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過去の精霊  作者: 由城 要
第1部 Marginal man story
12/55

第2章 3


 あの日を忘れたかと言われれば、そうじゃないと僕は答える。思えばあれが全ての始まりで、全ての終わりでもあった。あの日目にしたものを僕は今でも鮮明に思い出せる。

 緑に覆われた大地、そこにあったものが全て夢だったかのような、あの場所を。





  - 真逆の世界 -





 街に出て、僕は先生のオススメだという喫茶店に入った。昼を少し過ぎた時間だったからテーブルは空いていて、僕らは壁際の席に腰を下ろす。

 適当に注文を済ませると、改めて先生は笑った。少しだけ苦笑も混じっていた。


「……他の二人も一緒かな?」

「あ、はい。二人とも……相変わらずです」


 僕も苦笑を浮かべる。やはりアルバさんに招待されたとはいえ、ネオ・オリを訪れるのには気が引けた。僕はフリッツ先生と知り合いだったからまだ良いけれど、サーシャさんとフレイさんからすれば、元敵同士の間柄。……いや、サーシャさんはあまり気にしてなかったかもしれないけど。

 フリッツ先生は店員が持ってきた水のグラスを受け取りながら笑う。


「預言書の話は噂に聞いてるよ。……誰がそうしたのかは、聞いていないけどね」


 過去の預言書を燃やした後、僕らは情報屋のセルマさんを通じて噂を流した。預言書の存在はもうこの世にないことを。

 それはフレイさんが提案したことだった。アンブロシアの里には、預言書が持ち出された後も冒険者やハンターがその行方を尋ねてきていたというし、お母さんのエメリナさんを守るためだったのかもしれない。


「あ、あははは……」

「まぁ、キミ達が今ここにいるのが何よりの証拠だね」


 先生の言葉に僕は苦笑する。流石にそうです、なんて言えない。かなりの年月が過ぎた今でも、あの力を望んでいる人はいるはずだし……下手に逆恨みされるわけにもいかないから。

 でも、と僕は顔をあげた。


「でも、フェオール王子……じゃなかった、国王様は、怒って……ますよね?」


 過去の預言書の3冊目をサーシャさんに譲ったのは誰でもない。この国の国王陛下だった。あの時二人の間で交わされた言葉の意味は未だに分からないんだけど、燃やしたなんて知ったら憤慨されるかもしれない。なんて、此処に来るまでに何度かそう思った。

 しかし、先生は声を上げて笑うと、僕を見て言う。


「大丈夫。むしろ心配していたくらいだよ。『本当に一片の欠片も残さずに燃やしたのだろうな?』ってね」

「良かったぁ……」


 僕は安堵して、肩を下ろした。


「預言書が燃やされた件に関して、陛下は驚かなかったよ。むしろ彼女がそうするのが分かっていたようだった」


 少し勿体ない気もするけどね、と先生はグラスに口をつけてそう言った。確かに、僕もあの預言書を燃やしながら、そう思った。これがあれば知らない過去も知ることが出来る。たとえば……そう、理由も知らないまま消え去った思い出のこととか。

 しばらくして食事が運ばれてきた。僕らは他愛ない会話を繰り返しながら、食事を楽しんだ。旅の話や、ルクスブルムにいた頃の話、最近のネオ・オリのこと、アルバさんの話。

 食事が終わって、食後のお茶が運ばれてきた。甘い香りの花びらが入っていて、口をつけると仄かな花の香りがする。


「……へぇ、船に乗るためにそんな場所まで?」

「はい。結局色々あって、船には乗れなかったんですけど……」


 ふと、何かを思い出したようにフリッツ先生が顔をあげる。ティーカップがカチャリと音を立てた。


「……それは、乗らなくて正解だったかもしれないね」


 え、と僕は首を傾げる。船に乗れなかったあの一件は、一言で言ってしまえば金銭的な事情だった。アクロスやルクスブルムとは逆方向にある、大きな大陸。生活水準はこの辺りより低いらしいけれど、聞けば緑の多い、自然の残る場所らしい。


