第10話 無意識の【至高の癒し】
使節団との会談が長引く中、田中は部屋の隅で直立不動の姿勢を保っていた。クロは、彼に近づくことは「労働」と見なされるため、遠くから彼のストレスオーラを観察するしかなかった。
(仕方ない。スキルを能動的に使うと『聖務妨害』になる。だが、もし『抱擁聖務』の余波で、彼に癒やしが届いたら…)
クロは、自分の居場所に戻り、最も効果的な体勢で、完璧なリラックス状態に入った。リーゼリットの膝の上で、彼は意識的に深く、深く眠りに落ちた。
【永久不労の祝福】発動中……魔力収束率99.9%
【至高の癒し】自動発動……周囲(半径50メートル)の精神疲労を浄化
その癒やしの波動は、微かに、そして確実に、会談室全体を包み込んだ。
田中健一は、突然、全身の力が抜けるのを感じた。目の奥のズキズキとした痛みが消え、肩の凝りが溶けていく。彼は、これまでに感じたことのない、強烈な睡魔と幸福感に襲われた。
(あれ……俺、今、最高の昼寝ができる気がする……この絨毯、やけにふかふかして見える…)
田中は、直立不動の姿勢を保ちながら、意識の深淵で、自分が憧れていた「働き方改革」の夢を見ていた。それは、「何もせずに報酬を得る」という、この世界でクロだけが実現している究極の境地だった。
会談が終わる頃、田中は顔色こそ悪いままだったが、その心はなぜか「これで徹夜も乗り切れる!」という、間違ったポジティブさで満たされていた。
クロは小さくため息をついた。
(にゃあ……(少し回復させてしまったか。より過酷な労働に耐える力を与えてしまったかもしれない。やはり、他人のために動くのは難しい…俺は、自分の無職を極めるしかない))
クロは、この世界の「働き方改革」が、結局は労働者を疲弊させるだけの幻想であることを悟り、より一層、自らの無職という「聖務」に邁進することを決意した。




