第10話 気迫
姫が街道を越えた瞬間につんのめる。
静かな夜に小さな音が響く。
それは小さな音に関わらず意外と響き歩哨の耳に届いたのかこちらに歩いてくる姿が遠く見える。
後ろを走っていた僕は姫に覆いかぶさり「静かに、動かないで」と小さく言う。
今居る場所は街道から見えるか見えないか微妙な場所。
もしかしたら見付からないかもしれない。
足音が近づいてくる。
ちょっと離れた場所に立ち止まり周りを見ている。
早く立ち去れと思ったときに「ん?」と一人が呟いた。
明かりがこちらに向けられている。
「どうした」と言う声に「あれが気になって」と近づいてくる足音。
―見付かった
姫に「このまま」と言うと足跡に集中する。
近づく足跡。柄に手を掛ける。
相手が近づいて覗き込む気配がした瞬間にぱっと起き上がり相手を斬り裂く。
近くに居たもう一人も剣を抜こうとする前に斬り伏せて周りを見る。
10歩ほど先に2人。
一人が抜刀してこちらに向かう後ろでもう一人が笛を取り出し吹こうとする。
あれを吹かれると周りから兵が集まってくるだろう。
ナイフを投げようとするも一人が向かって来たので剣を避けすれ違いざまに斬り裂きそのまま走る。
―間に合わない!
そう思ったときに背後に美女さんが立ち、笛を咥えた兵の首を一瞬で捻じ曲げた。
笛の音は「ひょ」と微かに鳴ったが近くの僕でも聞こえるかどうかだったので周りに知られる事は無いだろう。
すぐにみんなが集まってきた。
妖精少女は街道を越えた先の草むらから顔を覗かせている(可愛い!)
その場で待っているように言われたようだ。
美女さんが皆に兵に死体を移動するように指示する。
僕も一人運ぼうとするのを爺は「私が」と死体を担ぎ「姫をお願いします」と言われる。
震えている姫に「大丈夫ですか?」と声を掛けると「私のせいで見付かって―」
僕「姫、立てますか?」
姫「みんなが危ない目に―」
僕「姫」
震える姫。よほど怖かったのだろう。
ここで優しい言葉でも掛けられたらいいんだけど、こういう経験が全く無い僕には出来そうにも無い。
姫の方を揺する
僕「大丈夫です。問題ありません」
反応が無い姫の顔を両手で掴み多少強引に掴み顔を覗き込む。
僕「聞こえてますか?」
姫「ッ!」
僕「他の兵に知られる前に対応できました。まだ大丈夫です」
「殺した」という言葉は避ける。
僕「ただここに居ると他の兵に見付かります」
動かない姫に僕は心を鬼にして言い捨てる。
僕「これ位で怯えないで下さい。今までも多くの人が犠牲になりました。これからもっと血が流れます。知り合いの血も!それでも貴方は毅然としなければならない立場なんです!!」
姫は目を大きく見開き同様に揺れる。
僕「僕 (たち)が貴方を (友達として)支えます。貴方は一人ではない。だから辛くとも負けずに前に進んでください」
姫が驚きに目を開き強い意志が宿る。
その顔は高揚している。
―元気が出て良かった!
魔王『…わざとだよな?』
―もちろん発破をかけてやる気を起こしてもらう作戦だよ
魔王『もう聴かん』
―何だというんだ。
立ち上がる姫に手を貸す。
死体は街道から外れた草むらに隠した。
美女さんが街道上の争った後や落ちているものを処分して近づいてくる。
「日が昇るくらいまでは時間が稼げると思います。急ぎましょう」
そういうと他の兵の待機する場所に向かって走りだす。
待機している兵はすぐ近くに居た。
美女殿が手早く馬を受け取る。
―馬なんか乗れませんけど!
とか言える感じでもなく馬を渡される。
魔王『私は乗れて居たんだ。その体を持つお主も乗れる』
―そうなんだ!よし!
他の人のやり方を見て同じように乗ってみる。
―乗れた!
魔王『本当に乗れたのか!』
―ぇ?
魔王『まさか本当に乗れるとは』
―言い切ったくせに確信なかったの?
