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楽園から続く道  作者: 詠み人知らず


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15/36

自立

キングオブマンザイ予選当日。

会場に入った瞬間、空気が違った。楽屋には、既に大勢の芸人が集まっていた。スーツ姿の者、カジュアルな服装の者、奇抜な衣装を身に着けた者。ごく一部、輝幸がTVで見かけたことがある顔もあったが、そのほとんどは知らない顔だった。あるも者は相方と壁に向かってネタ合わせし、ある者は、無言で台本を読み、ある者は宙を見つめて考え込んでいた。誰もが、平静を装っているが、空気は張りつめていた。


輝幸は、喉の奥が乾くのを感じていた。

「大丈夫。」

自分に言い聞かせるが、どうしても自信の無さが、顔を出す。

「空気が重いね。」

綾子が、小さく言った。

「うん……」

返事をしながら、輝幸は自分の心臓がうるさく拍動するのを感じていた。


 予選の舞台に立った瞬間、輝幸の視界が狭まった。照明が強く、客席の表情はよく見えない。ネタが始まると、時間の感覚が歪んだ。ウケているのか、いないのか。笑い声が遅れて届く。綾子の声だけが、はっきりと聞こえる。ツッコミを入れるたび、頭の中で「練習通りできたか?」と疑念が浮かぶ。考えた瞬間、次の台詞が迫ってくる。


ネタが終わって舞台を下りたとき、輝幸は、シャツが汗でビッショリ濡れていることに気づいた。


―—結果発表

次に進むコンビの名前が、ランダムに呼ばれていく。輝幸には、呼ばれない時間が、異様に長く感じられた。名前が呼ばれなかったときのことを、頭が勝手に想像し始める。

「アペリオ」

輝幸達のコンビ名が呼ばれたが、頭が理解するまでに、数秒かかった。

「……通った?」

「通ったね。」

綾子は、冷静に言った。

輝幸は、喜びよりも先に安堵が来た。


準々決勝は、それまでとは明らかにステージの格が違った。

照明、カメラ、観客の密度。「期待されている」空気。楽屋で、輝幸は自分の手が震えているのを見つめていた。

「緊張してる?」

綾子が聞く。

「……してるよ。」

「覚えてる?‥‥敗退したっていいじゃない。カッコいい漫才をしよう。」

綾子は微笑んで、言った。

輝幸は、手の震えが、少し小さくなったのを感じた。


準々決勝では、輝幸は、予選の時より観客の反応を感じることができた。

笑いが、前より大きく感じられる。

舞台を降りたとき、輝幸は確信めいた感覚を持っていた。

「今のは、悪くなかった。」


――結果発表

「アペリオ」

自分たちのコンビ名が呼ばれるのを聞いた瞬間、輝幸の頭は一瞬真っ白になり、そのあと、喜びと興奮が湧き上がってくるのを感じた。


 準々決勝のあと、事務所に取材や、TV出演のオファーの連絡が数件あり、事務所は、にわかに活気を帯びてきた。対照的に、輝幸の気持ちはどんどん重くなった。高まる周囲の期待、「綾子の足を引っ張れない」という気持ちがプレッシャーになる。輝幸は、高校時代のように、何かに逃げ込みたくなったが、父の顔、綾子の顔、皆藤の顔が脳裏をよぎり、「やるしかない。」と踏みとどまった。準決勝が近付くと、輝幸は、夜ベッドに入っても、ネタの一行一行が、頭の中で再生され、寝られなくなった。


――準決勝当日

出番を待つ舞台袖で、綾子はいつもより静かだった。

輝幸は、綾子にしては珍しく、緊張しているのかと思い、

「……大丈夫?」

と、綾子に声を掛けた。

「うん。」

短い返事だったが、声は落ち着いていた。


ネタが始まる。

輝幸の心配をよそに、綾子のボケは、鋭かった。

観客の反応を恐れていない。

迷いがない。

輝幸は、その背中を追いながら、必死に食らいついた。

輝幸がツッコんだ瞬間、客席から大きな笑い声が起きた。


舞台を降りたとき、綾子は一瞬だけ、深く息を吐いて、輝幸に聞いた。

「……どうだった?」

「わからない。でも。」

「うん。」

「逃げずに、やりきれた。」

綾子は、少しだけ笑った。


――結果は、準決勝敗退

彼らにとって、準決勝は通過点であり、目指す場所ではなかった。

だが、彼らに残ったのは、ただの敗北ではなかった。

輝幸にとって、逃げ場だったはずのお笑いは、もう逃げ場ではない。

輝幸は、自分の足で、その場所に立っていた。

輝幸の才能が開花するのを見届けたい方。

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