見世物小屋の歌姫
ある時酒に酔ったユシリーが僕に話てくれた。
「私は昔――七つくらいの頃三月ほど、サーカスの見世物小屋にいたのです。
オッチョコチョイな私は奴隷商人にあらよっと捕まってしまってそこに売り飛ばされてしまいました。
取り残された妹はきっと私を心配して、夜も眠れなかったことでしょう。
そこには本当にいろいろな人が居ましたよ。
成人なのに身体が子供くらいの大きさの人がいたり、
目が三つだったり、
身体の一部が木のようになっていたり、
足が一本しかなかったり。
お前はそうゆう人達のことは敬遠しますか……?」
彼女は睫毛を伏せると、
僕に向かって問いかけた。
「……いや、まぁ、会ったら最初はちょっと驚きはするかな。」
僕は言った。
「そうでしょう。
実をいうと私も最初は彼らが恐ろしくてたまりませんでした。
何より言葉が分からない。
言葉も通じず形が違えば全く同じ人間と思えなかったのです。」
「私はそこで主人に散々虐められました。
主人は私が分からない言葉で喚いて怒鳴りつけるのです。
物覚えが悪いもので鞭で叩かれたり、余興だと言われて蛇が居る廊に放り込まれたりしたのです。」
「人に見世物にされるのも辛かった。
みんな私を見て笑うのです。
ある時15歳くらいの少年が私の唇にキスをしてきました。
私は吐き気と身体中が強張るのを感じました。その様子に気づいた主人が、
止めに入る前に私は少年の母親によって突き飛ばされ、彼と引き離されました。
その時の母親の鬼気迫る顔を覚えています。
彼女はハンカチで必死に息子の唇から口の中に至るまで拭いていました。
私はそれを唖然と見ているのです。」
僕の頭の中に主人に虐げられるユシリーの姿がアリアリと浮かんだ。
その少年と母親も怒鳴りつけてやりたくてたまらない。
「……腐った奴らだね。」
気づけば僕の握っていた金属製のコップの中の液体は激しく揺れていた。
「……そんな顔しないで、過去の話ですよ。」
そう言うとユシリーは僕の手に持ったコップをヒョイっと取り上げると、
飲みかけのワインを飲み干してしまい、
軽く舌を出した。
彼女はだいぶ酔いが回っているらしい。
ユシリーは話を続けた。
「そんな生活がずっと続いて、私は夜になるとずっと泣いていました。
そんな時私に寄り添ってくれたのがマリカです。
彼女は先程のべた足が一本の女の子でした。
彼女の歌は透き通るように美しいので、童話の人魚姫になぞられて歌わされていたのです。
彼女は私の檻の前にピタリと寄り添い歌を聞かせてくれるのです。
言葉は分からなかったけれど歌が何を言っているのかは分かります。
彼女の歌は優しくて悲しくて私に父の胸に抱かれているのを思い出させました。
だけど、
彼女の目はいつも憂いを帯びていて、
月明かりに照らされた彼女の白い顔は闇夜にすっと溶けていきそうな儚さがありました。」
そう言ったユシリーの顔はどことなく恍惚としていた。
頰が紅いのは酔いのせいだけじゃないかもしれない。
僕はなぜだか、ほんの少し苛々した。
彼女はコップをテーブルに置くと、
またワインを継ぎ足そうとしたので、
僕は静止した。
代わりに蜂蜜の入ったミルクを差し出すと、彼女は渋々飲んでくれた。
ユシリーはミルクを一息で飲むと、また話はじめた。
「……私は自分の悲しみなんかよりも、
彼女の悲しみを慰めてやりたいと思いました。彼女の言葉が分かりたい。
優しい言葉をかけてやりたいと強く思ったのです。
それからはひたすら言葉を覚えようと努力しました。
みんなの会話に聞き耳を立てて使われている場面から意味を予測するのです。
また、運が良いことに私を見に来た客は何やら私に向かって言葉を話してくれました。
客達はいつもニコニコ笑っていたので私はそれが良い言葉だと勘違いしました。
全く今思うと私はマヌケです。
なぜ、客の笑顔がいやらしい笑みだと気づかなかったのか。
私が最初に覚えたのはマリカの名前です。
みんなが彼女のことをマリカと呼んでいました。
私は頭の中でマリカと何度も唱えました。」
「私はある日マリカが歌い終わってくれた時に、言ってやったのです。
『マリカ』って、
そしたら彼女目を見開いてとても驚いていました。
目を細めて優しく笑いかけてくれたのです。
しかしその後の言葉がいけませんでした。
『マリカ、ウンチョビ』それを言った瞬間マリカの頰はサッと紅潮し、
私を睨むと側にあった麻布を被ってしまったのです。私は訳が分からなかった。
私はいつも客達からそう言葉を浴びせられていたのです。
私はてっきり美しいとか可愛いといった好意的な言葉だと思っていました。
その言葉を使って私からのマリカへの好意を伝えたかったのです。
しかし、マリカに伝わったニュアンスは違いました。
後で知ったのですが『ウンチョビ』とはとても性的な相手を辱める言葉だったのです。」
僕はやりきれない思いがして、自分の頰の内側の肉を噛んだ。
ユシリーは時折遠くを見るような目をした。
「それから暫くマリカからの私への誤解は解けませんでした。
私は色んな言葉を既に覚えていたのですが、
拒絶されるのが怖くてマリカに話しかけることができなかったのです。
その代わりに手が木でできたマーヤさんが私に良くしてくれました。
彼は大変愉快な男でよく私に変顔を披露して笑わせてくれました。
私は彼にマリカとの仲を取り持ってくれるようたどたどしい言葉で頼みました。
しかし彼は、それは自分で解決しないといけないと言って要望を聞いてくれませんでした。
代わりに彼はニヤリと笑って私に仲直りする方法を教えてくれました。
マーヤさんは悪い人です。」
「私はマーヤさんの指示に従い、ご飯を食べるのを拒否したり、
夜中に盛んに咳き込んだりしました。
そうして何日も具合の悪い風にしました。
私の演技はすさまじく主人さえも騙してしまったのです。
そうして、
終に私が死ぬかもしれないとみんなに思われた時。
マリカが私の檻の前にピッタリと寄り添って歌うのです。
マリカは泣いていました。
私は、私の為に悲しむ彼女を見て堪らなく心が満たされました。
マリカは檻の中に手を伸ばしてきたのです。
私はその手を握りました。
白く柔い手の温もりに触れると、私の方が泣きそうでした。
マリカは一晩中私の為に寄り添ってくれました。
そして次の日私は復活しました。
私はマリカに急に流暢な言葉で好き、大好き、愛してるなど言葉を放ちました。
マリカは急に元気になった私とペラペラお喋りな私に固まっていましたが、
最後には笑ってくれました。」
ユシリーは自身の薬指に嵌められた、金の指輪のサファイアを指で弄っていた。
そして彼女は目を瞑った。
「マリカは今幸せです。
リヴィア王国の北にある村の一つ。
そこの豪農の倅と結婚しました。
彼女は子供が好きでした。
もしかしたら母親になっているかもしれません。
私はもはや生きている内に彼女と会うことはないでしょう。
でも、いつか会えたなら、私はまた彼女の歌を聴かせて貰いたいのです。」
ユシリーは目を開くと、僕に向かって微笑んだ。
ユシリーはすっかり酔いが回ってしまったのか、
そのままお喋り椅子の上でコトリと寝てしまった。
僕は眠るユシリーにそっと毛布をかけてやり、召使いを呼んで食器を下げさせた。