「どうかしたんですか?」

「ああ……おそらくキミ達が船を諦めてから半年後。……一つの街が消えたんだ」


 心臓が大きく音をたてた。じわりと胸の内から何かが溢れてきて、次の言葉を紡げなくなる。先生は僕の反応を確認すると、ティーカップを両手で支えながら、僅かに声を潜める。


「僕もそちらの大陸には詳しくないし、ネオ・オリも親交を持っていない。詳しいことは知らないけれど、大きめの街が一つ……夜が明けると消えていたらしい」


 お茶を口に含んでも、すぐに舌の上が乾いていくのを感じた。喉の奥が張り付くようで、息がしずらい。


「あ、あの……生存者は……?」


 先生は黙って首を横に振った。

 僕はいつの間にかカップを持っていた左手が小刻みに揺れていることに気づく。水面が天井を映すけれど、波紋が広がって歪んでいく。

 預言書を焼き払った後も、時折耳にしてきた。それでも、グロックワースのような大きな街ではなく、集落や畑といった、比較的小さな規模の話だった。


「原因は……まだ、分からないんですよね」


 声が震える。脳裏に、胸の奥にしまっていた過去が蘇ってくる。

 そこにあるはずだった故郷。全てが風化し、すでに雑草が大地を覆いつくし……そこに人がいた形跡すら、傍目には見えなくなってしまっている。それでも僅かに残る、家族がいた形跡。

 草原へと変わり果てた……僕の故郷。


「そうだね。原因が分からないからこそ、いつこの国も同じことになるか分からない。……すまない、思い出したくないことを思い出させてしまったようだね」


 先生の言葉に、僕は首を横に振った。


「い、いいんです。……逃げてばかりでは、いけないから……」


 フリッツ先生の目が、僕を見る。僕はその目を見返した。昔の僕なら、顔をあげることも出来なかったかもしれない。

 でも……ああ、本当だ。僕も少しずつ変わっているのかもしれない。

 先生は僕の目を見て、安堵したように笑った。ティーカップを置くと、席を立つ。


「キミは本当に僕の想像以上に成長する。……鳥籠の鳥より、一度落ち方を覚えて巣立っていった小鳥の方が、高く飛べるのかもしれないね……」


 キミはもう少しゆっくりしていくといい。小さくそう呟いて、先生は店員にお金を手渡した。僕は先生の背中を目で追いながら、手元のティーカップに視線を落とす。

 温かかったはずのカップがいつの間にか冷めて、水面には覗き込む僕の顔が映っていた。









 屋敷の中に通された俺たちは、客室へと通された。部族のお偉い方を招く場所だけあって、想像以上の広さだ。屋敷の規模はクソジジイの屋敷よりも一回り下だが、一つ一つの部屋のデカさはこちらが上かもしれない。さすがは太陽の国だな、と俺は皮肉も込めてそう呟く。

 ジャンの野郎は俺達を中に招き入れるのにはあまり良い顔をしていなかった。しかし、この姉貴の言葉には敵わないらしい。トントン拍子で話が進められ、俺たちは3つの部屋を借りることになった。まぁ、サーシャとしては宿代が浮いてさぞご満悦なことだろう。

 一度アルバに言ってやりたい。勝負しろと言われて喧嘩を受けたが、この女は実は不老不死で、勝負程度ではこいつを負かすことは出来ないってことを。


「えぇっ、すげぇ、兄ちゃん魔術師なの!?」

「しかもあのファーレン様の孫とか……凄い!サイン欲しいねっ、ディルク」


 そして俺は何故か、アルバのガキ共にまとわりつかれていた。ソファに座る俺の両隣を陣取ったガキ共が、あれして、これして、とローブを引っ張ってくる。

 恨めしい気持ちを込めてテーブルの椅子に座っているサーシャを見やる。テーブルにはジャンとアルバが座っていた。面倒事に巻き込まれないようにソファに逃げてきたってのに、面倒なのはガキも一緒かよ。