魔王『まぁ美女の訓練で体が動くようになって来たからな。元々体が覚えている事が出来だしても可笑しくないとは思っていた』
『結果良ければ、だ』と笑う魔王に馬の操作を簡単に習う。
ちょっと歩かせて方向転換して止まる。
軽くその場で駆け足で回る。
―いけるかな?
魔王『走り出したら後は馬のリズムに合わせろ』
―できるかな
と爺が「姫を乗せてください」と僕の所に姫とくる。
2人乗りはしたこと無いし(本当は乗るのも初めて)だし「そういうのは爺とか美女さんの方がいいのでは?」と聞くと、美女さんは妖精少女を乗せているし爺は敵の追手があった場合に指揮を取るので姫を乗せられないと言う。
では別の兵にと言うと「おいそれと姫の体を若い男に触れさていいと思うんですか!」と怒られた。
―僕も若いんだけど
とりあえず他に姫を乗せる相手は居ないらしい。
「僕でいいですか?」と聞くと姫は頷いたので手を持って引き上げる。
爺が後ろから足を支えて何とか馬に横乗りじゃなく跨った。
―あれ?後ろにのるんじゃ?
魔王『これから飛ばすのに後ろに乗ったら振るい落とされるかも知れんだろう』
―そういうものか
なんかこんなに密着したらどきどきするな、いや今は非常時そんな事を考えたらでもいい匂いがする様な―
出発の号令が聞こえ美女さんを先頭に走り出す。
僕も「行きますね」と姫に声を掛けて出発する。
意外といけそうかも、とか思っていたら周りがどんどんスピードを上げていく。
姫が前で馬の揺れに体を揺らしていたので片手で肩を掴む。
片手で姫を支えながら操作は難しかったのでそのまま僕に背を預けるように誘導し腕をおなかに通して固定する。
姫が何か言ってるけど風の音でよく聞こえないが多分、馬の速度に驚いているんだろう。
どうにか安定しそのまま領主の館まで休みなしで走り通した。
――――――――――
昼遅くになってやっと目を覚ます。
疲れと久々のベッドと言う事もありぐっすり寝てしまった。
明け方に着いた僕達は翁と現領主に面会した。
簡単な自己紹介を行うと「お主が美女殿の主か」とまじまじと見られた。
妖精少女の事も正直に話すと「妖精族を見ると幸運が訪れると言われておる。縁起がいいな」と翁が笑った。
どういう言い伝えなのか気になって後で聞いたら「嘘じゃ。ああでも言っておったら妖精少女を蔑ろにする奴はおらんじゃろう」と翁は豪快に笑った。
このおじいさんすごい。
王子に会った事を伝えると翁はものすごく喜んだ。
王子たちの計画を聞いて頷いていた翁と現領主は「騎士団を篭絡する作戦」の発案者が僕だと知って「さすが美女殿の主となるほどの人物だ」と感心していた。
―なんでこんなに美女さんの評価高いの!?確かに色々出来てすごい人ではあるけど!
魔王『一回、しかも短時間しか会っていない筈なのに何があったんだろうな』
美女さんの謎がまた一つ増えた。
他の領主達の伝令は全部送ったらしく早いものは戻ってきているらしい。
すぐに兵を準備してこちらへ向かうようなので昼ごろには集まりだす、と言う。
塀を出す領主達に再度、2日後の朝に出発するのでそれに間に合わないようならまた連絡をくれるように早馬を飛ばす。
行き先は念のためにまだ伝えない。
まずは休息を取ろうという話になり、僕達は部屋を宛がわれ久々のベッドで眠った。
そうして起きた晡時初刻(15時頃)に話は戻るのである。
と言っても「何がある」と言うわけではない。
やる事が無かったのでいつもは寝る前に行う美女さんの剣術指南を受けていただけだ。
美女殿に中庭で剣術指南を受けていたらいつの間にか人が集まってきた。
姫もどこからか用意された椅子に座り、妖精少女を膝に乗せて見ている。
爺や翁や現領主の他まで警備以外の全員が来てるんじゃないだろうか。
なんかものすごくやりにくい。
「いろいろな人と剣を合わせるのはいい事です」という美女さんの同じく見に来ていた領主息子と手合わせをする事になった。
美女さんの開始の合図でお互いに間合いを詰める。
