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祈れない聖女は、奇跡を拒んだ ―祈りを一人に押し付ける世界で、彼女は“人として生きる”ことを選んだ  作者: 月岡紬


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第6話 聖女の檻

 朝は、静かに始まった。


 鐘の音が神殿に響き、いつもと同じように一日が動き出す。

 けれどリーシェには、その音が合図のように聞こえた。


 ――逃げられない。


 衣装係が運んできた白い法衣は、聖女のために誂えられたものだった。

 装飾は控えめだが、布は上質で、触れるとひやりとする。


「本日は公開儀式です」


 淡々と告げられる。


「民に、聖女様の存在を示します」


 リーシェは何も答えなかった。

 答える必要がないことを、もう学んでいた。


 神殿の正面広場には、人が溢れていた。

 王都の民だけではない。周辺の街や村からも集まっている。


 ざわめき。

 期待。

 祈るような視線。


 壇上に立つと、空気が一変した。


「――聖女様だ」


 誰かが呟く。


 その声を皮切りに、膝を折る音が連なった。


 リーシェの足は、ほんの一瞬、すくんだ。


 昨日の夜、あんなにも「人でいていい」と思えたのに。

 ここでは、それが許されない。


 セリスが一歩前に出る。


「この者こそ、祈りの聖女」


 宣言。


「世界に残された、祈りへの唯一の道」


 拍手と歓声が広がる。

 希望が、音を立てて膨らんでいく。


 リーシェの胸は、冷えていった。


 ――違う。


 私は道じゃない。

 器でも、象徴でもない。


 でも、その言葉は喉で止まった。


「どうか、我らをお救いください」


 誰かが叫ぶ。


「聖女様……!」


 願いが、祈りが、一斉に向けられる。


 重い。


 身体ではなく、心にのしかかる。


 教えられた通り、リーシェは祈りの言葉を口にした。


 感情は込めない。

 ただ、正確に。


 光が生まれる。


 広場の一角で、弱っていた老人が立ち上がる。

 傷を負った子どもが、痛みを訴えなくなる。


「……奇跡だ」


 歓声が爆発した。


 リーシェは、その光を見ながら思った。


 ――私は、何もしていない。


 それなのに、すべてが「私の仕事」になる。


 儀式が終わり、壇を降りると、アルヴェルトが待っていた。


「……大丈夫か」


 昨日と同じ言葉。

 でも、今日は違った。


 リーシェは、小さく首を振った。


「私、戻れません」


 それは質問ではない。


「ここに立った瞬間、分かりました」


 人々の期待が、背中に張り付いている。


「もう、ただの私には戻れない」


 アルヴェルトは、答えなかった。

 答えられなかった。


 神殿の奥、静かな回廊。


 セリスがリーシェを呼び止める。


「よく務めを果たした」


 褒め言葉だった。


「これで、君は正式な聖女だ」


 リーシェは、彼を見た。


「……私は、どこまでやればいいんですか」


 セリスは、少しだけ目を伏せた。


「世界が安定するまで」


「それは、いつですか」


 沈黙。


 その沈黙が、答えだった。


 夜、部屋に戻ったリーシェは、鏡の前に立った。


 白い法衣の少女が、そこにいる。


 聖女様。


 そう呼ばれる存在。


 だが鏡の奥で、誰かがこちらを見ている気がした。


 祈れない、信じられない、ただの少女。


 その姿は、布の奥に押し込められていく。


 胸の奥の空白が、静かに広がった。


 その空白の底で、かすかな声がした。


 ――それでも。


 意味のない言葉。

 音にもならない囁き。


 けれどリーシェは、初めてそれを「拒まなかった」。


 聖女の檻は、閉じられた。


 だが同時に、

 この檻が壊れる日が来ることを、

 彼女自身が、どこかで知っていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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