 バルハラとかいう、アルバにそっくりで髪が僅かに癖毛をしてる方が、適当な紙とペンを持ってくる。サインしろとかいう馬鹿共に、俺はバーカとだけ書いて返した。


「……と、まぁ、そういうわけさ。いや、このお嬢さんはなかなかに強い。見上げたもんだよ」


 テーブルではそんな会話が続いていた。アルバがサーシャに喧嘩を売った件を聞いてから、ジャンの眉間の皺が一つ増えていることに気づいてるんだろうか。

 アルバは酒も入って上機嫌のようだった。まだ夕方だが、酒を飲むと言い出し、さっきガキの片方を使いっ走りに出した。おかげで今俺も酒を飲めているわけだが。


「聞けば体術も剣術も使えるというじゃないか。どこで習ったんだい?」

「……母からです」

「そいつは更に素晴らしい。お嬢さんの母ちゃんとも手合わせしてみたいもんだ」

「止めたほうがいいでしょう。母は喧嘩を買わない主義ですから」


 サーシャも酒を飲んではいるが、相変わらずの返答をしている。さっさとカタリナが死んでることを言わねぇと、その女、本気で探しかねねぇぞ。

 それで、とジャンがやっと重い口を開いた。


「……気は済んだか?」

「ん?ああ、そうだねぇ……母国の目の前にこんなお嬢さんが現れたとなると、世の中もっと強い人間がいるんじゃないかと思うし……」


 ニヤニヤと弟を見る姉貴。ジャンは更に眉間の皺を一つ増やした。サーシャは深くため息をついて酒を煽る。

 しかし、アルバは戯れ言をそこまでで止めたようだった。苦笑を浮かべて弟の肩を叩くと、腰に手をあてて高らかに言う。


「嘘だよ、嘘!相変わらず冗談の通じない男だねぇ。それでよくテレジアやフリッツと組めるもんだ」

「……」


 無言になるジャン。アルバはサーシャのグラスが空いたことに気づくと、上機嫌で酌をする。本当に似てない姉弟だ。自分の生んだ姉弟は見た目も中身もそっくりなくせに。

 酒瓶をドン、とテーブルに置くと、珍しくサーシャが瓶に手を伸ばし、アルバとジャンに酌を返した。おい、俺はお前と組んで未だに一度も酌をされたことないんだが。部族に対する礼儀ってやつか、それは。


「……それで、戯れもこの辺にするということですか?」


 サーシャはグラスの中に注ぎ込まれる酒を見つめながらそう言った。アルバは笑い、一気に中身を飲み干す。


「ああ。そうだね。……バルハラ、ディルク。もうしばらくしたら婆さんとこに帰るから、準備しとくんだよ」


 母親にそう言われたガキ共は、顔を見合わせて、何か言いたげな表情をしていた。こそこそと大人達に見えないところでブーブー言ってるところを見ると、コイツらはまだ此処にいたいらしい。

 俺は左隣のバルハラを見る。


「んで、なんでお前等はこんなとこにいたんだよ?」


 サーシャは悟った顔をしてるが、俺にはいまいちピンとこない。すると、反対側のディルクが割り込んでくる。


「母上が修行の旅に出るって言ったから、俺たち叔父上のトコに世話になってたんだ」

「母上の旅が終わるまで、叔父上に槍術の訓練をつけてもらう約束だったのにぃ……」


 バルハラもどうやら弟と同意見らしい。まったくもって、部族の奴らってのは力に貪欲だ。こんなガキですら、おそらく俺を叩き伏せるのも余裕なんだろう。……魔術を使えば話は別だが。

 アルバは話を聞いていたのか、声をあげて笑う。


「まぁったく、お前達はこんな短期間で一人前と認めて貰えると思ったのかい?少なくとも、両目開いてあの打ち合いじゃ、ジャンからもアタシからも一人前とは言ってやれないね」


 サーシャがチラ、とガキを見る。確かに、メティスカでは戦士と認められた者は両目を義眼にして、視力以外の神経を敏感にさせる。そうすることで敵の気配や殺気を察知し、戦いを有利にするのだという。

 俺たちからは想像もできないが、魔術でいうところの対価と同じなのだろう。

 アルバは言う。


「義眼になれる人間ってのは、そこら辺にいる旅人程度の力じゃ勤まんないのさ。そこんとこ肝に銘じときな」


 笑いながらも、その声は背中に寒気を感じるほど強くはっきりとしていた。

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