番外編 ~皆藤 裕~
ナカジを最初に見たとき、正直に言えば、何も感じなかった。
新歓の部室。毎年のことだ。緊張で肩が上がったやつ、妙に饒舌なやつ、すでに「売れたい顔」をしているやつ。そういう連中の中に、彼はいた。中肉中背。癖のない黒髪を自然に下ろし、特徴のない顔、不細工ではないが、贔屓目に見てもイケメンの部類には入らない。ブランド物の服を着ているが、目立っておしゃれではない。目はどこか遠くを見ていて、話しかけられるのを待っているのか、避けているのか判別がつかない。
お笑いサークルの部長をやっていると、才能の匂いには自然と敏感になる。優れた容姿や、目の力、声の張り、個性的なボケ。そういう「わかりやすい光」を、ナカジは持っていなかった。だから、特に期待もしていなかった。
ところが、その後の雑談で、アヤコがふいにボケたときだった。
「いや、外れ映画の予告編みたいに言うな。」
静かな声だった。大声でも、ドヤ顔でもない。ただ、空気の隙間に差し込むような一言。場が一拍遅れて笑った。
――あれ?
皆と一緒にひとしきり笑った後、ふと気づいた。
アヤコの言葉は、新入生を勧誘するためにどこのサークルでもやる「取り繕い」を、新入生がイジるという、あのとき、あの状況では、十分に個性的なボケだった。しかし、彼女の発言だけでは曖昧だったボケの輪郭が、ナカジのツッコミで、ハッキリと浮き上がって、面白さが弾けた。
こいつは俺にはない何かを持っているのかもしれない。そんな予感がした。
それから、俺は、ナカジを視線で追うようになった。
サークルのネタ見せでは、ナカジのコンビは目立たなかった。ツッコミは正確だが、派手さはない。評価はいつも「うまい」で止まる。「すごい」にはならない。本人もそれを分かっている顔をしていた。分かっているから、前に出ない。前に出ないから、話題にも上がらない。いつまでたっても、ぱっとしないナカジをみて、俺は内心でいつも、歯がゆい思いをしていた。
アヤコは、わかりやすく天才だった。自分の武器を理解し、どう使えばヒトに刺さるかを本能的に知っている。平場に出れば、自然と中心になる。ああいう人間は、どこへ行ってもやっていける。
大学お笑い選手権の決勝で、ナカジが最下位になった夜のことを、俺はよく覚えている。打ち上げの席で、彼は端っこに座っていた。俺が彼を慰めようと声を掛けると、少しだけ棘のある返事をする。その棘が、自己防衛だとすぐに分かった。傷つく前に、自分で引く。そういうタイプだ。
アヤコは優勝していた。皆が彼女を囲み、称賛の言葉を浴びせる。その光景を見ながら、俺は、ナカジのほうが気になって仕方がなかった。
――このまま、いなくなる。
そう思った。
案の定、そのあと彼はネタを書かなくなった。コンテストにも出なくなり、飲み歩くようになった。逃げ方が、あまりにも分かりやすかった。
それでも、彼が完全に壊れていないことは、言葉を聞けばわかった。ツッコミの精度は落ちていない。むしろ、時々、ぞっとするほど鋭い一言を出す。本人が気づいていないだけで、言葉はまだ、彼の中で生きていた。
会社設立の話が出たとき、俺は迷わなかった。
アヤコを見て、この会社に勝算があると思った。彼女は看板になる。スポンサーも、メディアも、わかりやすいスターを求める。
だが、俺が社長を引き受けた理由は、別にあった。
――ナカジの言葉が、どこまで行くのか見たい。
そう思った。本人には言わなかった。言えば、彼はつぶれるかもしれない。期待されて失敗することに、彼は耐えられない。だから、俺は距離を保った。社長という立場に隠れて、少し後ろから彼を見る。幸い、会社の経理や、外部交渉は得意だ。ナカジの言葉が、この世界でちゃんと呼吸するための場所をつくるために、俺なら力になれるはずだ。
――俺は、自分の心が最も高鳴ることを、仕事にすることにした。
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