部下を拾った月曜日
残業ばかりの日が続いていたけど、今日は珍しく定時にあがれた。
せっかくなので、通勤用の歩きやすい服を買う。
上機嫌で百貨店から出れば、大きな声が聞こえてきた。
「二股だったのかよ!!!」
街なかで、痴話喧嘩!?
キョロキョロと首を振って声の主を探せば
鴨巣君!!
長身で少し細身の体。
前髪を右から左に流した、爽やかイケメン!
お盆休みに海へ行って日焼けしたと言っていた、同じ会社の後輩の鴨巣君が人混みの向こうに見える!!
「やめて! 彼は悪くないの。
悪いのは私なの······。
落ち込んだ時に近くにいてくれて……それで、それで私!!」
「はぁ!?
一緒に住んでた俺より近いって、どういうことだよ!?」
聞いてりゃホント、何なんでしょね……。
一緒に住んでた人より近いって……同じ職場の人ですかね。
彼女が浮気したッポイけど、鴨巣君、同棲してたの?
「っていうか、いつ落ち込んだんだよ。
いつも"一緒にいられるだけで今日も幸せ"って言ってただろ!?」
「彼氏のお前は残業ばかりで、家に帰るのはいつも深夜だったそうじゃないか!
彼女はそんなお前に気を使って、相談できなかったんだよ!!」
「それでコイツに乗り換えたのか!!」
「やめて! 彼は悪くないの!!
悪いのは全て私なのよぉ……!!」
彼女は泣き崩れた。
さっきからしきりに"私が悪いの"と彼をかばって言っているように見えるけど……本当に彼女が悪いのだろうと私は思った。
あれは新しい男への点数稼ぎね。
でもここで私が突然入って、それを言っても余計なお世話なんだろうな。
話を盗み聞きしながら、私は人混みの中をまっすぐ3人に向かって歩いてきた。
けど、何て言おう?
……見なかった事にして帰ろうかな?
でも、7才年下の会社の後輩を見捨てる事になるのはどうだろう? いい子なんだよね……。
鴨巣君。
仕事が出来て、会社では皆の憧れの王子様なのに、ここでは彼女を取られた可哀想な男になってる。
普段の鴨巣君を、ここにいる皆に見せてあげたい。
彼、カッコイイのよ。
顔だけじゃなく、行動も。
でも、私が出ても何を言っていいかわからないし、鴨巣君のプライドが傷つくだけだろうし……と考えていたら……
どーん! と、私は3人の前に登場した。
目の前には、鴨巣君と、泣き崩れてる彼女と、その彼女の肩を抱いて支えている彼女の新しい男。
"は? ……何?"
という空気が漂っている。
私が警察官だったら「こらこら、道の真ん中で何してるの?」とか言えるのに!
言葉が出てこない。
かろうじて息を少しずつ吸うのが精一杯。
恋愛と縁の無い私にはこういう状況苦手。
くどくど話すと逆に聞いてもらえないから、短く、短く言うのよ。
さ、顔を上げて意思を強く持って!
「……邪魔」
ここで騒いでいると、通行人の邪魔になるわ。
こんな話、もう終わりにした方が良いと思うの。
鴨巣君がどう頑張ろうと、彼女、別れる意志が強いのでしょう?
ね、解散しましょ? そうしましょ?
鴨巣君が可哀想よ。
後日ゆっくり落ち着いて話し合いなさいよ。
そんな思いを込めて言ったのだけどどうかしら?
伝わったかしら?
少しの間があって、新しい男の方が彼女に声をかけた。
「行こうぜ」
「……う、うん」
"ごめんね……"
と小さな声で彼女は呟いて、2人は人混みをかき分けさっていった。
良かった。私の意図が伝わったらしい。
「何なんだよ.....」と鴨巣君は呟いて下を向いてしまった。
泣きそうなのに、泣かないのが男の子だなと思う。
敬語じゃない鴨巣君って知らない人みたい。
ま、会社じゃないから当たり前なのだけど。
私は鞄から、通勤時に被っている帽子を出して、鴨巣君に被せた。涙が出ようが出まいが、今はどこかに隠れたいかなと思って。
そして、私は静かに立ち去ろう。
沢山いた野次馬も、話が終わったらしいと解散を始めている。
私も、立ち去ろう。
一駅先の駅に向かって歩き出した……ら、
鴨巣君が着いてくる!
なぜ?!
話を聞いてほしいのかしら?
そっか、人に話せば楽になるよね。
人目を気にせず話が出来る所。
「そこのカラオケで話を聞くわ」
コクリと頷く鴨巣君。
近くのカラオケの部屋に入り、ドリンクを注文してから「話を聞きましょう」と鴨巣君に言ったら、私が帽子を被せたままの格好で行儀よく椅子に座り、静かに話し始めた。
「言い訳はありません。
初めて会ったその日に、ちょっと早いバレンタインチョコを貰った時点で、何か変だと気付くべきでした」
なんて、なんて返せば良いの?!
