勝負
700PV、ありがとうございます。
いよいよ、キングオブマンザイの予選会が始まった。
スタッフが「アペリオ」を呼ぶ声が聞こえる。
――出番だ。
舞台袖の闇のなか、舞台の眩しさが緊張感を刺激する。
客席の表情は見えない。
見えないから、想像が暴れる。
――ミスしたら
――スベったら
――予選敗退したら
その想像を抑えつけるように、輝幸はネタの一行目を思い出す。
言葉、順番、間•••
――出る
舞台に立った瞬間、視界が狭まった。
綾子の声だけが、やけに鮮明に聞こえる。
ネタが始まる。
このネタは、「綾子が、新しくできた彼氏の良いところを輝幸に自慢するが、それが実は全て綾子の勘違いである」という筋だ。
準決勝までは、このネタで走り切る計画だ。
幸せそうな顔で、彼氏を自慢する綾子。
そこに「男」の情けない要素がシニカルに散りばめられている。
そして、輝幸のツッコミで、男の情けなさが具現化する。
前半は、客席を ”掴む” パート。
わかりやすい違和感。
テンポ。
客の笑いが、少しずつ立ち上がる。
――大丈夫。今、呼吸が合ってる。
そして、中盤。
“魅せる” 箇所。
「私、彼の部屋のドアをノックせずに開けることにしてるんだ。だって、彼、ときどき、慌ててズボンを上げるから、面白くて。なんでかな?」
子供のような表情で、問いかける綾子。
「え、それって…」
「でも、その後の彼、ごはんをおごってくれたり、迎えに来てくれたりするんだよ?」
それまで、淀みなく流れた会話のなかに、綾子が、わざと少しだけ間を作る。
その沈黙が、客席の耳を引き寄せる。
そして、屈託のない笑顔で同意を求める。
「どう?彼、優しいでしょ?」
すかさず、輝幸のツッコミが差し込まれる。
「それ、優しさじゃなくて、“気まずさの分割払い”だろ!」
一拍。
そして、笑いが起きた。
すかさず、綾子が無垢な顔で、畳みかける。
「え、どういうこと?」
「いや、飲んで遅くなったとき、奥さんに買って帰るお土産と、同じ原理!」
もう一段、笑いがブーストする。
「あとお前、実はわかってやってない?」
違和感を言葉にする輝幸。
綾子が、とぼけた顔で落とす。
会場が揺れる。
その瞬間、輝幸の胸の奥で、何かが鳴った。
――届いた
――今、届いた
舞台を降りたとき、輝幸は自分の手が汗ばんでいるのに気づいた。
綾子が小さく言った。
「よかった。」
その一言が、どんな言葉以上に嬉しかった。
結果発表までの時間は、異様に長かった。
控室の隅で、輝幸はスマホを見るふりをしていたが、何も頭にはいっていなかった。
――結果発表
「次に進むのは――」
名前が順番に呼ばれていく。
呼ばれない時間が、心を削る。
輝幸の脳が、最悪の未来を勝手に再生する。
――敗退
――失望
逃げたい衝動が胸を掻き乱す。
そして――
「アペリオ」
名前が呼ばれた。
一瞬、音が遅れて耳に入った。
理解するのに数秒かかった。
「……通った?」
輝幸が呟くと、綾子が頷いた。
「通ったね。」
輝幸から、安堵の息が漏れる。「通った」と口にしたが、
感覚的には、「通った」というより、「落ちていない」の方が近かった。
今年の彼は、こんな所で躓くわけにはいかない。
今年は、予選までは、関係者一名の観覧が許される。
会場の後ろで見ていた、皆藤が、珍しくガッツポーズをした。
「よし。まず一個」
誰にも、届かない声。
もし、輝幸や綾子が見たら驚くだろう。
普段冷静で、感情をあまり表に出さない彼の、今の顔を。
いよいよ、第一章も佳境、
手に汗握る漫才バトルパートが始まりました。
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