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祈れない聖女は、奇跡を拒んだ ―祈りを一人に押し付ける世界で、彼女は“人として生きる”ことを選んだ  作者: 月岡紬


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第17話 祈りの反転現象

 最初は、誰も気づかなかった。


 奇跡が起きた、という報告ではない。

 神殿に届いたのは、ただの雑音だった。


「……南区で、小規模な回復事例が」


 記録係の神官が、困惑した顔で報告する。


「聖女の巡行は行われていません」


「当然だ」


 上席神官が即座に返す。


「錯覚か、自然治癒だろう」


 それで話は終わるはずだった。


 だが、同様の報告は一つではなかった。


 東区。

 北の職人街。

 貧民区の奥。


 いずれも共通点がある。


 聖女は、いない。


 神殿の隔離区画。

 リーシェは、窓辺に座っていた。


 何かが、変わっている。


 それは言葉では説明できない感覚だった。

 胸の奥が、かすかに温かい。


 以前のように、引き抜かれる感じはない。

 代わりに、遠くで小さな波紋が広がっているような――


 誰かが、誰かのために何かを差し出したとき。

 そこに、微かな“返り”が生まれている。


 扉の向こうで、足音が止まる。


 アルヴェルトだ。


「……外で、変な噂が出ている」


 低い声。


「聖女が祈らなくても、

 助かった人がいると」


 リーシェは、目を閉じた。


「……奇跡ですか」


「いいや」


 彼は、少し考えてから答えた。


「奇跡と呼ぶには、弱すぎる」


 リーシェは、静かに頷いた。


「それで、十分です」


 その頃、南区では――


 倒れた男を、数人が囲んでいた。


 重労働の末、意識を失った職人だ。

 誰も、聖女を呼ばない。


 呼んでも、来ないと分かっているから。


「水を」


「日陰へ運べ」


「俺が代わる」


 誰かが、仕事を投げ出した。

 誰かが、時間を差し出した。


 男の呼吸が、少しずつ落ち着く。


「……生きてる」


 その瞬間。


 誰も気づかないほど小さく、

 だが確かに――


 空気が、和らいだ。


 痛みが引く。

 回復と呼ぶには、微々たる変化。


 それでも、昨日よりは楽だ。


 その夜。


 老司書は、禁書庫で一人、古文書を開いていた。


「……一致している」


 古い記録と、今の報告。


 条件は同じだった。


 祈りの言葉はない。

 聖具もない。

 奇跡を求める意志もない。


 あるのは、ただ一つ。


 誰かのために、差し出した行為。


 老司書は、静かに呟いた。


「返ってきている……」


 神殿上層部では、空気が変わり始めていた。


「聖女を通さない反応など、あり得ない」


「だが、記録は揃っている」


「……意図的な偽装では?」


 議論は噛み合わない。


 セリスは、沈黙していた。


 祈りの聖源の反応図。

 そこに、異変が出ている。


 中心が、分散している。


 集約されていたはずの線が、

 細く、無数に枝分かれしている。


「……反転、か」


 誰にも聞こえない声で、呟く。


 聖女に集めた祈りが、

 元の場所へ戻り始めている。


 それは、神殿の前提を根底から壊す現象だった。


 隔離区画で、リーシェは胸に手を当てた。


 はっきりと分かる。


 自分は、もう中心ではない。


 それは、喪失ではなかった。


 むしろ、解放だった。


「……返っているんですね」


 誰に言うでもなく、呟く。


 祈りは、

 聖女のものではなかった。


 世界のものでもない。


 人の行為、そのものだった。


 小さな奇跡。

 名もなき回復。


 それらは、世界を救わない。


 だが、確実に告げていた。


 ――聖女がいなくても、祈りは死なない。


 それどころか。


 奪われなければ、増える。


 この日を境に、神殿は確信する。


 もはや、

 聖女を“管理するだけ”では、

 世界を制御できないということを。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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