第3話 聖女認定
馬車は静かに走っていた。
車輪の音は控えめで、揺れも少ない。王都へ向かう街道はよく整備されていて、外の景色だけが淡々と流れていく。
リーシェは、向かいに座る神官を見ないようにしていた。
白い長衣の男――セリス=ローデン。
村で彼女に「王都へ来い」と告げた人物だ。
「体調に問題はないか」
唐突に、彼が言った。
「……ありません」
「ならいい」
それ以上の会話はない。
気遣いの言葉でも、威圧でもない。
ただ、確認。
リーシェは膝の上で指を絡めた。
拒否はできなかった。
それが最初から分かっていたのが、何より怖かった。
王都は、村とは別の世界だった。
高い城壁、整然とした街並み、行き交う人々の多さ。
祈りが失われつつある世界とは思えないほど、活気がある。
――ここでは、奇跡はまだ“ある”のだろうか。
神殿は王城のすぐ隣に建っていた。
白い石で組まれた巨大な建造物は、空に向かって静かに威圧してくる。
中へ入った瞬間、空気が変わった。
重い。
音が吸い込まれるような、妙な静けさ。
「ここで降りる」
セリスに促され、リーシェは馬車を降りた。
廊下は長く、天井は高い。
歩くたび、自分の足音だけがやけに大きく響く。
やがて、広間に通された。
円形の床。
中央には、淡く光る紋章が刻まれている。
「立って」
言われるまま、指定された位置に立つ。
周囲には複数の神官。
全員が彼女を見ていた。
「これより、聖源接続の再検証を行う」
セリスの声が、儀式の開始を告げる。
詠唱が始まった。
第1話で聞いた癒やしの祈りよりも、ずっと複雑で長い。
言葉の意味は分からない。
だが、胸の奥がざわつき始める。
――来る。
理由はない。
確信だけがあった。
詠唱が終わる。
沈黙。
そして。
リーシェの足元の紋章が、淡く輝いた。
「……」
誰かが、息を呑む音がした。
光は弱い。
だが、安定している。
途切れない。
リーシェは、何も感じていなかった。
祈っていない。
願っていない。
ただ、立っているだけ。
「確認完了」
セリスが静かに告げる。
「聖源『祈り』との接続を確認。媒介反応、継続性あり」
難しい言葉が並ぶ。
それが、自分の行き先を決めていることだけは分かった。
「……それは、どういう意味ですか」
リーシェは、絞り出すように尋ねた。
セリスは彼女を見下ろす。
その視線に、個人への感情はなかった。
「君は、祈りの聖女だ」
一瞬、理解できなかった。
「……違います」
即座に、否定の言葉が出た。
「私は祈れません。信じてもいない」
「問題ない」
セリスは、淡々と言った。
「聖女とは、信じる者ではない。繋がる者だ」
リーシェの背中を、冷たいものが走る。
「それに――」
彼は、ほんの一瞬だけ言葉を区切った。
「今の世界で、祈りに応える器は極めて希少だ」
それは、必要だという宣告だった。
逃げ場は、どこにもない。
「これより、正式に聖女として登録される」
神官の一人が、書板を差し出す。
「以後、君の身柄は神殿の管理下に置かれる」
管理。
その言葉が、胸に刺さった。
「……帰れますか」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
セリスは、はっきりと首を横に振った。
「君は、世界に必要だ」
それは答えではない。
だが、拒絶だった。
儀式は、それで終わった。
リーシェはその場に立ち尽くし、周囲が動き出すのをただ見ていた。
――聖女。
その言葉が、何度も頭の中で反響する。
祝福でも、救いでもない。
ただの役割。
広間を出た廊下で、ひとりの騎士が待っていた。
黒を基調とした簡素な鎧。
表情は硬く、視線は真っ直ぐ。
「護衛を任された。アルヴェルトだ」
短い自己紹介。
「……リーシェです」
彼は一瞬だけ、彼女を見た。
肩書きではなく、顔を。
「……大丈夫か」
その言葉に、胸が詰まった。
大丈夫なはずがなかった。
それでも、リーシェは首を振った。
「分かりません」
それが、今言えるすべてだった。
聖女として認定された日。
彼女は初めて知った。
祈りとは、
人を救う力である前に、
人を縛る力でもあるのだと。
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