幕間 残り回数
夜の神殿は、計算に向いている。
人の声が消え、祈りのざわめきも沈んだ時間帯。
思考を乱すものがない。
セリス=ローデンは、執務机の前に座り、帳簿を開いていた。
羊皮紙に記された数字は、いずれも正確だ。
巡行回数、反応強度、媒介安定率。
そして――消耗率。
「……やはり、早いな」
独り言は、誰にも聞かれない。
リーシェ・アルノート。
祈りの聖女。
過去の記録と照合しても、反応は異質だった。
信仰心なし。
祈りへの共感なし。
それでも、接続は成立する。
むしろ――
「だからこそ、効率がいい」
感情が介在しない。
願いが混じらない。
祈りの聖源にとって、雑音が少ない器。
それは、神殿にとって理想的だった。
セリスは、別の帳簿を引き寄せる。
歴代聖女の一覧。
誰も長くは持たなかった。
感情を削り、記憶を削り、最後には存在そのものが摩耗する。
それでも世界は、今日まで保たれてきた。
「……一人で、どれほど持つか」
指先で計算をなぞる。
巡行一回あたりの消耗。
強度の低下率。
現在の残存余地。
「……二年」
慎重に見積もれば、三年。
だが、感情的な揺れが続けば、もっと短くなる。
セリスは、視線を上げた。
――足りない。
世界の歪みは、進行している。
一人の聖女で、すべてを賄うのは無理がある。
だが、代替は存在しない。
「新たな器は、まだ見つからん」
過去にも試みはあった。
複数の媒介。
信仰心の強い者。
すべて失敗している。
祈りの聖源は、選り好みをする。
人の善悪や努力ではない。
空白だ。
「……皮肉なものだ」
信じない者ほど、繋がりやすい。
セリスは、帳簿を閉じた。
窓の外には、王都の灯りが広がっている。
人々は今日も眠りにつく。
聖女が、祈りを肩代わりしていることも知らずに。
「世界を守るには、犠牲が必要だ」
それは、彼が神官になる前から学んできた教義だった。
救われる多数。
消える少数。
天秤は、常に同じ方向へ傾く。
――それでも。
セリスの脳裏に、昼間の光景がよぎる。
巡行の最中、リーシェが言った言葉。
『私ができることには、限りがあります』
あれは、正しい。
だが、言ってはならない言葉だ。
「……余計な自我を持たせすぎたか」
護衛騎士の存在。
禁書庫への動線。
管理が、甘くなっている。
セリスは、静かに決意した。
これ以上、聖女に“考えさせない”。
感情は消耗を早める。
疑問は、制度を壊す。
「必要なのは、安定だ」
リーシェが壊れるその日まで。
いや、壊れる“直前”まで。
最大限、使い切る。
それが、神殿の役目。
それが、世界を守る唯一の方法。
セリスは、燭台の火を消した。
闇の中で、数字だけがはっきりと浮かぶ。
残り回数:未確定。
想定上限:減少中。
それでも、選択肢はない。
彼は祈らない。
祈りとは、
すでに聖女が背負っているものだから。
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