第2章 3
顔を隠すように布を被って、私はバルハラの足を見て歩く。ちょっと危ないけど、最近は随分慣れちゃった。これは私がディルクの格好をして、城内に忍び込むための作戦だ。
バルハラが警備兵に名乗って、中に通される。私はその後ろをついて行くだけ。今回も、上手くいきそう。
- 外の世界-
「ちょっと待った」
背後で聞き覚えのある声がした。ギク、と私は足を止める。ディルクの格好してるから、私は警備兵を誤摩化せない。視界に僅かに見えるバルハラの足が振り返る。
お願い、バルハラ。なんとか誤摩化して!
「あ。魔術師のお兄ちゃん」
……げ。聞き覚えのある憎たらしい声が聞こえてくる。ガサガサと何かを差し出す音。もしかして、アルバさんの証明?
「悪ぃな、俺もちょっと野暮用で。……さて、行こうか、ディルク?」
ガシッと頭を掴まれた。魔術師サマ、絶対分かってやってる。本当にサイッテー。でも、警備兵には言わないでくれたみたい。バルハラの足が歩き出す。とりあえず、クリア。
人目につかない通路を選んで、バルハラが足を止めて肩を叩いてくれた。
「メイちゃん、もう大丈夫だよ」
暑かった。そう呟いて布を取ると、隣にいた魔術師サマがニヤリと笑う。
「ガキ同士でコソコソやってんなと思ったら、こうゆうことか。逢い引きってのは男が行くもんだぞ」
「魔術師サマ、最低。逢い引きじゃなくて、これもお仕事だもん」
本当にこれがサーシャお姉ちゃんと一緒旅してなかったら一発殴ってやるところなのに。私はため息をついてバルハラを見た。黒く焼けた肌でニコニコしながら、バルハラが言う。
「普段はあんまりやらないんだー。陛下からどうしてもって依頼があるときだけ……」
うわわっ。私はあわててバルハラの口を塞いだ。魔術師サマはあんまり興味なさそうな顔で私達を見下ろす。
「重要な案件だけ直々に交渉するわけだろ?ディルクから聞いた」
もう……なんでバルハラといい、ディルクといい、簡単に口を滑らせちゃうの。メティスカの未来を背負う戦士が口が軽いなんて、サマにならないよ。
階段を上りながら、私は魔術師サマに視線を向ける。この間の依頼の件なら、まだ重要そうな情報は掴めてない。でも、わざわざ追いかけてくるってことは、何かしらの理由があるんだと思う。
「それで、魔術師サマはどうして来たの?」
私が問いかけると、魔術師サマは肩を竦ませてため息をついた。
「ヤボ用だ」
☆
王子から国王陛下っていう肩書きに変わるのは、凄いことらしい。今までフェオールが使っていた部屋が2倍くらいの大きさになった。ベッドも大人3人くらい寝れそうなくらいの広さ。ソファもふかふかで、常に部屋の前には警備がついてる。……勿論、今は人払いしてあるけど。
一応ディルクとバルハラはフェオールの友人ってことになっている。だから、私室に通してもらえる。魔術師サマは二人の保護者代わりってことにしてもらった。
「遠いところをすまない。……ところで、何故その魔術師がいる?」
魔術師サマは入り口の扉の横で、壁に背をもたれて立っている。フェオールは私とバルハラをソファに座らせると、魔術師サマを見て首を傾げた。バルハラはさっき召使いから貰ってきたお茶を入れながら、きょとんとした顔でフェオールを見る。
「あれ、陛下、叔父上かフリッツ様から聞いてない?」
「……テレジアから婚儀の件は聞いたが」
「それそれー。あのお姉ちゃんと、魔術師のお兄ちゃんと、剣士のお兄ちゃんと、キザな魔術師のお兄ちゃんが屋敷に泊まってるの」
陽気なバルハラにフェオールは額を押さえた。部族用の屋敷だから、あまり外の人間に貸し出すわけにはいかないんだろう。それにしても、キザな魔術師のお兄ちゃんって……アイルークさんだよね。確かに、あの台詞の数々はキザっていうのか、女たらしというのか……。今思い出しても、こっちが恥ずかしくなっちゃう。子猫ちゃん、とか特に。
フェオールはふと私の顔を見ると、首を傾げた。
「?……メイ、顔が赤いようだが」
「えっ!?ち、違うよ!そんなんじゃないからね!!」
わーっ、何がそんなんじゃないの私!言ってる意味が自分でもよく分からないよ!
