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楽園から続く道  作者: 詠み人知らず


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番外編 ~加納 綾子~

500PV、ありがとうございます。

物心ついてから、私は常に皆の中心だった。

学校でも、部活でも、家でも。

自分の武器も、立ち位置も、見られ方も把握していた。

自分が前に立ち、場を掴み、空気をかき回す。

それは、才能というより、私の習慣に近かった。


そんな私にとって、ナカジのツッコミは、刺激的だった。

大学の入学式の後、誘われて行った部室で、初めて会ったナカジ。

ボソッとつぶやいたその一言で、私の世界が広がった気がした。


しかし、そのときの私は、それを自分の中で単純に「相性がいい」と処理して、

それ以上、踏み込まなかった。


大学四年間を振り返っても、

ナカジのことを「好きだった」と言える記憶は、やはり、ない。

少なくとも、胸が高鳴るとか、触れたいと思うとか、そういう感情ではなかった。


ただ、いつも、気になっていた。


部室で、台本をめくる仕草。

飲み会の端で、会話を半歩引いた位置から見ている目。

視界に入ると、無意識に確認してしまう存在。

しかし、それを「恋」と呼ぶほど、私は、恋愛脳ではない。


彼に、コンビを組もうと誘われたあの日、

最初は、「何を今更。」と思ったが、話を聞くうちに、

彼の言葉が、私の世界を広げてくれる気がして、胸が高鳴った。


事務所を設立してから、彼は長く苦しんでいた。

彼の低迷の原因が、自信の無さであることは、なんとなくわかっていた。

だけど、その自身の無さの原因である彼の父親との関係については、

深く踏み込めないでいた。


転機は、文章だった。


事務所に届いた雑誌。

忙しさに追われながら、「あとで読む」と机に置いた。


夜。

一人になって、ページを開いた。


最初の数行で、身体が固まった。

息が、一瞬、止まった。


――なに、これ。


芸人の文章じゃなかった。

笑わせにいく感じも、技巧を見せつける感じもない。

ただ、胸の奥を、正確に、静かに、殴ってくる。

読んでいるうちに、ページをめくる指先が冷たくなった。


あのツッコミと、同じだ。

核心だけを、すっと差し出す。


ページをめくるごとに、背中が、ぞわっとした。

鳥肌、という言葉では足りない。

もっと内側、骨の近く。


読み終えたとき、しばらく、動けなかった。


「……これだよ。これ。できんじゃん。」


自分の声が震えていることに気づいた。

 

自分の中で、嬉しいとか、誇らしいとか、そういう整理は、まだできなかった。

ただ、自分が感じた感覚は、正しかったのだという確信だけが残った。



久しぶりに大学時代の仲間達と飲んだとき、

圭介がいた。

大学時代、私と企画で組み、ダブルボケで結果を出した男。

最近、関西の若手の大会を獲って勢いに乗っている。


何気ない会話の流れで、ナカジの話題が出た。


「しかし、」


圭介は、グラスを置いて言った。


「お前の相方のツッコミ、ヤバいな。」

その一言で、 綾子の心臓が、跳ねた。

「え?」

圭介は笑った。


「乗ってるときのあいつのツッコミをみたとき、鳥肌がたったよ‥‥

 そして、火が付いた。」


その評価が、妙にリアルだった。


「遊星も」


圭介は、少し苦笑して続けた。


「意識してるよ。口には出さないけどな。」


その瞬間、胸の奥が、ぐっと熱くなった。


――自分だけが、感じていたわけじゃなかった。

――自分だけに、見えていたわけじゃなかった。




決定的だったのは、テレビ収録の平場だった。


深夜の、小さな番組。

正直、期待していなかった。

ナカジは、平場が苦手だ。

それを、誰よりも知っているのは、自分だ。


自分の横で、彼はいつものように不安そうにしていた。

私は、無意識に歯を食いしばった。


――来るな、今は振られるな。


その後だった、


別の芸人にトークがふられ、その芸人が話し始めたが、着地点を探して迷走していた。

場の空気が、どんどん冷えていくのが感じられる。

その隙間に、ナカジの声が入った。


短い。説明しすぎない。切れのいい例えツッコミ。

その瞬間、綾子の腕に、鳥肌が立った。

そして、次の瞬間、スタジオが、弾けた。

カメラが、ナカジの方を向いた。

その反応を見た瞬間、私は、ほとんど興奮に近い感覚を覚えた。


――見つかった。

ようやく、世の中に見つかった。



その夜、独りぼんやりしていると、崎本の顔が浮かんだ。


彼女は、私より先にナカジの言葉を世に出した。

分章で。言葉で。

その事実が、私の胸を、少しだけ、ちくりと刺した。

それが、”嫉妬”だと、私は認めた。

はじめて、感情に名前がついた。

私は、この感情キモチに、恋や愛というは名前をつけない。

でも、もう、「これが”特別な感情キモチ”ではない」という嘘はつけない。

そういう感情。


私は言わない。

彼に、何も伝えない。

今は、このままの関係でいい。

言葉を信じ始めたばかりの人間に、

この感情を背負わせるのは、酷だ。


キングオブマンザイに再挑戦すると決めたのは、勝ちたいからというのもある。

ナカジの父親との約束もある。

でも、一番の理由は、今のナカジの言葉が、どこまで届くのか、

それを、一番近くで、見届けたかった。

彼の言葉の力を信じてる。

でも、もし、また、挫折を味わうことになってもいい。

二人で一緒にまた、這い上がればいい。

私たちは、コンビなんだから。


今は、目の前の闘いだ。

感情は、胸の奥にしまったまま。

私は、そうやって、彼の相方でいることを選んだ。

これまで、描いてこなかった、綾子の感情を描いています。

まだ、本人のなかでも、明確な形にはなっていないですが、

二章以降に動きがある予定です。


応援、★よろしくお願いいたします。

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