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祈れない聖女は、奇跡を拒んだ ―祈りを一人に押し付ける世界で、彼女は“人として生きる”ことを選んだ  作者: 月岡紬


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第8話 奇跡を求めすぎた街

 次に訪れた街は、石造りの城壁に囲まれていた。


 農村とは違い、人の往来も多く、商人の声が絶えない。

 一見すると活気があり、祈りが衰えている世界とは思えなかった。


 だが、門をくぐった瞬間、リーシェは違和感を覚えた。


 ――空気が、張りつめている。


 視線が多い。

 期待というより、値踏みするような目。


「この街は……」


 アルヴェルトが小声で言う。


「数年前、聖女の巡行で大きな奇跡が起きた」


 リーシェの胸が、わずかに沈んだ。


 中央広場には、すでに人が集まっていた。

 神官が到着を告げると、歓声が上がる。


「聖女様だ!」


「前みたいに、街を救ってくれるんだろう!」


 “前みたいに”。


 その言葉が、引っかかった。


 儀式の準備は整っていた。

 台座、聖具、整列した神官たち。


 すべてが、慣れきっている。


 リーシェは壇上に立つ。


 人々の視線が、一斉に集まる。

 祈りというより、要求に近い熱。


 詠唱を始めた。


 言葉は正確。

 間も、呼吸も、教えられた通り。


 光が生まれる。


 だが――


 弱い。


 土台の紋章が、途中で揺らいだ。


「……?」


 ざわめきが走る。


 リーシェは、歯を食いしばった。


 ――これ以上は、出ない。


 空白の奥が、きしむ。

 削られる感覚。


 それでも、限界以上を引き出そうとする。


 光は、なんとか形を保った。

 だが、奇跡は小さかった。


 倒れていた人が起き上がることはない。

 重い病が消えることもない。


 せいぜい、痛みが和らぐ程度。


「……これだけ?」


 誰かが、はっきりと口にした。


 空気が、冷える。


「前は、街全体が祝福されたぞ」


「聖女が変わったからか?」


 言葉が、刃になる。


 リーシェは俯いた。


 違う。

 世界が、変わった。


 でも、それを説明する術はない。


 神官が慌てて前に出る。


「本日の奇跡は――」


「足りない!」


 怒声が飛んだ。


「これじゃ、意味がない!」


 人々の期待が、失望に変わる。

 そして、その矛先は。


 リーシェへ。


「本当に聖女なのか?」


「祈りが足りないんじゃないのか」


 胸が、締めつけられる。


 ――やっぱり、こうなる。


 アルヴェルトが、一歩前に出た。


「下がれ」


 低い声。


 だが、人々は止まらない。


「俺たちは、祈ってきた!」


「聖女様が来れば、全部解決するって――」


 誰かが、泣き叫ぶ。


 その声に、リーシェは顔を上げた。


「……すみません」


 気づけば、そう言っていた。


 神官が、驚いたように振り返る。


「リーシェ、発言は――」


「でも」


 震える声で、続けた。


「私ができることには、限りがあります」


 一瞬、静寂。


 次の瞬間。


「そんなはずはない!」


 怒りが爆発した。


「聖女だろ!」


「救うのが役目だろ!」


 役目。


 その言葉が、胸を貫く。


 ――違う。


 でも、言葉にできない。


 護衛に囲まれ、リーシェはその場を離された。

 背後で、怒号が渦を巻く。


 宿舎に戻った夜。


 リーシェは、ベッドに座ったまま動けなかった。


「……今日」


 アルヴェルトが言う。


「危なかった」


「はい」


「だが、君は間違っていない」


 リーシェは、首を振った。


「間違ってなくても……人は、許してくれません」


 沈黙。


 胸の奥の空白が、さらに広がっている。


 ――削られている。


 確実に。


 このまま巡行を続ければ、

 いつか、何も残らなくなる。


 リーシェは、初めてはっきりと思った。


 この仕組みは、壊れている。


 聖女が足りないのではない。

 祈りが足りないのでもない。


 世界の在り方そのものが、

 誰かに“奇跡を要求しすぎている”。


 その夜、彼女は決めた。


 まだ言葉にはならない。

 方法も分からない。


 それでも――


 このまま消耗するだけの聖女にはならないと。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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