第7話 祈りの巡行
出立は、思っていたよりも早かった。
「三日後、最初の巡行に向かう」
セリスはそう告げただけで、詳細を語らなかった。
どこへ行くのか、どれほどの期間か。
聖女に選択肢はない。
神殿の中庭には、すでに馬車が用意されていた。
白い布で飾られたそれは、儀式用と一目で分かる。
――また、見せるための移動。
リーシェは法衣の袖を握りしめた。
周囲には神官数名と、護衛騎士たち。
アルヴェルトも、無言で配置についている。
「行き先は?」
小声で尋ねると、彼は答えた。
「北の農村地帯だ。作物が育たないらしい」
リーシェは、胸の奥が冷えるのを感じた。
――祈りで、畑は戻らない。
それを、誰よりも分かっているのに。
馬車が動き出す。
王都の白い街並みが、少しずつ遠ざかっていく。
道中、神官の一人が説明する。
「近年、土壌の聖的循環が乱れている。通常なら祝福で回復するはずだが……」
言葉の端が、曖昧に濁る。
「……うまくいかない場合もある」
リーシェは、何も言わなかった。
“場合”ではない。
それが常態になりつつあることを、もう知っている。
村に着いたのは、昼過ぎだった。
枯れた畑。
痩せた家畜。
疲れ切った人々の顔。
聖女の到着は、すぐに広まった。
「来てくださった……」
「これで、助かる……」
希望の声が、胸に刺さる。
中央の広場で、簡易の儀式場が設えられた。
祈りの言葉。
正しい姿勢。
いつもの手順。
リーシェは、空を見上げた。
雲はある。
雨が降る兆しもある。
それでも、畑は死んでいる。
祈りを唱える。
光が生まれる。
土が、かすかに温む。
芽が――ほんの少しだけ、動く。
「……おお……!」
歓声が上がる。
だが、リーシェには分かった。
これは、延命だ。
回復ではない。
儀式が終わり、村人たちは頭を下げ続けた。
「ありがとうございます、聖女様」
「どうか……これからも……」
その言葉を、受け取れなかった。
夜、仮設の宿舎で。
リーシェは、窓の外を見ていた。
「……また、途中で止まりました」
独り言のように言う。
アルヴェルトが、背後で答えた。
「ああ」
短い肯定。
「それでも、希望は生まれた」
「それが、怖いんです」
リーシェは振り返らずに言った。
「少し救われると、人は“次もある”と思ってしまう」
そして次がなかったとき、
その責任は誰に向くのか。
答えは分かりきっている。
胸の奥の空白が、ゆっくりと疼いた。
その奥から、またあの感覚がする。
言葉にならない何か。
祈りでも、声でもない。
――減っている。
そんな実感。
自分を通して、
何かが削れていく。
リーシェは、初めてはっきりと理解した。
巡行とは、救済ではない。
これは、消耗だ。
世界を延命する代わりに、
聖女が少しずつ、すり減っていく。
窓の外で、弱い雨が降り始めた。
畑を潤すには、あまりにも足りない雨。
それでも人々は、空を見上げるだろう。
――祈りは、続く。
そして巡行も、終わらない。
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