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楽園から続く道  作者: 詠み人知らず


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18/38

刺激

 その日、綾子のバラエティー撮影に同行していた皆藤は、スタッフに挨拶をしたあと、綾子と一緒に、綾子の出番を楽屋で待っていた。

 すると皆藤のスマホが鳴った。皆藤は、肩でスマホを挟んで耳にあてながらメモを取っている。しばらく話していると、「は?」と声を上げた。その一言を聞いて、綾子は皆藤の方を向いた。


「……はい。ええ。承知しました。一度、検討して折り返します。」


電話を切ったあと、皆藤は深く息を吐いた。


「ドラマだってさ。」

「ドラマ?」

「連ドラ。深夜枠だけど。」


綾子は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。自分の名前と「ドラマ」という単語が、まだうまく結びついていない。


「なんで、私?」

「理由は、予想がつく。」


皆藤はメモを机に置き、指で軽く叩いた。


「キングオブマンザイの結果。あとは、最近のバラエティでの使われ方。コントでの演技力。」

「……コントの演技はともかく、ほぼ、話題づくり、ってこと?」

「それも込み。今のアヤコがでるってだけで、一定の注目は集まるからな。」


綾子は黙って聞いていた。あからさまな拒絶反応もなければ、かといって、浮かれているようでもなかった。ただ、情報を一つずつ噛み砕いている顔だった。


「端役だけどな。がっつり主演とかじゃない。」

「端役なら、ちょうどいいかもね。」


綾子は、即座にそう言った。

皆藤の眉がわずかに寄る。


「簡単に言うな。今、ただでさえ忙しいだろ。」

「忙しいから、今やるんでしょ。」

「は?」

「事務所として、広げるなら今。」


言葉は短かったが、迷いはなかった。


「バラエティだけだと、どうしても消費されるのが早い。違う文脈で名前が出るのは、長い目で見てプラス。」

「……お前、副社長の判断だな。」

「そうでしょ?」


皆藤は腕を組んだ。

社長としての判断が必要な場面だった。


「俺は反対だ。」

「理由は?」

「お前の言うことは理解できる。だが、無理をしてお前につぶれられては困る。」

「大丈夫だよ。」

「最近、どう見ても大丈夫そうじゃない。」

「きついのは、身体より、どっちかというとメンタルの方だから‥‥」


綾子ははっきりとはいわなかったが、

皆藤には、輝幸のことを言っているのだとわかった。


沈黙のあと、綾子が再び口を開いた。

「……あと」

綾子は、少しだけトーンを落とした。

「私、高校のとき、演劇部だったから。」

「知ってる。」

「好きだったんだよ。お芝居。だから、いい気分転換にもなると思う。」


その言葉は、経営判断ではなかった。

一人の人間としての理由だった。


皆藤は、しばらく黙り込んだあと、ふっと表情を緩めた。


「わかった。条件付きで受けよう。」

「条件?」

「キャパオーバーだと思ったら、すぐ言え。新しい仕事は絞る。」

「了解。」


決まった瞬間、綾子は不思議と肩の力が抜けた。

怖さはある。だが、それ以上に、久しぶりに「楽しみ」が先に立っていた。


綾子に与えられたのは、ほんの数シーンだけの役だった。

主人公の過去に関わる人物。名前も、印象も薄い。

だが、物語の流れにおいて、重要な存在。


「セリフ、覚えられそうか?」

衣装合わせの合間、皆藤が聞いた。

「うん。むしろ楽しい。」

本当に、そう思った。

高校時代、放課後の教室で台本を覚えていた頃の感覚が、ふいに蘇る。

笑いを取る必要がない分、純粋に楽しめる。


初日の撮影。

ドラマの現場は、思っていたよりも静かだと綾子は思った。

バラエティの収録は、常に音がある。笑い声、拍手、スタッフの指示。

だが、ドラマのスタジオは、セリフだけが響く、静かな時間が多い。

そのため、張りつめた緊張感があった。

カメラの前に立つと、別の種類の緊張が身体を包んだ。

失敗しても笑いに変えられない。

カットがかかれば、最初からやり直し。


それが、怖くもあり、楽しくもあった。


「……カット。」

監督の声がかかる。

「もう一回いきましょう。今の感じ悪くないです。

 ただ、もう少し、淡々としゃべれますか?」


「面白い」でも「ウケてる」でもない、別の軸。

その評価が、新鮮だった。


撮影が進むにつれ、綾子は緊張感を楽しめるようになっていた。

漫才やコントでは、自分が空気を作る。

ここでは、空気に入っていく。


違う呼吸。

違うリズム。


――これは、確かに気分転換だ。

輝幸の才能が開花するのを見届けたい方

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