隣でバルハラがけたけた笑ってる。フェオールは首を傾げて、顔を顰めた。ああもう、なかなか話が進まないよ。
そんなことをしていると、背後で魔術師サマが咳払いする。ふとフェオールが顔をあげた。
「お楽しみ中、悪ぃんだが……ちっとバルハラ、席を外してくれるか?」
魔術師サマの言葉に、ふとバルハラの表情が変わる。僅かに目つきが鋭くなった。単に会話から外されるからじゃなくて、多分この場に部外者だけに出来ないから。微かにピリッとした空気がたちこめる。
睨み合うバルハラと魔術師サマ。私が慌てて仲裁しようとしたとき、フェオールが口を開いた。
「ああ。分かった。……バルハラ、下で待っていろ」
「え?でも、陛下……!」
バルハラの言葉を、フェオールが黙殺する。バルハラは納得いかない表情で、部屋を出ていった。勿論、出ていく前に魔術師サマを睨みつけて。
一人が席を外しても緊張した空気は変わらない。フェオールは一度ソファに腰を下ろして、私と魔術師サマを見る。
「……その魔術師が一緒ならば話が早い」
「ええっと……どうゆうこと?」
私は首を傾げた。依頼は出来れば外に漏らしたくないものだと思うけど、魔術師サマも一緒でいいってどうゆうことだろう。
フェオールは静かに告げた。
「ある魔術師の少女を……探してもらいたい」
☆
本当に当たりを引いたな。俺はそう思いながらひょろ長く成長した国王陛下を見ていた。フェオールはテーブルを挟んで向かいに座ったメイを見る。メイは一つ一つの事情を聞き終えると、チラと俺を振り返った。納得したような顔をしている。
「……ええとね、フェオール」
メイがこちらの事情を説明する。それを聞きながら俺は、朝にディルクを取っ捕まえた時のことを思い出していた。
『国王陛下直々の依頼、ですか……気になりますね』
『何が?』
問いかける俺に、サーシャは何かを考えるように床を見つめていた。この女の勘はよく当たる。サーシャの場合、この殺伐とした時代を生きていけるのは9割が不老不死の力で、残る1割は勘だろう。
『二人についていってもらえますか、フレイさん』
今回もそう言い出したのはサーシャだった。
『ハァ?なんでんなこと……』
アラセリの件がまさか本当に話題に上がるとは思っていなかった。それでもサーシャ曰く、彼女が国内で怪我人を出した件は少なくとも国王陛下の耳に入っているだろう、と。そしてもう一つ。
『ジオ・レイラインの件で、忠告をしておいたほうがいいのでは?少なくとも、以前私達は国王陛下に助けられたわけですから』
『あー……まぁ、それは間違ってねぇな』
地図上でジオ・レイラインの上にこの国は存在する。そしてアイルークの言う天秤の話を考えると、文明が発達しつつあるこの国は天秤のバランスを崩しかねない。勿論、すぐに起きるとかいう話じゃねぇんだけどな。
フェオールがこちらを見る。俺は壁に背中を預けたまま、声を投げた。
「……一つ確認したいんだが」
フェオールはどうやらアラセリに会っていたらしい。詳しい話は曖昧にされたが、城下で会い、そして数日前には屋上庭園に現れた。魔術師の俺にとっても妙な話だ。
アラセリは何かを探している。大事なものらしい。だが、それが此処にはない方がいいと思っている。
「そのアラセリは、ガキだったんだな?」
「……ああ。歳はバルハラと同じか、少し上くらいだろう」
ガキにそう言われるってことは、どうやら間違いはないらしい。俺たちが追ってるアラセリがガキだってことは確定か。フェオールから聞いた言葉が本当なら、アラセリはこの都を離れたらしい。
ちっ。少し面倒なことになりそうだ。メイが俺の顔色を見ながら説明する。
「えっとね、フェオール……そのアラセリって人、どんな感じだった?」
「どんな……そうだな、大人しい。大人しいが……」
フェオールがふとテーブルの上のティーカップに視線を向ける。そこに映る自分の顔を見つめながら、静かに口を開いた。
「時折全てを分かっているような、そんな言葉を口にする。……上手く言えないが」
全てを分かっているような言葉。俺はふと昔のことを思い出した。昔から変なやつで、ポツポツとしか喋らないチビだったことは覚えている。魔術師らしくないって部分では俺と同じなんだろう。
情報はこんなとこか。俺は壁から体を離した。フェオールが僅かに腰を浮かせる。
「私も一ついいか」
振り返ると、榛色の髪から覗いた瞳がこちらを見つめていた。強い目だ。
「お前達は彼女を捕まえてどうするつもりだ」
「……。ウチのオフクロが安否を心配してるんでな。とりあえず里に送る。主人の所に戻るかどうかは強要しないつもりだ」
そこら辺はアイルークが勝手に決めた。まぁ、俺も嫌がってるところを送り返すようなサドではないからな。その考えに異論はねぇ。
フェオールは俺の答えを聞くと僅かに視線が緩めた。俺は心の中で息を吐いく。数年前にも同じ目をしていた。……それが女一人にその眼差し、か。
「ちなみに、お前はどうすんだ」
アラセリが消失の起った場所に現れるのはほぼ間違いない。消失はアラセリが生まれるより前から起っている現象だ。まさかあいつが原因とは思えないが、何かしら関係していることは間違いない。
フェオールの目の色が曇った。この国王サマはそう馬鹿な奴じゃない。メイが慌てたように口を挟む。
「ちょっ……魔術師サマ……」
「アラセリが此処に現れた。つまりそれはそうゆうことだ。……分かってんだろ、『国王陛下』?」
この付近で消失の噂は聞かない。そこにあいつが現れる。勿論だだっ広いこの領地で、どこが消失するのか分かるはずもない。
ごく一部か……それとも全体か。いや、国という単位で考えるのもおかしいのかもしれない。
「……」
俯くフェオールに、俺はため息をついてみせた。見てくれは随分成長したが、中身はまだ青臭さの残るガキだ。割り切りってもんがまだ出来てないらしいな。
「さっさと自覚しろ。……お前の立場を忘れんな」
「魔術師サマ!それはさすがに言い過ぎ……っ」
耐えられなくなったメイがそう言って立ち上がった時。外から人の足音が聞こえてきた。




