第12話 無職万歳
クロ(高志)は、騒動をぼんやりと聞いていた。彼の魂は、王国の危機と、自らの「働きたい」という社畜のトラウマに揺さぶられた。
(俺が行けば、みんなが助かる。一瞬の頑張りで、長年の努力が水の泡になるとしても……行くべきか)
体が動こうとした、その瞬間。リーゼリットの抱擁が一層強くなった。
「クロちゃん、寝て。大丈夫よ。みんな、クロちゃんが寝てくれるのを待ってるだけよ」
ゼノンの「働くことは聖務妨害です」という、冷徹な一言が、高志の脳裏に響いた。
(そうだ。俺の役割は、働かないこと。この世界の最高の貢献は、俺が究極の怠惰を極めることだ)
高志の魂は、ついに抵抗することをやめた。彼の体内の無限の魔力は、彼の安堵と休息に応じて、加速度的に増加し、その余波が【至高の癒し】となって、王都の方向へ向かって、静かに流れていく。
クロの瞳が閉ざされる。高志の魂は、前世の残業、疲労、プレッシャーといった記憶を、黒猫の安らかな意識の中に溶かし込んでいった。
「にゃあ……(俺は、タカシではない。俺は…クロだ。そして、クロは永遠に……働かない)」
数日後。王都は、危機的な状況を脱した。王宮の魔導士団は、原因不明の、優しく、途切れることのない魔力の流れが、マナ・ウェルを満たしたことを確認した。
エーデルガルト大公爵家。リーゼリットの膝の上で眠るクロの首元には、光る首輪のように、精製された魔力の残光が宿っていた。
ゼノンは静かに微笑み、リーゼリットの頭を撫でた。
「さあ、お嬢様。クロ様が、完璧な『聖務』を終えられました。今宵も、最高に美味しい夕食を準備いたしましょう」
クロは、もう二度と、労働の夢を見ることはなかった。
彼の無職生活は、永遠に続くのだった。




