枕営業ではありません、枕の販売です
読みに来て下さって、ありがとうございます。
前々回のタンポポ綿毛で作った枕を、販売中です。
「宿代は、1人に付き、銀貨一枚。夕食と朝食付きだよ」
私達は、まずまずの宿屋に宿を取った。追っ手がかかっているのを考え、オルツァーさんが、いつもと違う町で宿を取る事にしたのだ。
「ところで、女将さん?私は枕を販売してまして」
私がそう言うと、女将さんは鼻白んで、オルツァーさんを睨み付けた。
「ちょいと、あんた。いい年したガタイのいい男が、こんな幼気な少年に枕営業させるとは、どういう了見だい?ちょっと顔貸しな」
女将さんが袖を捲り上げ、丸太ほどもありそうな太い腕を晒してドアの外を手で示した。
あらららら、ちょっと言い方が不味かったわね。
「女将さん、女将さん。落ち着いて下さい。枕営業じゃなくて、本当に枕の販売なんですよ。宿代を浮かす為に、枕を作って販売してるんです」
私は、そう言いながら、昼間に作ったクッションをドンッとカウンターの前に置いた。そして、キュッキュと少し枕を押して、弾力を示してみた。
「ほら、この弾力。モッチモチのフッワフワですよ。どうぞ、お手に取ってご覧下さい。何なら、抱っこして頬擦りしてみても、構いません」
毒気を抜かれた女将さんは、訝しみながらも、一瞬、枕に手を置いて、慌てて手を引っ込めた。
「な、何だい、この感触は」
「さあさあ、ちょっと抱っこしてみて下さいな」
恐る恐る、女将さんは再び私の作った枕に手を伸ばし、引っ付かんでギュッと胸に抱え込んでハッとした顔になり、顔を枕に乗せた。
「こ、これは。ヤバくないかい?何てモノを売るんだよ。流石、枕営業だね。もう、離したくない程だよ。値段は?私をこんな気持ちにさせたんだ。平民の私が買える値段なんだろうね?」
「今なら出血大サービス。宿代と朝食・夕食のお値段で、どうでしょう」
「うーん、よし!買おうじゃないの。この枕なら、うちの宿代1日分なんざ惜しくはないよ。ああ、私をこんな気持ちにさせるなんて、とんだ枕営業もあったもんだねぇ」
フワフワと気持ち良さげに、枕を抱き締めたまま女将さんが、そう言った。
「おいっ!お前。枕営業とは、聞き捨てならねぇ。うちのかかあに何て事を持ち込むんだ、このトンチキめ!」
女将さんをもう一回り大きくした、白髪交じりだけれど、えらくガタイのいいおじさんが、女将さんと同じ様に腕捲りをしながら、姿を現した。
「おう、若いの。ちょいとばかし表に出てもらおうか」
夫婦揃って、思考回路が同じ様に出来ているのかしら。
「なに莫迦な事を言ってんだい、お前さん。いいから、これを抱いてご覧よ」
枕を顔に押し付けられた宿屋の主人は、そのまま枕を手から離さずに抱きつき始めた。
「おい、お前。こりゃあ、何だ」
「だから、枕だって言ってんでしょうが。まったく、お前さんときたら。ちゃんとお聞きなさいな。この枕の代金の代わりに、1人分の宿代と朝食・夕食付きで、手を打ったんだよ」
女将さんは、ご主人から枕を取り返そうとしたが、ご主人はいっこうに枕を返そうとしない。それどころか、益々キュッと抱き締めてオルツァーさんを睨み付けた。
「おい、兄ちゃん。この枕、もう一丁ないのかい。じゃないと、夫婦の仲が崩壊しちまいそうだ」
オルツァーさんは、ギョッとした顔で、私に目で助けを求めた。
お任せあれ。
ササッと私は、すかさずもう1つ枕を出し、女将さんの方に向かってそれを掲げた。
「もう1つ御座いますとも。ただし、先程と同じ条件にエールを1杯追加してもらえませんか?」
女将さんは私がそう言うと、カラカラと笑って枕を受け取った。
「普通は、2つ買ったら、まけてくれる筈だろう?まあ、いいよ。エールは1杯で良いのかい?そっちの兄ちゃんは、酒に強そうに見えるけどねぇ」
「いえ、出来れば2杯……」
私は、女将さんにそう言いかけたオルツァーさんをギロリと睨むと、オルツァーさんは鼻白んで、少し身体を小さくした。
「お酒は、控える約束でしたよね?」
今晩はベッドが2つあるとは言え、酔っ払って約束を忘れてもらいたくない。昨日の様に引っ掴まえられて、ベッドに強引に入れられると、なす術もない。
それでも、エール1杯は、オマケに付けて貰えたのだ。感謝してほしい。
「あら、枕営業がどうとかって聞こえたわよ。父さん。と言っても、女は居ない様だけど。
こちらのいい男が枕営業してんのなら、私が買っちゃうわよ」
若いお姉さんが、自分の胸のすぐ下で腕を組みキュッと持ち上げると、私は目を見張った。お胸はボイン、お尻はバインのナイスボディのお色気バッチリのお姉さんが、オルツァーさんに片目を瞑って見せた。
さぞかし鼻の下を伸ばしているだろうとオルツァーさんを見てみると、嫌そうな顔をして、彼女から目を背けていた。
ふうん。
私はちょっとばかり、気を良くした。
「ご免なさいね、お客さん。ちょっとばかり強引な娘で。まったく、こんなだから、出戻っちまうんだよ」
「母さん、うるさい事を言わないでちょうだい。あんな浮気者の亭主よりも、こっちの騎士さんの方が何倍もいい男だわ。
ところで、これが、その枕なの?」
ボインバインな娘さんは、女将さんの枕をサッと取り上げ、自分の胸に抱き締め、顔を埋めた。
「何!これ。これ、絶対に人をダメにする奴よ!もう、私も既に手放せなくなっているわ」
娘さんの分は交渉の末、馬の世話と翌日の二人分のお弁当、そして私に内風呂を貸してもらう話になった。3つ共だから、大まけにまけておこう。
「何なら、そちらの騎士さんには私自身が、枕営業してもよいのよ。子供なんか放っておいてさ」
「冗談でもそんな事をして来ようもんなら、うっかりと剣が舞うかもしれないから、気を付けるんだな」
オルツァーさんの言葉に、宿屋の娘さんは、鼻白んで顔を青くしながら、布巾を持って、そこいらを掃除し始めた。
「お前なんぞ、ミネの可愛さの足元にも及ばんわ」
ボソリと私にしか聞こえない声でオルツァーさんが呟いて、私に片目を瞑った。
ふふん。
ふふん、ふふふん。
顔が熱いけれど、気のせいよね。
「研究塔に引き籠っていた割には、中々どうして、ちゃんと商売が出来るじゃないか」
「研究塔でも、商売をしてましたので。
中には、この枕の4倍の大きさの枕を特別に注文して下さった教授もいらっしゃいましたし」
「これの4倍……」
「はい、何せ牛の様に大きな教授でして。その代わりに、その教授から商売のコツを教えていただきました」
「コツ?」
「『セールスは舞台だ。お前は役者だ。客を惹き付け、引き込んで売り付けろ』と。お陰で、引っ込み思案な私でも、商売をする事が出来る様になりました」
「……引っ込み思案……そうなのか?」
ミネは、アレグサー教授より、牛の教授の方が結構お気に入りです。