私は誰かの相談にのるとか苦手なのよ!!
「……そうなんだ。
チョコもらったら嬉しいよね」
鴨巣君は爽やか王子様風で、ハニートラップには引っ掛かりそうにないのに騙されたぐらいだから、そうとう演技力の高い子なのだろう。
「……はい。
"偶然チョコ持ってた"と言われ、何か運命を感じてしまいました……」
切なそうにそう言ったあと、鴨巣君はぎゅっと拳を握りしめて言った。
「寿比先輩!
愚かな僕を存分に叱って下さい!!」
突然のマゾ発言!?
「鴨巣君は変態なの!?」
しまった!
思わず聞き返してしまった!!
鴨巣君は青い顔をしている。
「寿比先輩は、僕にお説教するためにここに連れてきたのではないですか!?」
「え!? 何で私がお説教するの!?」
「先輩の行く先をふさいで、邪魔をしたからです。
"私が歩くのを邪魔したばかりか、醜態をさらすなんて会社の恥さらし"と僕にお説教をするつもりで、カラオケに連れてきたのでしょう?」
泣きそうになる鴨巣君。
誤解にも程がある。
いったい鴨巣君の中で私はどうなっているの?
私は慌てた。
「違うわよ!
鴨巣君が何故かついてくるから、話を聞いてほしいのだと思ったのよ」
「えぇ!?
あの時の話の流れと、先輩の背中が『ついてこい!』と言ってるように見えたから、自然な流れで着いてきました……」
「どこの格闘漫画のキャラよ!」
「だって『邪魔!』と言いはなったあの迫力は、その場にいた全員の時を止めましたよ!?」
青ざめながらも必死に訴えてくる鴨巣君。
私はもう嘆かずにはいられない。
「勇気を出して言ったのよ~!!
"部外者が口を出すなと言われたらどうしよう"って思ってたのよ!!」
私は耐えきれず両手で顔を覆い、うつむいた。
なんという誤解!
私は鴨巣君の中で鬼のような先輩らしい。
となると、会社の人達にも誤解されてる予感がする。
明日会社で普通でいられるだろうか?
誤解されてるか気になって、仕事が手につかなさそう……。
鴨巣君はうなだれた。
「はぁ……僕はカッコ悪いですね。
運命だと思った相手に振られる所を見られ、寿比先輩の事を変に誤解して……恥ずかしいです……恥ずかしすぎる」
え? そこで鴨巣君が落ち込むの?!
鴨巣君が泣きそうになってふさぎこむので、思わず叫んでしまった。
「カッコ悪くはないでござる!!」
「.......え? ござ······る?」
驚きを隠せない鴨巣君。
私は構わず続けた。
「よいでござるか?
失恋は単なる人生経験であって、恥ずかしい事ではないでござる! ただ"合わなかった"それだけでござる。
拙者の事を誤解してしまったのも、拙者の口数が少ないのでしょうがない。
誰にだって、恥ずかしいことの1つや2つあるでござるよ。拙者は本音を話すとき、ござる口調になるので、普段はそれを必死に隠しているでござる。
お互いに恥ずかしい事を晒したので、鴨巣殿と拙者はこれで対等でござる 」
ぐぬぬ……強烈過ぎたかしら?
引かれるかしら?
でも、高校生の時オタク仲間とふざけてたら、興奮したら“ござる口調"っていうのが予想外に馴染んでしまって、これは本当の話なのよ――――!!!!
心の中で嘆く私。
鴨巣君はしばらく呆けた後、突然ニコっと笑って言った。
「僕、スーツ着て女性もののチューリップ型帽子被ってたんですね。
ははは。変なかっこう。
先輩は変なしゃべり方。
僕と先輩は対等なんですね」
強がって笑っているようにも、ふと我に返ったようにも見える。
「 先輩!
ござる口調……僕を気遣ってくれて、ありがとうございます」
「ドウイタシマシテ」
恥ずかしながらも、いちおう返事した。
気を使って、ござる口調のフリをしたわけではない。これが普段の私です。
でも、あなたが〔心優しい先輩〕と思うなら、そういうことにしておこう。
「寿比先輩。ちょっと言いにくいのですが..
僕、彼女と同棲してたので……今日帰る所が無いんです。
先輩……泊めていただけませんか?」
「え……いいですけど、廊下で寝て下さいね」
これが私と彼のつき合い始めるきっかけ。
出合いって本当に不思議。
最後までお読みくださりありがとうございました!




