第5話 毛繕いは最高の自己研鑽であり、唯一の義務
転生から一週間が経った。ゼノンの「トラウマ治療」は徹底しており、クロが少しでも「役に立ちそう」な素振りを見せると、即座に抱きかかえられ、極上のクッションや日当たりの良い場所へ強制送還された。
(今日も定時で帰宅、いや、定時で起床から定時で就寝まで、ずっとお休みか)
高志の魂は満たされているはずなのに、心の奥底で疼くものがあった。それは、前世で叩き込まれた「生産性」への強烈な渇望だった。
「にゃあ(このままではいけない。何か、何かを成し遂げなければ。せめて、自分自身のパフォーマンス向上を……)」
その時、クロの視界に【永久不労の祝福】の制約が浮かんだ。
制約:労働・貢献・能動的な魔力行使を行った場合、上記効果は即座に停止
しかし、ふと、彼に許された数少ない「能動的な活動」の一つが思い浮かんだ。
「毛繕い」だ。
猫にとって、毛繕いは生命線であり、最も重要な日常業務である。
(これだ。毛繕いを極限まで最適化し、完璧な状態を維持する。これは、身体のメンテナンスという立派な「聖務」の範疇だろう!)
高志は、持ち前のエンジニア魂を発動させた。
クロは、まず自身の「パフォーマンス指標」を設定した。
KPI(重要業績評価指標): 毛並みの光沢度: 前世の彼の残業代並みにテカテカにすること。
ブラッシング漏れ率: 0.001%以下を目指す。
効率性(舌の摩擦係数): 常に最適な舌圧と角度を維持すること。
クロは静かに、毛繕いを開始した。まず、肉球を舐めて湿らせ、それを耳の後ろの最も清潔に保つべきデリケートなゾーンに慎重に適用する。この時の舌の角度は、毛の生え際に対して斜め45度を維持し、皮膚への負担を最小限に抑える。
「シャッ、シャッ」
舌の表面にある無数の突起(糸状乳頭)が、まるで精密なマイクロブラシのように機能する。彼は、体のどの部分から始めるのが最も効率的で、次にどの部位に移ることで体温の低下を防ぎ、エネルギー消費を抑えられるか、瞬時に計算していた。
(よし、効率性98%。次は右肩甲骨周りの難所だ。体勢を変えずに、最もストレッチ効果の高い舌の動きで…)
それは、単なる「舐める」という行為ではなかった。それは、無駄を削ぎ落とし、最高のパフォーマンスを生み出すための「自己研鑽」であり、「職人の技」だった。彼は、これを「毛繕い最適化プロジェクト」と命名した。




