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過去の精霊  作者: 由城 要
第1部 Marginal man story
13/55

第2章 4


 女としての幸せ、という言葉を昔聞いたことがある。差別だと言うつもりはない。そんな幸せが、少なくともこの世界の半数以上を占めている。

 勿論私には関係のないことですが。意見を言えというなら、一言だけ言いましょうか。貴方は貴方の幸せに名前をつけたいのですか?実に下らないことですね。





  - ある女の半生 -





 ジャンに了解を得て借りた部屋は、客室だけあって豪華なもんだった。宿と同じ家具が揃えられたうえに、幾つかの皿やティーカップもついている。窓の外から見える景色は、ガキ共が訓練をしていた正面の庭。宿よりはマシな景色に、俺は鼻を鳴らした。

 その日の夜は、安眠とはいかなかったがある程度寝る事が出来た。いつあの少年王の気が変わって襲われるかもしれねぇから、寝られただけまだマシだ。

 しかし、その日の目覚めは最悪だった。


「相棒!相棒いるね!?」


 早朝からデカイ怒鳴り声に起こされた。聞き覚えのある訛りのイントネーションに、俺はまだ寝ぼけた顔で体を起こす。ああクソ、会いたくねぇ奴らが集まってきやがる。

 適当に顔を洗って服を着替え、ローブを羽織って部屋を出る。丁度隣の部屋のドアが開いた。クリフが寝癖のついた髪を撫でながら出てくる。


「ふぁあ……あ、フレイさん。おはようございます……」

「ああ。お前、いつ帰ったんだ?」


 あの三大戦士のもう一人、フリッツに会いに行きたいと言って別れたのは大通りでのことだった。クリフは目を擦りながら言う。


「丁度フレイさん達が部屋に戻った後です。街を歩いてきたら遅くなっちゃったんですけど、アルバさんが待っててくれたみたいで……」


 お前、それは違うと思うぞ。アイツは単にもう少し酒を飲みたくて、俺たちやジャンが部屋に戻った後も飲んでただけだ。部屋に戻る少し前に、ガキのもう一人が酒を買いに再度使いっ走りさせられてたのを俺は見た。

 いや、兎に角それより今は、訪問者の方が先だ。サーシャと頗る相性の悪いあの女が顔を合わせる前に、事情を説明した方がいい。


「サーシャは?」

「……まだ部屋から出てきてないみたいですけど……」


 俺は頷くと、まだ眠気の抜けていないクリフを引っ張るようにして階段を下った。

 玄関まで行くと、やはり先に出てきたジャンとアルバの姿がある。ガキ共はまだ寝ているらしい。階段を下りてきた俺たちに、訪問者は目を丸くした。


「だから、オジジたちの条件が……て、あれ?兄さん達、どうしたね?」

「え、あ、お、お久しぶりです……あははは」


 クリフが笑って誤摩化そうとする。俺は拳骨一発食らわせて、入り口に突っ立ったままのテレジアに事情を説明しようとした。先に説明しておけば、これから起る大火事も火事程度で済むかもしれない。


「マジユツシの兄さんもお久しぶりね」


 ヒラヒラと手を振るテレジア。


「あ、ああ、久しぶり……じゃなくて、俺たちはな、その、そこのアルバに連れてこられ……」

「……何事ですか」


 俺たちの背後から気怠い声が聞こえてきた。俺とクリフの表情が一瞬にして固まる。俺たちを見て、僅かに表情を緩めていたテレジアの顔色が一瞬にして変わった。

 ……大火事は避けられなかったか。


「あぁーっ!!お前なんで此処にいるのん!!」


 テレジアの声を聞きながら、俺は気が遠くなるような感覚を味わった。









 天敵を見つけたテレジアをクリフとジャンがなだめ、落ち着かせる。俺はサーシャが下手なことを言わないように、テーブルから離れたソファに座らせた。

 アルバは足を組んで椅子に座ると、今だサーシャを睨んでいるテレジアに言う。


「ふぅん……まぁ、お嬢さんとの話は大体分かったよ。それで、ここに来るってことは何かあったんだろ?」


 テレジアはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、大きく息を吐いた。視線をアルバに戻して、事のあらましを話し始める。


