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過去の精霊  作者: 由城 要
第1部 Marginal man story
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第1章 4


 女は探していた。自分よりも強い力を持つ者を。馬鹿馬鹿しい旅に見えるかもしれない。それでも、それは彼女にとって必要なものだった。

 自分より強い者の存在によって、抱えてきた荷を下ろすことが出来る。





  - 喧嘩と勝負 -





 派手な音をたてて、テーブルごと人が倒れ込む。ギャアギャアと外野が騒ぎ立て、2人の人間がもみ合っている。酒のせいで頬に朱の入った男達は、呪いの言葉を呂律の回らない口で叫んだ。また椅子が倒れる音がする。

 日常茶飯事の喧嘩を横目に、酒場の端のテーブルを囲んでいた俺たちはもくもくと食事をしていた。いつもより少し遅い時間の夕食だ。


「……それにしてもうるせぇな」


 俺は先ほどから続く喧嘩を見ながらそう呟いた。さっきから店の被害が増大している。店員が頭を抱えているのを横目に、俺はため息をついた。

 食事くらい静かに取らせてほしいもんだ。久々に携帯食料から解放されたとたんにこれか。


「フレイさんもようやく喧嘩を買うことの愚かさに気づきましたか」


 ふと右隣から毒を吐かれた。俺は音を立ててテーブルに肘をつくと、隣に座る女を睨みつける。今の言葉には一言物申したいところだ。俺は喧嘩を売られたら買う主義だが、ああやって酒の勢いで殴り合いはしねぇぞ。そう、心の中で反論した。


「……このバケモノ女……」


 隣に座るこの女は、名をサーシャ・レヴィアスという。金色というより光の色に近い金髪と、碧眼が目立つ。

 容姿端麗、博学多識、見る分には金を払ってやってもいいくらいの麗人だが、中身は天上天下唯我独尊を地でいく毒舌者。しかも、文句の無い外見とは裏腹に、不老不死ルミナリィとかいう特殊な力を持っていて、普通の人間じゃ考えられない治癒能力の持ち主だ。

 俺は心の反論を胸に押しとどめた。この女には何を言っても勝てない。ここ数年、旅を共にしているが、一度も言い負かせたことがない。

 ふと、俺たちの会話を横目に、男達の喧嘩を見ていたヤツが言う。


「……うわぁ……い、痛そう……」


 俺の真向かいに座ったそいつは、椅子に座ったまま振り返る形で喧嘩を見ていた。時折響く怒声や衝突音に身を竦ませ、怖いものを見るかのように、椅子の背中から様子を見つめている。

 俺は八つ当たりも込めてそいつの耳を引っ張りあげた。


「お前はいつまでビクビクやってんだっ」

「あ、い、いたたたっ」


 茶色に童顔な顔つきをしたこの男は、クリフ・パレスン。臆病者でさほど使い物にならない、『自称』剣士だ。俺はそう呼んでる。もとはルクスブルムの傭兵学校を首席で卒業するほどの剣の使い手だったらしいが、気が弱いせいで全く使い物にならず、今は利き手も失ったせいで、剣士と呼べるかどうかも微妙な所だ。

 得物はレイテルパラッシュとかいう剣だが、これも最初は全く鞘から抜かず、俺は右手で数えるくらいしかその刀身を見た事が無い。


「お二人とも、止めていただけませんか。こっちも喧嘩かと思われます」


 隻腕のクリフがバタバタと抵抗するのを見つめながら、サーシャが呆れたようにそう言った。野次馬達の何人かがこちらの騒ぎに気づいて振り返っている。俺は苛立ったため息を吐くと、クリフを離した。

 俺は椅子に座り直すと、そろそろ決着がつきそうな喧嘩を見つめながら言う。


「……んで、あれは何が原因でああなったんだ?」

「え、ええと……なんだか、『この酒場の中で一番強いのはどっちだ』とか、言ってましたけど……」


 クリフが耳をさすりながら答える。くだらねぇ喧嘩に、俺は呆れて笑った。この酒場で一番強いのは誰か、だって?んなの、この俺の隣に座ってるバケモンに決まってるじゃねぇか。最強最悪のバケモノ女だ、そこらの男にかなうわけがねぇな。

 そう言って隣を見ると、サーシャは涼しい顔をして酒を飲んでいた。どうやら反論する気はないらしい。


「……へぇ、それは面白い」


 ふと、騒ぎとは別にどこからかそんな声が聞こえた。クリフが声を追って、壁際に視線を向ける。すると俺たちの座るテーブルの隣で、足を組んで座りながらこちらを見る女の姿があった。

 黒い肌に、短い髪。毛先は僅かに内側と外側にはねている。クリッとした瞳が俺たち3人をくるりと見回し、そして俺に視線を止めた。


「そこのあんちゃん、名前はなんて?」

「ハァ?……あー……フレイ。フレイ・リーシェンだ」


 名前を名乗るのは嫌いだ。あのクソジジイ……天才魔術師とか呼ばれたファーレンの孫だってバレる。

 しかし相手は俺の名前は気にせず、ニヤリと笑って席を立った。


「そうかい、フレイ、ね。……それで、誰がこの酒場一の、最強最悪のバケモノ女なんだって?」


 こちらが気圧されるくらいの、存在感のある女だった。ふと喧嘩を遠巻きに見ていた奴らの視線が集まる。俺はチラ、と隣のサーシャを見る。しかし本人は我関せずといった顔で酒をあおっていた。

 俺の視線を追っていったのか、それともこのテーブルに女は一人だけだからか……話しかけてきた女はゆっくりとサーシャに歩み寄り、その肩に手を置いた。


「……」

「……さ、サーシャさん……」


 突然の展開におどおどとクリフがサーシャを見る。サーシャは目の前のパンを千切って口に入れ、今度は水で押し流した。どうやら徹底的に無視だとを決め込んだらしい。

 女の外見は30後半といったところだった。肩を掴んだままサーシャの顔を覗き込む。サーシャは見えていないといった表情でパンを口に放り込んだ。


「んー、どうやら喧嘩を買う気がないようだね」


 困った、という顔で笑いながら、女は後ろ手で壁に立てかけていた何かを手に取った。俺は死角で見えなかったが、反対側にいたクリフがギョッとした表情を浮かべる。そして突然振り下ろされたそれに、俺と、グラスを握ったクリフが飛び退ったのがほぼ同時だった。


「!」


 激しい音に、店内の全員の視線がこちらへ向けられた。もう決着がつきかけていた喧嘩野郎の手も止まっている。


「……」


 ただサーシャだけが静寂を保ったまま、パンを齧っていた。その手元にあったテーブルは、真っ二つに両断されている。

 女はサーシャの真横に振り下ろした柄の長い鉾槍を持ち上げた。そしてもう一度笑ってサーシャの顔を覗き込む。肌の色といい、服装といい、その武器といい……この女、近くのネオ・オリの部族の人間じゃねぇのか?

 サーシャはやっと相手の顔を見ると、深い深いため息をついた。


「ちょいと手合わせしておくれよ、お嬢さん」

「……貴女はメティスカの人間ですか。まさか義と信仰を重んじる部族の人間に喧嘩を売られるとは、思っても見ませんでしたが」


 サーシャはそう言うと、固まっているクリフの手からグラスを手に取ると、中の水を飲み干した。そして立ち上がる。


「……やるなら外にしてもらえませんか?」


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