第13話 最初の拒絶
その巡行は、最初から「特別」だった。
王都近郊、最大規模の聖域都市。
王族、貴族、神殿上層部、そして数え切れない民衆。
壇は高く設えられ、祈りの紋章は幾重にも重ねられている。
失敗は許されない。
最初から、そういう空気だった。
リーシェは、壇の上に立っていた。
白い法衣。
聖女の象徴。
視線が、重い。
期待。
渇望。
信仰という名の要求。
――ここで、祈れ。
誰も口にはしない。
だが、全員が同じことを考えている。
セリスが一歩前に出る。
「本日は、聖女による大祝福を執り行う」
ざわめきが広がる。
「この儀式により、
都市全域の歪みは正されるだろう」
歓声。
リーシェは、足元の紋章を見つめた。
これを使えば、奇跡は起きる。
確実に。
だが――
それは、誰かが差し出すはずだった祈りを、
自分が奪い取ることと同じだ。
「……始めなさい」
セリスの声。
命令だった。
リーシェは、深く息を吸った。
胸の奥の空白が、静かに広がる。
いつもなら、ここで詠唱が始まる。
言葉をなぞり、光が生まれる。
だが。
リーシェは、口を開かなかった。
一秒。
二秒。
ざわめきが、不安に変わる。
「聖女様……?」
誰かが呟く。
セリスの視線が、鋭くなる。
「リーシェ」
低い声。
「始めろ」
リーシェは、顔を上げた。
王族の席。
民衆。
神官たち。
すべてが、自分を見ている。
「……できません」
その声は、思ったよりもはっきりしていた。
一瞬、音が消えた。
「何を言っている」
セリスが言う。
「君の役目だ」
リーシェは、ゆっくりと首を振る。
「これは、祈りじゃありません」
ざわめきが、怒号に近づく。
「聖女が祈らないだと?」
「ふざけているのか!」
リーシェの手は、震えていた。
怖い。
本能的な恐怖。
それでも、言葉を止めなかった。
「祈りは、差し出す行為です」
誰も、聞いていない。
それでも、続ける。
「願いを叶えるために、
誰かを消耗させるものじゃない」
「黙れ!」
セリスが声を荒げた。
「世界が崩れるぞ!」
「それでもです」
リーシェは、はっきりと言った。
「このやり方は、間違っています」
空気が、凍りつく。
次の瞬間――
誰かが、石を投げた。
足元に転がる音。
「偽物だ!」
「聖女なら祈れ!」
怒りが、形になる。
護衛が動く。
アルヴェルトが、リーシェの前に立った。
「下がれ!」
怒号と混乱。
だが、リーシェは一歩も引かなかった。
壇の上で、ただ立つ。
祈らない。
奪わない。
その瞬間。
床の紋章が、反応した。
光ではない。
沈黙。
祈りの聖源が、初めて“何も返さなかった”。
奇跡は、起きなかった。
都市は、救われなかった。
だが。
空気が、変わった。
誰かが、膝をつく。
別の誰かが、手を握りしめる。
祈りが、聖女を通らずに、行き場を失っている。
混乱の中、セリスが告げる。
「聖女リーシェ・アルノートは、
職務命令に違反した」
冷たい声。
「以後、神殿の管理下に置く」
事実上の――隔離。
リーシェは、アルヴェルトを見る。
彼は、何も言わなかった。
だが、視線だけで伝えてきた。
それでも、立つ。
連行されながら、リーシェは思った。
世界は、今日、救われなかった。
多くの人が、失望した。
怒りも、向けられた。
それでも。
この瞬間から、
祈りは、誰のものでもなくなった。
聖女が拒絶したのは、奇跡ではない。
奪われ続けてきた祈りの形そのものだった。
檻は、壊れ始めた。
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