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祈れない聖女は、奇跡を拒んだ ―祈りを一人に押し付ける世界で、彼女は“人として生きる”ことを選んだ  作者: 月岡紬


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10/21

幕間 残り回数

 夜の神殿は、計算に向いている。


 人の声が消え、祈りのざわめきも沈んだ時間帯。

 思考を乱すものがない。


 セリス=ローデンは、執務机の前に座り、帳簿を開いていた。


 羊皮紙に記された数字は、いずれも正確だ。

 巡行回数、反応強度、媒介安定率。


 そして――消耗率。


「……やはり、早いな」


 独り言は、誰にも聞かれない。


 リーシェ・アルノート。

 祈りの聖女。


 過去の記録と照合しても、反応は異質だった。


 信仰心なし。

 祈りへの共感なし。

 それでも、接続は成立する。


 むしろ――


「だからこそ、効率がいい」


 感情が介在しない。

 願いが混じらない。


 祈りの聖源にとって、雑音が少ない器。


 それは、神殿にとって理想的だった。


 セリスは、別の帳簿を引き寄せる。

 歴代聖女の一覧。


 誰も長くは持たなかった。

 感情を削り、記憶を削り、最後には存在そのものが摩耗する。


 それでも世界は、今日まで保たれてきた。


「……一人で、どれほど持つか」


 指先で計算をなぞる。


 巡行一回あたりの消耗。

 強度の低下率。

 現在の残存余地。


「……二年」


 慎重に見積もれば、三年。

 だが、感情的な揺れが続けば、もっと短くなる。


 セリスは、視線を上げた。


 ――足りない。


 世界の歪みは、進行している。

 一人の聖女で、すべてを賄うのは無理がある。


 だが、代替は存在しない。


「新たな器は、まだ見つからん」


 過去にも試みはあった。

 複数の媒介。

 信仰心の強い者。


 すべて失敗している。


 祈りの聖源は、選り好みをする。

 人の善悪や努力ではない。


 空白だ。


「……皮肉なものだ」


 信じない者ほど、繋がりやすい。


 セリスは、帳簿を閉じた。


 窓の外には、王都の灯りが広がっている。

 人々は今日も眠りにつく。


 聖女が、祈りを肩代わりしていることも知らずに。


「世界を守るには、犠牲が必要だ」


 それは、彼が神官になる前から学んできた教義だった。


 救われる多数。

 消える少数。


 天秤は、常に同じ方向へ傾く。


 ――それでも。


 セリスの脳裏に、昼間の光景がよぎる。


 巡行の最中、リーシェが言った言葉。


『私ができることには、限りがあります』


 あれは、正しい。

 だが、言ってはならない言葉だ。


「……余計な自我を持たせすぎたか」


 護衛騎士の存在。

 禁書庫への動線。


 管理が、甘くなっている。


 セリスは、静かに決意した。


 これ以上、聖女に“考えさせない”。


 感情は消耗を早める。

 疑問は、制度を壊す。


「必要なのは、安定だ」


 リーシェが壊れるその日まで。

 いや、壊れる“直前”まで。


 最大限、使い切る。


 それが、神殿の役目。


 それが、世界を守る唯一の方法。


 セリスは、燭台の火を消した。


 闇の中で、数字だけがはっきりと浮かぶ。


 残り回数:未確定。

 想定上限:減少中。


 それでも、選択肢はない。


 彼は祈らない。


 祈りとは、

 すでに聖女が背負っているものだから。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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