刺激
その日、綾子のバラエティー撮影に同行していた皆藤は、スタッフに挨拶をしたあと、綾子と一緒に、綾子の出番を楽屋で待っていた。
すると皆藤のスマホが鳴った。皆藤は、肩でスマホを挟んで耳にあてながらメモを取っている。しばらく話していると、「は?」と声を上げた。その一言を聞いて、綾子は皆藤の方を向いた。
「……はい。ええ。承知しました。一度、検討して折り返します。」
電話を切ったあと、皆藤は深く息を吐いた。
「ドラマだってさ。」
「ドラマ?」
「連ドラ。深夜枠だけど。」
綾子は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。自分の名前と「ドラマ」という単語が、まだうまく結びついていない。
「なんで、私?」
「理由は、予想がつく。」
皆藤はメモを机に置き、指で軽く叩いた。
「キングオブマンザイの結果。あとは、最近のバラエティでの使われ方。コントでの演技力。」
「……コントの演技はともかく、ほぼ、話題づくり、ってこと?」
「それも込み。今のアヤコがでるってだけで、一定の注目は集まるからな。」
綾子は黙って聞いていた。あからさまな拒絶反応もなければ、かといって、浮かれているようでもなかった。ただ、情報を一つずつ噛み砕いている顔だった。
「端役だけどな。がっつり主演とかじゃない。」
「端役なら、ちょうどいいかもね。」
綾子は、即座にそう言った。
皆藤の眉がわずかに寄る。
「簡単に言うな。今、ただでさえ忙しいだろ。」
「忙しいから、今やるんでしょ。」
「は?」
「事務所として、広げるなら今。」
言葉は短かったが、迷いはなかった。
「バラエティだけだと、どうしても消費されるのが早い。違う文脈で名前が出るのは、長い目で見てプラス。」
「……お前、副社長の判断だな。」
「そうでしょ?」
皆藤は腕を組んだ。
社長としての判断が必要な場面だった。
「俺は反対だ。」
「理由は?」
「お前の言うことは理解できる。だが、無理をしてお前につぶれられては困る。」
「大丈夫だよ。」
「最近、どう見ても大丈夫そうじゃない。」
「きついのは、身体より、どっちかというと心の方だから‥‥」
綾子ははっきりとはいわなかったが、
皆藤には、輝幸のことを言っているのだとわかった。
沈黙のあと、綾子が再び口を開いた。
「……あと」
綾子は、少しだけトーンを落とした。
「私、高校のとき、演劇部だったから。」
「知ってる。」
「好きだったんだよ。お芝居。だから、いい気分転換にもなると思う。」
その言葉は、経営判断ではなかった。
一人の人間としての理由だった。
皆藤は、しばらく黙り込んだあと、ふっと表情を緩めた。
「わかった。条件付きで受けよう。」
「条件?」
「キャパオーバーだと思ったら、すぐ言え。新しい仕事は絞る。」
「了解。」
決まった瞬間、綾子は不思議と肩の力が抜けた。
怖さはある。だが、それ以上に、久しぶりに「楽しみ」が先に立っていた。
綾子に与えられたのは、ほんの数シーンだけの役だった。
主人公の過去に関わる人物。名前も、印象も薄い。
だが、物語の流れにおいて、重要な存在。
「セリフ、覚えられそうか?」
衣装合わせの合間、皆藤が聞いた。
「うん。むしろ楽しい。」
本当に、そう思った。
高校時代、放課後の教室で台本を覚えていた頃の感覚が、ふいに蘇る。
笑いを取る必要がない分、純粋に楽しめる。
初日の撮影。
ドラマの現場は、思っていたよりも静かだと綾子は思った。
バラエティの収録は、常に音がある。笑い声、拍手、スタッフの指示。
だが、ドラマのスタジオは、セリフだけが響く、静かな時間が多い。
そのため、張りつめた緊張感があった。
カメラの前に立つと、別の種類の緊張が身体を包んだ。
失敗しても笑いに変えられない。
カットがかかれば、最初からやり直し。
それが、怖くもあり、楽しくもあった。
「……カット。」
監督の声がかかる。
「もう一回いきましょう。今の感じ悪くないです。
ただ、もう少し、淡々としゃべれますか?」
「面白い」でも「ウケてる」でもない、別の軸。
その評価が、新鮮だった。
撮影が進むにつれ、綾子は緊張感を楽しめるようになっていた。
漫才やコントでは、自分が空気を作る。
ここでは、空気に入っていく。
違う呼吸。
違うリズム。
――これは、確かに気分転換だ。
輝幸の才能が開花するのを見届けたい方
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作者に、書き続けるチカラを!!




