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楽園から続く道  作者: 詠み人知らず


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14/35

始動

 輝幸達が卒業するのを待って、3人は、都心から少し離れたところに、事務所として2Kのアパートを借りた。やや広い部屋には3人分のデスクを置いた。また、狭い部屋にはソファーと机を置いて、応接室、兼、会議室にした。

 個人事務所を立ち上げてからの数週間、皆藤の時間感覚は、ほとんど壊れていた。皆藤は社長のデスクで、昼も夜もなく、仕事に追われていた。ギャラや経費の管理から、会社の経営指標の管理まで、経営に関することは、全て皆藤が行った。その他にも、TVやラジオ、お笑いライブの営業やオーディションのエントリー、SNSの立ち上げ、設備管理など膨大な量の仕事をこなしていた。彼にまともな休みをとる余裕はなかった。

 デスクのある部屋の壁際に置いたホワイトボードには二人のスケジュールが書き込まれていたが、まだ空欄が目立った。綾子と輝幸も精力的に活動していた。二人のコンビは、輝幸の案で、「アペリオ」と名付けられた。ネタ合わせ、事務所内の会議、お笑いライブ、営業、TVのオーディションのほか、皆藤だけでは手が回らない事務仕事も手伝った。


 ある日、応接室、兼、会議室に3人の姿があった。その日は事務所の会議だった。綾子は皆の出した意見を記録するため、ホワイトボードの隣りに立ち、皆藤は、まとまった意見を記録するため、ソファーに座り、パソコンを開いていた。輝幸は、皆藤の向かいのソファーに座っていた。会議の議題は、今年の目標設定だった。


「……賞レースは、もう少し後でいいんじゃないか。」

皆藤が言った。

個人事務所を立ち上げたばかりで、実績もなく、現場の経験も十分とは言えない。

社長としては、自然な判断だった。

「まだ早い。ライブで形を固めてからでも遅くない。」

一瞬の沈黙のあと、綾子が声を上げた。

「出よう。」

他の二人が、綾子の顔を見る。

「キングオブマンザイ。」

皆藤は眉をひそめた。

「いきなり? あれは――」

「だからだよ。」

綾子は、言葉を重ねた。

「だから、出る。早いなら、早いまま出る。」

無謀とも取れる言い方だったが、そこには迷いがなかった。

「通用するかどうかは、やれば分かる。むしろ、今出ない理由がない。」

「‥‥」

皆藤はすぐには言葉を返さなかったが、

しばらく考えたあと、静かに綾子に問いかけた。

「……結果が出なかったとき、自信を失うんじゃないか?」

「私は、そんなにもろくない。」

即答だった。

「ナカジはどうだ。」

皆藤が、輝幸に聞いた。

「俺は、もう少し経験を積んでからのイメージだった。」

輝幸は、そう答えると、綾子の方を見た。

輝幸の返事を聞いた皆藤もまた、綾子を見た。

しかし、二人の視線を受け止めても綾子は揺るがず、こう続けた。

「もし、通用しないんだとしたら、それを知るのは早い方がいい。」

「なぜだ?」

皆藤が問いかける

「通用しないのなら、何かを変えるべき。それに早く気づけるチャンスだから。」

それは、物事の核心を突いていた。

その言葉を聞いて、皆藤はようやく折れた。

「わかった。ただし、準備は、徹底的にやる。」

輝幸は、そのやりとりを聞きながら、胸の奥がざわつくのを感じた。

キングオブマンザイ。

テレビで、SNSで、何度も見てきた、あの舞台。

成功者が誕生する場所であり、その他大勢が弾き落とされる場所。

自分がそこに立つ姿を、輝幸はまだ想像できなかった。


 エントリーを決めてから、ネタ作りの密度は一気に上がった。綾子は、これまで以上の速度でネタを量産した。思いついた違和感を、すべて言葉にする。整理は、あとでいい。女性が言葉にしない種類の感情、恋愛の場面での微妙な計算、理不尽だが誰もが存在を否定しない打算。そういったものを、彼女は独自の角度で切り取り、次々とテーブルに並べた。

「この場合、どうツッコむ?」

「う~ん。こうかなぁ。」

輝幸は、ツッコミの立場でそれに応え、言葉を並べる。その作業は、久しぶりに楽しかった。言葉が、自分の手に戻ってきた感覚があった。


 ネタ作りは順調に進んだが、平場ひらばは別だった。お笑いライブイベントのフリートークの場面で、輝幸の身体は固くなった。綾子が前に出て空気を作り、アドリブでボケる。普段なら輝幸から出るはずの切れの良いツッコミが、焦りに追われて出てこない。一拍置いて、つまらない言葉を絞り出す。それだけで精一杯だった。


「平場、弱いね。」

 ライブイベントが終わった翌日の事務所の会議で、綾子は淡々と言った。

「……すみません。」

「謝らなくていいよ。現在地を確認しただけだから。」

責める口調ではない。冷静な分析だった。

「ネタ合わせや普段の会話でのツッコミの切れが、お客さんや他の知らない芸人が大勢いるところでは発揮されない。きっと、自分への自信のなさや、結果を出したいという焦りが雑念になって、ツッコミのワードが出てこないんだと思う。」

それは、彼自身も感じていたことだった。

そんな二人を見ていた。皆藤が口を開く。

「今の芸人は、ネタだけじゃやっていけない。」

「うん。」

綾子が同意する。

「‥‥」

輝幸は自分の欠陥を指摘され、言葉に詰まる。

皆藤が続ける。

「でも、今はネタ作りにリソースを注ぎ込もう。自信は一朝一夕で身に付くものじゃない。だが、キングオブマンザイで結果がでれば、変わるかもしれない。」

 その現実的な判断に、輝幸は救われた。すべてを求める余裕は今の輝幸にはない。今は一つのことだけを考えよう。

輝幸の才能が開花するのを見届けたい方

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