波及
450PV、ありがとうございます。
輝幸達が、事務所を立ち上げて、3年目を迎えた頃、輝幸の小説が、思いがけない速度で広がり始めた。
輝幸は、テレビ局の廊下や楽屋で、スタッフに声をかけられることが増えた。
「小説、読みました。」
「意外でした。」
「続き、楽しみにしてます。」
その“意外”という言葉に、悪意はなかった。
ただ、これまでの彼のイメージが、静かに更新されているのを感じた。
しかし、平場での輝幸は、相変わらず安定しなかった。
沈黙する日もある。
そして、空回りする日もある。
ある日、輝幸は、深夜のバラエティー番組のひな壇に呼ばれた。台本をみると、その日は、芸人にまつわる「お金」がトークテーマだった。輝幸は、父親が社長であるため、「実家が金持ちのボンボン」イジリをされることも多かったため、そういった狙いでのキャスティングなのだろうと思った。輝幸の他に、9人のお笑い芸人がゲストで呼ばれていた。その中には、輝幸達が準決勝で敗れたキングオブマンザイで決勝に進出し、2位になったコンビ「カリカリ梅」のツッコミ、「紫蘇乃 レン」の名前もあった。輝幸は、決勝戦をTVでみて、自分にはない、豪快なツッコミに圧倒された。台本を読みながら輝幸は、「レンさん出るのか。楽しみだな。」とつぶやいた。
番組が始まり、番組MCのベテラン芸人、常田宗司が、お金の話題の流れで、
「中島くんって、実家めっちゃお金持ちなんやろ?お年玉とかすごかったんちゃう?」
と、輝幸にアドリブでトークをふった。
輝幸は、フリに乗ろうとしたが、慌てて、
「あっ…えっと…その…あの…いつも金庫に…入ってて…」
と話しがまとまらない。
すると、レイが
「おいおい!お年玉が“金庫管理”て!それもう“資産”やないか!」
とツッコんだ。
スタジオに笑いが起きる。
輝幸は、胸をなでおろした。
客席の笑いが落ち着いたあと、常田は次の芸人にトークを振った。
輝幸は、服がジットリと汗ばんでいるのを感じた。
番組終了後、輝幸は、レイの楽屋を訪ねた。
レイは30歳代半ばに差し掛かった中堅である。いつも衣装はスーツで、頭は、フェードの短髪。男が見ても渋い雰囲気を醸し出している。
「失礼しまーす。」
「おう、中島か。おつかれさん。」
「レイさん。今日は、ありがとうございました。フォローしていただいて。」
「あぁ、あれか、助けたわけやない。ウケそうやったから、ツッコんだだけや。」
と、レイは言った。
「それでも、助かりました。」
と輝幸が続けた。
レイはそれを聞いて、黙ってしばらく輝幸を見つめると、
「いやいや、こっちはありがたいで。」
と言った。
「なにがですか?」
と輝幸が尋ねると、
レイはニヤリとして、
「お前が覚醒すると厄介やからな。もうしばらくモタモタしてててや。」
と言って、輝幸の背中を叩いた。
輝幸は、レイの言葉の真意を掴めなかった。
空回りすることがほとんどの輝幸だが、最近は、ごく稀に、ふっと言葉が出る瞬間もあった。
ある日、綾子と輝幸は、特定の趣味をもつ芸人にフォーカスして、その趣味を紹介する深夜のバラエティー番組にゲストで呼ばれた。その日は、「飛行機好き芸人」というテーマであった。綾子も、輝幸も、飛行機にさほど興味がなかったが、MCの横で、「飛行機好き芸人」達のエピソードにコメントする立ち位置だった。最も、輝幸は、綾子のおまけで呼ばれていたが。
スタジオ収録で、「飛行機好き芸人」の一人が、飛行機の面白ろエピソードのつもりで長々とトークをしていたが、全くウケない状況に焦り始めた。
すると、輝幸が、
「いや、結構滑走路走っているのに、全然離陸しないな!」
とツッコミをいれた。
輝幸の一言で、スタジオが一拍遅れて笑った。
爆笑ではない。
だが、確実に刺さった笑いだった。
輝幸自身が、一番驚いていた。
考えなかった。
言葉が、勝手に出た。
収録後、プロデューサーの安藤信康が、何気ない顔で近づいてきた。
「さっきの一言、よかったね。」
それだけだった。
その言い方は、評価というより、確認に近かった。
それから輝幸は、ポツポツとピンで安藤がプロデューサーを務めるバラエティー番組に呼ばれるようになった。
もっとも、ピンの出演は深夜ばかりだったが。
予算も少ない。
セットも簡素。
だが、安藤は、輝幸を“じゃない方”としてではなく、 “ツッコミ”として座らせた。
「無理に喋らなくていい。」
「入れそうなときだけ、入って。」
その指示は、彼にとって救いだった。
全部を求められない。
一瞬でいい。
まだ波はある。
沈黙もある。
それでも、輝幸の中で、小さな自信が芽を出し始めていた。
これから、輝幸の覚醒が始まります。
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