第2話 選ばれた反応
その日の夜、村に灯りが増えた。
普段なら、日が落ちれば静まり返るはずの通りに、松明の光が揺れている。ざわめきは抑えきれず、低い声が重なり合っていた。
リーシェは、嫌な予感を覚えていた。
――今日は、終わったはずなのに。
昼間の出来事は、村にとって「よくある不幸」だった。祈りが届かず、人が死ぬ。誰も口にはしないが、もう珍しい話ではない。
それでも今夜の空気は違った。
扉を叩く音がする。
「リーシェ、いるか」
村長の声だった。
扉を開けると、彼の背後に見慣れない服装の人々が立っている。
白を基調とした長衣。胸元には、円環状の紋章。
神殿の人間だ。
「……何か?」
声が、わずかに硬くなる。
「王都より神官団が来ている。少し、確認したいことがあるそうだ」
確認。
その言葉に、胸の奥が微かに軋んだ。
拒否する理由はなかった。
拒否できる立場でもない。
村の広場には、昼間と同じ神官が立っていた。
だが今度は人数が違う。中央に立つ壮年の神官を囲むように、数名が控えている。
「この者ですか」
低く、落ち着いた声。
視線が、まっすぐリーシェを射抜いた。
「はい。昼の儀式の際、彼女の近くで……妙な反応があったと」
リーシェは眉をひそめた。
「反応?」
「聖具が、一瞬だけ安定した」
神官は事実だけを述べるように言った。
「完全な奇跡ではない。だが、途切れなかった」
ざわり、と周囲が揺れる。
リーシェは、思わず自分の手を見る。
何も変わっていない。光も、熱もない。
「偶然です」
即座に言った。
「祈りの場にいただけです。私が何かしたわけじゃない」
「我々も、そうであってほしいと思っている」
神官は否定しなかった。
それが、逆に怖かった。
「だが確認は必要だ」
彼は合図を送り、聖具が運ばれてくる。
昼間よりも大きく、複雑な装飾を施された水晶。
「触れるだけでいい」
リーシェは一歩、後ずさった。
「……何も起きませんよ」
「それでもいい」
逃げ場はなかった。
周囲の視線が、彼女を囲んでいる。
指先が、水晶に触れた。
その瞬間――
胸の奥の空白が、広がった。
音が遠のく。
視界が白く滲む。
水晶が、淡く光った。
強い光ではない。
奇跡と呼ぶには、あまりに頼りない輝き。
だが、確かにそこに“続き”があった。
「……」
神官団が息を呑む。
昼間、途切れたはずの祈り。
その“欠けた部分”を、何かが埋めている。
リーシェは、何も感じていなかった。
祈っていない。
願っていない。
ただ、空白のまま立っている。
光は数秒で消えた。
沈黙が落ちる。
やがて、中央の神官が静かに言った。
「名前を」
「……リーシェです」
「リーシェ。君は、自分が何者か分かっていない」
それは断定だった。
「だが、この世界は君を必要としている可能性がある」
胸が、冷えた。
「……それは、どういう意味ですか」
神官は答えなかった。
代わりに、こう告げた。
「王都へ来てもらう」
それは、お願いではなかった。
村人たちは、ざわめきながらも安堵の色を浮かべている。
希望を、見つけてしまったからだ。
リーシェだけが、理解していた。
これは救いではない。
選ばれたのではない。
――見つかってしまったのだ。
祈れない自分の、空白を。
その夜、彼女は眠れなかった。
胸の奥に残る、あの感覚が消えなかった。
まるで世界が、
「次はお前だ」と囁いているようで。
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