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楽園から続く道  作者: 詠み人知らず


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番外編 ~崎本 紗枝~ 前編

私は、「正しい」人生を歩いてきた。


正しい塾。正しい学校。正しい成績。正しい友達。正しい努力。

間違えないことは得意だった。間違えないように生きることが、呼吸と同じくらい自然だった。


T大に入ったとき、達成感よりも先に安堵が来た。これで、親の期待どおりに、安全な未来に近づいた。その安堵が、胸の奥に冷たく居座った。誰かに祝われても、どこか他人事のようだった。嬉しいはずなのに、嬉しさが自分の体温にならない。


それは、ただ一つ、私の中にずっと隠してきた例外があったからだ。


――私は、ずっと小説家になりたかった。


子どもの頃、親の目を盗み、懐中電灯で照らして、布団の中で小説を読んだ。ページの向こうには、別の世界があった。正しい道など、どこにもなかった。登場人物は失敗して、傷ついて、迷って、でも生きていた。それが羨ましかった。


だから私は、大学に入って自由を得て、小説を書き始めた。授業の合間、図書館の端の席、夜の自室。何かを吐き出すように文字を並べた。けれど書き上げて読み返すと、いつも同じ感想が浮かんだ。


――つまらない。


文章は整っている。文法も破綻しない。表現も自分なりに工夫した。けれど、体温がない。心臓を掴むような一文がない。登場人物が、どこか「優等生の想像」の範囲内に収まってしまう。主人公の失敗も、苦悩も、正しく配置されすぎている。


小説コンクールに応募しても、一次で落ちた。次も落ちた。その次も。


落選通知は短かった。冷たかった。


「向いてない」


自分でそう結論を出したとき、泣くことすらできなかった。ただ静かに、夢を机の引き出しにしまった。しまったというより、押し込んだ。見なければ痛くない。そうやって自分は、「正しい」道へ戻った。


 大手出版社に入社したのは、その延長線上だった。本が好きだったことは嘘じゃない。作家にはなれなくても、作家のそばにはいられる。そう思った。編集者という仕事は、実は私にとって、「最も安全な形をした未練」だったのだ。


入社後も、私は会社のなかで順調に成果を挙げた。企画書は通る。数字も追える。リスクを最小化できる。だから評価された。


だが、評価されるたびに、胸の奥が少しずつ乾いていくのも感じた。私の中で、ずっと何かが足りなかった。


そんなときだった。「本好き芸人に本を書いてもらう」という企画が、社内で回ってきたのは。


最初は、よくある企画だと思った。知名度のある芸人に本を書かせれば、話題性があり、中身がどうであれ、そこそこは売れる。そういう、手堅い仕事。そして私は、そういう手堅い仕事が得意だった。

しかし、著者を選定するため、候補者の一人であった彼のYou tube動画を見たとき、私は驚いた。


この人は、誰よりも本を理解してる。


最初は、売れない芸人にしては、落ち着いてしゃべっているなといった程度だった。しかし、本を紹介する彼の表現は、的確で、多彩だった。過剰に飾った言葉を使っているわけではないが、彼の独特の表現は、的確にその本の核心を浮き彫りにしていた。この人は本を誰よりも深く理解し、それを表現する言葉を持っている。そう気づいた瞬間、私は本心から、この人の書く本を読んでみたいと思った。本が売れそうだからではない。自分の中の乾いた場所が、勝手に反応したのだ。

輝幸の才能が開花するのを見届けたい方。

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