領主息子さんは見た目とは裏腹に力任せな攻撃を行う事は無く、細かい剣捌きを見せてくる。
しかし一つ一つの剣に重さが無いためにそれほどの脅威ではない為に、剣を捌きつつ隙をうかがう。
こちらの隙を見てぱっと離れた領主息子は納得いかないという感じで何回か剣を振った後に「もう一度お願いする」と剣を構えた。
剣を構えながら様子の変化に今回は間合いを詰めずに様子を見る。
剣を構えていた領主息子がじりじりと間合いを詰める。
と一気に間合いを詰めたかと思うと先ほどより大降りで剣を振ってきた。
受けようとして剣の重さに受けから流しに変える。
急に変えたせいで少し体勢を崩しそうになる所に相手の剣が迫る。
それを流しながら体勢を立て直す。
剣質が変わった事で戸惑ったが3合4合と合わせる内にこちらが本来のスタイルだと気がつく。
このままでは押し負けるのを待つだけだ。
どうにか手を出したいが相手の剣が重く次の一手が出せない。
魔王『気迫を出せ』
答える事も出来ずに剣を弾く僕に魔王が言う
魔王『手が出せないなら気迫を出せ』
どういうことか分からず防戦一方になる。
魔王『手が出なくても相手の急所や隙がある場所に一瞬だけ斬るという気迫を出せ。場所は見なくていい』
どういうことか分からないが言われたとおりにする。
だからなんなのだと言う感じで特に何があるというわけでの無く、防戦一方の僕。
魔王『気概が足りない。手合わせだと思うな。相手を殺す気でいけ』
と言われてもよく分からない。
領主息子の攻撃に後ろに下がりそうになる
魔王『相手をにくい奴だと思え!負けたら妖精少女や姫がひどい目に合わされてしまう相手だと思ってやってみろ!』
捌くのが辛くなりつつある。
魔王『お前がやられたら2人はどうなるかな。普通に殺される程度なら良いが、妖精少女はまた奴隷になって首輪生活かもな』
もしそうなったらと思うと血の気が引く思いがする。
魔王『姫は確実に陵辱されるだろうな。もしかしたら妖精少女もされるかも知れん。妖精族は珍しいからな。歪んだ趣味を持つ奴もいるだろう』
もしそうなったらと思ったら怒りがわき、歪んだ趣味を持つ奴という言葉で怒りが一気に冷める。
―そうなったら殺す
魔王『お前が負けたらそうなるかもな』
―なる前に殺す!
剣が捌き切れずに引きそうになる所と半歩踏み込む。
相手は剣の間合いを乱され半歩下がる。
少し剣が乱れた時を狙って気迫を叩き込む。
場所は逆手の首筋。
下がりながらも剣を振っていた領主息子が一瞬何かに反応しかけつつ剣を繰り出す。
捌きながら別の場所を「斬る!」という気迫を送ると一瞬そこに意識を取られるようで動きが遅れる。
―次はやる!
振り下ろした剣を捌いたときに相手の「剣を持つ手首を斬り落とす!」という気迫を打ち込むと相手が手を引い瞬間に前に出る。
それを察して後ろに引く相手を逃がさないようにさらに前を出て剣を突き出す。
相手がさらに後ろに逃げようとするがこちらの手が早い。
相手の胴に剣先が刺し「そこまで!」
美女さんの声に剣を止める。
そこで相手が妖精少女と姫を狙う変態ではなく領主息子だと思い出す。
僕が剣を胴に突き刺そうとし、領主息子は剣をなぎ払おうと構えている所で止まっていた。
どうやら僕の一手の方が先に届く状態である。
魔王『のめり込み過ぎだがいい気迫だった。怒りではなくアレが出来るようになれ』
剣を引いて収めるとお互いに礼をすると大きくため息をつく。
「さすが美女殿の主だ」と領主息子が握手を求めてくる。
だから美女さんは一体何をいたんだろう。
美女さん「中々の気迫でした。相手に押し負けず前に出たのも良かったです。ただ全ての剣を流すのは良くないですね。何手か受け止めるべき瞬間がありましたが捌くのに必死で見逃してしまってます。ああいう時に受けて押し返すなりして相手の体勢を崩しに掛からないとダメですよ」
美女さんの言葉を聞きながら先ほどの戦いを思い返す。
確かに全て捌くと変化が無く防戦一方になってしまうかもしれない。