「姐さん……ウチのオジジが結婚結婚うるさいのん」

「け……結婚?」


 テーブルの付近でガキ共が持ってきた茶を受け取ったクリフが、不思議そうな顔をした。しかしアルバは驚く様子もなく苦笑してみせる。


「なんだ、その話か。昔からじゃないか」

「……そう、昔からそうのん。けど、今回は話少し違う」


 ふと声色が暗くなる。ふと、ソファで茶を飲んでいたサーシャが顔をあげた。テレジアは話を続ける。


「婚姻の儀を結べば、族長として正式に継承を行う言われたのん」


 なんだ、お前まだ族長じゃなかったのか。そう呟いた俺の声は他の奴らに黙殺された。俺の分の茶を持ってきたクリフがこそこそと小声で説明する。どうやらジャンとフリッツは族長として認められているが、テレジアはまだ『一族の代表者』という立場らしい。

 これもまた驚いた様子のないアルバ。冷静に茶をすすると、肘をついたまま茶菓子を齧った。


「そりゃルヴァは子供が少ないから仕方ないね。それで、アンタと婚姻の儀を行うって猛者は誰だい?」


 アルバの反応が不満なのか、それとも怒りをこらえているだけなのか、テレジアは握った拳を震わせながら顔をあげた。


「それが、あのライムントね!勝てるわけがないのん!!」


 アルバとジャンの表情が僅かに変わった。


「ライムントというと、アイツかい?昔ジャンと手合わせして引き分けた……」

「……十年以上前の話だ」


 ジャンは姉の視線にそう言って返した。重い空気が辺りに満ちている。ちょっと待て、お前ら。話が随分変わってきてるぞ。結婚の話がどうして勝つとか負けるとかいう話になるんだ。

 どうやらクリフもサーシャも俺と同じことを思ったらしい。クリフがおずおずと片手をあげた。


「あ、あの……それ、結婚の話、ですよね……?」


 クリフの疑問に、アルバがふと俺たちの存在を思い出したかのように笑ってみせた。


「ああ。ルヴァは昔から男尊女卑の一族でね、今はまだマシになってきたんだが、昔の風習が未だに残っているんだよ」

「昔の風習、ですか?」


 アルバはうんうん、と頷く。


「今回の話がそうさ。旦那は妻より上だと示すために、爺さん達が決めた男女で手合わせをする。男が勝てば円満に結婚さ」

「円満か、それ……」


 俺の言葉にアルバが肩を竦めてみせる。少なくとも、それが円満だと世界中の人間に問いかければ9割が否定するだろう。それでもテレジアの一族のような文化を持った人間達の中では、それが円満という形に収まってしまう。

