第六話「氷解の夜、エースの記憶」
試合後の夕暮れ、瑞鳳ナインは帰りのバスに揺られていた。
窓の外、朱に染まる空。木下カイは一人、深く帽子を目深にかぶり、目を閉じていた。
「……勝ったはずなのに、モヤモヤしてんのか?」
青山シンジが隣から声をかける。だがカイは応えない。
ただ静かに――脳裏には、土方歳三の断末魔が焼きついていた。
「退くことも敗れることも許されぬ。されど、我は…なぜ、あのとき退かなかった……」
どこかで、自分ではない「誰かの記憶」が疼いている。それは勝利の喜びに水を差す、冷たい感触だった。
夜。宿舎の布団に入っても、木下カイは眠れなかった。
夢の中――彼は幕末の京都にいた。
斬り結ぶ刀、燃える宿舎、土方の怒声と哀しみ。
「戦うことは、生きることじゃない。だが、生きるために戦うしかなかった…!」
その刹那、鏡のように木下自身の姿と土方歳三の影が重なる。
「お前も同じなのか、土方さん。勝っても、満たされねぇのか?」
「……勝ちたかっただけなら、俺はとっくに壊れていた。
でもな、隊を……仲間を守るために、俺は“鬼”になったんだ」
その言葉が、カイの胸を貫く。
翌朝。宿舎の屋上で一人投球練習を続ける木下。
そこに宮田がやって来る。
「無理してませんか、エース」
カイは振り返らず答える。
「勝ち方って、あるんだな。昨日、ちょっとわかった気がする」
「……昨日の試合は、山南さんと僕の“勝ち方”です。
でもこれから先は、あなたの“勝ち方”も必要になります」
カイはうなずき、ゆっくり振りかぶる。
「俺は……“鬼”にはならねぇ。だが、守りてぇもんがある。それだけで十分、投げる理由になる」
鋭いストレートが朝焼けを切り裂いた。