でもどこら辺が受ける時だったのかは分からないという事は余裕が足りないという事だろう。
美女さん「全体を通して中々良かったですね」
僕「ありがとうございます」
領主息子「もしよければ私にもお教え願えないだろうか」
その申し出に美女さんは笑顔で首を振る。
美女さん「私は弟子などは取りません」
領主息子「しかし若には教えているでは無いですか?」
美女さん「若は弟子ではなく主です。そして私は若の従者です」
領主息子「どういう事ですか?」
美女さん「従者として若の身の安全を守るのが使命です。ですので若には自分でも身を守れるように私の出来る事をお伝えしてるだけです」
領主息子「弟子ではないと?」
美女さん「違いますね」
領主息子「どうしてもダメですか?」
美女さん「良い悪いじゃなく、弟子を取るような事は無いだけです」
周りにも聞こえるように言っていた美女さんは「だた―」と言う。
「若の相手をして頂けるのは助かります―」と。
美女さん「私達がいる間の話だけですけどね」
その後も旅に付いて来るというのは無しですよ、と美女さんは微笑む。
領主息子はあきらめた風で「よろしくお願いします」と一礼をして下がった。
その後、兵士隊長も「お願いします」と言ってきた。
美女さんの「では時間を区切って仕合ましょう」という一言で手合わせする事が決まった。
兵士隊長は領主息子と同じくらいか少し上の腕前のようで全然反撃の糸口が掴めないまま美女さんの終了の合図を聞いた。
かなり息も上がり疲労もたまっている。
にも拘らずその後も爺と現領主と兵士3人まで相手にさせられた。
5人程相手をして1勝、2敗、2引き分け。
爺に負け現領主は引き分け。
意外と強い現領主。
兵士隊長に「こちらで水が浴びれますよ」と井戸に案内してもらい上着を脱ぎ捨て水を浴びる。
ついでに喉を潤すと冷たい水が気持ちい。
一息ついて空を見ると真っ赤に染まっていた。
―こんな夕日は初めて見た
元の世界ではもちろん、こっちに来てからも夕日をゆっくり見るのは初めてだ。
着たばかりの頃は夜の静けさと星の多さにビックリしたがすぐに飽きてしまった。
「どうしたんですか?」と声を掛けられ振り返ると姫が居た。
僕「空が真っ赤なので見てました」
姫も夕日を見上げる。
僕「燃えるような夕焼けというのはこういう事を言うんですね」
姫「そうですね」
初めての感動に姫が相槌を打つまで声を出していっている事に気がつかなかった。
―恥ずかしい。
「燃えるような夕焼けというのはこういう事を言うんですね」とか一体お前何者!
「燃えるような」とか!
「燃える」が「萌える」だったら「萌えるような夕焼け」ってどんなだよ!
夕焼けに萌えるってレベル高すぎだろ!
魔王『萌えとはなんだ?』
―説明難しいよ
魔王『そなに難しい一言なのか?』
―少なくとも僕には無理だ!
萌えとはなんだろう?とか良く分からない事を考え逃げようとしていた僕に「お疲れ様です」と姫が乾いた布を渡してくれる。
お礼を言って体の水分を拭き取りながら夕焼けを見上げる。
―あれ?これってよく聞く「部活上がりに女の子がタオルを差し出す」という夢の場面じゃない?
魔王『ぶかつあがりとたおるとは何だ?』
状況を理解して舞い上がっている僕は魔王の台詞が聞こえていなかった。
誤字修正
笛を加えた → 笛を咥えた
剣を避けれ → 剣を避け
「何がる」 → 「何がある」
攻撃をお行う → 攻撃を行う
件を振った後 → 剣を振った後
体制 → 体勢 (複数修正)
変わった事へで → 変わった事で
撒けたら → 負けたら
もし追うなったら → もしそうなったら
気迫を畳み込む → 気迫を叩き込む
別の場所を切る!」 → 別の場所を「斬る!」
美女さんの聞きながら → 美女さんの言葉を聞きながら
旅に着いて来る → 旅に付いて来る
一例をして → 一礼して
こっちに着てから → こっちに来てから
着たばかりの事は → 着たばかりの頃は