 ふと、そこまで黙っていたサーシャが大きく息を吐いた。アルバに視線を向け、気怠げな目で言う。


「……万が一、女が勝った場合は?」

「その場合、婚約はなかったことになる。唯一、女に残された逃げ道ってやつだ。まぁ、逃げられる人間なんてそうそういないんだけどね」


 俺はテレジアを見る。ジャンと引き分けた過去を持つ野郎ってことは、相当腕が立つんだろう。つまり、テレジアに結婚から逃れる道はない、と。そうゆうことか。

 テレジアは恨めしそうな目でジャンを見る。


「あのオジジ共が相手決める前に手を打ちたかたのに……相棒もフウもまともに聞いてくれないね……」


 幽霊も裸足で逃げ出しそうな目を受けて、ジャンは視線を逸らした。アルバは苦笑を浮かべて茶菓子を口の中に放り込む。


「そりゃそうだ。メティスカとルヴァとゲイツは相互不干渉を決めてる。族長の結婚問題に口挟んだとなれば、昔の部族抗争が繰り返されちまうよ」


 アルバは茶を飲み干すと、ふぅ、と息を吐いてテレジアを見た。疲れた顔をしているテレジアを見て、肩を竦めると、今度はソファに腰掛けている俺たちを見た。

 アルバは席を立つと、テレジアを見下ろす。全くもって、真っすぐな目が印象的な女だ。


「……いいじゃないか。ライムントだって男としては悪くないよ」

「分かてるのん。アタシが一族代表じゃなければ、少し考える相手ね。ただ……」


 テレジアの瞳がアルバを見上げる。


「ルヴァは子供が少ないのん。アタシが折れても、同じ問題はいつかまた出てくるはずね。……壁が現れる度に避けて通るのは簡単、でもいつか一族が潰れてく」


 ジャンの後ろで、バルハラとディルクがじっとテレジアを見ている。ガキも話の内容はなんとなく分かるらしい。

 テレジアはカップを置いた。


「アタシはいつか壊れるものを守ってきたつもりはないね」

「……そうかい」


 アルバはそう言うと、ニッと笑ってみせた。部屋の真ん中まで歩いてくると、大きく伸びをしてみせる。息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。そしてゆっくりと前を見た。

 女の声はよく通る。


「なら、一発ジジイ共にガツンとやってやろうかね」

「えっ、で、でも……」


 一族は相互不干渉ですよね、とクリフが言う。アルバは頷くと、俺たちを見渡した。


「テレジア。金をこれだけ用意してくれないかい?」


 アルバは手で数字を示してみせた。結構な額に見えるが、金で相手を説得でもすんのか。テレジアも同じ事を思ったらしく、首を傾げながらアルバを見る。


「いいけど……それでどうやって婚儀ぶち壊すのん?」

「ぶち壊すのはアタシでもアンタでもないさ。無理な条件出されたんだ、こっちだって無理難題押し付けてやるのが道理だよ。婚儀の対戦相手はアンタがやるとは一言も言ってないんだろう?」

「え」


 テレジアの一言は、おそらく俺たちの言葉を代弁していた。ジャンやテレジアはおろか、後ろのガキ共も目を丸くしている。

 俺とクリフも顔を見合わせて首を傾げていた。サーシャだけは何かを悟ったように茶を飲み干し、そそくさと部屋を出ていこうとする。しかし、アルバの牽制は早かった。


「この額でどうだい、お嬢さん?」

「……私は『お嬢さん』という名前ではありませんが」


 サーシャは深い深いため息をつくと、アルバを振り返った。やつは破顔する。


「金はしっかり払うし、それまでここを自由にしていい。他の二人も同様に、ね。……どうだい、サーシャ」


 サーシャが額を抑えた時、やっとその他大勢の思考が二人に追いついた。おい、ちょっと待て。それってまさか、テレジアの代わりにサーシャを出すってことか!?

 先に声を上げたのはテレジアだ。


「ちょっ……姐さん!な、なんでアタシの婚儀にそいつが代わりをするね!」

「まぁ、代わりは別に誰でもいいのさ。女であればね。アタシはこのお嬢さん以外にライムントに勝てそうな女を知らない。……それに婚儀は槍術で行わなければいけない決まりだ。アンタ、子供ん時以来、槍なんて触ってないだろう?」


 ぐっ、と言葉に詰まるテレジア。おい、負けるな。お前がこいつの意見に屈したら、サーシャが代わりに戦うことになるんだぞ。

 サーシャを見ると、どうやら逃げられないと悟ったのか、指で報酬の値を数え始めていた。お前の往生際の良さには本当に感心するぞ。本当にな。

 アルバは反対意見がないのを確認すると、サーシャを見た。


「じゃあ、お願い出来るかい?お嬢さん」

「……もう一声、報酬に色をつけていただけるなら善処しましょう」


 女は恐ろしいもんだ。俺はクリフと顔を見合わせながら、そんなことを思った。


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