程で特使は砦を出ます。そうなれば自由に動いていただいて結構ですよ」
有力貴族の娘「宜しいのですか?」
王子「若の第4王妃なら問題ありません」
王子が笑顔で言うのを聞いて僕はため息をつく。
今まで存在感は無かったがこの部屋にはちゃんと居た。
それを見た有力貴族の娘は笑い「姫と一緒に居る事にします」と言った。
特使の動きは意外と早かった。
部屋を退出して一刻後には砦を出て、外に待たせていた兵と合流するとすぐに王都へ向けて出発していった。
どうやら早馬も飛ばしたようである。
―決戦の日は近い
魔王『本来なら今頃、王都に攻撃していたかの知れんがな』
―この回り道があったからこそ、有力貴族の娘という得がたい仲間を得て―
魔王『嫁が4人になったと』
―……
魔王『良かったな。それもこれも領主息子のお陰だ』
僕「そうか…全て領主息子のせいか…」
僕の呟きに翁が「何がじゃ?」と言う。
僕「いえ、渓谷で領主息子が突撃しなければ、今の状況にはなっていなかったのだろうな、と」
王子「確かにそうですね!」
翁「そうなるとアヤツの戦果は物凄い事になるな!」
僕を姫と婚約させ有力貴族の娘を僕の妾にし王都攻略の糸口を掴むきっかけになった。
確かに王都攻略の糸口だけで見たらすごいが、領主息子は特に何もして無いからね!
―というか僕の犠牲分が大きすぎる気がする。
領主息子の居ないところで盛り上がる他の面々。
王子の「姫と若を結びつけた功労者として、婚約発表時に大々的に何かを報いましょう」という言葉に爺が「それはいいですな」と言う。
呟きが斜め上を行く状況を作っていっているが、姫との婚約も有力貴族の娘を囲うことも変わらない。
それなら領主息子が報われるならいいか、とポジティブな思考を無理やり考えられないとやってられなかった。
誤字修正
蒸すかしい → 難しい
特使事態 → 特使自体
送ってくる矢も → 送ってくるやも
棒「は?」 → 僕「は?」
外壁も空けた → 外壁も開けた
申したましたが → 申しましたが
回りに居る兵が → 周りに居る兵が