挫折
翌日、選手権の会場に着き、漫才を披露する舞台を見ると、輝幸の胸は高まった。そこは、輝幸がこれまで生では見たことがないほどの、大きな舞台だった。予選会が始まり、出番を待つ舞台袖から暗い客席を見ると、舞台を照らす照明が強いせいか、観客の表情ははっきりとは見えなかった。
相方の照彦が顔を両手で叩いて、「行ける。行ける。」と言った。輝幸は「一番行けないやつの言い方だな。」と小声で返し、二人で薄く笑った。自分の声が自分の耳に届く。声が揺れていないことに、輝幸は安心した。大丈夫、自分は落ち着いている。
予選のネタが終わったあと、輝幸には、「やれた。」という感覚があった。それでも、結果を聞くまでは、不安で控室をウロウロしていた。
結果発表があり、決勝に進むと決まった瞬間、輝幸は小さく息を吐いた。自分にも、この場所でやっていく資格がある。そう思った。綾子たちも予選通過し、二人で喜んでいるのが見えた。綾子と目が合い、輝幸は軽く頷いた。綾子も笑顔で頷きかえした。
決勝の舞台でも、輝幸たちのネタは狙い通りに進んだ。言葉も、間も、想定の範囲で滑らかに流れた。客席からは「うまい。」と声があがり、笑いがおきた。
舞台を降りたとき、輝幸は、しくじらなかった安堵とともに、手ごたえを感じていた。「これは悪くない。」
次は綾子たちのコンビの出番だ。輝幸達とすれ違いに舞台に上がる綾子の顔に緊張はなく、むしろその目はイキイキとして、まるで楽しみにしていた旅行に出掛ける子供のようだった。
綾子たちのネタはツカミから大爆笑を巻き起こした。輝幸は、彼女たちの決勝ネタを見るのは初めてだったが、彼女たちのネタは、普通は、女性が隠している下心や、欲望を、開けっぴろげにしつつも、下品にしないで、コミカルに描いていた。輝幸は衝撃を受けた。綾子は、自分の個性や容姿とのギャップも客観視したうえで、ネタを構成しているのだ。以前の輝幸にはわからなかったが、ネタ作りに悩んだ今の輝幸には、それが理解できた。自分の書いた漫才が「うまい」という評価なら、彼女の作り出した世界は「新しい」だった。うまさと新しさの差は、埋まらないほどの距離に見えた。輝幸は、綾子たちに勝てないことを悟った。一瞬不安に囚われそうになったが、綾子たちには勝てなくても、上位には食い込めるはずだと、自分を落ち着かせた。
全ての組のネタが終わり、結果発表が近付く。輝幸は、緊張と高揚が高まるのを感じた。決勝では、順位の低い方からコンビ名が呼ばれる。
最初に呼ばれたのは、「フラッシュ・モブ」の名前だった。
――最下位
結果は非情だった。輝幸たちは、舞台に上がり、拍手の中で頭を下げた。拍手は称賛ではなく、同情の音がした。耳鳴りがして、周囲の声が遠ざかる。
結果発表は続き、最後に、優勝者として、「アヤナミ」の名前が呼ばれた。会場の空気が一気にはじける。彼女達は堂々と前に出て、お辞儀をした。その後、司会者に感想を求められ、綾子はマイクを握った。受賞コメントまで、ネタの延長のように笑いを取りながら、場を盛り上げる綾子は、同じ舞台に立っているはずなのに、遠くにいるようだった。彼はふと、前日の綾子の「負けてもやめないでね」という言葉を思い出し、その言葉が今になって予言だったかのように思えた。
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