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祈れない聖女は、奇跡を拒んだ ―祈りを一人に押し付ける世界で、彼女は“人として生きる”ことを選んだ  作者: 月岡紬


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第16話 騎士の選択

 命令は、簡潔だった。


「聖女の監視を強化せよ」


 セリスの声に、感情はなかった。

 いつも通りの、業務連絡。


「外部との接触を完全に断つ。

 必要であれば、拘束も許可する」


 アルヴェルトは、黙って頷いた。


「以上だ」


 それで終わりだった。


 会議室を出て、長い回廊を歩く。

 足音が、やけに大きく響く。


 ――拘束。


 その言葉が、頭の中で何度も反復される。


 聖女を守る。

 それが、与えられた役目だった。


 だが今、その役目は、

 聖女を閉じ込めることと同義になっている。


 アルヴェルトは、隔離区画の前で立ち止まった。


 分厚い扉。

 中にいるのは、一人の少女。


 祈らない聖女。


 扉の前には、すでに別の騎士が配置されていた。


「異常は?」


「ありません」


 即答。


「聖女様は、部屋から出ていません」


 アルヴェルトは、頷いた。


 問題は、ない。


 少なくとも、報告書上は。


 夜。

 交代を終え、アルヴェルトは廊下の影に立っていた。


 耳を澄ます。


 物音はない。

 泣き声も、祈りの声も。


 ただ、静かだ。


 ――不思議なほど。


 以前なら、巡行の後は必ず異変があった。

 聖女の気配が、薄くなる。


 だが今は。


「……」


 アルヴェルトは、無意識に胸を押さえた。


 確信があった。


 消耗が、止まっている。


 リーシェは、削られていない。


 それは、事実だった。


 だからこそ、命令が出たのだろう。


 ――祈らせないなら、黙らせる。


 翌日、別の指示が届いた。


「接触制限の確認」


 形式的な巡回。

 だが、意味は明確だ。


 アルヴェルトは、扉の前に立った。


 中から、かすかな物音。


 椅子を引く音。

 本を閉じる音。


 生きている。


 当たり前のはずなのに、その事実が胸に引っかかる。


 彼は、扉に近づいた。


 規則では、声をかけてはいけない。

 記録に残る。


 だが――


「……リーシェ」


 小さく、名を呼んだ。


 一拍の沈黙。


 それから、声が返る。


「……アルヴェルト?」


 それだけで、胸が詰まった。


「無事か」


「はい」


 短い返事。

 だが、はっきりしている。


「……削られていません」


 彼女は、そう言った。


 確認ではなく、報告だった。


 アルヴェルトは、目を閉じた。


 これが、答えだ。


 祈らないことは、

 世界を壊す行為ではなかった。


 少なくとも――

 彼女を壊さない。


「……今は」


 声を抑える。


「ここにいろ」


 命令の形を取る。

 だが、意味は違った。


「俺が、時間を稼ぐ」


 扉の向こうで、気配が揺れる。


「……それは」


「いいから」


 彼は、それ以上言わなかった。


 これ以上は、記録に残る。


 その夜、アルヴェルトは報告書を書いた。


『異常なし。

 聖女は安定。

 接触の兆候なし』


 すべて、事実だ。


 だが、書かなかったことがある。


 聖女が消耗していないこと。

 隔離が、保護になっていること。


 それを、あえて伏せた。


 これは、裏切りではない。


 ――まだ。


 だが、忠誠でもなかった。


 境界線の上に、足を置いただけだ。


 アルヴェルトは、報告書を提出し、夜の神殿を歩く。


 彼は騎士だ。

 命令に従う存在だ。


 だが同時に、人でもある。


 守るべきものを、

 間違えてはいけない。


 扉の向こうにいる少女を思い浮かべる。


 祈らないことで、生きている聖女。


 彼は、静かに決意した。


 まだ剣は抜かない。

 まだ世界には逆らわない。


 だが――


 彼女が壊されるなら、その時は。


 その一線だけは、

 もう引いてしまった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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